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宗教朝礼

 

2009年6月24日放送の宗教朝礼より

 

おはようございます。宗教朝礼を始めます。 

 明日6月25日、不二聖心では「みこころの祝日」をお祝いする日になっています。朝、全校でミサに与かった後、中学生は学校内の清掃、高校生は裾野市、三島市、沼津市にある教会や公共施設などに奉仕作業に伺います。先週の水曜日のロング・ホームルームで奉仕の意味などについて話し合われたと思いますが、みなさんは「みこころの祝日」と奉仕作業をどのようにとらえていますか?お恥ずかしい話ですが、私はクリスチャンであり、高校の温情委員会の顧問を務めて三年目になりますが、未だに上手に説明できない行事の一つがこの「みこころの祝日」です。4月に宗教朝礼の当番が発表され、私の順番が、不二聖心の「みこころの祝日」の前日であることを知ったときから、私の頭の中には常に「みこころ」という言葉がありました。そこで今日は皆さんと一緒に「みこころの祝日」と奉仕活動について考えていきたいと思います。 

 皆さんは「みこころ」という言葉の意味を考えたことがありますか?「みこころ」とはイエス様の心をあらわします。フランスやイタリア、スペインなどのカトリックの国々では、赤い服を着たイエス様が真っ赤に燃えるご自分の心臓、または赤いハートの形をした心臓を意味するものを手に持っている像や絵を教会などで見ることができます。これらの外見だけに注目すると、なかなかその像や絵の持つ意味を理解することは難しいと思います。しかし、この「みこころの信心(信じる心と書きます。)」はカトリック教会はもちろん、キリスト教の中心となる大切な考えであり、カトリック教会では19世紀後半からお祝いされている大切な祝日です。 

 では、「みこころの信心」とはどのようなものでしょうか?それは簡単に言うと、「神様の全人類に対する無限の愛を思い起こし、それを多くの人々に伝えていく」ということです。皆さんもご存じのように、ハートは心臓の象徴です。心臓は生物学的な臓器だけではなく、私たちの感情、喜びや悲しみなどの心が宿る場所です。私たちクリスチャン、とくにカトリック信者がこの「みこころ」を考える時は、「神様の愛」を思い起こします。なぜならば、神様はどこか遠くの世界にいるのではなく、私たち一人一人の心の中にいらっしゃいます。私たちの信じている神様は愛の神様です。ありのままの私たちを愛してくださり、一人ひとりを特別な存在として大切にし、どんな時も一緒にいて、またどんな失敗をしても受け入れ、そして赦してくださいます。私たちクリスチャンと神様の関係は個人的なものですが、同時にこの神様の無限の愛は人類すべての人に向けられたものと信じています。ですから私たちカトリック信者は、人類すべての人々を神様の大切な子供として考えます。神様は私たちの幸せを望まれていて、イエス様は愛することを教えるためにこの世にいらっしゃいました。そして、「みこころの祝日」に奉仕作業が行われる意味はここにあると私自身は考えます。 

皆さんもご存じのマザー・テレサの人生を振り返ってみましょう。マザー・テレサはインドのコルカタのスラム街に「もっとも貧しい人々の中の最も貧しい人々」のための「死を待つ人々の家」を作りました。彼女には民族・宗教の違いは関係ありませんでした。誰からも相手にされずに、病気で苦しんで道端に捨てられている瀕死の人々を連れてきて介抱しました。体は汚れ、中にはウジがわいている人々もいたそうです。しかし、この世での最後の瞬間に「愛されている」という実感と喜びをもって天国に旅立ってほしいと願い、マザーは笑顔で一生懸命世話をしました。 

しかし、なぜマザー・テレサは見ず知らずの人々にそこまでできたのでしょうか?それは彼女自身、実践する愛の中に神様の存在を見出していたからです。マタイによる福音書25章40節、「私の兄弟であるこのもっとも小さなものの一人にしたことは、私にしてくれたことである。」は彼女がよく引用していた言葉です。彼女は言っています。「すべてはイエスのため。私の行動はイエスと神の栄光、人々の幸福のため。」と。彼女にとっては何をしたか、どれだけ大きなことをしたかが問題ではなかったのです。どれだけ愛を込めたかが大切だったのです。またマザー・テレサは、喜びは愛の神秘であり、人を愛すると喜びに満ちることを信じていました。私たちは愛し、愛するためにこの世に生を受け、行動を通して愛を伝えることができます。同じ神様の子供として笑顔を交わすことから愛が始まります。また、私たちが一人一人に特別に与えられた才能を使って人々に奉仕することができます。そしてそれは交わりを通じて愛することと愛されることの喜びを知るためです。マザー・テレサは彼女の祈りの中で次のように言っています。「主よ、私たちの心が互いに愛し合うことを学びますように。あなたが私たちを愛されたその同じ愛で。」と。 

今日私が皆さんにお話ししたことは、「みこころの祝日」と奉仕作業についての考えの一つに過ぎません。しかし、明日の奉仕作業の何らかのヒントになれば幸いです。最後に、この宗教朝礼にあたり私をサポートしてくれた友人に感謝しつつこの宗教朝礼を終わりたいと思います。

M.M.(英語科)

 

 
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