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宗教朝礼

2010年9月8日放送の宗教朝礼より

おはようございます。宗教朝礼を始めます。

 この夏は、戦後65年という節目の夏でした。テレビでは、多くの特集が組まれ、戦争を忘れてはいけない。そして、二度と戦争を起こしてはいけないというメッセージが、あちらこちらから流れてきました。今まで口を閉ざしていた多くの戦争を体験した方が、当時の戦争体験談を語り始め、その残酷さに耳をふさぎたくなることも多かったです。軍民合わせ20万人以上が犠牲になった沖縄戦終結から65年。その節目の年に悲願の高校野球優勝旗が沖縄の地に渡りました。史上6校目の春夏連覇。これまで沖縄が歩んできた苦難の道のりに、ひとつの光が差し込めた瞬間でした。沖縄県民の強い団結力を感じました。高校野球で島がひとつなり、今まで歩んできた「沖縄」そのものを高校野球に重ねているようにも感じられました。
 興南高校の我喜屋監督は、「今回の優勝と春夏連覇は、われわれにとって喜ばしい栄冠だが、わたしは県民一人ひとりの栄冠だと思っている。」とコメントし、キャプテンの我如古くんは、「この優勝で県民のみなさんに恩返しできた。沖縄に貢献できたことがうれしい。」と述べ、仲井県知事は、「沖縄の歴史にとって重要で意味のあることをやり遂げた。」と歴史的快挙を称えました。
 興南高校の選手一人ひとりの野球に対する真面目な姿勢、それを必死で応援する沖縄県民の姿に心が惹きつけられました。
 沖縄勢は、今から52年前の40回記念大会に特別枠で、はじめて甲子園の土を踏んだそうです。当時外国であった沖縄。米軍占領下からの出場は、大きな拍手で迎え入れられたそうですが、持ち帰った甲子園の土は植物防疫法に触れるとして、那覇港に捨てられ、島に持ち帰ることは許されませんでした。沖縄の人々は何かにつけ、「本土に追いつけ」と自分たちを奮いたたせてきたといいます。
 我喜屋監督は、本土復帰の4年前、1968年にパスポートにあたる身分証明書を手に、甲子園に向かいました。沖縄勢としてはじめて準決勝に進出した時の主将です。3年前の2007年に興南高校から監督要請があり、就任4ヶ月で沖縄代表になりました。
 我喜屋監督が、監督になり最初に行ったことは寮の改革です。挨拶から始まり、規則正しい生活を送ることや、掃除をさせ精神を律することを徹底させました。「ごみを拾う生徒は、バントも上手い。」と監督は言います。ちょっとしたごみ一つでも見逃さすに拾えることは、小さなことでも気にかけることができる人間に成長できるのです。毎日の体操やボール拾い、道端に落ちているごみ拾いなど、誰にでもできることを全力でやることができる人は、大きなことを成し遂げることができます。小さなことに気がつかない人に、大きなことは成し遂げられない。と日常生活の大切さをまず生徒に教えました。
 つぎに、嫌なものから逃げるなと教えました。嫌なことは逃げてもいつまでもついてくる。それよりも慣れて嫌なものと友達になる。すると嫌なことも後で宝物になる。何事にも真剣に取り組む姿勢の大切さを強調しました。そして、いかなるときも自分で考え知恵を絞り行動するということ。できると思えばできる。やっていないということはないか。最後までやり遂げることが成功の秘訣です。
 人生には、整理、整頓、清潔、清掃、躾の5Sが必要だと監督はおしゃっています。我喜屋監督のおしゃっていることは、不二聖心で生活をしていると何度も聞く言葉です。清掃に対する自分の姿勢、女性としてのマナーや言葉遣い、身の回りの整理整頓は出来ているだろうか。さらには、頭の中、心の中の整理整頓はどうだろう。また、何かにつけ不平不満だらけの日常を送っていないか。何をやるにもめんどうくさい、何でわたしだけ、○○ちゃんだってと後ろ向きな言葉を、口にしていないでしょうか。
 興南高校野球部は、毎朝、散歩を日課にしているそうです。一人ひとり好きな所を歩き、見たもの、感じたものを帰ってきてから1分間スピーチするのです。毎日のことだから、話の種を見つけようと小さなことにも目や耳がいくようになります。それが野球にも活かされます。小さいことに気付いて表現力を磨くのです。
 私は、この話を聞いて五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)をもっと磨かなくてはいけないと思いました。変わらない日常などありえません。昨日と同じ場所に虫がいるとは限らないし、同じ場所に葉が落ちているとも限りません。もっと見えるもの、もっと聴こえるものが必ずあるはずです。皆さんは、昨日気付かなかったことに今日は気付くことができますか。ただ、何となく時間だけが過ぎていく毎日を送っていないでしょうか。目に見えない心を磨くことにより、自分の世界も少しずつ広がっていきます。
 明日から祈りの会です。祈りの会は、沈思黙考。一つのことを深く考えることにより、自分という人間を深める時間です。神父様やシスターのお話をただ聞くのではなく、聞いて、書いて、どう心に留めるか。ルカによる福音書に、「イエスは、祈るために山へ行き、神に祈って夜を明かされた」という箇所があります。イエス様もそうしたように、祈るときには一人になりましょう。祈りの会で最も大事なことは、静けさ、沈黙です。沈黙を長く感じるか、短く感じるかは、心の状態しだいです。しかし、沈黙で過ごすことは、皆さんにとってとても難しい事だと思います。講話中や振り返りの時間だけでなく、2日間通して沈黙を大事にして欲しいと思います。そして、祈りとは、神様と心の中で通じ合うこと、神様を心の中で感じることです。今年の祈りの会の目標を決めましたか。このように感じたい。このように変わりたい。心の深い所で神様と話をしてみてください。
 最後に我喜屋監督は、選抜優勝の翌日、満開の桜を見ながら、「桜の花は枝が支えている。枝を支えているのは幹、でも本当に支えているのは根っこ。根っこさえしっかりしていれば、再び花が咲く。根っこは目に見えない。目に見えないものが一番大事なものである。」という言葉を選手にかけたそうです。
 今年の祈りの会が、一人ひとりにとって素晴らしいものになることを祈っています。

これで宗教朝礼を終わります。

 M.D.(数学科)

 

 

 
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