〇お知らせ〇
同じ内容をインスタグラム「不二聖心女子学院フィールド日記」(クリックするとインスタグラムのページが開きます)にも投稿しています。より高画質な写真を載せていますのでぜひフォローしてください。

フィールド日記

2013.01.02

イヌマキと井上靖の「あすなろう」

 

 2013.01.02 Wednesday

 高校1年生が「共生の森」に植えたイヌマキが冬の寒さに耐えて成長を続けています。井上靖の『あすなろ物語』で知られるアスナロというヒノキ科の樹木がありますが、伊豆地方ではイヌマキのことをアスナロというそうです。全く違う名前の樹木かどうして同じ名前で呼ばれているのか、不思議なことです。
伊豆で育った井上靖も、「アスナロ」は言えばイヌマキのことを指すと思っていたらしいことが、「あすなろう」(『あすなろ物語』ではありません。)という小説を読むとわかります。

 

今日のことば

 大学の三年の時、私は高等学校時代からの不規則な生活が祟ってやむなく卒業を一年延ばし、その年の秋から
翌年の春にかけて、半カ月余りを郷里の伊豆で養生専一に送らねばならなかった。
読書は許されなかったので、時には梶井基次郎の「檸檬」の中に出てくるあの渓合の雑木林の道を歩くこともあったが、大抵は二階の自分の居間から硝子戸越に天城の山々を終日眺めて暮すことが多かった。
その頃、夜になると、村の小学校のIと言う若い先生がよく話しにやって来た、痩せぎすで長身で――のっぽと言う感じがよく当てはまる何処か間延びのした所のある男で、眼尻に皺をよせ乍らぽつりぽつりと話し出すと、いつまでも腰を上げなかった。
「あすなろうという木を知っていますか」
その晩もIは私の所へ共同湯帰りの濡れ手拭をぶら下げたまま訪ねて来て、十二時近くまで話し込んでいた。
中学校の植物の教師の検定試験を受けるというので、植物は随分勉強しているらしく、また植物の話になると彼の訥弁も見違える様に生彩をおんでくるのが常であった。
「あすなろうって、槇(マキ)の木のことでしょう」
私が答えると、Iは、さにあらずと言う様に得意な時いつもする人のよい微笑を浮べて、
「伊豆ではそう言いますが、そりゃお誤りですよ。ほんとはあすなろうと言えば羅漢柏の事です。
   マツ科の植物で――」
と、あすなろうの説明を始めた。羅漢柏は大変よく檜に似ている木で、そのあすなろうという別名も「あすは檜になろう、あすは檜になろう」と言う言葉が詰まって、あすなろうとなったと言うのである。「それが証拠にはあすなろうと言う字も翌檜と書きます」
とIは畳の上に字を書いてみせた。

「あすなろう」(井上靖)より