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宗教朝礼

2009年11月25日放送の宗教朝礼より

おはようございます。これから宗教朝礼を始めます。

 

今日は「長崎県民にとっての平和への思い」についてお話をしたいと思います。

 

今年の4月、アメリカのオバマ大統領がチェコのプラハで行った「核なき世界」を目指すとした演説で、「核保有国として、核兵器を使用したことのある唯一の国である米国には行動する道義的責任がある」と語り、核廃絶に向け大きな流れを主導したことが高く評価され、ノーベル平和賞を受賞しました。核兵器を使用された側の長崎県民は平和で安全な核なき世界の追求に全力で取り組むというオバマ大統領の姿勢に感銘を受けました。

1945年、今から64年前の89日午前1102分、長崎市にアメリカの爆撃機B29が一発のプルトニウム原爆を投下し、一瞬にしてキリスト教の港町、長崎を焼け野原に変えました。死者7万人と多数の被爆者を生み出し、その惨劇にあった人々の中には、長崎の地に強制連行された朝鮮人や、捕虜となっていた中国人など、日本人でない国籍を持つ人が数多くいたと言われています。

私は長崎県の中央部、佐世保市から20km長崎市から北へ65kmの距離に位置する小さな町で生まれ、高校を卒業するまでその町で暮らしました。小、中学校は公立の学校、高校は佐世保市にあるカトリック系の私立の学校に通いました。さて、皆さんは、小学生の時、夏休みの間に全校生徒が集まる登校日はありましたか?数日前に寄宿で何人かに同じ質問をしたところ、「プール、またはお花や野菜の水やり当番で学校に行っていましたが、全校生徒が集まる日はありませんでした。」という答えが返ってきました。長崎県の小学校から高校では毎年、89日と821日が全校登校日となっており、89日は、全校生徒で平和集会を開き、皆で平和への祈りを捧げる日です。私が通った小・中学校では、体育館に全校生徒が集まり、それまで学年ごとに学習してきた原爆についての発表をしたり、戦争のアニメ映画をみたり、被爆者の体験談を聞いたり、平和の歌を歌っていました。そして、原爆投下時刻、1102分に県内の教会やお寺の鐘とサイレンが街中にこだまする中、全校生徒で黙祷を捧げていました。高校では、平和のミサを夏休み前の前期終業式の日に行い、追悼式は89日と分けて行っていました。この学校は、戦後1952年に、オーストラリアの教会からの経済、人材の援助によって創立された学校で聖和女子学院といい、聖なる平和という意味が込められています。89日の追悼式は原爆による被害者救済のために来日されたシスター方の意志を継いで、原爆で亡くなった方々及び、戦争により命を落とした方々の冥福を祈っていました。今年は89日が日曜日だったにも関わらず、登校日を前倒しにせずに、被爆県として、この日の意義を十分にふまえた平和教育に努めたいという理由で、県内のほとんどの学校で平和集会が行われたそうです。

私は大学進学の為、上京しました。大学の友人の多くに長崎には修学旅行で行ったことがあるという人がいて何だか嬉しく思いました。ここ不二聖心でも高校2年生が祈りの会旅行で平和公園や原爆資料館などを訪れ、平和について考え、祈りを捧げています。私にとってとても嬉しいことです。私は、小学校4年生の時に学年の見学旅行として、長崎市の平和公園、原爆資料館を訪れました。残念ながらその時の記憶が薄れてきていますが、覚えていることは、ドーンとそびえたつ平和祈念像や、原爆資料館に展示してあった、1102分で針がとまったままの壊れた柱時計、原子爆弾の実物大の模型を見たこと。また、平和の泉と呼ばれる噴水の前に当時9歳だった少女の手記の一部が次のように刻まれていました。「のどが乾いてたまりませんでした。水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。どうしても水が欲しくて、とうとうあぶらの浮いたままのみました。」という文章が当時10歳だった私にはとても衝撃的で今でも覚えています。祈りの会で原爆の恐ろしさを伝えるとともに、平和の大切さを訴えている長崎を訪れた高校2年生と3年生はどのようなことを感じましたか?

また、私の母方の祖母はよく戦争の話をしてくれました。祖母が16歳の時に太平洋戦争が始まり、当時の暮らしがどれだけ大変だったかを話してくれます。警報がなると、防空頭巾をかぶって防空壕に逃げたこと、在郷軍人から、敵兵が落下傘で降りてきた場合に備え竹槍で突く方法を教わり、皆で一生懸命号令をかけ練習をしたこと、B29が爆音を鳴らして飛んでいるのを見たこと、長崎市に原爆が投下された時、ちょうど庭にいてピカーッと空が真っ赤に光ったのを見たこと、食料難で少ないお米とサツマイモ芋を一緒に入れて炊いた芋ご飯を食べて空腹を満たしていたこと、食料・衣料の配給の日が楽しみだったことなど、今では考えられないことをいろいろ教えてくれました。今年84歳を迎える祖母はそんな厳しい時代を乗り越え、今日の豊かで平和な時代に家族と共に暮らせる喜びを心から感謝していると言っています。

また、長崎県では12年前に高校生一万人署名活動委員会が結成されました。高校生が核兵器廃絶を呼びかけ署名を求めようと、商店街や駅で活動している姿をよく見かけます。集まった署名は毎年、高校生平和大使が国連欧州本部のあるスイスのジュネーブに直接届けに行き、世界に向け核兵器廃絶と平和を願うメッセージを伝えています。2年前に母校に教育実習に行った時、その年の平和大使に選ばれた高校2年生の生徒がいました。彼女は被爆した長崎県にありながら、米軍基地がある複雑な町、佐世保市に住んでいるからこそ、現実を見て一つ一つ行動しなければならないと思い、平和大使になって平和活動に積極的に取り組みたいと思ったそうです。今年の9月には高校生一万人署名活動のメンバーが鳩山主相に向け、核なき世界の実現を訴えたオバマ大統領との連携を要望し、オバマ大統領との会談では被爆地を訪問していただくようにお願いしてください。という主旨の手紙を民主党長崎県連に託したということを知り、高校生の行動力に驚かされました。また、10月には広島市の秋葉市長と長崎市の田上市長が、2020年の夏季オリンピック大会の共同開催を目指していると正式に表明しました。長崎市長は「核兵器廃絶への流れが出来ようとしている中で、国際世論をしっかりつくっていくことが大事だ。広島、長崎で共同開催できれば、平和に対する大きな発信となる。」と意見を述べました。皆さんはこの提案をどう思いますか?課題は多々あるようですが、私は賛成です。世界中の一人一人が世界平和を願い、祈る意識を高めるきっかけとなることは間違いないと思います。皆さんも世界平和のために自分達が出来ることを考え、行動してみませんか?不二聖心では平和について考え、祈る時間がたくさんあります。さらに、一歩踏み込んでさまざまな平和活動に協力し、参加してみませんか?

これで宗教朝礼を終わります。

M.T.(寄宿舎)

 

 

 
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