校長室から(2013年度・2014年度)

『卒業研究』巻頭言より(2015年3月17日)

 不二聖心女子学院の「卒業研究」の起源は、1978(昭和53)年に始められた「中3個人研究」にあります。この試みは、学院の目指す「創造性に富む堅実な思考力と正しい判断力を育てることを具体化していこうとするもの」であり、「各教科の枠を越えて一人ひとりが興味のある問題を自主的に、長い月日を費やして深く研究していくという作業を通して『学ぶこととは何であるか』を体得させたい」との願いから始まりました(1985(昭和60)年度『中3個人研究』)。生徒一人ひとりに対するメンター制度、秋のつどいでの研究発表、口頭試問、冊子発行等、今では当然のことのように行われていますが、35年前、最初にこのアイディアを共有し、実現の可能性を模索し、ついには研究体制を立ち上げられたシスター・先生方の教育への情熱と、新たな学習の地平を見つめて真摯に研究に取り組んだ生徒たちの姿勢に深い尊敬の念を覚えます。

 アーカイブ室には、歴代の卒業生全員の研究が掲載された冊子が大切に保存されており、研究方法の変遷や研究環境充実の過程を知ることができます。1986(昭和61)年には中学校の学習の集大成の意味を込めて名称を「卒業研究」と改め、今日に至っています。本年度からは、6カ年の学習デザインの中で、Foundation からOriginalityへの架け橋として卒業研究を位置づけることと致しました。

 2013年度の学校目標「知性を磨く~若さを価値あるものとせよ~」を胸に、知の可能性に挑戦した生徒たちが、今後の学びの中でこの経験を「各々に与えられた使命」とつなげて、深めていってくれるよう心から願っております。

『欅坂』巻頭言より(2015年3月10日)

 不二聖心女子学院の塔の中には、タワーベルがあります。毎朝、この鐘が響き渡る時、学院全体が深い沈黙で包まれます。この鐘は、草創期に初代院長マザーエリザベス・ダフが、不二聖心の生徒のためにオランダに作成を依頼したものです。1953(昭和28)年、大海原を超え、長い船の旅をして鐘がこの地に辿り着いた時、学院では祝別式が催され、「マリア・アミリア」と命名されました。当時は校名がまだ「聖心温情舎」だった時代で、学院の建物は山の下にありました。最初にこの鐘が吊るされたのは、「温情舎」時代に岩下家が所有していた小さな聖堂でした。

 なぜ「マリア・アミリア」と名付けられたのでしょうか?聖心の歴史の中に、その答えがあります。聖心会が日本に学院を創立するために、日光丸という船に乗って、オーストラリアのシドニーを出発したのは、1907(明治40)年12月3日、聖フランシスコ・ザビエルの祝日です。近代化政策を推進する日本政府から女子高等教育機関を設置してほしいとの要請を受けた教皇ピオ10世により、その使命を委ねられてのことでした。聖心会総長マザーディグビーは、すでに学院が根付いていたオーストラリア管区の管区長であるマザーアミリア・サルモンにこの使命の遂行を託しました。この方こそ「マリア・アミリア」--、学院の鐘の名の由来となった方です。

 マザーサルモンが、日本の聖心女子学院の礎石となる4人の修道女たち(マザー ブリジッド・ヘイドン、マザー メリー・スクループ、マザー エリザベス・スプロール、シスター メリーケーシー)と共に横浜港に到着したのは、1908(明治41)年元旦のことでした。この年は、創立者マグダレナ・ソフィア・バラが福者(聖人の前段階)として列福された記念すべき年でもありました。2月28日には、第2陣の8名がヨーロッパから到着。未知なる国であった日本での生活は13人の修道女にとって新しい経験の連続でした。困難もあったでしょうが、それ以上に聖心女子学院創立の志に燃え、新しい経験を喜びをもって分かち合っていた様子が伝わってきます。この年の春、日本での生活が軌道にのったのを見届け、マザーサルモンはオーストラリアに戻りました。以後、マザーはオーストラリアから、日本の学院創立を見守ることになります。

 一方、「マリア・アミリア」は、山の上に校舎が建設た第1校舎と修道院の間のコネクションの屋根の上に安置された時代を経て、現在の聖堂が完成した1960(昭和35)年から塔の中に置かれました。この間、いつも生徒・教職員と共にあり、学院のシンボルとして、不二聖心の歴史を間近で見守ってきました。1979(昭和54)年からは、朝礼時に鐘が鳴らされる時、沈黙の祈りが捧げられるようになりました。この学院を貫く沈黙の時間が、生徒たちの中に内的な力を育み続けてきたことはいうまでもありません。

 特に、本年度「フロンティア・スピリット」を学院目標に掲げて過ごす中で、鐘の命名の由来を思う時、毎朝、学院に鳴り響く鐘の音が、「マザーサルモンのように異なる文化・未知なる世界へ、広く、深く、心を開いていきましょう」と、生徒たちを促しているように聴こえて参ります。

『桃園』巻頭言より(2015年2月24日)

2014(平成26)年は、不二農園創設百周年という記念すべき年でした。秋のつどいでの記念ミサと茶話会、アーカイブ・ウィング岩下コーナー開設、百周年記念ほうじ茶羊羹発売等を通して、農園の歴史を知る多くの方々や貴重な資料との出会いがありました。それは、「不二聖心女子学院の今」を新たに見つめ直すことにつながる貴重な経験であったと感謝しております。

農園創設者である岩下清周の三女であるマザー岩下亀代子は、日本人として初の聖心会修道女です。1945(昭和20)年、岩下家よりこの桃園の地が聖心会に寄贈された時、聖心会は農園と共に岩下家が創立した私立「温情舎」小学校も受け継ぐこととなりました。  

温情舎の初代校長であるマザー亀代子の兄の岩下壮一神父様が、創立の年である1920(大正9)年3月に書かれた「温情舎」の「生徒心得」の中に、次のような箇所があります。

  一、おまへは役に立つ人にならなくてはいけない

  二、役に立つ人となるには次の二つを心掛けなくてはいけない。
知 何事もぼんやり見のがしてはならない。
氣をこめて。考へて。教はる事。
行 何事も力一ぱいやらなくてはいけない。(中略)
學んで。習って。行ふ事。(中略)      

  四、心を丈夫にするには誠實、克己、忍耐、勤勉の四つを行はなくてはいけない。

「六」に、「温情舎」は「おまへの楽園である」と書かれていますが、文字通り訪れる者をして「この平和郷に育つ子供は幸福である」(『中駿郷土讀本全』中駿校長会)と言わしめた学び舎でした。

長きに渡るヨーロッパ留学の経験もあった壮一により、自由で進取の気風に富んだ教育がなされていたという温情舎。現在よりさらに広大であった農園の自然と一体となった学舎。少人数教育の特性を生かし、詰め込みではなく自ら考えて悟るような教育実践は、日本を代表する神学者・哲学者であった壮一神父様の理想を具現化したものでした。カトリック学校ということを前面に出してはいませんでしたが、カトリックの人間観を土台とした教育であったことは疑う余地はありません。温情舎について書かれたものを読むにつけ、その中に不二聖心女子学院が大切にしている価値観や方向性と共通することが多いのに驚かさると共に、時代が変わっても色褪せない教育観に示唆を与えられます。

現在、「温情舎」という名前は「温情の会委員会」に受け継がれ、社会に貢献できる女性の育成を目ざす学院の核ともいえる存在となっています。聖マグダレナ・ソフィアによって創立された聖心女子学院と、岩下家によって創立された「温情舎」――、神様の計らいによって、この二つの流れは出会うべくして出会ったといえるのではないでしょうか。日本の聖心七校の中で、唯一、前身となる学校をもつ不二聖心女子学院ならではの豊かさを大切にしつつ、二つとない学院のビジョンを描いていきたいと思います。

共生き(2015年2月5日)

今年の1月17日は、阪神淡路大震災からちょうど20年でした。私も、被災者の一人です。当時は、駆け出しのシスターとして、兵庫県宝塚市にある小林聖心女子学院で働いていました。中高生は無事でしたが、小学生がひとり亡くなりました。本当に悲しい出来事でした。

高1のゆり組の担任であった私は、その年、高1の現国・古典・宗教を受けもっていました。震災後、学校が再開された頃、学院として「この経験を何かの形で残しましょう」ということになりました。あやめ組、ばら組の担任と話し合い、高1は生徒全員に短歌を書いてもらうことにしました。一人が3首程度を作って持ち寄り、その中から各担任が一首、『震災短歌 共生き』という歌集にまとめました。ミドリが学年カラーの生徒達でしたので、緑色の用紙に印刷して全員に配りました。私にとって、どんな有名な歌人の歌集も及ばない一番大切な歌集です。

     みんながね 無事ならばいい それだけで 心に響く 母のことばが

その中の歌の一つです。「命の大切さ」を身をもって体験した者同士、多くを語る必要はありませんでした。困難を体験した分、より思いやりのある生徒たちに育ってくれたと思います。

「復興の歌」として大切に歌い継がれてきた「しあわせ運べるように」という歌があります。作者は、神戸市立吾妻小学校で音楽を教えていらした臼井真先生。東灘区の自宅が全壊し、先生ご自身も被災されました。そんな中、子供たちに希望を与えたいとこの曲を作られたそうです。

     地震にも負けない 強い心をもって 亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう 
傷ついた神戸を元の姿にもどそう 支え合う心と明日への希望を胸に  
響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わる神戸のまちに 
届けたいわたしたちの歌 しあわせ運べるように

小林聖心の小学生が聖堂で歌う画像がHPに掲載されています。
http://www.nhk.or.jp/kobe/shiawasehakoberu/entry/list/obayashiseishin.html

朝礼でこのような話をした直後、一人の先生が、被災後に小林聖心から不二聖心へ転校してきた生徒について話してくださいました。同じスピリットのもとで温かく迎えていただいたことがわかり、聖心は一つの家庭であると改めて思いました。

共時性(2015年1月20日)

「○○○でお会いしたことがとても懐かしいです」――、今年のお正月、シスターになって初めて赴任した小林聖心女子学院(兵庫県にある姉妹校)で、高2・高3の時期にかかわった“かつての生徒”から年賀状を受け取りました。

「○○○での偶然の出会い」、その懐かしさは私も同じです。彼女も同じように感じていたのかと感慨深い思いでした。

それは、小林聖心を退いて大学で神学を学んでいた時のこと、メイン・ストリートで、ばったり出会ったのが彼女でした。同じ大学の国文科で研究に励んでいました。短い立ち話の中で、「シスターがうらやましいです。自分のアイデンティティと、自分が学びたいことが一致しているから・・・」と言った彼女の真剣な表情。意識下で私自身も感じていたであろうことを言語化されたことに、はっとさせられた瞬間でもありました。自分の進むべき道を探求しているがゆえに悩んでいるような彼女の表情はまぶしくもあり、いつか必ず突き抜けるであろうと信じ、祈ったものです。

数十年前のほんの一瞬の出来事ながら、忘れ得ぬ邂逅。彼女は、今、ある大学で研究者として働いています。自分のアイデンティティと一致する学問に出会ったのだ、と感じられる嬉しい便りでした。

希望の芽

新年おめでとうございます。
学院の木々にも新芽が芽吹いています。今年も、この若芽のような生徒たちの可能性に信頼しながら、共に希望をもって歩んでいきたいと思います。今年も不二聖心女子学院をどうぞよろしくお願い申し上げます。皆様の上に神様の祝福がいつも豊かにありますように。

              今日ありて 山はうつくし
今日ありて 海はうつくし
天地(あめつち)の つづくかぎりは
生くるもの すべて輝く
おごそかに み神を仰ぎ
みひかりの 道をば歩まん
(讃美歌第二編「今日ありて」1番)

感謝をこめて

年末、聖心会の本部がある東京の修道院に滞在しました。ここでは、日本に7校ある聖心の学校のために、日々、祈りが捧げられています。7日間の間に、7校の名前が順番に聖堂のボードに掲げられ、その日は特にその学校に重点をおいて祈ります。

12月31日、私のいる修道院でも一年間の感謝の祈りが捧げられます。見える形で、また見えないところで学院にお寄せくださった全ての「善意」、「支え」、そして「愛」に神様が報いてくださいますよう、心からお祈り申し上げます。

修道院 クリスマス前晩の祈り

クリスマスおめでとうございます。

12月23日の夜、修道院でヴェイエ(“Veillée”フランス語で「前日」の意)の祈りが行われました。今年は、「世界の平和」「不二聖心で学ぶ生徒たち」「不二聖心で働く教職員」「聖心黙想の家を訪れる方々」「病者」「高齢者」のために特に祈りました。

   

                 光が輝くとは
絶望の夜がないということではない。
それは、夜が照らされ、
それが超えられるということ。
(ハインリッヒ・フリース)

生徒の皆さん、あなた方は、いつもシスターや先生方に「祈られている存在」であるということを忘れないでください。冬休み前の集会でお話したように、自分の心に上った星の導きに従って歩んでいきましょう。

クリスマスの喜びが、これを読んでくださっている全ての皆様の上に豊かにありますように。

クリスマス・キャロル パンフレットより

 主のご降誕おめでとうございます。不二農園が誕生して100年目の今年、私たちはこのキャンパスで100回目のクリスマスを迎えました。
1914年のクリスマスは、園創設者である岩下家の聖堂で祝われたことでしょう。この聖堂は、東名高速道路を作るためにお譲りした土地の一部にありました。外観や内部の様子は、アーカイブ・ウィングの写真やパーラーの暖炉の上の油絵にみることができます。小さいながらステンドグラスが美しい聖堂だったそうです。
学院の澄んだ冬空に瞬く星々には今も見とれてしまいますが、人工的な光がなかった当時は、まさに降るような星空であったことでしょう。馬場もありましたので、「マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には、彼らの泊まる場所がなかったからである。」(ルカ2章7節)という聖書を身近に感じつつ、初めての聖夜を祝ったのではないでしょうか。
不二農園の存在、そして岩下清周、壮一、亀代子の生涯は、かかわった人々に希望と喜びを与えました。その温情の精神は、”Delight”をテーマに掲げる生徒たちに受け継がれています。世界の現状に目を向け、自分たちにできることを探しながら、プラクティス、クリスマス奉仕、クリスマス・キャロルとチャリティ・バザーの準備に取り組んできた生徒たちの思いを汲み取っていただけたら幸いです。ご一緒に平和への思いを新たにしながら、喜びをもって100回目のクリスマスをお祝いしたいと願っております。

中高別朝礼の話(2014年12月1日、2日)

 今、世界中の聖心の生徒達は、ケニアに聖心の小学校を作るプロジェクトに取り組んでいます。これは、ケニアの聖心からの呼びかけに応えたもので、“レンガ1個につき1ドル”という目安で募金活動が行われることになりました。

 長年、ケニアとウガンダの学校で働いたシスター寺田和子が学院で教えていることもあり、不二聖心の生徒たちにとって、ケニアはアフリカ諸国の中でも親しみのある国の一つです。学院内には、水道が完備されていない状況の中で子供達が水汲みの仕事をしている姿や、「JAMBO」という挨拶の言葉が書かれた絵等が飾られています。

 温情の会委員会(奉仕活動委員会)がケニアから届いた英語の手紙を読み、皆に趣旨を伝えるため、全校朝礼でパワーポイントを使ったプレゼンテーションを行い、募金活動をスタートさせました。生徒達は自分のお小遣いからお金を入れています。「何かを我慢して・・・」というよりも、「みんなですばらしいことに参加している!」という喜びが感じられるのが嬉しいことです。

 10代の子供達が学校を立てるプロジェクトに参与する――、あり得ないようなことですが、世界に広がる聖心ネットワークの中では珍しいことではありません。これまでにも、チリ、台湾等、多くの学校が、このような形で創立されてきました。

 日本の聖心も、他の国々からの祈りと大きなサポートによって1908年に創立されました。何より貴重なのは、多くのシスター方が、日本での教育のために、海を渡って来てくださったことです。その方々の多くは、生涯、祖国には帰りませんでした。このような尊い献身によって、不二聖心も今日の土台を作って頂きました。

 生徒達は、この機会を通して、世界の現実について考え、世界中の聖心の仲間と連帯しながら一つのことを作り上げていくという貴重な経験をしています。日頃のお金の使い方を振り返ることにもつながるでしょう。額の多少というようりは、真心のこもった献金をしてくれるよう願っています。

中高別朝礼の話(2014年11月10日、11日)

 聖心のグローバルなネットワークでは、生徒だけではなく、卒業生や教職員のレベルでも様々な研修や交流の機会があります。今年11月初旬には、4年に一度開催される世界聖心同窓会(AMASC)がアメリカで開かれました。今年10月には韓国でアジア・オセアニア地区の校長会が開かれ、来年11月にはメキシコで世界聖心校長会が催されます。

 2009年のヨーロッパ地区の聖心校長会で行われたシスタードロレス・アレキサンドレによる基調講演「心の習慣」の一節に〈対話〉について書かれた次のような箇所があります。

〈対 話〉

1)支配的な意見に左右されないこと
2)自分の見解が絶対の真理だと思いこまないこと
3)迎合主義は避けること
4)相手の立場に自分を置いてみること
5)それぞれの真理は、「その人にとっての真理」であって、「真理そのもの」ではないことを信じること
6)言い争うことなく、反対意見を述べることを学ぶこと
7)現実をゆがめるような偏見にとらわれないこと
8)自分の考えを前向きに述べ、他の人がそれぞれの意見を自由に話せるよう助けること
9)進んで他の人の意見から学ぶよう心がけること

 様々な対立や紛争を抱える世界にあって、武器や弾圧ではなく、対話、祈り、そして愛に根差した働きによって平和な社会を実現していくこと、それは私たちの日常から始まっていくことを、朝礼で生徒達と共に考えてみました。

秋のつどい ごあいさつ(2014年11月1日)

 「虹」―と聴くと、中学2年生以上の不二聖心生は、今年1月9日、学院の本館を包むようにかかった大きな二重の虹を思い浮かべるのではないでしょうか。聖書の中で、虹は「ノアの箱舟」に代表される「神様の約束の実現」の象徴であり、「希望」そのものともいえます。
秋のつどいは、生徒の諸活動の発表を軸としながら、保護者・教職員、卒業生や旧職員の皆様、地域の方々や入学を考えてお訪ねくださる方等、この丘を登るすべての方々とのつながりによって創り上げられていきます。今年のテーマ「サークル・レインボー」は、過去、現在、そして未来に向けてのつながりの中で生まれてくる思いがけないもの、限りなく尊いものに自らを開いていくよう促してくれているようです。

 今年の秋のつどいでは、学院と一体を成す「不二農園創立100周年」への感謝のごミサが捧げられます。1914年に岩下清周によって開設され、神様の計らいによって聖心へ託された不二農園の大自然が、学院の教育活動に豊かに影響を与え続けていることは言うまでもありません。後援会を初め多くの方々のご協力によりアーカイブ・ウィングに新設された「岩下コーナー」等も秋のつどいに合わせてオープンできる運びとなりました。これと調和して、岩下清周ゆかりの温情橋を扱った「五龍館ホテルと幻の橋展」(裾野市西地区青少年育成連絡会主催、裾野市教育員会・不二聖心女子学院講演)も開催していただけることとなりました。
公開日には、「幻の紅茶ただにしき」を使った産官学協働の紅茶菓子“ソフィアージュ®”と共に、新たなる産学協働の実りである「不二農園100周年記念 ほうじ茶羊羹」をお披露目できることとなりました。また、裾野市のご協力のもと、市のマスコット・キャラクター「すそのん」もお祝いにかけつけてくださいます。市長戦略課応報室が担当する「すそのん」育成市民協働プロジェクトチームには、本学院の高校生も参加させていただいております。このような地域とのつながりは、不二農園開祖である岩下家の思いにも適うものと存じます。

 紅葉の装いをまとった不二聖心の丘に集う全ての皆様の上に、神様の祝福をお祈り申し上げます。生徒たちがフロンテイア・スピリット(2014年度学校目標)をもって、心一つに前進し続けてきた教育活動の成果をご覧いただき、今後に向けてより良いものにしていくため、ご批評やご助言を戴けたら幸いです。

後期委員任命式(2014年10月15日)

 今年のノーベル平和賞にパキスタンのマララ・ユサフザイさんが選ばれました。史上最年少17歳での受賞でした。同時代を生きる同世代の彼女の「すべての子供達が教育を受けられるような世界をつくりたい」という使命感に、生徒たちも感動し、大いに共鳴したことと思います。

 今週、学院では、「後期委員任命式」が行われました。不二聖心では、全ての生徒達が、係りとしての仕事を含め、必ず、何らかの役割をもって生活します。

 「誰かのために、何かをしましょう」という思いに、優劣はありません。その思いは、世界中から脚光を浴びる人のものであっても、日本の小さな学院の聖堂で神様に約束した思いであっても、等しく尊いものだと私は思います。

 クラスのため、学院のために自分を使っていく日々の営みの積み重ねが、いつか生徒たちが、より広い世界で自らの使命感を果たしていく土台をつくっていきます。

 “Senper Fidelis~いつも忠実に~”――、フロンティア・スピリット(本年度学校目標)をもって新しい歩みを始めた生徒達に、心からのエールを送りたいと思います。

17日

前期終業式(2014年9月30日)

 去る9月28日、5代目の校長シスター木村すみ子が、神様の元に召されました。静かに眠るようなご様子で、天国に旅立たれたそうです。

シスター木村の時代から、学院は「週五日制と二期制」に移行しました。タワーベルで沈黙で祈る習慣、先生方による宗教朝礼、中3卒業研究の前身である「中3個人研究」、高校オリエンテーリング等、多くのことが新たに始められました。ヨヘネ・パウロホールが建てられ、マリア・ガーデンが作られたのもこの時期でした。

 私は東京にいる頃、シスター木村とご一緒に生活したことがあります。まさに「一糸乱れぬ」という言葉がふさわしい毅然とした方で、いつも決まった時間に熱心に祈っていらっしゃるお姿が印象的でした。不二聖心時代には、よくお墓や聖堂で生徒のために祈っていらした、と聞きます。ふと、シスター木村は、「不二聖心の生徒に対して、どのようなことを考えながら接していらしたのだろうか」と思い、書かれたものを読み返してみました。

 その中に、『かもめのジョナサン』(リチャード・バック)に言及したものがありました。主人公は、「なぜ自分は空を飛ぶのか?それは餌をとるためだけではない。」と考えるかもめです。シスターは、このかもめの成長を引用しながら、次のように書かれていました。

 一つは、「無限の可能性について」。かもめ達の長老であるチャン先生が、ジョナサンに高度な飛行技術である瞬間移動を教える時、秘訣として挙げたこと、それは「まず、ジョナサン自身が自分のことを、限られた存在と考えることをやめること」でした。シスターご自身も、無限の可能性をもつ子供達を信じて、常に新しい目で子供たちを見つめること、そして「キリストの愛の心」で、子供たちを見守っていきたい、と書いていらっしゃいました。

 二つ目は、「“今”を乗り越えること」。子供達は「今ここで学んでいることを通して次の新しい世界を選び取っていく」のだから、目の前にある壁にまともにぶつからないであきらめたりすることがないよう導いていかねばならない、ましてや子供達があきらめる前に、まず大人があきらめるようなことがあってはならない、と書かれていました。

 後期に向けてフロンティア・スピリット(本年度学校目標)を深めていこうとする今、始業式には「新しい勇気」をもって皆が学院に集えるよう祈りながら、子供達の帰りを待ちたいと思います

中高別朝礼の話(2014年9月2日、4日)

 この夏、ある方から『アンが愛した聖書のことば』という本を送って頂きました。聖書のことばが織り込まれた12の章から構成されたエッセイです。

     まず、杯の内側をきよめなさい。
そうすれば、外側もきよくなります。(マタイ23章26節)

 このような聖書のことばで始まる第3章では、グリン・ゲイブルスに来て間もなく、初対面のリンド夫人から、「赤毛とそばかす」をあからさまに批評され癇癪をおこすアンの姿が描かれています。そんなアンですが、マシュとマリラという家族とのかかわりの中で、少しずつ変化していき、ついにはリンド夫人をして「この3年の変わりようは驚きだね。とくに見てくれだ。きれいな娘になったもんだ。」と言わしめるような魅力的な娘へと変わっていきます。

 「神の愛は人を通してあらわされる。その愛を体験していくうちに、人の内側が潤ってくる。内側が変わると、不思議なように顔つきが変わる。潤いが見えるようになる。」そんなアンの美しさは、「精神の輝きが内から光を放つような美しさだ」とこの本の筆者は語っています。               

 毎年9月、生徒たちは学年ごとに「祈りの会」をもちます。日常の喧騒から離れ、自分の内面や友とのかかわり、社会の中で起こっている現実を見つめ直す一一、このような2日間を6年間繰り返すことを通して、日々の生活の中でも自分の「内側」に対する意識を深めていくことの大切さを自然に習っていくようです。毎年、この時にだけ手渡される「祈りの会ノート」は、その人だけの6年間の魂の記録です。

 生徒達は、同じく秋に行われる秋のつどい(学院際)等の動的な行事とは異なる祈りの会の意味を知っています。けれども本当にその価値を知るのは、卒業後のことかもしれません。

中高別朝礼の話(2014年7月7日、8日)

 7月6日(日)に、学院で「温情の灯会 懇話会」があり、温情舎、聖心温情舎、初期の頃の不二聖心の卒業生・旧職員の方々が集まりました。この集まりはいつも“私をあなたの平和の道具にしてください・・・”という「平和の祈り」で始まり、温情舎、聖心温情舎の「校歌」を歌います。「聖心温情舎 校歌」は、不二聖心の校歌の元となったもので、最後の“♪不二聖心~“の部分を”♪聖心温情舎~“と歌っていました。

 私と同じテーブルには、「聖心温情舎」に入学し、「不二聖心女子学院」を卒業したという男性が座っていらっしゃいました。「温情舎」時代の名残で、小学校にはまだ男の子がいた時代です。彼の学年は12人でスタートしたのですが、女の子10人、男の子2人、まさに「24の瞳」のようだったそうです。

 県内の方は、三島市にある「楽寿園」という大きな庭園をご存知でしょう。当時はこの方のご実家でした。小学校入学前にお父様に連れられて聖心温情舎を見学され、三島の公立の学校に行くのとどちらが良いかを尋ねられたこの少年は、ご自分で聖心を選ばれたそうです。不二聖心女子学院中学校は共学ではなかったので、東京の学習院中等部に進学されたのですが、女子が多い環境に慣れていたので男子校でかえって戸惑われたこと、履歴書に「不二聖心女子学院卒業」と書くのに困られたこと等も伺いました。

 そんな小学校時代、1961年に聖心会総長マザー・デュバロンが、ローマから不二聖心女子学院小・中・高等学校を視察にいらっしゃることとなり、一人の小学生男の子がフランス語の特訓を受けて挨拶されたのだそうです。今ならさしずめ英語でしょうが、当時、聖心会の公用語は創立者の母国語であるフランス語でした。驚くことに、この少年は今でも当時のフランス語の挨拶を諳んじることがおできになるそうです。

 人は、きちんと覚えたことは簡単には忘れないものなのでしょう。また岩下壮一師同様、東大に進まれたそうですから優秀な方でもあったのだと思います。ただ、今に至る卒業生同士の絆と、そこから醸し出される雰囲気をからは、それ以上ものを感じずにはいられませんでした。「暗記力」云々というより、温情舎・聖心温情舎での生活が、その人の一生に決定的な影響を与えるようなものであったことの一つのシンボルのように私には思えたからです。

 今年できたばかりの「温情の灯会の祈り」は、「神よ、あなたは私たちを、一つの聖なる温情の地に集めてくださいました・・・」で始まります。今から100年前、岩下清周によって、この地に開かれた不二農園・温情舎は、クリスチャンであった彼の理想や思いを具現化した「聖地」でした。それは今もずっと引き継がれています。皆さんは、全員が温情の会会員であり、ある方々は委員でもあります。私たちもこの祈りに心を合わせ、神様からこの「聖なる地」に集められたことにふさわしく、互いに温情の心をもって過ごして参りましょう。

02

この少年を教えた渡辺先生(マザー岩下亀代子は大伯母にあたる)と田中教頭

中高別朝礼の話(2014年6月30日、7月1日)

 今、ロンドンの聖心で、聖心会第6代総長マザー ジャネット・スチュアートの没後100年祭としてアカデミック・コンファレンスが開催されており、理事長様も出席されています。1857年に英国で生まれ、1911年に総長に選ばれたこの方は、創立者マグダレナ・ソフィア・バラ(1865年帰天)を直接にはご存知なかった最初の総長様でした。

 20世紀初頭、聖心女子学院は世界5大陸に広がり続けていました。そんな時代にあって、スチュアート総長は、マグダレナ・ソフィアから受け継がれた聖心の教育というミッションに忠実であるためには、フランスを中心としたヨーロッパの伝統に固執せず、各々の地域社会や文化、そして時代の変化に適応していかねばならないとして教育の刷新を説かれました。彼女自身、ヨーロッパから始め、船で世界一周の旅をして各地の聖心を視察され、1914年には日本にもいらしています。

 彼女は、生徒一人ひとりがもっている固有の使命について次のように語りました。

 “We must remember that each one of our children is destined for a mission in life. Neither we nor they can know what it is, but we must know and make them believe that each one has a mission in life and that she is bound to find out what it is, that there is some special work for God which will remain undone unless she does it, some place in life which no one else can fill....We must bring home to our children and to ourselves also, the responsibilities of our gifts. We must put our talents at interest not bury them in the earth and the reason is sufficient, that they are God's.” (Janet E. Stuart)

 人には、他の人がその人に代わって果たすことはできないような使命(mission)がある――、これは、よく聞く「人材」とは全く異なる発想です。人材は「有用な人」のことで、「この人がだめなら、あの人」というように入れ替え可能なものともいえるからです。Mission(使命)は、mittere(遣わす)から来た言葉です。私たちは、生まれながらにして取り換え不可能なものとして、一人ひとり神様から遣わされてここにいるということです。このことが本当にわかったら幸いだと思います。

 今日も、私たちは神様から派遣されてここにいます。なんとなく居るわけではありません。まずは今日一日、一人ひとりに対する神様からの呼びかけに心を開いて過ごしてみましょう。

中高別朝礼の話(2014年6月2日、3日)

 5月21日、裾野市立西小学校3年生の児童100名余りがお茶摘みに来てくださいました。初めての試みとして、例年は中学生が行っているお茶摘みを児童の皆さんとペアになって行いました。中学生のお姉さんぶりはとても微笑ましく、異年齢教育が社会性を育てることや不二聖心にかつて小学校があった時代等に思いを馳せました。

 帰り際に、一人の女の子の児童が走り寄ってきて、「あのね、最後に一つきいてもいい?これ、な~に?」と言って、手のひらに「十字架」の印をしました。「ああ、あの塔の上にあるものね。これはね、十字架っていうの。キリスト教で大事にしているもので、“お互いを大切にしましょう”っていう意味なのよ。」「ふ~ん・・・。私ね、中学校は絶対ここに入るの!」「そうなの。じゃあ、待ってるわね!」真剣な眼差しと率直さに圧倒されました。ふと、日本人は自分をはっきり表現しないと言われることがあるけれども本来はそうではない、文化や教育の中にそうさせるものがあるのかもしれないと思いました。それにしてもお茶摘みに来てくれた児童に、キリスト教の本質である十字架について質問されるとは思いませんでした。

 数日後、地区別の保護者会で、ある中1の保護者の方が涙を溜めながら次のような分かち合いをしてくださいました。「エンジェルさんとの対面式の日、中1の生徒は高3の方々と一緒に昼食を頂きました。その時、うちの娘がお弁当をひっくり返してしまったそうです。すると、そこにいらした一人の高3の方が、さっとおにぎりを分けてくださったと娘から聞きました。初対面の娘にこのようにしてくださったというのが本当に有難く、こんな方々のいる学校だから安心して預けられると改めて思いました。」

 この高3がどなたかはわかりませんが、この方に限らず、このようなことが自然に行える皆さんであることはよくわかっています。「愛」のシンボルである十字架は、塔の上の飾りではなく、不二聖心の生徒の中に生きていることを本当にうれしく思います。

中高別朝礼の話(2014年5月18日、19日)

 3月末に、スコットランドのキルグラストンの聖心とマルタ島の聖心へ、5月初旬にカナダのハリファクッスの聖心へ行き、一年間留学中の生徒たちや、短期研修中の生徒たちに会ってきました。それぞれに得難い体験をしているのに感心し、はっとさせられることが多々ありました。

 たとえば、留学中の生徒達は、放課後のお掃除がないのに驚いたそうです。初めは楽で良いと思ったようですが、次第に、自分達の使う場所を自分たちできれいにすることは大切だと感じるようになったそうです。どの文化も完全なものはなく、それぞれから学ぶべきものがあるのは当然ながら、異文化に敬意を表し順応しつつも、良い意味での批判眼をもち、自分なりの見方を構築して生活しているのを頼もしく思いました。

授業については、生徒の主体性が授業を作っていくようなあり方、プレゼンテーションやインタラクションの多さ、特に「間違いを恐れない態度」については習うことも多いようでした。私自身、教える側としてとても参考になると共に、かつて不二聖心に講演にいらした広中平佑先生がおっしゃっていた「非線形」ということばをふと思い出しました。広中先生は、数学の世界のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞された方です。以下のようなお話であったと記憶しています。

「非線形」とは、直線的なものを意味する「線形」とは逆の意味であり、直線的でないことを意味する言葉です。たとえば、水。まっすぐ「線形」で流れた方がよさそうなのに、勢いのある流れになればなるほど、必ず渦を巻く、つまり「非線形」だというのです。人間も同じで、失敗しないことがいいことではない、何かをすれば必ず何パーセントかは失敗がある、むしろ将来性のある人ほど「非線形」であり、色々なことに挑戦しては失敗し、そこから学びつつ成長していくというのです。決して失敗しない方法、それは何もしないことだ、ともおっしゃっていました。

 今年、「フロンテイア・スピリット」を学校目標に掲げる私たちは「非線形」であり続けましょう!


http://sacredhearthfx.blogspot.jp/2014/04/international-student-shares-experience.html

       

中高別朝礼の話(2014年4月28日、29日)

2014年4月27日、バチカンの聖ペトロ大聖堂で2人の教皇が列聖されました。

ヨハネ23世(1881年11月25日-1963年6月3日)は、1958年10月28日から1963年6月3日まで教皇職を務められました。「第2バチカン公会議」の開催を宣言され、カトリック教会を現代化すべく大きく刷新することに着手されました。他宗教との対話に向けてカトリック教会を開き、カトリック信者以外の方を公会議に招きました。第2次大戦後の東西冷戦時代に「対立」ではなく「対話」で紛争を解決することを説いた回勅「地上の平和」は、20世紀においてもっとも重要なバチカン文書と言われ、政治的にも大きな影響を与えました。教皇に選出された時すでに76歳という年齢であったことから、このような大きな働きをされるとは誰も想像していなかったとも言われます。その飾らず、気さくな人柄から、多くの人に愛された教皇でした。


ヨハネ・パウロ2世(1920年5月18日 - 2005年4月2日)は、1978年10月16日 から 2005年4月2日まで教皇を務められました。26年間の在位期間に100か国以上を訪問されたため「空飛ぶ教皇」とも言われ、演説の一部は訪問先の言語を使われるのが常でした。1981年の来日時には広島と長崎を訪れ、日本語でも核兵器の廃絶を訴えられました。広島での「平和アピール」の中で、全ての人々に向けてメッセージを発せられ、全世界の若者たち向けては次のように語りかけられました。「ともに手をとり合って、友情と団結のある未来をつくろうではありませんか。窮乏の中にある兄弟姉妹に手をさし伸べ、空腹に苦しむ者に食物を与え、家のない者に宿を与え、踏みにじられた者を自由にし、不正の支配するところに正義をもたらし、武器の支配するところには平和をもたらそうではありませんか。あなたがたの若い精神は、善と愛を行なう大きな力を持っています。人類同胞のために、その精神をつかいなさい。」(カトリック中央協議会 訳)

お二人の教皇様に共通するのは、それまでの人々が当然のことと考えていた境界線を越えて、世界の平和のための新しい扉を開いていかれたことです。お二人が発せられたメッセージは、今の時代の私たちにも訴えかける力をもっています。本年度学校目標である「フロンテイア・スピリット」から、皆さんは様々な人を思い起こすことでしょう。そして自分の中にも、フロンテイア・スピリットが息づいているのを感じ始めていることでしょう。総長様がおっしゃっていたように、フロンテイア・スピリットというのは、「愛」に方向づけられていくものであることをこのお二人もまた教えてくれるように思います。

中高別朝礼の話(2014年4月14日、15日)

 4月16日に、聖心会の総長Sister Kathleen Conanと総長顧問のSister Kim Sook Heeが、聖心会日本管区長のシスター新庄美重子とご一緒に学院を訪問されます。
現在の総長様は、聖マグダレナ・ソフィア・バラから数えて16代目にあたります。本学院の保護の聖人聖ローズ・フィリピン・ドゥシェーンゆかりの北アメリカのご出身で、かつてグリニッジの聖心の校長を務められていたこともあります。良い機会ですので、聖堂で全校朝礼を行い、本年度の学校目標である「フロンティア・スピリット」についてお話頂くことにしました。英語でのスピーチとなります。上級生は理解できると思いますが、中1の方等のために先生が通訳してくださいます。その場では要約となりますので、後で担任の先生等から再度詳しく伺ってください。総長様は、昨年、コンゴの聖心の寄宿舎で起きた火災のことを寄宿舎主任のシスター足立から伺うやいなや、まだ学校でアナウンスされる前に自主的にベイクト・セールを行って募金を集めたこと、また温情の会としても寄付を送ったことに感銘を受けておられました。
総長顧問というのは、総長を補佐する役割をもつ方で、Sister Kim Sook Heeはアジア地域のご担当です。シスターは一昨年度まで韓国の聖心の校長をされていましたので、本学院と共催して行われている姉妹校交流プログラム「韓国体験学習」等でお会いした方もあるかもしれません。皆さんの中には韓国語を勉強していらっしゃる方もありますから、お会いすることがあったら韓国語でご挨拶してみてください。
管区長様は、日本の聖心会全体の責任者です。現管区長は、1908年の聖心会来日から数えて12代目となります。シスター新庄は東京聖心の校長をされていましたが、不二聖心でも教えていらしたことがあり、寄宿舎の担当もされていました。
国際修道会である聖心会は40か国にネットワークをもっています。不二聖心は、世界30か国の姉妹校のネットワークだけではなく、聖心会の国際ネットワークとつながっているのです。たとえば、皆さんがおかずを我慢する節約弁当によって得られる寄付の一部は、インドネシアでストリートチルドレンのために働くシスター井上にお送りしていますが、インドネシアには聖心の学校はありません。Informal educationといって、国の状況等を考え、あえて学校を作らずに別の形で教育に奉仕することを選択することもあるのです。フィリピン・ドゥシェーンの時代から今日に至るまで、フロンティア・スピリットをもって、まだ聖心会が創立されていない国に向かうシスター方が今もたくさんいます。
高校の入学式の中で、皆さんには国際性を生きる責任があるとお話しました。総長様のご訪問が、皆さんの中にフロンティア・スピリットを燃え立たせ、スキルに留まらない真の国際人としての自覚を促すものとなるよう願っています。

前期始業式・校長講話

不二聖心女子学院 2014(平成26)年度学校目標

実行力を養う フロンテイア スピリット

カトリックの価値観に根ざした全人教育

 不二聖心女子学院では、カトリックの精神に基づき、皆さんが「魂」「知性」「実行力」という領域においてバランスよく成長し、「社会に貢献する賢明な女性」として成長していくよう準備します。これら3つの領域が統合されていくためには、皆さん自身が各領域を自分自身と関連づけて意識していることが必要です。そこで、不二聖心では、毎年、一つ一つの領域に焦点をあて、学校の年度目標に取り入れています。先生方とご相談し、今年は「実行力を養う」を取り上げ、より具体的な目標としては「フロンティア・スピリット」(開拓者精神)を掲げることにしました。今日は、不二聖心女子学院創立に至る二つの流れから、二人の方の生き方をもとに、今年の目標について考えてみましょう。

1)  聖フィリピン・ドゥシェーン 「いかに幸いなことか、良き訪れを伝える者の足は」(イザヤ書52:7)

 カトリックの学校は、それぞれにゆかりのある保護の聖人を戴いていますが、フロンテイア・スピリットは、本学院の保護の聖人である聖ローズ・フィリピン・ドゥシェーンの代名詞でもあります。フィリピンは、創立者マグダレナ・ソフィア・バラに願い出て、アメリカ大陸へ派遣され、聖心女子学院を開校しました。これは、ヨーロッパ以外の地への初めての設立であり、学院が世界5大陸へと広がりゆくきっかけとなりました。不二聖心女子学院もこの大きな流れの中で誕生したのです。
1818年3月21日、フィリピンは4人の同志と共にレベッカ号に乗ってフランスのボルドー港を出航、5月29日にニューオーリンズに錨をおろしました。19世紀初頭、異なる言語・文化の中でのミッションは現在とは比べものにならない程の困難を伴いましたが、フィリピンは、「大きな目的のためには惜しみなく自分を捧げる」という“ドゥシェーン気質”をもって幾多の苦難を乗り越え、9月にはセントルイスに初めての学院を建てました。これが、現在不二聖心がアメリカ体験学習で訪れているAcademy of the Sacred Heartです。以後、1852年11月18日に帰天するまで、34年の長きにわたりアメリカ大陸でのミッションに献身しました。
1988年にバチカンの聖ペトロ大聖堂で行われたフィリピンの列聖式の中で、教皇ヨハネ・パウロ2世は、「果敢な宣教魂をもったこの偉大な開拓者は、神の愛に燃えた心の目で未来を見たのです。革命後のフランスのニーズを超えて、新しい世界、北米のニーズを見たのです。『全世界に行って、すべての人に福音を宣べ伝えよ』とのイエスのみことばを実践したフィリピンは、神の招きは全ての人に向けられたものであり、国家、政治、文化、民族を超えたものであることを思いおこさせてくれます」と讃えました。
2) 岩下壮一「闇をてらす足おと」 ― 不二農園100周年を迎えてー

 大正初期、関西の実業家であった岩下清周氏がこの地に移り住み、それまでの農園を「不二農園」と改名してから今年で100年目にあたります。近代農業に取り組んだ不二農園の先駆性、私財を投じて地域の子供たちのために農園内に創立した私立温情舎小学校(不二聖心の前身)のヒューマニズムに富んだ進取の気風の中にも、フロンティア・スピリットが満ちていました。
清周氏の志は、長男でカトリックの司祭でもあった岩下壮一神父様に受け継がれていきました。神父様は、6年間に及ぶヨーロッパ留学から帰国後、哲学の研究者としての道を敢えて辞し、温情舎小学校初代校長として教育に献身すると共に、日本人として初めて神山復生病院第6代院長となり、当時日本で猛威を奮ったハンセン病の患者の方々のために生涯を捧げました。
復生病院は、フランス人のミッショナリーが開いたハンセン病療養施設が始まりで、5代までの院長は全て外国人の神父様方でした。壮一神父様は、同じ日本人として、心身の苦しみに喘ぐ同胞に寄り添い、尽力することに強い責任感と使命を感じていらしたといいます。父清周氏の遺産を注ぎ込み、寄付を募り、患者たちの立場に立って病院の施設や生活を改善していきました。「天刑病」として差別され、家族から隔離され、本名を捨てて生きねばならなかった病者の方々は、壮一神父様と出会うことで人間性を回復していきました。まさに「復生」をもたらしたともいえる姿は、作家重兼房子によって『闇をてらす足おと―岩下壮一と復生病院物語』(春秋社1986年)の中で描かれています。
3)  フロンティア・スピリットに満たされて

 中学校の入学式ではオープンハートで「二人といない自分」(不二)に与えられた可能性を開花させましょうと、高校の入学式では”Vocation”をもとに、一人ひとりがその人にしか果たせない使命が名指しで与えられているということをお話しました。人と比べたり、既成の枠組や先入観に捕らわれずに、自分の深みで響く呼びかけに耳を澄まし、周囲のため、また自分自身のために本当に大切だと思う事柄に出会ったら、勇気と創造力、そして忍耐をもって向き合い、取り組んでみましょう。それは、身近なことから始まると思います。
また、今年は特に、学習においても、活動や態度、内面性においても、自分の中の未開拓の領域、これまであまり向き合ってこなかった未知なる分野、または新しいフィールドを意識し、チャレンジしてみましょう。向き合わずにあきらめてしまっていることがあったら、そのままで良いのかどうか確かめてみることも必要です。10代であきらめるには早すぎることもあるのではないでしょうか。
日々の生活の中で意識してできることは、目立たない、ごく小さなことかもしれません。けれど、すべては日常から始まるのです。ローズ・フィリピンや、岩下壮一神父様もそうでした。学生時代の学びや普段の小さな選択、姿勢や態度が、将来の大きな決断を支えたのです。
グローバル化がもたらす光と影が複雑に錯綜する現代にあって、世界をよりよく変容していく新しい生き方を提示し、信念をもってそれを生き抜く人――、世界は、そのような人を必要としています。前人未踏の世界に踏み込む勇気が必要かもしれません。
 皆さんの不二聖心女子学院での現在の学びが、世界の未来を作っていくと私は信じています。先生方も負けてはいません。皆で、不二聖心をフロンティア・スピリットで充満させましょう!

『卒業研究』巻頭言より

 不二聖心女子学院の「卒業研究」の起源は、1978(昭和53)年に始められた「中3個人研究」にあります。この試みは、学院の目指す「創造性に富む堅実な思考力と正しい判断力を育てることを具体化していこうとするもの」であり、「各教科の枠を越えて一人ひとりが興味のある問題を自主的に、長い月日を費やして深く研究していくという作業を通して『学ぶこととは何であるか』を体得させたい」との願いから始まりました(1985(昭和60)年度『中3個人研究』)。生徒一人ひとりに対するメンター制度、秋のつどいでの研究発表、口頭試問、冊子発行等、今では当然のことのように行われていますが、35年前、最初にこのアイディアを共有し、実現の可能性を模索し、ついには研究体制を立ち上げられたシスター・先生方の教育への情熱と、新たな学習の地平を見つめて真摯に研究に取り組んだ生徒たちの姿勢に深い尊敬の念を覚えます。

 アーカイブ室には、歴代の卒業生全員の研究が掲載された冊子が大切に保存されており、研究方法の変遷や研究環境充実の過程を知ることができます。1986(昭和61)年には中学校の学習の集大成の意味を込めて名称を「卒業研究」と改め、今日に至っています。本年度からは、6カ年の学習デザインの中で、Foundation からOriginalityへの架け橋として卒業研究を位置づけることと致しました。

 2013年度の学校目標「知性を磨く~若さを価値あるものとせよ~」を胸に、知の可能性に挑戦した生徒たちが、今後の学びの中でこの経験を「各々に与えられた使命」とつなげて、深めていってくれるよう心から願っております。

     

『桃園』巻頭言より

    

 母の会誌『桃園』が創刊されたのは、翌年に学院創立20周年を控えた1971(昭和46)年のことです。前年には奨学会のご尽力によって地区会が始まっていました。1955(昭和39)年にできた寄宿舎には、現在よりも広い範囲から生徒が集まっており、『桃園』は地区会と共に、多様な地域から集う保護者を有機的につなぐことを目的に創刊されました。

「桃園」とは、裾野市中心部から西の方向に位置する三角形の地域を指します。この地の歴史は古く、1551(天文20)年に今川義元が発給した文書にも登場します。不二聖心女子学院創立当初の学院の住所は「駿東郡富岡村桃園198番地」、1957年に富岡村と須山村が裾野町に合併され、1971(昭和46)年には市制施行して裾野市となりましたが、「桃園」という名前はずっと学院と共にあります。

 この地名の由来は、平安時代にまで遡ると言われます。第56代清和天皇の第六皇子貞純親王は、京都の邸宅があった地名が「桃園」であることから「桃園親王」と呼ばれ、邸宅の菜園では主として桃の木を植えていたといいます。晩年、事情があって東下された親王は、916(延喜16)年に亡くなられるまで千福村の山城に住まわれ、この地に埋葬されました。1904(明治37)年、学院がまだ「鈴木農場」であった時代に敷地内で親王が埋葬され石の祠が立てられた場所が発見されました。その後、石の祠は桃園親王塔発見の経緯を刻んだ石碑と共に、学院近くにある親王を祭神とする桃園神社境内に納められ現在に至っています。(『裾野市史』裾野市史編さん委員会2001年、『われらが学び舎温情舎』温情の灯会2001年 参照)

 創刊号には保護者の「愛とまことと犠牲とよろこびの数々を子供たちの一人一人にそっと感じ取りつつ、その力に支えられながらご一緒によりよい親と教師とになって参りたい」と書かれています。古来、桃は女子の美しさにたとえられ、桃の節句ではその健やかな成長を祈られてきました。かつて不二農園にも様々な果樹が栽培されており、桃の林もありました。『桃園』創刊にかかわった方々が、由緒ある地名とその歴史、そして学院で目にする桃の花や実を子供たちの成長への願いに重ねながら機関誌に『桃園』と名づけたことは想像に難くありません。今年もまた、同じ願いをもって、『桃園』を皆様にお届けしたいと思います。

『欅坂』巻頭言より:若き日に、あなたの造り主を心に刻みなさい。(コヘレト書12章1節)

 不二聖心女子学院は、2013年度に創立61年目を迎えました。先立つ長い歴史があるのですが、この地に聖心会の修道院が創立された年をもって学院創立と定めています。初代校長は東京の聖心女子学院校長のマザー吉川茂仁香が兼任していましたが、当時マザーたちが外出される機会は限られており、実際には初代修道院長マザーエリザベス・ダフが校長のような役割もなさっていたようです。

 アイルランドご出身のマザーダフは聖心会入会後1907年にロンドンで初誓願、一九一二年にベルギーのブラッセルで終生誓願を宣立の後アイルランドに戻り、1917年から10年ほどロスクレアの聖心女子学院の校長を務められました。この学校は1842年の創立で、マグダレナ・ソフィアの生前に建った学校の一つです。若い頃から東洋へのミッションを望んでいらしたマザーは、一九三四年から上海聖心へ派遣されました。1937年の日中戦争、1939年に勃発した第二次世界大戦に代表される苦難の時代でした。その間、副院長として、幼稚園から大学までの広がりをみせた上海聖心での教育活動に献身されました。終戦後の1951年には中国政府により上海聖心が接収され閉鎖、他の聖心会会員が離国を余儀なくされる中、院長や大学学長らと共に上海で拘留されました。マザーは生命の保証もない状態にあっても希望を失わず、明るい便りを書き続けていらしたといいます。

 1952年の一月半ばに日本に渡る許可が下りると、同年4月には5か国8名の聖心会員と共に裾野の地を踏みしめていらっしゃいました。70歳近かったはずですが、明るさとユーモア、マザーを知る人が等しく感じた温かさをもって、不二聖心女子学院の礎を着々と築き上げていらしたお姿は、1962年5月から8月までの3か月にも及んだ「院長様金祝」(マザーの終生誓願宣立から50年目の祝いの記録)と書かれたアルバム等にみることができます。お祝いには小林秀也裾野町長もお祝いにかけつけられました。当時の裾野では外国人が珍しかったため、「マザーダフはエリザベス女王のいとこ」という噂もたったといいます。地域の方々にも愛されたマザーのお人柄が偲ばれます。学校で授業を担当されなくなった後も、英語のプライベートレッスン等を続けられたマザーは、一九七二年、聖心の月である6月11日に88歳で天に召されました。

 今年の学校目標「若さを価値あるものとせよ」は、マザーダフが実際に生徒に語られたお言葉です。学院が、人生でいえば還暦ともいうべき年を迎えるにあたり、不二聖心のルーツと、学院に生涯をかけた方々の思いに聴きたいと考えていた時、60年たっても色褪せることのないこのお言葉を、ぜひ生徒たちに伝えたいと思いました。ご生涯に思いを馳せつつ耳を傾ける時、「生涯をかけるに値するものに目を向けましょう」というマザーの祈りにふれる思いがいたします。

不二雪景(2014年2月12日)

 2月8日の大雪で、不二聖心にも10cmほどの雪が積もりました。広大なキャンパスゆえ生徒たちのために道を確保するのが精いっぱいで、雪の下の花々のことが気になりながらも花壇には手がつかない状況でした。「根がしっかりしているから大丈夫ですよ」と言われたものの、屋根から落ちる雪が積もる花壇の上の雪は40cmにもなっていました。

ひと息ついた今日、皆で雪をどけてみると、色とりどりの花がしっかりと顔を出しました。雪国では真っ白な雪の下から緑の草が萌え出てくるのは自然なことですが、ここは気候温暖な不二の裾野の桃園の地――、なんだか感動しました。修道院のあるシスターが、生徒や教職員のためにと心を込めて植えてくださった花々です。少し横になった茎も、土にはりついた花びらも、陽を浴びて再生していくことでしょう、高校3年生が卒業式を迎える日までには。

        花はなぜ美しいか ひとすじの気持ちで咲いているからだ
(八木重吉「花」)

              

中高別朝礼の話(2014年2月3日、4日)

 駐日米国大使として赴任されたCaroline Kennedyが、ニューヨークの聖心の卒業生であることを皆さんはご存知でしょう。ケネディ一族は、政治や実業界だけではなくチャリティなどの社会的活動でも有名で、キャロラインも恵まれない環境にある子供たちの教育に関心をもちつつ、ニューヨークの公立学校でボランティアで詩を教える活動を長く続けていたようです。

昨年11月に初の地方公務として被災地を訪問した際、宮城県石巻市の小学校に英語の絵本110冊を寄贈、自ら読み聞かせも行ったというニュースを耳にした時、それまでの彼女のライフワークとのつながりを感じました。

 そんな彼女の経験をもとに出版された“Poems to Learn by Heart”という本があります。彼女の選んだ詩が、家族、友情、自然等のセクションに分けて掲載されていて、各セクションの冒頭にコメントが書かれています。

            

この本の中には、私が皆さんくらいの年代だった頃から好きだった詩人の作品もとられています。そんなこともあって、一度心の奥深くに入ったことばは決して消えることはなく、普段は意識していなくても必要な時には必ず現れ、自分を支えてくれるという「ことばの力」についての彼女の主張がぴんときました。

また、テクノロジーの進化により便利なツールやディバイスに囲まれた現代では軽視されがちな「暗唱 / 暗記する力」についても改めて考えされました。読んでみてください。

学年末が近づき、達成感を感じている分野がある一方で、そうでない領域もあるかもしれません。今日は、この本の中から、フィリピン・ドゥシェーンを思い出させるoak(ナラの木)に因んだ短い詩をご紹介します。

Don’t Worry if Your Job Is Small
Anoymous

                                     Don’t worry if your job is small
                                     And your rewards are few.
                                     Remember that the mighty oak,
                                     Was once a nut like you.

台湾聖心からの短期留学生を迎えて(2014年1月24日) 

 今年も台湾聖心から短期留学生を迎えることができました。多文化に開かれ、複数の言語を話す彼女の存在は、今年も本学院の生徒たちに良い刺激を与えてくれています。毎年、寄宿舎とホームステイの両方の経験ができる形でお迎えしているのですが、寄宿舎の先生の中には、英語のみならず、中国語や韓国語に堪能な方もあり、寄宿舎でも様々な言語での会話が飛び交っています。

不二聖心と台湾聖心とは不思議なつながりがあります。それは1950年の上海聖心の閉校に遡ります。志半ばで国を追われた上海聖心のシスター方は、ある方々は台湾へ、ある方々は日本へ渡り、上海で消された「聖心の灯」をそれぞれの国において、灯すことに生涯をかけました。こうして1952年に不二聖心が、1960年に台湾聖心が設立されました。

台湾聖心の創立にあたっては、全世界の聖心女子学院の生徒から50セントほどの寄付が募られました。「台北市の学院の創立者の皆さん」と呼びかけられた生徒たちは熱心に協力し、やがて家庭でも大きな関心事となりました。寄付は順調に集まり、5年後には中国風の佇まいの中に西洋的な要素が融合した立派な校舎が建ちました。四隅が天に向かってそそり立つ彫刻を施された黄金色の屋根、大きな朱塗りの柱、中庭に向かって開かれている月型の門、その風格には圧倒されるものがあります。

そのような歴史をもつ台湾聖心もまた、広く世界に開かれた伝統をもっています。毎年8月に台湾聖心を会場に開かれる台湾Cultural Exchange Programには、世界中の姉妹校から生徒が集い、台湾の文化や言語について学び、グローバルな視点から意見を交わします。

              台湾聖心

韓国のソウル聖心の生徒たちの訪問(2014年1月16日)

 잘 오셨습니다.(ようこそ!)
 明日から韓国のソウル聖心の生徒たちが学院を訪問し、ホームステイをします。これは1991(平成3)年に不二聖心で行われたアジア姉妹校交流会がきっかけとなり、翌1992(平成4)年からソウル聖心と共催で始まったものです。
 毎年、夏休みには本学院の生徒がソウル聖心を訪問します。国と国との関係は難しい課題を抱えていますが、このような時であるからこそ、若くしなやかな感性をもって、お互いの歴史や文化から学び合い、友情を深めつつ、新しい時代を構築していこうとする生徒たちの姿が眩しく思えます。以下、2012年の夏に私が参加した時の感想の一端です。
韓国体験学習

                                               イエスの聖心のうちに 一つの心
                                                                                                  引率 大原 眞実
ソウル聖心の生徒との出会いの場面がとても印象的に残っています。それまでメール等でやりとりしていたとはいうものの、初対面同士のはずなのに、懐かしい人と再会したかのような雰囲気で感動しあっている様子に思わず見入ってしまいました。後日、板門店を訪ねた後、昼食をとったレストランで、日本から来ていた高校生のグループと隣り合わせになりました。韓国の提携校との間で、私たちと同じようなプログラムを行っているとのこと、意義ある体験をしている様子が伝わってきました。
 ただ、生徒間の交流という意味では、同じルーツをもつ姉妹校の生徒間で体験し得るようなものとは少し異なるかもしれない、とふと思いました。姉妹校には、理屈抜きでつながっていける何かがあります。それは日本の姉妹校の生徒同士も同様で、ソウル最後の夜の「最後の晩餐」に続く「最後のお茶会」では、一人残らず最高に幸せそうな笑顔で語り合っていました。教員間も同じでした。「私たちをつないでいる何かがある」と誰もが感じていたと思います。
 この体験学習に参加する機会を頂いた者としての使命を真剣かつ謙虚に語っていた参加者ひとりひとりの顔を思い浮かべながら、その思いが神様によって強められ、それぞれの場で実っていくよう願ってやみません。
                                 (2012年度「海外体験学習」冊子より)

新年を迎えて(2014年1月7日)

新年おめでとうございます。

 1月6日、生徒たちを迎える前日、神父様をお迎えし、教職員が集ってごミサを捧げました。祈りの中心は、「神様から託されている大切な生徒たち」です。ミサの先唱、朗読、奉納、共同祈願、伴奏のみならず、侍者やアンサンブルまで、普段生徒たちがしていることをすべて先生方で心をこめて担当しました。リハーサルも含めての真剣そのものです。ピュアな雰囲気に、今年も感動しました。
                     

新年ミサ
さて、今年、不二聖心は、ローカル、グローバル両方のレベルで記念すべき年です。

1)不二農園の100周年記念
1875(明治8)年からこの地に農場はありましたが、1914(大正3)年に岩下家の所有になってから「不二農園」と命名されました。その後、1920(大正9)年に創立された温情舎小学校と共に、不二農園は地域に貢献することを大切にしてきました。

 1945(昭和20)年、不二農園・温情舎が、マザー岩下亀代子を通して聖心会に寄贈されたことが不二聖心誕生のきっかけとなりました。私たちも地域と共に歩む学校でありたいと思っています。今年の様々なお祝いを通して、さらに開かれた学校づくりを推進して参ります。

2)聖心会 第6代総長 マザー ジャネット・スチユアートの没後100年祭
「天性の教育者」と謳われ、「聖心の教育」に関する多くの優れた著作を残されたマザーを記念して、世界に広がる聖心のスクール・ネットワークの中でお祝いが行われます。不二聖心の教育をさらに深める機会になることと思います。

 変化の時期というのは、細心の注意力を要するものです。
遠くの地平を見つめながら、同時にどんな些細なことにも耳を傾けることを怠らず、読むこと、振り返ること、そして探求をやめてはなりません。
私たちの使命を助けてくれる知識を得るために、心は柔軟でなければなりません。・・・
動かない止まった状態でいることは、腐敗を意味するのです。美しい過去に安住しないようにしましょう。                                                    Mother Stuarttuki

  皆様の上に、神様の祝福が豊かにありますように。

冬休み前の全校集会での話より抜粋(2013年12月18日)

 12月5日、ネルソン・マンデラの帰天が報じられました。世界中が彼の死を悼み、葬儀には、各国の国家元首を始め多くの人が参列しました。マンデラは、若くして反アパルトヘイト運動に身を投じたことから1964年に国家反逆罪で終身刑の判決を受け、27年間に及ぶ獄中生活を送りました。釈放後、1991年にアフリカ民族会議(ANC)の議長に就任し、アパルトヘイト撤廃に尽力した功績から1993年にノーベル平和賞を受賞、翌年、南アフリカで初めて全ての人種の人々が参加して実施された選挙を経て大統領に就任した後も民族和解の政策を推進し、全民族融和の象徴として尊敬を集めました。彼をこのように導いたのは、若き日にキリスト教のミッション・スクールで受けた教育だったと言われます。実際、彼自身、メソジスト系のクリスチャンでした。

freepicよりネルソン・マンデラの肖像画を引用

             
富士山が世界遺産になった今年、不二農園の紅茶タダニシキを使ったソフィアージュのプロジェクトがきっかけで、11月20日に県内の私学として初めて川勝知事が不二聖心をしてくださいました。聖堂で手を合わせられた時のご様子、代表の生徒一人ひとりへの対応のされ方、「不二聖心の“不二”とはどのような意味かわかりますか?この校名にふさわしく、二人といない自分を大切にしてください。」というお言葉等から、「もしかしたら?」と思ったのですが、後に京都のカトリック系ミッション・スクールのご出身であることを知りました。

皆さんが、「若さを価値あるものとする」ということは、二人といない自分を大切にすることでもあります。先生方も含めて、ここにいる私たちには、この世界でたった一人の存在として生を受けた者として、その人にしか果たせない使命(ミッション)が与えられています。それはネルソン・マンデラでも、ここにいるあなたでも同じことです。マンデラは、自らの命さえ顧みず、黒人に対する差別撤廃に取り組みました。一見、自分のことを捨てているかのような人生ですが、深いところで自らを支える意志に忠実であった彼は、本当の意味で自分を大切にした生きた方をしたといえるでしょう。これからも、本年度の目標「知性を磨く~若さを価値あるものとせよ~」を心に刻み、与えられた今を真に価値あるものとする努力を続けるあなたたちであってください。


皆さんとご家族の方々の上に神様の祝福を祈ります。良いクリスマスと新年を迎えられることを願いつつ、1月にまたこうして皆で集える日を心待ちにしています。

クリスマス・キャロル パンフレット ごあいさつより(2013年12月13日)

 主のご降誕のお喜びを申し上げます。

今年のクリスマス・キャロルのテーマは、1971年にJohn Lenonが発表した代表曲"Imagine"を思い出させます。この曲は、様々な国で音楽の教科書等に取り上げられ、世界を大きく揺るがすような紛争や出来事が起こった時には、人々を原点に帰るよう促す強いメッセージを発信し続けています。

Imagine all the people
Living life in peace
You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one
( John Lenon"Imagine"より)

私たちの原点は、キリストご誕生の時に天使が告げた「いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、御心に適う人にあれ」いうメッセージにこめられた祈りにあります。この祈りは、最初のクリスマスから、神によってもたらされる平和な世界の到来を想像する人々によって受け継がれてきました。

「想像する」ことには大きな力があります。次代を担う生徒たちが、そこから生まれる力に信頼し、困難な時代にあっても、失望ではなく希望を、対立ではなく連帯をもって、平和な世界の建設者となっていくこと――、それこそが初代院長マザーエリザベス・ダフが願われた若さを価値あるものとすることにつながるのではないでしょうか。

今日のお祝いの中で皆様と共に捧げられる祈りが、チャリティセールの実りが、「神の栄光」と「地の平和」を現実のものとする方向へと私たちを導いていくよう心から願っております。 

クリスマスキャロル不二聖心女子学院  

中高別朝礼(2013年12月2日、3日)

 12月2日の日曜日から待降節(アドベント)が始まりました。待降節は、「キリストの誕生を待つ」時です。ただし漠然と待つのではなく、キリストとの親しさを深めつつ自分を整えて待つことの大切さが昔から強調されてきました。
 皆さんが始めたプラクティスもこれにつながるものです。「クラスで決めたプラクティスの内容を守れたか、どうか」に留まるのではなく、待降節の意味を深めながら続けていきましょう。皆で決めたプラクティスをいい加減に行うようでは困りますが、いくら完璧に守っても、心の中で守れない人を批判していたのでは本当のプラクティスにはならない、ともいえるでしょう。プラクティスが本来「何を目的としているか」に心を向けましょう。
 
 今日は、「ゆりの行列」です。もっともキリストと親しくつながっているマリア様に向かう時です。皆さん一人ひとりがゆりの花を捧げて「マリア様、私の心のゆりをお捧げします。いつまでも清く保つことができますように」と祈ります。
 「いつまでも清く保つことができますように」というのは、別の言い方で言うと、「生涯神様につながっていることができますように」、「そして神様の思いにかなった生き方ができますようお守りください」ということです。また、「心」というのは、その人の中心ですから、「自分自身」といってもよいでしょう。ゆりの花を捧げる時、皆さんは自分自身をお捧げするのです。
 
待降節の中に「ゆりの行列が」が置かれているのはとても意味深いことです。クリスマス・キャロルまでの間、日々の生活の中で、プラクティスを通して、神様に自分を捧げてください。そのような準備を経てクリスマス・キャロルが迎えられたら、きっとあなたたちの歌声が神様に届き、テーマである「イマジン」にふさわしい日となるでしょう。
 今なお続く東日本大震災の影響、連日テレビで放映される韓国や中国との関係、なかなか進まないフィリピンの台風からの復興など、世界は様々な問題を抱えています。皆さんの中にも、何らかの壁にぶつかっている人もあるでしょう。簡単なことではありませんが、現実に目を背けることなく、皆さん自身が希望の光となれるよう、思いや決意を新たにするキャロルとなることを願っています。

               ゆりの行列

若さを価値あるものに(2013年11月29日)

 2013年3月19日、アルゼンチン出身のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が第266代教皇に選出されました。就任にあたり新教皇が選ばれた「フランシスコ」という名は、中世において教会改革に大きな役割を果たしたアシジの聖フランシスコにちなむもので、新教皇の素朴な人柄、貧しい人々との近さ、質素さ、謙虚さを感じさせます。そしてフランシスコ教皇が世界に向けて発するメッセージは、就任以来、霊的な深さと教会刷新に対する献身によって多くの共感を呼んでいます


2013年7月27日に行われたWYD(ワールド・ユース デー)リオデジャネイロ大会「夕の祈り」の講話の中で、教皇様は世界中から集まった350万人の若者に向けて次のように語られました。

 若い心は、よりよい世界を築くことを望みます。(中略)どうか変化の主役となることを他の人に任せないでください。皆さんこそが未来を手にしています。皆さんを通して世界に未来が到来するのです。どうかこの変化の主役となってください。無関心を克服し、世界のさまざまな地域に生じている社会と政治の不安に対してキリスト教的な答えを示してください。世界の建設者となってください。世界をよりよいものとするために働いてください。イエスは傍観者とならずに、自ら積極的にかかわりました。人生の傍観者とならずに、イエスと同じように積極的にかかわってください。
(カトリック中央協議会HPより)

 続く講話の中で、よりよい世界を築くことは「自分から始まる」こと、ゆえに一人ひとりが心を開き「神様に聴く」ことの大切さを強調していらっしゃいます。

 本年度も、学院で学ぶ全ての生徒たちが奉仕活動や体験学習に取り組みました。自分の殻から抜け出し、異なる文化や環境の中で生きる人々と出会い、心と頭と体を使ってかかわる体験の蓄積が、未来の担い手たちを、「人生の傍観者」ではなく「変化の主役」に、そして「世界の一員としての連帯感と使命感をもって、よりよい社会を築くことに貢献する賢明な女性」(教育理念より)へと育てていくことを願ってやみません。
                                                             logo
(2013年度 「奉仕活動・海外体験学習」冊子巻頭言より)

2013年11月23日

 修道院へ帰る道すがら見上げた夜空、満天の星です。塔の先端の十字架を囲む光を見ているうちに、秋のつどいの後、本館前で寄宿生を待っていらした保護者の方々との会話を思い出しました。友人との別れを惜しんでいるのでしょうか、なかなか現れない子供たちを待つには少し暗すぎるような気がして、「もう少し街灯が必要ですね」と申し上げたところ、にっこりと微笑まれ「これでかまいません」とおっしゃいました。そして、意外そうな顔をしたであろう私に、「星が綺麗に見えますから」と言われました。見上げると、大粒の星々が目に飛び込んできました。街灯については様々なお考えもあるでしょうが、このような詩的で落ち着いた心で待たれている子供たちは、とても幸せだと思いました。

アドベント(待降節)も近づき、学院にはクリスマス・キャロルの歌声が響いています。クラス毎に決めたプラクティスはクリスマスを待つ心を整え、チャリティセールの準備は子供たちの目を社会の現実に深く開かせていきます。こうして、今年も生徒たちは「本当のクリスマス」を体験していくことでしょう。暗闇の中でこそ、星は輝く――、キリストの誕生を告げる星に導かれて歩み続けた東方の博士たちのように、不二聖心で学ぶ生徒たちが、いついかなる時も愛と真理の光に導かれて歩み続けるよう願います。

不二聖心の澄んだ空気の中で瞬く星々が、今宵も寄宿舎で過ごす生徒たちを黙って見守っています。同じ星の光が、ご家族と共に過ごす通学生を見つめています。

2013年11月15日

 秋のつどいが近づいて忙しそうにしている生徒たちに対して、卒業生の先生が、全校朝礼でこんなお話をされました。

私たちが不二聖心で学んでいた時、よく言われたことの一つは、『同時に2つ、3つのことをこなせるようでありなさい。ただし、バタバタせずに、エレガントにこなせるようでありなさい。』

 この助言の影響もあったのでしょうか、生徒たちの代表が集まる委員会で、今月の生活目標が「美・Elegant」と決められました。”Be Elegant” が新しい形で表現した発想がとても面白いと思いました。

 不二聖心女子学院の生活では、授業や試験、豊かな行事やアクティビティが多彩に織りなされていきます。上級生から伝えられる「マナーブック」の伝統も息づいています。そのような日々の中で培われる力を生徒たちが本当に実感するのは、物事が自分に都合よく起こるとは限らない社会に出た時かもしません。

”Elegant”ということばは、「他の人が敬意を払わずにはいられないような様」を表すと聞いたことがあります。生徒たちの内面性の豊かさが自然と顕れるのにはっとさせられ、思わず敬意を払いたくなる、そんな瞬間に今日も出会いました。

2013年11月7日

 アメリカの絵本作家バーバラ・クーニーの「ルピナスさん」(掛川恭子訳 1987年ほるぷ出版)という本をご存知でしょうか?
ルピナスさん

「世の中を、もっとうつくしくするために、なにかしてもらいたいのだよ」

 少女時代、祖父にこのように言われた主人公は、なにをすればいいのかわからないながらも、それを祖父に約束します。答えが見つからないまま年老いた主人公は、ある冬、背中の痛みを感じて床にふせる中、村中に大好きなルピナスの種を蒔くことを思いつきます。村の人々は初め彼女の行為を全く理解しませんでしたが、彼女は夢中で種を蒔き続けていきます。不思議なことに、その働きの中で背中の痛みも消えていきます。そして、次の年の春、村中が青や紫、ピンクのルピナスでうつくしくうめつくされるのです。ようやく祖父との約束を果たした彼女は、今度はこどもたちに、おじいさんと同じ言葉を伝えていく、というお話です。

 週末、出張先で以前読んでこの本に偶然出会い、今週、職員室の窓の下に出現した花壇を思い出しました。よく見ると花壇の端は古くから半円形に置かれていたらしい石で囲まれています。実はこれは、第5代校長のシスター木村が大事に作っていらした花壇なのだそうです。それを思い出した修道院の一人のシスターが、土に埋もれていた石をきれいにし、秋のつどいの準備で忙しい生徒や先生方が少しでもほっとするようにと、黙ってビオラの花を植え、花壇を再生してくださったのです。もちろん秋のつどいでいらっしゃる皆様のことも考え、11月3日に間に合わせてくださいました。

 不二聖心の生徒たちもまた、「世の中を、もっとうつくしいものにするために、なにかしなくては」という思いを大切に育てています。                                            (大阪にて)

秋のつどい開催にあたってのごあいさつ(10月29日)

 広大なキャンパスを彩る大自然が秋色に染まる中、今年も不二聖心を愛する多くの皆様をお迎えして「秋のつどい」を開催できることを心から感謝いたします。

 今年のテーマ“Neverland”は、元々はスコットランドの作家ジェームス・マシュー・バリー卿(1860年5月9日 - 1937年6月19日)の作品『ピーターパン』に登場する国で、永遠に年をとらない子どもたちが妖精とともに暮らしています。一見こども向きに書かれた作品でありながら、含蓄に富んでおり、100年以上たった今でも、文化や年代を超えて、多くの人々に愛され続けています。人は、生き生きとしたNeverlandを通って、自立への歩みを始めるのかもしれません。その秘訣は、バリー卿の次のような逆説的なことばにも隠されているのではないでしょうか。

          幸福の秘訣は、自分がやりたいことをするのではなく、
                                                         自分がやるべきことを好きになることだ。


 ご覧いただく数々の作品や発表、そして秋のつどい全体を皆で作り上げるプロセス全体を通して、生徒たちもこのような思いにふれ、共有し、そしてまた一段、大人へのステップを上ったように思います。

 不二聖心女子学院は今年、初代院長マザー エリザベス・ダフのスピリットに立ち返り、「知性を磨く~若さを価値あるものとせよ~」を学校目標として教育活動を行っております。今日の出会いを通して、世界の未来を担う生徒たちの若さの輝きを感じとって頂けたら幸いです。
                                                   (秋のつどいパンフレットより)

寄宿舎後期任命式(2013年10月17日)

 明日は、卒業生で女優の藤万利子さんが学校を訪問され、テレビの撮影があります。藤さんも寄宿生でしたが、ある時、雑誌の対談で、「寄宿生活で逃げ出そうと思ったことはないのですか?」という質問に、次のように答えられていました。
 
 いつもなら家に帰れる日曜日に、ハンデイのある子どもたちを招いてパーティをして遊ぶ、という活動がありました。その中心になる係は回り持ちなんですが、私が係りにあたったそのイベントがある日は私の誕生日でした。私はどうしても家に帰りたくて、たまたま代わってくれるというお友達がいたものですから、土曜日はぎりぎり遅くまで残って準備して、それから家に帰ったんです。そうしたら、父にそのことが分かってしまって。父は「なぜ帰ってきたのか。誕生日にそういう人たちと過ごせるなんて、こんな幸せなことはないじゃないか」と私を叱りました。(中略)
 そのときはまるで父が神様のように見えました。それで日曜の朝、あわてて学校に戻って、その子たちと過ごして本当によかったと思いました。
                                                      (“A Seed of Mission School”「くるたのしさ」から学ぶことより)
 不二聖心では、「聖堂」で任命式を行います。ここに深い意味があるように私は思います。夏休み明けの講話の中で、”Senper Fidelis”(いつも忠実に)ということを話しました。どうぞ、今日引き受けた委員としての役割に忠実であってください。ただし、決められた仕事を忠実にこなすことを超えて、神様の前での忠実さをもって果たしていくようでありましょう。

2013年10月15日

 ドゥシェーン会(同窓会)静岡支部の方をお迎えする12日の早朝、牧草地に続く道を歩きました。卒業生が例外なく歩いたこの道は、富士山に向かっています。道の先には牧草地があり、それを過ぎると2つ目の牧草地があり、その先には深い森が続きます。「どこまでが学校の敷地ですか?」と尋ねられることが度々あります。

 「不二聖心の道のはて」―-、ことばで説明しても、なかなかリアルにキャッチして頂くのは難しいようです。実際に自分の足で歩いてみないとわからないことがたくさんあります。この道も、私たちの明日へと続く道も・・・。

“本当の物語は、みんなそれぞれにはてしない物語なんだよ”(M. エンデ)

 「不二聖心」という『はてしない物語』を、今日も生徒たちが紡いでいきます。

2013.10.08

音楽朝礼(2013年10月8日)

 10月8日、ソフィア・スクエアで中学生の音楽朝礼が行われました。音楽家の中村先生の指揮の下、生徒伴奏の「校歌」、中学校主任の平山先生伴奏による「一致の歌」で、みんなの心が一つになりました。不二聖心女子学院は、神様の愛で結ばれたひとつの家庭です!

2013.09.09

第8回 中高別朝礼の話(2013年9月9日)

今週は「祈りの会」が行われます。英語では“retreat”と訳してかまわないと思います。”retreat”とは、一般的には「退却」「後退」「ひきこもる」等、一見ネガティブなイメージで訳されるのですが、宗教的には、「自ら進んで引きこもる」というようにポジティブな意味で使われます。イエスも、「12弟子」を選ぶ時、「最後の晩餐」の後等、大切なことの前後には、必ず神と共に退き、祈りました。キリスト教の初期には、砂漠や断崖絶壁の孤島で引きこもった求道者もいます。仏教や神道で、一人山に入ったり、滝に打たれたりする修行も同じようなことでしょう。皆さんの祈りの会は一人で引きこもるわけではなく、グループでの分かち合いなどもありますが、沈黙のうちに一人になる時間も必ず用意されています。その時間を大切にして過ごしてください。

祈りの会に向けて、一つの詩を贈ります。



ロマ−ノ・ガルディーニ 

心を静めようとするとかえって騒いでしまう。
ちょうど夜眠ろうとするとき、
心配事や望みが日中にはないような激しさで
襲いかかってくるようなものだ。

・・・最初は自分の内面がどれほど統合されていないか
気づくだけに終わるかもしれないが、
それも無駄な経験ではない。

とにかく自分という存在の中心にふれたことは確かなのだから。

 この夏は、皆さんからのお手紙や体験学習の感想、寄宿生全員の前期の振り返り等を読むチャンスに恵まれました。自分を成長させたい、という思いが伝わってきました。そして、成長し続けている人はいつも自分を一新させている、とも感じました。一日が新たにやってくるのと同じように。たとえ小さなことであっても。 

 「一新」とは、新しい情報や刺激を取り入れるような外からの働きかけだけでは起こり得ません。内側から変えられていく動きが必要です。そのためには、「自分という存在の中心」にふれる必要がある・・・、これが、この夏、あなたたちが書いてくださったものから、私が学んだことの一つです。

 祈りの会の中で、「自分という存在の中心」にふれられるよう、祈っています。

2013.07.08

第7回 中高別朝礼の話(2013年7月4日、8日)

 おはようございます。皆さんは、不二聖心が、フランスから始まった聖心会の流れと、この地に元々あった温情舎の流れが一つになって生まれた学校であるのをご存知のことと思います。昨日は、学校で、温情の灯会の集まりがありました。これは主に温情舎にかかわる方々の集まりです。温情舎の校訓の第一は「人の役に立たねばならない」というものですが、これはまさに「社会に貢献する賢明な女性」という不二聖心の目標と調和します。外的に見れば、二つの流れが一つになった理由は温情舎を設立した岩下家から岩下亀代子という聖心会に入会した方が出たから、といえるのでしょう。でも、神様の計らいにより二つの流れは出会うべくして出会った………、私にはそのように思えます。

 ところで、先週、ある企業の方とお話する機会がありました。就職試験に話題が及んだ時、「ペーパーテストと面接では、その人物が適当かどうか判断するのは難しい」、とおっしゃっていました。そこでどうするかというと、イベントに出し、一日、様子を見るのだそうです。ずっとぼうっと立っている人、皆と協力しながら、ものを動かしていく人等、様々だそうです。その結果は、必ずしもペーパーテストの結果と同じではない、ともおっしゃっていました。

 伺っていて、改めて、「人間の全領域にかかわる教育」、ということを大事にしていきたいと思いました。皆さんが、どれだけ気がついているかわかりませんが、不二聖心の中には、それを体験する仕組みがたくさん用意されています。一都十県という異なる文化背景をもつ仲間たちと生活している中で、どれだけのかかわり力が育まれていくでしょう。少人数教育の中で、一人ひとりが役割を担い、物事を動かしていく体験ができること。先週の聖心の祝日での奉仕活動で味わった喜びは、体育大会やクリスマスキャロルで味わう喜びとはとは違いますから、どうして今こんなことをしなければならないのだろう?と思った瞬間もあったかもしれません。でも、すぐには結果が見えないような事柄に取り組むことは、実はとても大切なのです。今はわからなくても、卒業後、やあなたたちを支えくれていることに気づくでしょう。

 不二聖心の生徒は、常に「魂」(内的な力)「知性」「実行力」――、このリズムを自らのの中にバランスよく育てていきましょう。

2013.06.24

第6回 中高別朝礼の話(2013年6月24日、25日)

おはようございます。先週、お手紙と共に、動物を折った折り紙が修道院に届きました。これは今月初めに亡くなられた裾野の安全タクシーの社長さんが折られたものです。不二聖心と地域とのつながりを語るストーリーの一つなのですが、「安全タクシー」と名付けたのはシスターグテレスという方です。彼女はポルトガル人で、1952年の不二聖心創立時からここにいらっしゃいました。白地に赤のラインという車体の色も決められたそうです。タクシーの上に会社のマークがのっていますね。真ん中に「安全」と書かれた両端には、「く」の字を斜めにしたような線が3本あります。これは、何だと思いますか?「天使の羽」のをイメージしたものなのだそうです。きっと「天使に守られて、安全に運転ができるように」というシスターの願いが込められていたのでしょう。  

不二聖心はロケーションから考えても、様々な移動手段が必要です。家族に送ってくださっている方、スクールバス、電車、そしてタクシーなど、多くの方の力で私たちは運ばれて今日もここに集まりました。後ろの先生方は、「いや、自分で運転してきた」と思っていらっしゃるかもしれません。

 でも、本当にそれだけでしょうか?私たちもまた、見えない天使の羽に守られているのだと思います。それはご家族の思いであったり、先生方の思い出あったり、安全運転を心掛けているドライバーの方の思いであったり、何より天使を遣わしてくださっている神様の力に守られているのだと思います。見えるものの背後にある、見えないものを感じ取っていきましょう。

 皆さんの中に、「家族だから送ってくれて当然」とか、「お金を払っているんだから運転してくれて当然」というような思いに留まっている方はいらっしゃらないと思います。ただ世の中には案外そのような合理的な考え方が強いのです。お互いに「当然」を主張し出したら大変なことになります。「それはしてくれて当然でしょう」の連鎖ではなく、「してくださってありがとう」という連鎖を一人ひとりが広げていく学院であり続けましょう。

2013.06.18

第5回 中高別朝礼の話(2013年6月17日、18日)

おはようございます。お久しぶりですね。先週一週間、茨城県のつくば市にある研修センターで勉強してきました。参加者は全員校長先生方だったのですが、隙間のない授業、そして宿題に追われる毎日で、「生徒の気持ちがよくわかりますね」と口々に言っていました。今も事後のレポート作成に追われていていますが、新しいことを学ぶと、自分が自由になるものだとつくづく感じています。中間テストを終えて、皆さんも同じように感じている人がいらっしゃるのではないでしょうか?先月、創立者の祝日の記念にお配りした御絵の中に書かれていた「真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネによる福音書8章32節)というみことばを今一度思い起してみましょう。

さて、一昨日は聖心女子大学で、姉妹校や同窓会が集まって、「東日本大震災復興支援チャリティ・デー」が開かれました。この中で参加された方はありますか?手を挙げてください。私は地区会が行けなかったのですが、同窓会会長様が、メールで当日の様子を送ってくださいました。参加者の溌剌とした表情を見て、Face Bookでもないのに、思わず「いいね」を押したくなりました。このチャリティ・デーのスローガンは、「東北を忘れない、これからもずっと」というものでした。今夏、SOFISは不二聖心が主催校で、姉妹校の方々と共に被災地を訪れることを計画しています。学校全体でこの「忘れない」という思いを共有し、温情の会の活動等を通して被災地との継続的なかかわりを続けていきましょう。

このスローガンを目にした時、私は3・11の時に、宮城県仙台市で被災した友人が送ってくれた手紙に引用されたことばを思い出しました。

本当に美しいのは

静かな持続する意志に支えられた  

力まず、目立たず、おのれを頼まず

速効を求めず、粘り強く、無私な行為

(『木を受けた人』あとがきより)

入り口の黒板にはっておきますから目を通してください。

勉強や仕事、創作や課題解決など、多くの場面で示唆を与えてくれることばだと思います。皆さんが、「静かな持続する意志に支えられ」て行為し続けたいものは何ですか?それは「無私だから」こそ「静かに持続する」といえるのではないでしょうか?

このような意志をもって生活できたら、人は、たとえ大変な中にあっても幸福なのではないかと思います。「静かな持続する意志に支えられた無私な行為」を通して辿りつきたいもの、またその態度を大切にしていきましょう。

2013.05.20

第4回 中高別朝礼の話(2013年5月20日、21日)

おはようございます。今週末は、体育大会ですね。高3の方々を中心に、準備も最終段階に入っていらっしゃることでしょう。先週末、東京の大学のキャンパスで、多くの卒業生の方々と偶然出会いました。何人もの方々が、「体育大会に行きます」とおっしゃっていました。卒業しても変わることのない母校への思いを感じ、とてもうれしく思いました。

  さて、先週、ホームページに「ルーツへの旅」というコーナーができました。皆さんや卒業生の方々をはじめ、学院を愛する方々が、「不二聖心女子学院のルーツをたどる旅」に出かける時の参考にして頂けるように、と担当の先生が始めてくださったものです。少しずつ内容を更新していってくださる予定ですので、参考にしてください。

 たとえば、元パリの聖心女子学院は、今はロダン美術館になっていて「考える人」の彫像などを見ることができます。パリの中心にあり、観光名所の一つですから、一般的なガイドブックにも行き方や説明は必ずのっています。ただし、世界中から訪れる聖心の関係者の主目的は、マグダレナ・ソフィア・バラがいらした頃の学院の様子に思いをはせることですから、ここを訪れる時は、『聖マグダレナ・ソフィアの生涯』(三好切子著 毎日新聞社 1978年)の105~119ページの「パリのビロン邸」を読むとよいでしょう。世界史の好きな方は、フランス革命に関連する人物との関係を考えながら読むと面白いかもしれません。いつか訪れる時に備えて、少しずつ知識を蓄えていくことをお勧めします。

  実に、「学院のルーツへの旅」をたどることは、「私たちが、今こうしてここに共にいること」と深くかかわっています。

- もし、1952年に聖心温情舎(不二聖心の前身)が創立されなかったら、私たちは、今日こうして出あうことはありませんでした。

-もし、1908年に聖心会が日本に来日しなかったら、不二聖心は創立されなかったかもしれません。

- もし、1800年にマグダレナ・ソフィアが聖心会を創立されなかったら、聖心会の来日はありませんでした。

-  もし、マグダレナ・ソフィアという方がこの世にいらっしゃらなかったら、聖心会は創立されなかったでしょう。

 学院のルーツや歴史は、私たち自身とつながっているのです。その中で育まれてきた価値観や伝統、そしてスピリットは、過去のものではなく、生きたものとして私たちのただ中にあり、アイデンティティに影響を与えています。その事実に心をとめまがら、こうして出会えたことに感謝しつつ、創立61年目の旅を続けていきましょう。

2013.05.14

第3回 中高別朝礼の話(2013年5月13日、14日)

 おはようございます。こうして、朝礼でお会いするのは久しぶりですね。私は今週末、東京で開催された不二聖心の同窓会「ドゥシェーン会」の総会に出席してきました。そこで、このポスターを頂きました。校長室の前に掲示しておきますので、後で見てください。ドゥシェーン会が、どのように日本の姉妹校や世界の姉妹校の組織とつながっているかを一目で見ることができます。昨日、「母の日」の昼礼で皆さんからクッキーとカードを頂いた際、創立者マグダレナ・ソフィアが、生徒たちを「私の愛する子供たち」と呼んでいらしたことをお話しましたが、今月は卒業生を含め、世界中の様々な聖心で、いったいどれだけ多くの「子供たち」が彼女のことを思い、ごミサを捧げ、お祈りするのでしょう。

 さて、このポスターの中に“AMASC”とありますが、これは「世界聖心同窓会」の略です。AMASCは1965年のベルギーでの第1回大会以降、4年に一度、世界各地で大会を開いています。日本では1986年に東京で開かれ、国内外から1,000名もの同窓生が参加しました。次回は2014年にアメリカで行われます。

AMASC大会には毎回テーマがあり、それに沿って、大会までの4年間、各国でスタディグループを立ち上げて勉強会を行い、その成果を大会に持ち寄り話し合います。次のアメリカ大会のテーマをご紹介します。

テーマ: "Listening with One Heart" (心を一つにして耳を傾けよう)

スタディの課題になるべきサブテーマ:

"Listening with One Heart to the Voice of the Poor"(心を一つにして貧しい人の声に耳を傾けよう)

"Listening with One Heart to the Concerns of Others"(心を一つにして他人の心配事に耳を傾けよう)

"Listening with One Heart to the Dialogue between Science and Religion"(心を一つにして科学と宗教の対話に耳を傾けよう)

 「心で聴く」と、耳で聴く以上のものが聴こえます。「心を一つにして聴く」と、一人では聴こえないものが聴こえます。ある時は、解決できないと思えるような課題にも光がさしてきたりします。この新しいクラスづくりが進む時期、一人ひとりが“

Listening with One Heart“ 、「心で聴くこと」「心を一つにして聴くこと」を心がけてみましょう。

2013.04.16

第2回 中高別朝礼の話(4月15日・16日)

連日のように朝鮮半島をめぐる緊張したニュースが流れています。皆さんも心を痛めつつ、関心をもって見守っていらっしゃることでしょう。

 現韓国大統領の朴槿惠(パク・クネ)氏は、ソウル聖心で中高時代を過ごした方です。昨年、彼女の自伝『絶望は私を鍛え、希望は私を動かす』(2012年 晩聲社)の日本語訳が出版されました。在学当時、父の朴正煕(パク・チョンヒ)氏も大統領でしたから、青瓦台から聖心に登校したこと等も書かれています。また一年間の寄宿生活の様子や聖心の制服を来た写真も掲載されています。

 彼女は、大学もまたカトリックの西江大学という学校に入りました。大学卒業後に留学したフランスのグルノ-ブルは聖フィリピン・ドゥシェーンが生まれ育った町ですが、この留学中に母を(文世光事件1975年8月15日)、その5年後に父を(朴正煕暗殺事件1979年10月26日)亡くしました。いずれも政治的な背景から凶弾に倒れる、という壮絶な最後でした。

  「絶望は私を鍛え、希望は私を動かす」――、これは彼女の生き様そのものを表す言葉ですが、私たちにも通じるメッセージがあるように思います。誰でも絶望的な思いにのみこまれそうな時がある、けれど明けない夜はない。絶望までいかなくても、日々の生活において、気にそまないこと、嫌なこと、大変なことを引き受けなければならないことはしばしばある、けれど、それらが自分を鍛え得ることを私たちは経験的に知っています。今よりもっと成長したいと願うなら、マイナスに思える事柄とどう向き合うかが鍵なのかもしれません。

 また新しい一週間が始まりました。皆さんは、どんな気持ちで今日一日を始めようとしていらっしゃいますか?希望を感じている方もあれば、大変だな・・・という気持ちの方が強い方もあるかもしれません。どんなに大変に思える日であっても、丁寧にみると必ずどこかに希望の光はあります。たとえ小さくても希望につながる光に導かれて、今日を始めましょう。

2013.04.09

第1回中高別朝礼の話(4月8日・9日)

おはようございます。職員室前に掛けられている絵が変わったのに気づいた方はいらっしゃいますか?本を開いた一人の少女が、大人の女性と向き合っている絵です。

  これは、スペインの画家ムリ-リョ(Bartolomé Esteban Perez Murillo、 1617年12月31日 - 1682年4月3日)は、バロック1617年−1682年)が描いた少女時代の聖マリアと母アンナの絵です。今年の学校目標「知性を磨く~若さを価値あるものとせよ~」を理解する助けとなるよう願い、職員室の前に飾りました。マリアの表情、とくに眼差し、そして指の動きなどから、学ぶ者としての姿勢のようなものが感じられます。

  アンナはマリアの母で、教会では聖人として尊敬されています。6世紀にはコンスタンティノポリス(現イスタンブ-ル)にアンナに捧げられた教会が建てられました。13世紀以降、正式に7月26日を聖アンナの祝日として祝っています。
  新約聖書の中に、アンナも少女時代のマリアも登場しません。同じ時代に書かれた他の文献から伝わる伝承によると、マリアは、長く子宝に恵まれなかったアンナと夫のヨアキムにとって初めての子供でした。子を授かると天使から告げられた時のニ人の喜びはとても大きなもので、その感謝のしるしとして、アンナとヨアキムは、3歳になったマリアをエルサレム神殿に奉献したといいます。誕生前から、そして生まれた後も、マリアの中には神様や周りの方々の思いや祈りが込められていたのです。

  皆さんも同じです。あなたたちも、誕生前から今日まで、ご家族や、神様、そして先生方の思いの中にいます。もちろん、皆さんご自身も、自分に対する願いや、夢、希望があると思います。どうぞ、それを大事に育んでください。今日から授業が始まります。自ら学ぶ姿勢を大切にしながら、学ぶ喜びを体験していくことを願っています。

 

2017.10.04.更新

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