不二聖心からのお知らせ

2026.06.17

2026年6月17日放送の宗教朝礼から

 先日、私たちは全校で市川教会の晴佐久神父様の講演を聞きました。行き場のない人や孤独を抱える人々が集まり、共に暮らす共同体のお話は、私自身とても共感し、今も深く心に残っています。

現代は、いつでも好きなものを一人で食べられる便利な時代ですが、同時に孤食が増えていると言われています。今は多くの大学の学食に「孤食スペース」や「おひとり様席」が設置されているそうですが、 長いテーブルの真ん中についたてがあって、人の視線が気にならないようになっているそうです。大学生の次男に聞いたところ、他人の目を気にせずスマホを見ながら落ち着いて食べられるのでとても快適だそうで、よく利用していると言っていました。
 この、「一人で食べたい気持ち」と誰かと食べる「一緒ごはん」の大切さについて考えていた時、私は自分がかつて銀行に就職したばかりの頃を思い出しました。当時、私は上司と気が合わず、昼食時に社員食堂で一緒になるのが憂鬱でたまりませんでした。そのため、わざと時間をずらしたり、社外に出て一人で食べたりしていました。ですから、誰にも気を遣わずに落ち着いて食べたいという気持ちはよく分かります。しかし同時に、一人でいるとどこか疎外感を覚えたり、周囲から協調性がないと思われているのではないかと不安になったりもしました。上司から見れば、当時の私は扱いにくい部下だったと思います。
 そんな私を救ってくれたのが、会社の独身寮での「一緒ごはん」でした。
だいぶ昔の話ですので今は分かりませんが、当時、男子の新入行員は必ず寮に入ることになっていました。そこには、日頃の仕事ではまったく関わりのない違う支店の人や、経済調査部、資金為替部等さまざまな部署の先輩・同期・後輩が暮らしていました。
必ず一緒に食べなければならないというルールはありませんでしたが、夕食の時間になると自然とみんなが食堂に集まり、ワイワイと交流を深めていました。同じ部署や同期の人だと、どこかライバル意識があって本音で話せないこともあります。しかし、直接仕事に関わりのない先輩や後輩には、仕事の愚痴を言えたり、真剣な相談にのってもらえたりしました。この食事がきっかけで気が合い、一緒にスキーに出かけるような仲間もできました。寮での夕食の時間が、どれほど日々の支えになっていたか分かりません。その温かい時間があったからこそ、仕事でつらいことがあっても乗り越えることができたのだと思います。
 晴佐久神父様が信じておられたのも、まさにこの「一緒ごはん」の力です。
同じテーブルを囲み、同じ鍋の料理を分け合い、これ美味しいね、今日こんなことがあったんだよと言葉を交わす。その時間が、バラバラだった人たちを、一つの家族のように結びつけていきます。
カトリックの教えの根本には、「神様は私たちを、一人ぼっちで生きるようには造られなかった。互いに愛し合い、支え合う共同体として生きるように造られた」というメッセージがあります。
イエス・キリストの生涯を振り返ってみても、イエス様はいつも誰かと一緒にご飯を食べていました。それも、立派な人たちばかりではありません。社会からのけ者にされていた人、寂しい思いをしていた人のところへわざわざ出かけていき、一緒に食卓を囲みました。当時の人々にとって、一緒にご飯を食べるということは、「私はあなたを大切な仲間として受け入れます。私はあなたの味方ですよ」という、最大の愛の表明だったのです。
 最初は心を閉ざしていた人が、「一緒ごはん」を通じて、少しずつ笑顔を取り戻していく。普段は関わりのない人同士でも、ご飯を一緒に食べるだけで、心の垣根がすっと消えていく。それこそが、共同体が持つ不思議な力です。私たちは今、不二聖心という一つの共同体の中で生きています。
 もしかしたら、普段の学校生活ではあまり話したことがない人や、少し気が合わないなと思う人もいるかもしれません。でも、お昼休みに一緒にお弁当を食べたり、同じ空間で食事の時間を分かち合ったりする時、そこには新しいつながりのきっかけが生まれています。
実は私も、あの講演会があった日に、教室で生徒のみなさんとお話しながらお弁当をいただく機会がありました。それが本当に楽しくて、心がじんわりと温まる時間だったのです。
 
 もしみなさんの周りに、寂しそうにしている人がいたら、ほんの少しの勇気を出して「一緒に食べよう」と声をかけてみてください。その一言こそが、カトリックの言う「愛の教え」を今この場所で実践することそのものになります。一人で食べるご飯よりも、みんなで食べるご飯の方がずっと美味しい。その温かさを知る人が増えれば、世界はもっと優しくなります。
みなさんがお互いを大切にし合い、不二聖心という素晴らしい共同体の中で、豊かな時間を過ごせますように願っています。
これで宗教朝礼を終わります。
J.K.(数学科・情報科)