シスター・先生から(宗教朝礼)

2020.05.13

2020年5月13日の宗教朝礼から

おはようございます。 まず、皆さんが学校に戻っていらっしゃる日を、教職員、シスタ一達が楽しみにしていることをお伝えします。

皆さんはこの数か月、どう過ごしていらっしゃいましたか。 かつて起きたこともないコロナ ウイルス蔓延の出来事に、世界中が苦しみ、混乱していました。皆さんの中には先が見えない不安や、暗い、失望感にもがいていらしたかもしれません。
怒りの気持ちもあったかもしれません。私も毎日、やっとの思いで、心の安定を保つように努力していました。
目まぐるしく変化する現実に振り回されていたのも事実でした。 そのうち、この出来事を通して、私たちに語りかかけていることは何だろうという問いかけが心の中にわいてきました。そのような時に、フランシスコ教皇のお説教(バチカン 4月26日)が目にとまりました。

教皇様はルカの福音書のエマオを舞台とした2人の弟子の有名なエピソードを取り上げておられました。(ルカ24:13-32を読んでみてください。) 
2人の弟子たちが絶対的な信頼をもって、従ってきたイエスの受難と死という結末に意気消沈して、旅をしています。その打ちひしがれた姿に、私はコロナウイルスの危機の中に、恐れと不安を抱いている自分たちのすがたを重ねることができました。
やがて、弟子たちは旅の途中、イエスに出会い、心が高揚する体験をし、喜びの内に帰途につきます。
教皇様はその2人の行きの旅と帰りの旅の二つに異なる歩みがあり、人生には相反するふたつの方向があることに着眼点をおかれました。一つは、人生に失望するままに悲しく歩いていく道、もう一つは自分自身と自分の問題を第一にせず、イエスが私たちを訪れてくれ、又助けを必要とする姉妹たちが自分たちのおとずれを待っていることに確信し、喜び勇んで帰っていく道だということです。

今、私の歩みの方向はどちらでしょうかと考えてしまいました。 現実は特に変わらないでしょう。でも自分の向かう姿勢によって、確かに旅の方向は変わってきます。 そのようにできるには「自分」という狭い殻から飛び出て、より大きな世界に自分を置くということだと思います。 そして、勇気を振り絞ることだと思います。私たちは、すぐ
「もし。。。だったら、できるのに。。。」とか、、、さらに、「もし神様が私の願いをかなえてくれたら。。。」など、他力本願で、夢を描いてしまいがちです。ただ、嘆いているだけでは自分のためにも、他人のためにもなりません。
思い切って、人生に向かって、「はい」と肯定的に返事をすることではないでしょうか。

不二聖心女子学院、初代院長、シスタ一エリザベス ダフはまさにこのことを信じていらした方でした。1962年8月22日の「新聞不二」に次のシスタ一の文が掲載されています。
  楽天主義者こそが培うべき物の見方であります。
  星の彼方に光栄に満ちた神が在し、人々を励まさんために夜空に星をちりばめ給うのです。(本文は英語)

今をどう過ごしていきましょうか、ご一緒に考えていきましょう。
イエスと共にいるのならば、私たちが立ち向かえない突然の出来事も、坂道も、夜もない、ということを信じていけますように。
H.O.(修道院)