シスター・先生から(宗教朝礼)

2022.06.15

2022年6月15日放送の宗教朝礼から

 おはようございます。今から宗教朝礼を始めます。

 最近、雨の日が多く梅雨の季節だなと感じます。学院では、カエルの鳴き声が聞こえたり、校門からの坂道や中庭の紫陽花もきれいに咲いています。先日のソフィーズダイアリーにも写真を載せましたので、ぜひ見てくださいね。家のポストには地域で行われる蛍鑑賞会のチラシが入っていたり、梅雨の時期にしかできない楽しみ方があり、四季折々の自然の美しさを大切にしたいと感じます。しかし、この美しいと感じる自然も変化をしていて、異常気象によって災害が引き起こされ、備えることが呼び掛けられています。
 先週、伊豆半島を半周、伊東市から下田市へ行き、下田市から熱海市へ車で走りました。伊東市は曇り、下田市は快晴、次の熱海に向かう途中の河津から天城は大粒の雨、その後の熱海は曇りでした。山という環境もあるかもしれませんが、同じ伊豆半島で、こんな短時間に天気が急激に変化したことに驚きました。また、この日曜日には、関東で大気の状態が不安定になり、突然の雷雨、ひょうも降り、停電が起こり電車が止まってしまったり、ある商業施設では冠水したそうです。
 みなさんは災害への備えはしていますか。学院では年間を通して行われる避難訓練や避難生活体制のシュミレーションをしたり、地区会では災害時にどのように行動するべきかの話し合いをしている地区もあることでしょう。この時間に真剣に向き合うことも大切な備えですね。
 私も、毎年避難グッズのチェックをしたり、数年前に台風で停電になったこともあり、蓄電池を用意したり、台風時にはお風呂にお水を貯めたりして備えるようにしています。
そして、もうひとつしている備えがあります。我が家では犬を飼っているのですが、マイクロチップを埋め込んでいます。チップは直径2㎜長さ1㎝ほどの円柱型で、これを注射器で背中の皮膚の下辺りに入れます。チップには15桁の数字が記録されていて、背中に専用の機械をあてると番号が表示されて飼い主を判断できるというものです。このチップを装着したのは10年ほど前になりますが、きっかけは東日本大震災でした。小さいとは言え、身体に異物を入れるなんて可愛そうかなと非常に悩みましたが、何かあったときに私たち家族の元に戻れなくなったら・・・と考え、装着することにしました。今年6月1日から、このマイクロチップを装着することが義務化されました。ブリーダーやペットショップは販売するときにチップを装着し動物の情報を、新たな飼い主は飼い主自身の情報を、国のデータベースに登録するというものです。コロナ禍で、自宅にいる時間が増え、犬や猫を飼う人が増えているようですが、その一方で、人間の都合で無責任な飼育をし、飼育放棄をしたり、手放すという選択をするケースも出てきていると報道されています。2020年度、全国の動物愛護センターや保健所で引き取られた犬や猫は約7万2400匹、このうち飼い主に返されなかったり、新たな飼い主が見つからず殺処分されたのが約2万3700匹だそうです。(読売中高生新聞)マイクロチップの義務化で飼い主への返還率が上がり、飼育放棄の抑止につながると期待され、災害への備えともなると報じられています。
マタイによる福音書25章に「十人のおとめ」のたとえ話があります。
「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。
そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。 愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。
賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。
ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。 真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。
そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。
愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』
賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』
愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。
その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。
しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。
だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」
 このたとえ話は、昔、結婚するときには、花婿が花嫁を迎えに行く習慣があり、いつ花婿が迎えに来てもいいように5人の賢いおとめは余分に油を備えています。残りの5人の愚かなおとめは備えがなくて、いざ必要だとなったときには油がなく、賢いおとめたちに分けてももらえず、買いに行っている間に結婚式が終わってしまっていて、中にも入れてもらえなかったという話です。結婚式は神様の前を意味し、備えの油はその人自身の心を指していると聞いたことがあります。神様の前で自分がどれだけ豊かな心を持っているかということです。私たちも賢いおとめたちのように、豊かな心を持ち、備えることを大切に生活したいものです。
これで、宗教朝礼を終わります。
A.S.(数学科)