シスター・先生から(宗教朝礼)

2017.05.10

2017年5月10日放送の宗教朝礼から

  最初に、私の大切にしている聖書の御言葉を、二つ紹介します。

マルコの福音書11章22~24節
《まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。》
エレミヤ書29章10,11節
《わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。…それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。》
 今流れている音楽は、フランツ・リストが作曲した、「慰め」という曲です。周囲の人に理解されない苦しい生活が続く中、慰めとなってくれた人に、感謝の気持ちを込めて献呈した曲だと言われています。
 ご存知の方も多いと思いますが、私には一人、妹がいます。彼女は昨年の秋、ある病にかかりました。ひどい頭痛で、職場でも立っているのがやっとというくらい、辛かったのだそうです。その病自体は、放っておくと脳に支障をきたすことがあるそうですが、薬を飲めば治る病であり、一般的にもそれほど珍しいものではありません。その病にかかるひとは少なくないと言われています。ただ、妹の場合、それが発症した部位が問題だったのです。薬の効果はあまり見込めないというお医者様の判断により、手術をすることが決まりました。また、彼女と同じところに発症するのは、何万人に一人の確率で、難しい手術になると言われました。さらに、彼女は麻酔のアレルギーを持っていることが以前から疑われており、手術や治療に、麻酔を使うことが難しいと言われました。飲み薬の効果は期待できない。手術をすれば治るけれど、手術をするのに、処置の麻酔が使えない。考えても八方塞がりで、ただその病の進行を抑えるだけの薬を飲む日々が続きました。
 私たち家族は、妹をどんなに大切に思っていても、その病を癒やすことはできず、どんなに代わりたいと思っていても、それはただの願望にしかなりませんでした。大切な人が苦しんでいるとき、私たちは無力であることを思い知らされたのです。そんなとき、私たちにできる彼女への唯一の励まし・慰めは、祈ることでした。
 誰かを慰めようとするとき、聖書の言葉ほど、確実な力を持った慰めの言葉はありません。というのは、私の慰めの言葉は私の経験でしか語ることができず、聖書の言葉は、最初に述べたみ言葉から引用すれば、私たちの将来を計画してくださっている、神様ご自身の言葉だからです。聖書には、天の父の御心を考え信じて祈るなら、必ずその祈りは聞かれる、とあります。私たち家族はそのみ言葉にすがり、職場でも家でも、一日中、いつも信じて祈りました。
 誰かを勇気づけて、支えたいとき。誰かを慰めたいとき。自分が慰めや支えを必要としているとき。学校目標にもなっている、喜びを誰かに届けようとするとき。あなたはいつも、どのように行動していますか?今、友人関係、進路、家族や、自分自身の内面的課題に対する悩みを抱えていませんか?自分の努力も必要ですが、自分の考えや力だけで解決しようとしても、うまくいかないこともあります。そんなときは、あの言葉が聖書にあることを思い出し、一言、祈ってみてください。信じて祈ることで、自分ではどうしても変えられないと思っていた未
来が、良い方向へと変えられていくかもしれません。私は、「すべてが益に変えられる」と信じて努力し、祈ることが、人生で最も大切なことだと思っています。そうやって祈って進もうとして、もし自分の願いが聞かれなかった時には、それは神様の御心ではなかった、つまり、希望につながる道ではなかったのだと、納得して別の道に進んでいくことができるのも、祈りながら日々を歩むことの利点です。 祈る生活が数ヵ月続き、信じられないような奇跡を、神様は用意してくださっていました。神様の計画は、本当に希望だと改めて感じる出来事です。薬では治らないと言われていた妹の病が、回復に向かっていることが、先日の検査によりわかりました。そして、アレルギーが疑われていた麻酔についても、使用できることが検査でわかりました。手術は一カ月後に行う予定で、それが受けられれば安心してこの先、生活することができます。今はただ、私たちの小さな祈りを聞いてくださった神様のみわざに感謝して、手術の成功を信じて祈る日々を過ごしています。
最後にもう一度、御言葉をお伝えしたいと思います。
《だれでも、…心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。…祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。》
《わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。…それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。》
これで宗教朝礼を終わります。

M.M.(音楽科)

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