シスター・先生から(宗教朝礼)

2019.05.22

2019年5月22日放送の宗教朝礼から

 おはようございます。これから宗教朝礼を始めます。

今週の金曜日、5月24日、不二聖心では創立者である聖マグダレナ・ソフィア・バラの祝日をお祝いします。今週の金曜日は授業は行われず、代わりにミサでお祝いをし、講演を聞き、その後、皆さんは下校となります。実際の聖マグダレナ・ソフィアの祝日は次の日、5月25日になりますが、5月25日は聖マグダレナ・ソフィアが帰天、つまり天国の神様のもとに帰られたことを記念しています。
聖心会の創立者である聖マグダレナ・ソフィア・バラは1925年5月24日に列聖、つまり聖人の列に加えられました。聖人とはカトリック中央協議会のホームページによると、「生存中にキリストの模範に忠実に従い、その教えを完全に実行した人たち」のことです。聖人の列に加えられるためには、「尊敬」の「尊」に「弱者」の「者」と書く「尊者」と、「幸福」の「福」に「者」と書く「福者」の2つの段階を経る必要があります。教皇庁列聖省が様々な調査によって、その人物の生涯が英雄的、聖書の教えに従った生き方であると認めるとまず「尊者」として認められます。その後、さらなる調査が行われ、奇跡などが認められると「福者」となり、そして最終的に聖人の列に加えられます。最近ですと、皆さんもご存知のマザーテレサが2016年に列聖され、私たちが時々唱える「平和の祈り」のアッシジの聖フランシスコも同じように聖人です。面白い例ですと、「何かをなくしてしまった時、見つからない時には聖アントニオにお願いするといい。」とよく言われています。私も物が見つからない時には「聖アントニオ、お願いします。」とお祈りし、かなりの確率で思わぬ時に探していたものが出てきます。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、今日は聖人である創立者マグダレナ・ソフィアと皆さんの関係を深めるヒントになるお話しをすることができればと思います。私はこの3月の春休みに2泊3日の個人黙想を学校の黙想の家で行いました。私にとって黙想とは、心身ともにまずゆっくりと休養をとり、沈黙の中で自分の人生を振り返り、自分の心を見つめ、神様が生活の中でどのように関わってきてくださったのか振り返り、感謝をする大切な時間です。黙想の2日目はとても天気が良かったので、数年前に体育科の田中先生が作ってくださった、学校の敷地内にある十字架の道行きの一部を散歩がてら歩きました。その時に歴代の聖心会のシスター方が眠っていらっしゃるお墓に寄りました。
仏教の家に育った私はキリスト教のお墓参りを実はよく知りません。そこで、お墓に書かれている歴代シスター方のお名前を拝見した後、「主の祈り」と「アヴェ・マリアの祈り」を唱えました。また、お墓というと暗いイメージを持っている方もいるかもしれませんが、その時の私は不思議なくらい平和な気持ちで満たされていました。お墓に書かれているお名前の中には存じあげている方もいらしたので、その方々を思い出しながらお祈りをしました。次第に私の祈りは天国にいらっしゃるシスター方へのお話しのように変わっていきました。
「私はここに眠っていらっしゃるシスター方のほとんどを存じあげません。でも、シスター方は私のことをいつも天国から見ていてくださっていると思います。私はこの4月からあるお役目をいただきます。きっとたくさんの失敗もすると思いますが、どうぞ、私を守り、助けてください。」と。すると、なぜか涙が流れてきました。しばらくすると、「大丈夫。ここにいらっしゃるシスター方が、私のために天国で祈っていてくださる。」という気持ちになり、心が落ち着いてきました。そして、ある創立者の言葉が心に浮かんできました。「あなたがたの心が謙虚になった時に主はあなた方の心に新しいことをなさいます。」と。
「祈り」とは神様との対話です。私たちが一方的に話すだけではなく、心を静めて自分の心に呼びかけてくださる神様の呼びかけを聞くことも大切です。もちろん、一番大切な会話は神様との会話です。しかし、私たちカトリック教会は聖人に取り次ぎの祈りをします。つまり、何か大切なことを一番大切な人に伝える前に、私たちがその準備段階として、親友や家族に意見や助けを求めたりするのと同じです。
シスター大原が今年の中学校の入学式の時に「どうぞ、ソフィーとお友達になって下さい。」とお話しされました。皆さんが日常生活の中で助けが必要な時、または嬉しい出来事を分かち合いたい時は、どうぞ、聖マグダレナ・ソフィアにもお話ししてください。きっと天国でお喜びになるでしょう。「私は、たった一人のこどものためにもこの学校を建てたでしょう。」とおっしゃった創立者です。皆さん一人一人を大切な存在として愛していらっしゃいます。そして、皆さんの祈りをきっと神様に届けてくださるでしょう。
これで宗教朝礼を終わります。
おはようございます。これから宗教朝礼を始めます。
今週の金曜日、5月24日、不二聖心では創立者である聖マグダレナ・ソフィア・バラの祝日をお祝いします。今週の金曜日は授業は行われず、代わりにミサでお祝いをし、講演を聞き、その後、皆さんは下校となります。実際の聖マグダレナ・ソフィアの祝日は次の日、5月25日になりますが、5月25日は聖マグダレナ・ソフィアが帰天、つまり天国の神様のもとに帰られたことを記念しています。
聖心会の創立者である聖マグダレナ・ソフィア・バラは1925年5月24日に列聖、つまり聖人の列に加えられました。聖人とはカトリック中央協議会のホームページによると、「生存中にキリストの模範に忠実に従い、その教えを完全に実行した人たち」のことです。聖人の列に加えられるためには、「尊敬」の「尊」に「弱者」の「者」と書く「尊者」と、「幸福」の「福」に「者」と書く「福者」の2つの段階を経る必要があります。教皇庁列聖省が様々な調査によって、その人物の生涯が英雄的、聖書の教えに従った生き方であると認めるとまず「尊者」として認められます。その後、さらなる調査が行われ、奇跡などが認められると「福者」となり、そして最終的に聖人の列に加えられます。最近ですと、皆さんもご存知のマザーテレサが2016年に列聖され、私たちが時々唱える「平和の祈り」のアッシジの聖フランシスコも同じように聖人です。面白い例ですと、「何かをなくしてしまった時、見つからない時には聖アントニオにお願いするといい。」とよく言われています。私も物が見つからない時には「聖アントニオ、お願いします。」とお祈りし、かなりの確率で思わぬ時に探していたものが出てきます。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、今日は聖人である創立者マグダレナ・ソフィアと皆さんの関係を深めるヒントになるお話しをすることができればと思います。私はこの3月の春休みに2泊3日の個人黙想を学校の黙想の家で行いました。私にとって黙想とは、心身ともにまずゆっくりと休養をとり、沈黙の中で自分の人生を振り返り、自分の心を見つめ、神様が生活の中でどのように関わってきてくださったのか振り返り、感謝をする大切な時間です。黙想の2日目はとても天気が良かったので、数年前に体育科の田中先生が作ってくださった、学校の敷地内にある十字架の道行きの一部を散歩がてら歩きました。その時に歴代の聖心会のシスター方が眠っていらっしゃるお墓に寄りました。
仏教の家に育った私はキリスト教のお墓参りを実はよく知りません。そこで、お墓に書かれている歴代シスター方のお名前を拝見した後、「主の祈り」と「アヴェ・マリアの祈り」を唱えました。また、お墓というと暗いイメージを持っている方もいるかもしれませんが、その時の私は不思議なくらい平和な気持ちで満たされていました。お墓に書かれているお名前の中には存じあげている方もいらしたので、その方々を思い出しながらお祈りをしました。次第に私の祈りは天国にいらっしゃるシスター方へのお話しのように変わっていきました。
「私はここに眠っていらっしゃるシスター方のほとんどを存じあげません。でも、シスター方は私のことをいつも天国から見ていてくださっていると思います。私はこの4月からあるお役目をいただきます。きっとたくさんの失敗もすると思いますが、どうぞ、私を守り、助けてください。」と。すると、なぜか涙が流れてきました。しばらくすると、「大丈夫。ここにいらっしゃるシスター方が、私のために天国で祈っていてくださる。」という気持ちになり、心が落ち着いてきました。そして、ある創立者の言葉が心に浮かんできました。「あなたがたの心が謙虚になった時に主はあなた方の心に新しいことをなさいます。」と。
「祈り」とは神様との対話です。私たちが一方的に話すだけではなく、心を静めて自分の心に呼びかけてくださる神様の呼びかけを聞くことも大切です。もちろん、一番大切な会話は神様との会話です。しかし、私たちカトリック教会は聖人に取り次ぎの祈りをします。つまり、何か大切なことを一番大切な人に伝える前に、私たちがその準備段階として、親友や家族に意見や助けを求めたりするのと同じです。
シスター大原が今年の中学校の入学式の時に「どうぞ、ソフィーとお友達になって下さい。」とお話しされました。皆さんが日常生活の中で助けが必要な時、または嬉しい出来事を分かち合いたい時は、どうぞ、聖マグダレナ・ソフィアにもお話ししてください。きっと天国でお喜びになるでしょう。「私は、たった一人のこどものためにもこの学校を建てたでしょう。」とおっしゃった創立者です。皆さん一人一人を大切な存在として愛していらっしゃいます。そして、皆さんの祈りをきっと神様に届けてくださるでしょう。
これで宗教朝礼を終わります。
M.M.(英語科・ミッションコーディネーター)