シスター・先生から(宗教朝礼)

2020.02.19

2020年2月19日放送の宗教朝礼から

 おはようございます。これから宗教朝礼を始めます。

 中国の古い書物の中に、次のような文章があります。

ある人が、舟に乗って川を渡っていました。そのとき、なにかのはずみにその人が持っていた剣が舟から水の中に落ちてしまいました。するとその人は、あわてて舟のへりにきずをつけて、「私の剣が落ちたのはここです」と宣言します。しばらく進んで舟は止まりました。すると、その人は、その舟につけた目印のところから水に入って剣を探したのです。

さて、みなさん、この人は剣を見つけることができたと思いますか? この話は次のように続いています。

舟はすでに進んでしまっている。しかし、水の中の剣は進んではいない。剣をさがすのにこのようなやり方をすることは、なんと見当違いなことではないか。

この話は、「時代や時勢の変化に気がつかず、いつまでも古いしきたりややり方を守っている愚かさ」をたとえた話です。私は授業でもこの話を取り上げることがあり、生徒のみんなに「そんなふうになってはいけませんね」というように話してきました。しかし私は、私自身が時代の流れについていっていない、時代の変化に気づいていないのでは?とはっとさせられる経験をしました。

私は去年の夏休みに、静岡県の私立高校の生徒が参加するビブリオバトルの運営にかかわりました。ビブリオバトルとは、バトラーと呼ばれる発表者が自分の紹介したい本を1冊選び、その本について聴衆に語り、聴衆はその発表を聞いて自分が読みたいと思った本に投票します。そして、いちばん多くの票を集めた本が「チャンプ本」となる、という対戦型書評会です。ビブリオバトルは近年注目されており、不二聖心でも先月、図書委員の主催で行われました。クロスカントリー大会の関係で日程が変更になったのにもかかわらず、大変盛況であったと聞いています。夏休みに行われたその私立学校のビブリオバトルにも、県内から多くの生徒が集まり、白熱した語りが繰り広げられました。その中で私が注目した本があります。スウェーデンの医者であり、教育者でもあるハンス・ロスリングという人が書いた、「FACT FULNESS」という本です。物語ではありません。たくさんのデータと事実に基づいた筆者の見解が述べられている本です。この本は残念ながら予選で敗退してしまいましたが、ビブリオバトルで紹介された本の中で私がいちばん「読んでみたい」いや、「読まなければ」と思わされた本です。
 ビブリオバトルの中で、バトラーの方が聴衆の私たちに質問しました。みなさんも考えてみてください。「質問1、現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を終了するでしょう?」選択肢になっています。A,20% B,40% C,60% さぁ、いかがでしょう。どれだと思いますか? 私はAの20%を選びました。しかし、答えはCの60%でした。つまり、現在、低所得国に暮らす女子の60%が、初等教育を受け、終了しているのです。次の質問に移ります。「質問2、世界の人口のうち、極度の貧困状態にある人の割合は、過去20年でどう変わったでしょう?」 選択肢A,約2倍になった B,あまり変わっていない C,約半分になった ……答えはCの、約半分になった、です。私は、あまり変わってないのでは?と思っていたので、これもまた不正解でした。バトラーの方が言いました。「あなたが知っている世界の現状、それは最新のデータですか? 20年、30年も前の常識を、いつまでも変わらず今の常識と思っていませんか?」 私は胸を衝かれたような気がしました。
 家に帰って、早速その本を求めました。その本の表紙には「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」と書いてありました。その本を読んで、私は自分がいかに自分の思い込みにとらわれ、世界の変化に気づけていなかったかを思い知りました。皆さんは、今の世界はどんどん良くなっていると思いますか? 逆にどんどん悪くなってると思いますか? それとも、世界は良くも悪くもなっていない、と思いますか? 私は、「現代は技術や医療が発達しているから、良くなっているとも言えるかもしれないけれど、災害や戦争、核兵器はなくならないし、難民など不遇を強いられている人たちもたくさんいるから良くも悪くもなっていないのでは?」と思いました。しかし、この本では、世界は良い方向に進んでいると言っています。少なくとも悪くはなっていないのだそうです。例えばこの本のデータでは、世界で5歳までに命を落としてしまう乳幼児の数は1800年には44%でしたが、2016年には4%に減っています。世界中の1歳児のうち、何らかの予防接種を受けている子供の割合は、1980年には22%でしたが、2016年には88%に増えています。男女平等に政治に参加できる資格=参政権は1893年には195カ国中1カ国でしたが2017年には194カ国になっています。核兵器の保有数は、1986年には64000発でしたが、2017年には15000発と約50000発も減っています。こうやってみると、確かに世界は良くなっているように感じます。他にも様々なデータや事例が載っていて、私の思い込みは次々覆されていきました。
 本書は、多くの人たちが事実に基づく世界の見方を知り、思い違いを正してほしいという一心で書かれました。著者、ハンス・ロスリングは2017年に亡くなっています。バトラーの方の話では、ハンスは晩年、命をかけてこの本の執筆に取り組んだそうです。この本はハンスの息子とその妻に託され、2人が完成させて2019年の1月に発行されました。

先日、高3の方々が卒業されていきました。式の中での言葉を聞いていて、高3の方々は本当に学校生活において「最後の~」「最初の~」とつくものをたくさん経験したのだなぁと思いました。制服もそうですし、EnglishCampや高1キャンプ、フランス・ルーツへの旅、クロスカントリー大会など。この不二聖心で大切にしているスピリット、伝統を守りつつ、新しいものも柔軟に取り入れていく。そういう意識と姿勢が自分たちの成長につながる大切な糧なのだと思います。
舟は進んでいるのに、剣は進んでいない。そういうことにならないように、何か事に取り組むとき、それが本当に現実に即したものなのか、求められているものはそれなのか、見る角度を変えてみたらどうなのか、私たちは常に真実に敏感である必要があると思います。また、情報を鵜呑みにしないことも大切です。この本が出版されたのは2019年の1月。ちょうど1年前です。この間に、また真実は塗り替えられているかもしれませんよ。
 
これで、宗教朝礼を終わります。

M.S.(国語科)
参考: 呂不韋『呂氏春秋』より「刻舟求剣」
    ハンス・ロスリング『FACT FULNESS』日経BP社