シスター・先生から(宗教朝礼)

2022.01.26

2022年1月26日放送の宗教朝礼から

  おはようございます。宗教朝礼を始めます。

 大学の化学科に進学することが決まったとき、高校の化学の先生がレイチェル・カーソンの『沈黙の春』という本を紹介してくださいました。高校の化学を終えたから、この本に書かれていることは理解できるだろうし、これからの時代にとても大切なことを伝えているとメモが渡されました。大学に進学して落ち着いた頃に図書館で『沈黙の春』を見つけて読みました。
  レイチェル・カーソンはアメリカの生物学者で、第二次世界大戦後のアメリカの自然環境について、本やレポートを多く書いた女性です。その中で『沈黙の春』は、DDTなどの農薬が土壌や湖など生物が生息する環境に悪影響を与えている問題を取り上げ、アメリカの社会で大きな反響を呼んだ本です。本来、農業を発展させて人間の生活を豊かにするために開発された化学物質がアメリカの大地に生きる生物を抹殺しようとしている現状が事細かく書かれていました。これからもっと化学について勉強して、明るい未来を夢見た私にとっては、信じがたい記述に圧倒され気が重くなり、一通り読んだらすぐに本を返してしまったように思います。ただ、レイチェル・カーソンという人物を知り、彼女について尊敬の念を大きく抱きました。彼女は本を書いて発表すると、農薬に関係する企業から反発をうけるものの、ひるむことなく、自然環境を守ることの大切さを訴え続けました。
 その後、私は不二聖心に就職し、自然科学を教えるにあたり、自然の美しさを愛おしむ心を大切にしていこうという思いが深まり、別の本である『センス・オブ・ワンダー』を時々読んでは、心の拠り所にしていました。この本は「子供たちに不思議さへの眼を開かせよう」と書かれたエッセイをまとめたもので、若くして亡くなった姪の子どもであるロジャーという男の子を養子とし、そのロジャーとの関わりを通して自然の神秘や美しさとその関わり方を語った本です。例えばこのような文章が書かれています。
  「地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をたもちつづけることができるでしょう。」
 レイチェル・カーソンはカトリックではありませんが、敬虔なキリスト教信者で、聖書と自然科学を愛する人でした。私は『センス・オブ・ワンダー』に書かれている自然観は聖心の教育の価値観にも重なり合うと思い、大切にしたいと思いました。聖心で働き始めた新任の先生に「教育方針に書かれている『みずみずしい感性』とは何ですか?」と聞かれたときには、このセンス・オブ・ワンダーのエッセンスを語ることにしています。化学を教えるときも、この世の中にある百余りの種類の原子がその組み合わせによって多様な物質をつくることができるという神秘について語ります。
 そのような私でしたが、昨年の秋、『沈黙の春』に引き戻される経験をしました。それは、水俣病を取材した写真家ユージン・スミスを俳優のジョニー・デップが演じた『MINAMATA』という映画を見たときでした。映画では、患者さんと心を通わせて記録写真を撮るユージン・スミスの姿とともに水俣病の原因となる有機水銀を海に流していた企業に対して水俣市民が補償を求めて闘う様子も描かれています。映画の最後には、水俣のように、化学物質をつくるために引き起こされた世界中の環境問題や人道的な問題が起きている地域とその現状がエンドロールとして次から次へと流れました。例えば、インドネシアで、金採掘による水銀汚染があり25万人もの人が危険にさらされてきたといったことです。金は装飾品だけでなく、スマホや授業で使っているパソコンにも使われています。
 自分が教えている化学の教科書に出ている物質について採掘や利用のことなどはある程度は知っていました。しかし、『MINAMATA』の映画の文脈で受け止めたときに、世界各地で、先進国の人たちが使う物質やその原料を掘り出したりするために多くの人たちが苦しい思いをしている状況が目に浮かぶようで、大きな衝撃を受けました。そのエンドロールが言いたいメッセージは高校卒業後に読んだ『沈黙の春』という本がに書かれていることと同じだと思いました。学問の目的は、真理を求めることによって、人を幸せにしたり、地球の環境を守ったり、社会を平和にしたりすることだと思って、この不二聖心に奉職してきましたが、この瞬間、聖心で化学を教える意味をもう一度確認しなさいという神様からのメッセージが、まるで雷のように私の上に激しく落ちてきたのです。
 私たちの使っているものの向こうに、世界中多くの地域の人々の犠牲があります。そうした現状とそれに向き合う心の痛みをもって、私たちは学びを続けなければなりません。
  教皇フランシスコの『回勅 ラウダート・シ』という本の中で使われる言葉で言うならば、この経験は私にとって「エコロジカルな回心」となるでしょう。この『回勅 ラウダート・シ』という本の中では、一人ひとりが回心することも大切ですが、個人の善行の積み重ねによるばかりでなく、共同体のネットワークによって対処しなければ、ともに暮らす家である地球を守ることはできない、共同体の回心が必要だといったことが述べられています。(LS219) 本気でこの問題に取り組むならば、私の気づきや回心は、自分の中で終わらせず、例えば不二聖心という共同体の中で分かち合い、生徒の皆さんとともにこの課題に取り組むことで社会を変えていく力にしていかなければなりません。私が化学や宗教を教えている学年のみなさんは、今、授業でいくつかの取り組みをしている意味を理解していただけたかと思いますし、教えていない学年の皆さんも、それぞれの学びの使命やゴールの中に、こうした犠牲をゼロにしていくことをぜひ視野に入れていただければと願っています。
 これで宗教朝礼を終わります。
K.S.(理科・宗教科)
レイチェル・カーソン『沈黙の春』 新潮文庫
レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』新潮社
教皇フランシスコ『回勅 ラウダート・シ』カトリック中央協議会