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  2009年10月28日放送の宗教朝礼より

    おはようございます。宗教朝礼を始めます。

5月のことだったでしょうか。友人と参加した、カトリックの女性信者のある集まりで、ドイツ人のシスターが参加者に次のように問いかけられました。
「日本が誇れること、世界に日本という国、日本人がいなかったら、この世が成り立たない。それだけのものを皆さんは自分の心に持っていますか?」このような問いです。
国際社会といわれる現代こそ、自分の国の文化や、その地域の人の持っているアイデンティティを自覚し、それを実践していくことが大切だということで、問われました。
女性の集まりでもあったせいか、分かち合いの場では「細やかな心遣いだと思う」とか、「自然を愛して大切にする心」「ものを上手に作ることができること」など年配の人を中心に意見が出ました。しかし、「最近ではそうとも言えない」という人もいて、そうだなとも思いました。私も『もったいない精神』と か、東南アジアの人を励ました『おしん』というドラマに描かれた日本人の生活について、意見を出しました。その後も活発に意見が出てきましたが、いろいろ 聞いているうちに私は、よく分からなくなっていきました。受け売りの言葉や話でとどまらずに、自分が心の深いところで納得ができ、今の世の中をよく考えた 上で、日本人がいてこそこの世の中が成り立っていくことは何かを考えていきたい。その集まり以来、そのことを意識して生活するようになりました。

そして、秋になり気持ちのよい風が吹いたとき、昨年、日本のカトリック教会が盛り上がった 「188名の殉教者の列福」のことを、ふと思い出しました。
シスター大山が全校集会などでお話しなさっていたように、禁教の時代に信仰を守り通して殉教したキリシタンたちに、現代光が当てられ福者として認める式が、長崎で大々的に行われました。私は、自分の所属する教会で会報誌の編集をしながら、列福される殉教者たちのことを毎月調べ、ゆかりのある場所である、東京の札の辻や静岡、京都、大阪などを実際に訪ねたりもしました。キリシタンの時代を想像し、それぞれの殉教地でお祈りしました。そんな経緯もあり、昨年 11月24日の長崎の野球場で行われた列福式にも参加しました。
列福されたキリシタンは、高2の祈りの会でも有名な26聖人とは異なり、江戸時代の信者たちで、全員が日本人、そして司祭は4人、修道者1人、残りの183人は一般信者で、子どもや女性も多く含まれているという特徴があります。列福されたのは188名、どこかに名前などの存在が残された人々ですが、実 際にはその何倍もの無名の人々が厳しい迫害によって命を落としたそうです。

 この列福には、どのような意味があるのでしょうか。
私は、これまで不二聖心の高2祈りの会で、以前は殉教者の土地である津和野に、最近は長崎も何回か行き、殉教について考えてきました。しかし自分の命を 信仰のために捧げることのできた人々を身近に感じることができずに、殉教者から、何を学んだらよいのか、大きな課題だと思っていました。列福式で出会っ たある方は、次のように私に話してくれました。「今の日本には、さまざまな自由が認められているにもかかわらず、自分で自分の命を絶ってしまう人がとても 多いし、よいことをしようと思っていても、遠慮してしまう人が多くて、なかなか本当の平和が作れなかったりする。それをかえていくのが、殉教者が教えてく れる希望だよ。殉教者の壮絶な死に方だけに注目すると、近寄りがたいけれど、彼らが日頃どのように神様と向き合って生活してきたか。彼らの日常をしっておくといいよ。」

 キリシタンたちはどうやって、日々を過ごしていたのでしょうか?
小さい子供も殉教していますが、多くは、日頃の信仰教育を母親がしっかり浸透させ、刑を受けているときも母が子供を最後まで励まし、なくなったそうです。
ある司祭は、司祭になる前、外国からきた宣教師に司祭となることを認められず、ローマまで何年もかけて行って司祭となり、日本に戻って宣教し、厳しい迫害を受けて死んでしまう人もいました。かと思えば、信徒には、乱れた生活をしたり、人生の失敗を繰り返したりしながらも、自分を見捨てずに付き合ってくれる神様をだんだん本気で信じるようになった人もいたようです。その人は、心が目覚め、熱心な信者になってから迫害を受け、ぼろぼろの体でハンセン病患者を 看護するところで奉仕したと言われています。
当時のキリシタンには、病気の人を看病してあげる集団や、戦乱後の世の中であちこちに放置されていた、人の遺体をまとめ、手厚く葬った人たちの集団、ま たロザリオをして他の人たちのためにお祈りする集まりなどが全国各地にあったと知られています。
出る杭は打たれる日本といわれますが、もちろん幕府によって打たれてしまうものの、このように他の人のために尽くしていたキリシタンに対する、他の信者 でなかった人たちの目は、感謝の心の目だったとも伝えられています。少数派であっても、自分が正しいと思うこと、人の嫌がる仕事を、神様や周囲を信頼して、やっていくキリシタンたちの生き方に、とてもひかれます。他の人がしないことでも、これをした方がいいというのは勇気がいりますが、キリシタンたちに はその勇気があったと思います。

 さきほど紹介した、失敗ばかりするような自分に付き合ってくれる神様を段々信じられるようになったキリシタンに、私は親しみを感じています。殉教したキリシタンは雲の上の人というイメージがあったのですが、こんな小さな自分でも受け入れてくれる存在があるということを知るようになったというのは、失敗ば かりの私にとっても日々実感していることです。私が数年前、洗礼を受けようと思った理由はいくつかありますが、その一つに、弱い自分をありのまま受け入 れ、転機を与えてくださる方こそ神様だったと気づいたことがあります。それまでの自分を振り返ると、辛い思い出、苦しかった時期が何度かあります。今に至 るまで、辛く苦しい状態でとどまらず、何かをきっかけに乗り越えてきました。自分でも、もちろん努力したことはありましたが、自分の想像を超えるような目 先を変える出来事が起こったり、こだわりなく自分を受け入れてくれる友人が現れたり、自分の力を超えたものが与えられたことで私は救われ、今にいたっていると思われるのです。自分の欠点もいろいろありますが、自分らしさを生かし、こんな自分だからこそ、できることもある、それを信じていけば、苦労も乗り越 えられると思うようになりました。

 最初にお話しした、「日本人として誇れるもの」の一つの問いに、こうした切支丹の時代に示された「少数派であっても、勇気を出して他の人のために何かが できること」「失敗しても、自分を受け入れてくれる神様、そして周囲の人々に信頼して強く生きていく生き方」その魂やその遺伝子が私たちにあることとして 答えられると私は思い直しました。
現代、日本をはじめ、先進国では自殺者が増えています。精神的な病気の解明や治療は専門家の方を中心にお願いするしかないかもしれませんが、まず自分自身が、今の自分を好きになり、他の人も同じように大切にして生きていくことが根本にあると思います。
また、少数派でも正しい思いを貫いて行動することについては、日本人には大きな使命があると思っています。それはこの小さな国の私たちが戦争をしないという思いを貫き、それを世界に発信し、祈っていく生き方で、それができる日本人がいてこそ世界は平和になると思っています。

 私は、列福式が終わるころ長崎の球場に吹いていた、さわやかな秋風を忘れることができません。空高いところから神様が、殉教者の生きた証(あかし)とし て、現代人に与えてくれた希望の風だったと今でも実感しています。 5月の集まりでシスターから投げかけられた問いへの答えについて、よく考えると自分の中では、キリシタンから学んだこうした生き方なら自信を持って答えられると思いました。彼らの生き方を誇りに思い、現代の私たちに投げかけてくれていることを、日々、意識して過ごしたいと思います。 これで宗教朝礼を終わります。

             K.S.(理科)

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