シスター・先生から(宗教朝礼)

2016.06.15

2016年6月15日放送の宗教朝礼から

 これから宗教朝礼を始めます。

2002年、私が不二聖心に出会った年です。知り合いの先生の紹介で週2回、非常勤講師として勤務することになりました。それまで、不二聖心という学校名を聞いたことはありましたが、何処にあるのか、どんな学校なのかも知らずに足を踏み入れました。
アンジェラスの鐘の音と共に一日が始まり、お祈りを捧げます。授業に行くと「先生がいらっしゃいました」とドアガールが声を掛け、立って先生をお迎えし、「よろしくお願いします、ありがとうございました」と挨拶をされます。教卓にはお手拭きやお花が置いてあります。また、重たい荷物を持っていれば「先生お持ちいたします」と優しく声を掛けてくれて、階段では生徒が一段下がって話をします。私の生まれ育った環境とは全く異なる環境でした。正直カルチャーショックでした。当時、素敵な所だなと思うよりも先に、どうしようやっていけるのかと心配な気持ちの方が大きかったのを覚えています。人は、環境の違う場所に足を踏み入れると、初めは不安でいっぱいになります。私も例外ではありませんでした。不二聖心に慣れず戸惑うばかりの毎日でした。逃げ出したいと思ったこともあります。
私はこれまでに、私と同じ戸惑いを感じた生徒と多く関わってきました。しかし、どの生徒も、卒業時には涙を流し、この環境で過ごせたことに感謝し卒業していきます。なぜ、私を含め多くの卒業生は、このように気持ちが変化していくのでしょうか。異なる文化に触れ、戸惑いながらも、様々な事を学ぶ中で、そこから新しい価値観を知り、その価値観が自らの中で習慣化されていきます。不二聖心での学びや行いには全て意味があり、積極的にそれらを受け入れていくと、心が豊かに育まれます。初めは、衝撃を受けたこの不二聖心の教育が、愛するべき教育に変わっていくのです。私は、今アンジェラスの鐘の音を聴くと心が落ち着きます。お祈りやミサなどの祈りの時間が、とても心地よい時間です。今日も一日を与えてくださり、ありがとうございますと心から神様に伝えることができます。
私が、聖書に出会ったのも2002年です。今まで、様々な聖書の言葉と出会ってきました。好きな言葉もいくつもあり、私の心を豊かにしてくれています。しかし、聖書との関わりも初めからすんなり受け入れられるものではありませんでした。宗教の授業や、ミサでのお話、祈りの会を通して神父様やシスターのお話を伺ううちに私の心の中にすっと入り込んでいきました。今では、聖書を読む機会を与えて頂いたことに感謝しています。
私は、これまで多くの人の心の変化を見てきました。私も変化した人間の一人です。嫌だ嫌だと不平不満ばかり言いながら毎日後ろ向きな発言をして時間を過ごすのと、すべての事から学びを得たいと前向きな時間を過ごすのではどちらの方が賢い時間の過ごし方でしょうか。人は、良い方向へ変わりたいと願えば変わることができます。
授業中に先生のお話を真剣に聴くことや予習復習が大切だと分かっているのに、そこから逃げている人はいませんか。宿題を忘れることや、嘘をつくことなどいけないことだと分かっているのに自分に都合よく話をしてしまっている人はいませんか。周りの目が気になり、一生懸命に取り組むことを格好悪いと思っている人はいませんか。楽な事ばかり追求して、努力することが馬鹿馬鹿しいと思っている人はいませんか。悪いことだと分かっているのにそれを続けてしまっている人はいませんか。
「愚かな者としてではなく、賢い者として、細かく気を配って歩みなさい」(エフェソの信徒への手紙5.15)という聖書の言葉があります。この言葉に出会い、神様は私のことを全てご存知なのだと感じました。
私は、この学校の教育に出会って、皆さんに出会って、シスター、先生方に出会って、様々な事を学んでいます。正しいことを大きな声で正しいということ、間違っている時には、ごめんなさいと正直にいうこと、自分だけが良ければそれでいいという考えではいけないということ、与えて頂いたものは、心を込めて返していかなければいけないということなど、あげればきりがありません。学びたい、成長したいと自ら前向きに捉えないと多くのチャンスが逃げてしまいます。後悔しない人生を送るには今この瞬間が大事なのです。
マグダレナ・ソフィア・バラは、優れた才能の持ち主でした。周囲の人々と仲良くなるのが上手で、素直に愛情を示すことができる方でした。常に意欲的で、判断は素早く的確で、すべての事柄に堅実でありながら慎重でもありました。
マグダレナ・ソフィア・バラは私たちに次のような言葉を残しています。
① 物惜しみしない心(generosity)を大切にしましょう
②「聖心(みこころ)の子供」(Children of the Sacred Heart)という名前にいつも誠実で、常にその名にふさわしく生きましょう
今ここでの学びの大切さに気づき、より高みを目指し自己成長していってほしいと思います。
これで宗教朝礼を終わります。
M.D.(数学科)