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宗教朝礼より

2010年1月13日の宗教朝礼より

おはようございます。宗教朝礼を始めます。

毎年、1月2日、3日に箱根駅伝を観戦している人は大勢います。また、「箱根を走る」これは長距離ランナーの夢でもあります。今日は、今まさにその夢をつかもうとしている青年のお話をします。

 

私はそもそも、それほど駅伝というものに、興味はありませんでした。しかし、何の因果か息子が中学の部活を選ぶとき、どうしても陸上をやりたいと、入った陸上競技部。しかも、長距離。一年生男子の入部者はたった一人。毎日の朝練と、土、日なしの部活。駅伝の試合前の9月は、夜7時に競技場集合。強化練習では、足の裏のマメなんていい方、最終日には足の爪を2~3枚はがして帰ってきたこともありました。

 

息子は中学、高校と6年間走り続けました。高校2年の春休みインフルエンザにかかった時、1週間休んだ以外、練習を休むことなく、あきれるくらい走っていました。一方、個人の成績はさっぱりでした。中学3年の夏、東海大会に1500mで出場した頃がピークでした。

中学の部活では、1年下の仲間に素晴らしい才能の後輩たちがいました。全国中学大会に2年生から出場する生徒が2人もいました。息子が3年の時は、保護者の私たちから見ても先生たちの気合いは異常でした。しかし、たった1人の3年生の息子にとって後輩との部活はとっても楽しかったようです。

 

私はよく、通勤の際、中学校のグランド横の道を通り、朝練の様子をチラリと見て仕事に向かいました。部活の盛んな学校で、様々な運動部が活動していました。その雑然とした中に、真っ白なウインドブレーカーに身を包み、整然と2列で淡々とトラックを走っている集団がありました。その先頭には、いつ見ても、楽しそうに自信たっぷりな表情で下級生を率いる息子がいました。そして、隣にいつも並んで走っていた一つ下の学年のI君。彼の走りや部活の様子から私の夫は目を付けていました。「あいつはいいぞ。」多少、口が悪くやんちゃな子でしたが、練習を真面目にやりたい、というひたむきに努力する態度が常にありました。そして、一つ上の息子を尊敬してくれていました。それは、I君のご両親の躾の賜でした。記録は、すでにI君の方が上、しかし、「先輩のいうことを聞いてしっかり付いてゆきなさい、っていつも言っているのよ。」とI君のお母さん。

 

I君はその後も力を付けました。高校進学は、他の仲間4人が近くの私立高校に推薦で進んだのに、たった一人で、神奈川県の高校に進学しました。高校2年の時は、インターハイ駅伝大会で1区を走り、高校3年では、部長を務め、箱根駅伝で有名な大学に進学しました。そして、1年生でありながら今年すでに16人のメンバーに入りました。息子は「あいつは中学の時、箱根を走るって言ってたもんな。」と、後輩の躍進ぶりを当然のように、半ば、誇らしげに言いました。

 

12月の末、I君のお母さんの働くお店で久しぶりにお母さんにお会いしました。I君の高校時代もたまに話をしていました。親戚とはいえ他人の家にI君を預け、様々な苦労があったようです。駅伝も近くなり、お母さんに会えるかも・・・と、私はそのお店に向かったのです。「すごいね。I君ならやると思ったよ。」すると、「もう本当に無理!今回は走れないと思う。けがをしたらアウトだし、16人に選ばれたって、来年速い子が入ってくれば無理だから・・」と相変わらず謙遜の言葉。「うちのお父さん、I君がメンバーに入っているって、箱根駅伝のガイドブック買ってきて応援してるよ。I君なら必ず箱根を走れるよ。」「ありがとね」と短い言葉を交わし仕事中の彼女から離れました。

次の日の朝刊、2区の補欠にI君の名前が出ていて、思わずお母さんにメール。返信は、「昨晩やっぱり出られないと電話がありました。静岡新聞には6区の選手で名前が出て、みんなからメールをもらいました。作戦の一つで、カモフラージュのためワザとこういうことをするらしいです。いつも応援ありがとうございます。」とのこと。私は、夫に「こういうのって親も大変ね。良かれと思ってメールしても一つ一つ応えなければいけないし。せっかく応援してくれている人たちだものね」と。自分がうれしくて何も考えずにメールしたことに反省しました。「息子が20㎞以上も走り、見ていても辛いし、みんなの期待が大きい分出られなくても責任感じちゃうし、走って調子が悪くても・・親は、走っても辛い。走れなくても辛いね。」と、I君のお母さんの性格から、そんなことを話しました。夫も「選手の調子が悪いと、すぐアナウンサーや解説者は、ブレーキ、ブレーキって言うしな・・・」「番組としてみると選手なんて一つのパーツに過ぎないけれど、一人ひとり18~21歳の人生を持っているんだもんね。その後ろには、親や家族がいるんだもの。ああいう言い方たまらないね。」と話しました。

今年の箱根駅伝で、I君の大学はシード権を獲得しました。今回の大会には、中学や高校の時、かつて息子と同じレースに出ていた学生が4人メンバー入りしていました。そのうち2人が箱根を走りました。

 

一方、我が息子は、大学では土、日に趣味で走っている程度です。しかし、大学のある市内を隈無く走り回っているようです。I君と息子との共通点、それは「走りたい」という思いだけです。私たち家族は、来年の箱根を楽しそうに走るI君を楽しみにいつも応援したいと思います。

冬休み中、一日3~4時間走っていた息子は、駅伝のゴールの瞬間をコタツに寝転がり見ているよりも、寒風吹きすさぶ中走ることを選び、外に行ってしまいました。そんな息子も、今日1月13日に成人になります。

 

これで宗教朝礼を終わりにします。

K.O.(理科)

 

 

 

 
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