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  2009年9月9日放送の宗教朝礼より

おはようございます。宗教朝礼を始めます。
今日は、宇宙に思いをはせながら、「私たちはどこから来て、どこへ行く者なのか」ということを思いめぐってみたいと思います。
空を見上げると、なぜか懐かしさが湧き上がります。見上げながら、言葉なき会話を何者かと語り合っているような一瞬にこの重い肉体を忘れていることに、ふと気づくときがあります。
宇宙とはいったい何者でしょうか。ただ、無限の空間のように人の目には見え、この地上にのみ全てがあるように錯覚してしまいます。昔人は、朝には昇り、夕には沈む『太陽』というものの規則性に目をとめ、『時』を刻むことを覚えました。今や時間は我々になくてはならぬものとなり、『時間』という単位から、 0.1秒をしのぐ秒単位の日常が当たり前になっています。太陽よりも先に時間があったかのような錯覚。
「今日は何月何日」
「今は何時何分」
こういう確信がないと不安になります。
今日は9月9日です。
この日、この時にも、宇宙のどこかでは新しい星が誕生しています。そして、今日、皆さんの中には、お誕生日を迎えている方がいらっしゃるかもしれません。命を生む。星を生む。人が子をすごいエネルギーで出産するように、遙か彼方の宇宙でもそれこそ遙か昔から星が生まれては消滅していました。まるで宇宙はエネルギーの主のようであり、莫大なエネルギーの持ち主の親のように見えます。
有限のものは、地上、宇宙と区別なく、生と死、誕生と消滅があります。人もまた生まれては死にゆく者。

私の知人に、司祭であり、物理学者であった御方がおりました。
彼は、昨年の12月に86歳でお亡くなりになりました。生前は『時間と空間』というテーマをはじめ、『ハレー彗星と生命体の関係および生命科学』の研究、『原子核とエネルギーについて』、アインシュタイン博士や『原子爆弾』の研究開発の第一人者であったオッペンハイマー博士等とプリンストン大学で研究室を共にした御方でした。
彼は、死の約半年くらい前、
「僕は死ぬのが楽しみでしようがないんだ」と話していたときがありました。
彼の場合は、死の直前まで意識がはっきりしていて、体は衰退し、その機能は全く果たさなくなっていましたが、瞳だけはなぜかますます澄みわたり、美しく輝いており、まるで希望にあふれているようでした。
「僕は死ぬのが楽しみでしようがないんだ」と話していた言葉が、この御方の魂に実現していると直感したほどでした。
司祭、物理学者として多くの研究を深めながら、「人はどこからきてどこへ行く者なのか」というテーマを宗教のみではなく、物理学を通してもはっきりとした何かを確信していたようでした。
私は、この一人の死を前に、この御方の瞳の中に、広大な生き生きとした宇宙を垣間みる思いでした。
さて、今年の夏休み早々7月22日には皆既日食が、8月はじめには若田さんが4ヶ月半ぶりに宇宙ステーションから帰還するというニュースがありました。
皆既日食について振り返ってみますと、今回は46年ぶりで、6分25秒の日食現象を楽しめました。次回は26年後です。この現象は、太陽の大きさが月の400倍、月と地球の距離が400倍。この偶然が重なって起こるそうです。
地球の自転のスピードは、毎時10万8千キロ。さらに太陽のまわりに燃え立つ紅炎の高さは地球の直径の数倍。こういう事実を目の当たりにすると、全てを包み込んでいるような宇宙の強力なエネルギーの存在や宇宙の均衡の見事さをあらためて感じないではいられません。
また、話は変わりますが、さまざまな現象を前に、もう一つ思うことは人は何か現象が起こるとそれに強く興味を持ち、「なぜ」を探求する姿と、また同時に「すばらしい」と賛美し、互いに『感動し合う』という二つの姿勢を持ち合わせているという点です。
動物たちは、自然現象が起こると、恐れおののいて、どこかにひっそりと隠れ潜み、その現象が過ぎゆくのをじっと待ちます。人は、学問は学問として追究しますが、自然の現象のすばらしさ等は賛美する心を持ち合わせているのです。
昔、 春はあけぼの、、、
夏は夜、月のころはさらなり、、、
秋は夕暮れ、、、
冬はつとめて、、、
と、宇宙の現象からくる自然の美しさをうたいあげた清少納言の『枕草子』がありますが、この見事な捉え方と表現力には言葉もなく、ただうなるばかりです。
最後に、時間は空間を制しているようにみえますが、時間も空間も莫大なエネルギーというぬし(主)の中に取り込まれているように見えます。
不二聖心にも、これから紅葉の季節がやってまいります。時間をこえて、自分をこえて、この得体の知れない強力なエネルギーの持ち主の懐に、身も心も浸し、宇宙や自然現象に心をとめて「私たちはどこから来て、どこへ行く者なのか」というテーマについて、時には、思いめぐらしてみるのもいいと思いました。
これで宗教朝礼を終わります。

S.K.(寄宿舎)     

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