フィールド日記
2012.12.14
テイカカズラと藤原定家の愛

2012.12.14 Friday
テイカカズラの種がヤブムラサキの枝にひっかかっていました。テイカカズラは木にからまって伸びる蔓性の植物で種には白い冠毛がついています。写真に写っている種も冠毛の浮力でここまで飛んできたものと思われます。
藤原定家が、愛する式子内親王のことが死後も忘れられず、蔓性の植物となって内親王の墓に絡みついたという伝説があります。その植物がテイカカズラ(定家蔓)です。不二聖心では自生しているテイカカズラをたくさん目にすることができ、林道を歩けば必ず種を拾うことができます。
伝説を意識して見ると、美しい白い冠毛はまるで定家の思いの化身のように感じられます。
今日のことば
久し振りにてウードワード著『軟体動物学摘要』を開いて見て面白かった。博物学研究は平均せる
判断力を養成する為に最も必要である。単に蝸牛やなめくじについて知るばかりではない、之を知る
の途がまた宇宙の真理を探るの途として非常に貴いのである。
内村鑑三の日記(1924.1.22)より
2012.12.13
冬の到来を告げるニトベエダシャク
2012.12.13 Wednesday
今朝、7時30分の不二聖心の気温は-1度でした。いよいよ冬本番の感じがします。
昨日、ニトベエダシャクの写真を撮りましたが、これは冬の到来を告げる蛾で、寒い季節になると発生します。
「ニトベエダシャク」の「ニトベ」は命名者の新渡戸稲雄から採られていています。新渡戸稲雄は新渡戸稲造の従兄弟で、青森県の県農事試験場で研究者として働いていた人物です。
今も行われているリンゴの袋かけの方法は、新渡戸稲雄の考案ですので、私たちが今の季節においしいリンゴが食べられるのは、写真の蛾の命名者のおかげと言えます。
新渡戸稲雄について、さらに詳しく知りたい方は、十和田市立新渡戸記念館のホームページをご覧ください。
http://www.towada.or.jp/nitobe/event/event2009.htm

今日のことば
幸運は誰に一番美しい棕櫚の枝を差しのべるだろうか。喜んで事をなし、またなした事を喜ぶ人に。
ゲーテ
2012.12.12
ムラサキシキブアブラムシ(新称)
2012.12.12 Wednesday
12月9日に第1牧草地の横の森でアブラムシとその卵と思われるものを採集しました。


これらを宇都宮大学の高橋滋先生に同定していただいたところ以下のような回答を得ました。
写真のアブラムシはまだ学名がない新種候補のAphis属のアブラムシです。和名はムラサキシキブアブラムシとしましょう。この和名を使用するときには新称との但し書きをつけてください。
多くの人が使えば、標準和名となります。
写真はアブラムシの卵です。産卵直後は黄色で時間経過とともに灰色を経て光沢のある黒色となります。卵の付近に見られるアブラムシは秋から冬に出現する産卵雌虫と呼ばれる卵を産む生活型です。春から夏に見られる生活型は胎生雌虫と呼ばれる子供を産む型です。
不二聖心の森で出会ったアブラムシに和名をつけていただき感激しました。
約1ミリの、肉眼では認識しづらいほどの卵ですが、それぞれがしっかりとした形を持ち光沢を放っていることに感動を覚えます。維管束痕に上手に卵を産み付ける工夫にも感心しました。
黄色い卵がどれくいの時間で黒く変化するのか、これからも観察を続けていきたいと思います。
今日のことば
よくみればなづな花咲く垣根かな
これは芭蕉の俳句だが、いままで何もないと思っていた垣根の下に、なずなの花が白々とつつましく咲いているのを発見して驚いている。ほんとうによく見れば、どこにでも真実なものはあり、美しいものはある。こういう発見をし、驚きをつぎつぎとしていくことによって、人間は、たえず自分をあたらしくし、新鮮にしていくことができるのである。
そうして、そういう人間は、人間をみる場合も、形式的にみたり、常識的にみたり、一般的にみたりしなくなる。いままで何もないと思った人のなかに美しいものをみたり、暖かいものをみつけ出したりするようになる。そしてそういうところから、ほかの人間を大切にしたり、ほかの人間と、しみじみと心を通い合わせたりすることもできるようになっていく。
そういうことからまた、自分自身をゆたかに成長させることができるようになっていく。
だから自然のなかにはいりこみ、自然と心を通い合わせ、自然から学ぶということは、人間性を回復するということでもある。日常のいそがしい生活のなかで、驚きをなくしたり、不遜になったり、あらあらしくなったりした人間が、自然の摂理から学んで、自分をよみがえらせたり、あたらしく自分を発見したりして、自分を人間的にしていくということでもある。
斎藤喜博
2012.12.11
マンリョウの赤い実

2012.12.11 Tuesday
第1牧草地から第2牧草地に向かう途中に生えているマンリョウの実の写真を撮りました。
週刊朝日百科の「植物の世界61号」にはマンリョウについての次のような記述があります。
花は前年に伸びた短枝の先端につくので、果実が赤く熟すと、濃い緑の葉を背景によく目立つ。
しかし果実がまずいためか、鳥はなかなかこの果実を食べてくれない。そのため、冬を越し、春になり、夏を迎えてもまだ赤い果実が残っていることがある。それだけ長い期間、果実を楽しむことができるが、動物散布を必要としながら半年以上も食べられるのを待っている植物も珍しい。
この果実を子どもたちは紙鉄砲の玉にしたり、雪でつくるウサギの目玉にして遊んだものである。
校内のあちこちに自生するマンリョウには、今の時期、ビニールの袋がかけられているものが目立ちます。これは、クリスマス・キャロルの午後のチャリティ・セールで販売する手作りリースの飾りにするために鳥から実を守っているのです。袋かけは例年の経験に基づいてなされていることでしょうから、不二聖心のマンリョウは一味違うのかもしれません。
今日のことば
人はかの樹木の地に生えている静けさをよく知っているであろうか。ことに時間を知らず年代を超越したような大きな古木の立っている姿の静けさを。自然界のもろもろの姿をおもう時、常に静けさを感ずる。なつかしい静寂を覚ゆる。中でも最も親しみ深いそれを感ずるのは樹木を見る時である。また森林を見かつおもう時である。樹木のもつ静けさには、何やら明るいところがある。
柔かさがある。あたたかさがある。森となるとややそこに冷たい影を落してくる。そして一層その静けさがふかまってくる。かすかにかすかに、もろもろの鳥の声が私の耳にひびいてくる。
若山牧水
2012.12.10
コガネグモ科のクモの卵のう 宣教師の見たクモ

2012.12.10 Monday
校舎の裏の道でヤブムラサキの葉についているコガネグモ科のクモの卵のうを見つけました。
いつ見ても不思議な形をしていると思います。12月9日に読売新聞に載った「まちかど四季散歩(菅野徹)」というエッセイの中に、ポルトガル人宣教師がコガネグモ科のクモについて「日葡辞書」に記していると書かれていました。宣教師の幅広い観察眼に驚きますが、さすがの宣教師もコガネグモ科のクモの卵のうがこのような形をしているとは思いもしなかったことでしょう。
今日のことば
この辞書(「日葡辞書」)は、徳川家康が江戸幕府を開いた1603年、長崎でポルトガル人宣教師によって刊行された。当時の自然や風俗も窺える貴重な辞書であり、筆者は邦訳版を常に手もとに置いている。(中略)
日葡辞書には、ジョロウグモも、黄色いしまのある大きなクモとして登場する。ジョロウグモは、体長2~3センチ。本州以南や中国などに分布する。もっとも、九州などでは、もっと太めのコガネグモをジョロウグモと呼ぶから、ポルトガル人宣教師が見たのはコガネグモだったかもしれない。
写真のジョロウグモは1日の夜、破れた網だけ残して生命を終えた。しかし、中には、横浜で年明けまで生き続ける個体もある。地面に対し垂直となるように網を張るこの種類のクモは、普段は頭を下にして餌が掛かるのを待っている。
上臈グモとも女郎グモとも書かれるが、今の日本では、身分の高い女性をさす「上臈」も、遊女をさす「女郎」もなじみのない言葉だろう。むろん400年前のポルトガル宣教師の知らぬことだが。
「まちかど四季散歩」(菅野徹)より
2012.12.09
ヤブムラサキの黄葉

2012.12.09 Sunday
今日は、秋に高校1年生が間伐体験学習を行った森の中に久しぶりに入ってみました。
森の外は強風が吹き荒れていましたが、森の中は静けさが保たれていました。ムラサキシキブハケタマムシ
という貴重な虫こぶが発生しているヤブムラサキの葉の落葉を確認しました。いよいよ羽化に向けて最終段階
に入ることになります。そのヤブムラサキの黄葉の写真を撮りました。光の届きにくい環境に生息することが
多いヤブムラサキは枝葉を上手に広げることで効率よく光を吸収しています。
今日のことば
ありのままの人間は決して実在のかたちに触れることはできない。人間的努力の極限、それのみが揺るがない
形に我々を触れさせる。
森有正
2012.12.08
サネカズラについての新発見の紹介
2012.12.08 Saturday
東名高速道路の近くの竹林の縁でサネカズラの実が赤く熟していました。サネカズラは、百人一首の「名にし負はば逢坂山のさねかづら人にしられで来るよしもがな」の歌でもおなじみの樹木で、日本人が長く親しんできた植物です。
栗田子郎先生(不二聖心の植物相の調査でたいへんお世話になっている先生です)のホームページ「草と木と花の博物誌」にサネカズラについてのたいへん興味深い記述が載っています。図鑑では、サネカズラは雌の株と雄の株は別々とされてきたのですが、雌雄同株の個体もあることを先生は発見なさったのです。
サネカズラについて、さらに詳しくお知りになりたい方は下記のURLをクリックしてみてください。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~lycoris/nonohana.dayori.fuyu.html#hermapfrodite.sanekazura

今日のことば
生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
吉野弘
2012.12.07
ツマグロオオヨコバイの越冬 イロハモミジの紅葉
2012.12.07 Friday
駐車場の横の雑木林の斜面に生えているアブラギリの葉の裏で越冬しているツマグロオオヨコバイを見つけました。成虫で越冬する昆虫の中にはこのように群れを作って越冬するものが数多くいます。
アブラギリの周辺はイロハモミジの紅葉が今まさに盛りの時期を迎えていました。




今日のことば
あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい。
矢嶋楫子
2012.12.06
メジロの亡き骸 不二聖心のすすき野原が希少種の宝庫である理由
2012.12.06 Thursday
昨日は忘れがたい光景に二つ出会いました。一つは、中学校校舎の入り口の窓ガラスにぶつかって息絶えたメジロの姿です。生徒が次々に職員室に報告に来てくれました。メジロの死を心から悲しむ子どもたちの姿を見て本当に心の優しい生徒たちだと思いました。

昼休みにメジロを森の土に返しに行きました。そこで思わぬ光景に出くわしました。不二農園の関係者の方々が広いすすき野原の草をすべてきれいに刈りとっていたのです。生物多様性を脅かす要素は「開発の影響」と「外来種の移入」と「人間の手入れの不足」だと言われます。絶滅危惧種の宝庫である不二聖心のすすき野原は、十分な「人間の手入れ」によって守られています。
農園の方に、刈り取ったすすきの束をどうするのかうかがったところ、茶畑に敷くということでした。
すすき野原を健全に保つために刈られたすすきが、茶畑を健全に保つことに役立っているということです。
来年も、再来年も、そしてまた次の年も、枯れたすすきはおいしいお茶を作るために役立ち続けることでしょう。
不二聖心の中だけで一つの持続可能な関係が成り立っているというのは素晴らしいことだと思います。


今日のことば
私は人間的な感動が基底に無くて、風景を美しいと見ることは在り得ないと信じている。風景は、いわば人間の心の祈りである。私は清澄な風景を描きたいと思っている。汚染され、荒らされた風景が、人間の心の救いであり得るはずがない。風景は心の鏡である。庭はその家に住む人の心を最も良く表すものであり、山林にも田園にもそこに住む人々の心が映し出されている。河も海も同じである。その国の風景はその国民の心を象徴すると言えよう。
日本の山や海や野の、何という荒れようであろうか。また、競って核爆発の灰を大気の中に振り撒く国々の、0何という無謀な所業であろうか。人間はいま病んでいる。
母なる大地を、私達はもっと清浄に保たねばならない。なぜなら、それは生命の源泉だからである。
自然と調和して生きる素朴な心が必要である。人工の楽園に生命の輝きは宿らない。
東山魁夷
2012.12.05
ササキリモドキ科ヒメツユムシ ヒヨドリの声の聞き比べ

2012.12.05 Wednesday
「共生の森」のキャンプ場の水溜りに虫の死骸が浮いていました。ササキリのようだと最初は思いましたが、調べてみたらササキリモドキ科のヒメツユムシのメスであることがわかりました。
ササキリとよく似ていますが、全く違う種類の昆虫です。生態も異なり、例えばササキリが草食であるのに対し、ヒメツユムシは肉食です。自然界には「似て非なるもの」が数多く存在します。
その「非なる」ことを見抜いていくことで生物の多様性がより明らかになっていきます。
不二聖心にはクスノキの巨木がたくさん生えていますが、晩秋の頃に実が熟してくるとたくさんのヒヨドリがクスノキの周辺に集まり、にぎやかに鳴き交わすようになります。その声はすっかり耳になじんでいますが、先日、竹林の中で全く別の鳴き方のヒヨドリの鳴き声を耳にしました。
鳥の鳴き声の多様性に驚きます。ぜひ聞き比べをしてみてください。
今日のことば
高校3年生の短歌
寒空に満天の星を眺めむればちょっぴり淋しい冬の始まり
みんなとの一日一分一秒を大切にしたい大好きだから
黄昏に紅く燃えるもみじばよ我が青春は秋にありき
みんなとの出会いや刻んだ思い出は私の人生のスペシャルです
いつまでも現実逃避したいけど逃げてばかりもいられないよね
ありふれた日々も終わりに近づいて貴き時を友と味わう
六月につく枇杷の実にもう会えない窓の木が旅立ち告げる
