シスター・先生から(宗教朝礼)

2018.02.07

2018年2月7日の宗教朝礼から

 おはようございます。宗教朝礼を始めます。

私が不二聖心でお世話になり早いもので、30年以上の月日が経ちます。思い起こせば、最初の出会いは、私が高校2年生のときでした。高校のクラスの友人に「妹が不二聖心にいるから文化祭に行ってみよう」と誘われたのです。当時、公立中学から不二聖心に進学した幼馴染みが在籍していて、毎日の通学時、時々同じ電車に乗り合わせると不思議な女子校、不二聖心の話を聞かせてもらっていました。当時は不二聖心の制服は上から下まで茶色で、持ち物も全部茶色、傘まで茶色なのに衝撃を受けたものです。そんなこともあり、高校の   友人の誘いに100%興味本位で、軽いノリで承諾しました。
文化祭、つまり秋のつどいでは、幼馴染みの所属する「落語研究会」略して「落ち研」の発表もみたいと思っており興味津々で、裾野駅から友人とおしゃべりしながら不二聖心に向かいました。私の記憶違いでなければ、本館前でバザーをこじんまりとしていたような思い出があります。そして、本館パーラーに寄席を作ってあり、そこで落語を見学しました。
それから数年経って大学4年生の冬、不思議な縁で不二聖心の教員のお話をいただきました。あさって卒論発表会という2月半ばに面談に不二聖心にいくことになりました。大学から実家に戻ると父が地図を広げ、不二聖心を探していました。まだ、カーナビのようなものがない時代です。次の日、父の自動車を借りて一人で何とか校舎にたどり着きました。本館受付で名を名乗り、受付の方に校長室へ行くよう言われ説明を受けましたが、当時の校長室は今の保健室の奥にあり、説明の理解ができずぼっとしていると、受付の方が近くの高校生に案内するよう声をかけました。その時の高校生のご親切なこと、丁寧にエレガントに校長室まで案内してくださいました。あのときの印象は、不二聖心との出会いそのものでした。このことに私は感激して、その後、大学の研究室で、4月から勤める職場が、いかに美しく上品な学校かを自慢げに語ったものです。
そして、新卒として働き始めました。当時は新卒の教員が朝、職員室の先生方のテーブルにお茶を配るという仕事がありました。その年は朝早く出勤できる新卒は私だけだったので毎朝、お茶くみをしました。全員の先生方の茶碗を覚え、荷物のたくさん置かれた机の上に置いていくのはひと仕事でした。時々早く出勤されたちょっと先輩の先生たちが、いろいろ教えてくださりながら手伝ってくれて、楽しいひとときでもありました。お湯は理科室前の給湯室からポット3つに入れて運びました。毎朝3つのポットを抱えていると、必ず通りがかりの生徒が、「お持ちいたします。」と私からスマートに奪い、運んでくれたものです。
授業にはお手ふきが用意されていて、あるクラスは私のものはペパーミントグリーンのお手ふきに決められていました。先生方お一人ずつ異なるものを用意していました。
教師になって間もない4月29日、今と同じく授業参観がありました。中学2年生の副担任としてクラスの授業を行いました。驚くほどたくさんの保護者が見つめる中で教師になって数日目の私は、上手に説明ができなくて混乱してしまいました。すると「先生、分かったよ!」と何人もの生徒の声が・・クラス中の生徒が新卒の私をかばってくれたのです。その後の中2の保護者会では担任に続き、副担任の挨拶を私がすると、保護者の方々から盛大な温かい拍手をいただき、その時「私はここで働ける」と確信しました。次の日、中2の生徒たちに「昨日はどうしたの?」と心配されました。「ちょっと緊張して、上がっちゃって・・」と照れながら答えました。もちろんもう一度説明しなおし、お互い納得しました。
今では、新卒のお茶くみなんてとんでもない、という時代です。お手ふきだって、よほどよく洗わないと、かなり不潔な気がします。しかし、受付で案内してくれた高校生の姿は今でも皆さんから感じることがあります。他にも時代にあった新たな不二聖心の良さは言い尽くせません。
来週卒業される高3の皆さん、皆さんは長い歴史と揺るぎない不二聖心の伝統の中で育ちました。この環境で生活した自分に自信と誇りをもって次の世界に進んでください。
これで宗教朝礼を終わりにいたします。
K.O.(理科)