フィールド日記

2012.12.31

ミツマタと駿河半紙の話

2012.12.31 Monday

高校1年生が間伐体験学習を行った森の中で和紙の原料となるミツマタの稚樹を見つけました。
よく見慣れたミツマタの姿とまったく違う姿に驚きます。
フィールド日記 2012.03.25 ミツマタ オニシバリ ヒシベニボタル アクニオイタケ ソトカバナミシャク
諸田玲子の「日月めぐる」という小説の中には、ミツマタと駿河半紙について言及した以下の
ような箇所があります。

駿河半紙は、原村に住む渡辺兵左衛門が三椏(ミツマタ)を紙の原料として発見して以来、
急速に広まったもので、歴史は浅い。だが従来の楮(コウゾ)で作った紙より、丈夫で上質な
紙ができるというので、高級品としてもてはやされていた。
三椏は紙の原料となる太さに枝が生長するまでに三、四年かかる。ただしその後は毎年刈り取る
ことができるという。

不二聖心のミツマタの稚樹は来年も少しずつ生長を続けていくことでしょう。

今年も「不二聖心のフィールド日記」を御覧いただき、ありがとうございました。

 
  
今日のことば

三人の親子 千家元麿

ある年の大晦日の晩だ
場末の小さな暇そうな、餅屋の前で
二人の子供が母親に餅を買ってくれとねだっていた。
母親もそれが買いたかった。
小さな硝子戸から透かして見ると
十三銭という札がついている売れ残りの餅である。
母親は永い間その店の前の往来に立っていた。
二人の子供は母親の右と左のたもとにすがって
ランプに輝く店の硝子窓を覗いていた。
帯の間から出した小さな財布から金を出しては数えていた。
買おうか買うまいかと迷って、
三人とも黙って釘付けられたように立っていた。
苦しい沈黙が一層息を殺して三人を見守った。
どんよりした白い雲も動かず、月もその間から顔を出して、
どうなる事かと眺めていた。
そうしている事が十分あまり
母親は聞えない位の吐息をついて、黙って歩き出した。
子供達もおとなしくそれに従って、寒い町を三人は歩み去った。
もう買えない餅の事は思わないように、
やっと空気は楽々となった。
月も雲も動きはじめた。そうしてすべてが移り動き、過ぎ去った。
人通りの無い町で、それを見ていた人は誰もなかった。場末の町は永遠の沈黙にしづんでいた。
神だけはきっとそれを御覧になったろう。
あの静かに歩み去った三人は
神のおつかわしになった女と子供ではなかったろうか。
気高い美しい心の母と二人のおとなしい天使ではなかったろうか。
それとも大晦日の夜も遅く、人々が寝しづまってから
人目を忍んで、買物に出た貧しい人の母と子だったろうか。



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2012.12.30

不二聖心のカシの木がDNA鑑定へ

 

 2012.12.30 Sunday

  12月27日に不二聖心で行われた植物調査の際に野口英昭先生が、生徒が間伐体験学習をした
森を見て、しっかり間伐の行われている立派な森だと言ってくださったことが、たいへんうれしく
心に残りました。その言葉に続けて野口先生は「間伐がしっかり行われているとこういう木が育つ」
と近くにあったアラカシの木を指さされました。その後も何本ものカシ類を確認でき、調査の大きな
収穫となりました。中でも最後の1本に野口先生は注目なさいました。その1本はアラカシとシラカシ
の交雑種だったのです。交雑の状態をより詳しく調べるためにDNAを調べることになりました。
これまで雑木の1本としか見ていなかった木が、専門家の目には貴重な研究材料として映ったわけです。
ものの持つ価値を見抜く目を持ちたいものだと切に思いました。
調査して以来、この木に注目するようになり、さまざまな生き物がこの木に集まってきていることが
わかってきました。写真に写っているツマグロコシボソハナアブはその一例です。

 

今日のことば

いったい自然は、日本百景とか近江百景とか優先させることからが、ケチくさい認識不足である。
自然とは、一つの森林が、土壌、水系、植物、野鳥、昆虫、爬虫類、両生類、各種下等動物、蘚苔、
岩石、気候などの一切条件を具備した相関関係の均衡であって、その均衡の成立しているところこそが、また美のたたずまいでもあるのだ。
「鳥も黙っていられない」(中西悟堂 1970年)より

 

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2012.12.29

野蚕ウスタビガの繭

 

 2012.12.29 Saturday

  牧草地の脇の道でウスタビガの繭を見つけました。ウスタビガは野蚕として知られるヤママユガ
科の蛾で、繭から天然の絹糸を採ることができます。幼虫の食草は、クヌギ、コナラなどのブナ科
の樹木や桜などで、冬の里山で一際目立つ緑の繭をよく見つけます。写真の繭は栗の木についてい
ました。クリもまたブナ科に属しています。
ウスタビガの繭が残る雑木林の風景は、日本の懐かしい風景の一つです。


 
今日のことば


世界に誇れるのは昔ながらの里山だ。雑木林も小川も田んぼも人が手を入れて持続可能に利用して
きた。これが崩れ、コウノトリのように一度は姿を消した生き物もいる。
田を知らない都会の子どもに田植えをさせると、「懐かしい」と言う。体験しても、していなくても、
懐かしい風景があります。30年以上前、八ヶ岳のふもとの荒れた人工林を買い、間伐をして広葉樹を
植え、雑木林はよみがえった。森を手助けして、生き物が機嫌良く暮らせるような環境をつくろうよ。
 

                                    柳生博


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2012.12.28

イヌツゲメタマフシ

 

 2012.12.26 Wednesday

 高校1年生が「共生の森づくり」をしている土地はかつて葡萄園でした。その葡萄の栽培を
していたご夫婦が住んでいた家が栗畑の近くに残っています。家の脇にはイヌツゲの木があり、
今も元気に成長を続けています。虫こぶは植物の細胞が増殖する力を利用して作られますが、
今年もイヌツゲの側芽の部分にイヌツゲメタマフシができていました。植物の組織がイヌツゲ
タマバエの幼虫の部屋に変化したわけです。イヌツゲタマバエの生活史についての研究によれば、
3齢幼虫で越冬するということですから、この部屋の中では小さな幼虫が静かに春を待っている
はずです。


 
今日のことば
 

確かな未来は、懐かしい風景の中にある。
柳生博

2012.12.27

野生の柿(ヤマガキ)を発見しました

 

 2012.12.27 Tuesday

 来年の総合学習に生かすために株式会社インプルに校内の植物の調査を依頼しました。調査を
してくださった野口英昭先生はたいへん博識で、植物についての興味深い話をたくさんうかがう
ことができました。
不二聖心のフィールドの植物について新しい発見もたくさんありましたが、その中の一つが写真
の柿です。これは第2牧草地の脇の道で見つけたヤマガキ(野生の柿)です。柿の木にたった一つ
実が残っていました。野口先生によると直径が3センチ以内のものが野生の柿とされるということ
でした。人間によって栽培されている柿の木の場合、故意に実を一つ残すことがあり、それを木守
柿と呼んで、俳句の季語にもなっています。
この実は、たまたま一つだけ残ったもののようですが、冬枯れの景色の中に赤い柿の実が一つ残っ
ている風景には何とも言えない風情があります。

 

        
今日のことば

烏瓜冬ごもる屋根に残りけり

               室生犀星

2012.12.26

クヌギハオオケタマバチが冬芽に産卵しています

  2012.12.26 Wednesday

 12月16日にすすき野原に立つクヌギの木にたくさんのタマバチが発生しているのを見つけました。
専門家の方に標本をお送りして同定を依頼したところ、クヌギハオオケタマバチであることがわかり
ました。クヌギハオオケタマバチは冬芽に産卵することがわかっていますが、この時も冬芽にとまっ
ている個体をいくつも見かけました。
採集してさらに観察を続けたところ、ハチはケースの中に入っている冬芽をきちんと探し当て、再び
産卵を始めました。その時の様子を撮影しましたので、ご覧になりたい方は下記のURLをクリック
してください。産卵管を出し入れしている様子が脚の間から見えます。
http://www.youtube.com/watch?v=kqAgMzgBlfw 

野外で産卵している様子です。


 
 

 ケースの中で冬芽を探しています。


 

               今日のことば

うまく使えた一日の終わりに快い眠りが訪れるのに似て、うまく使えた人生の後には穏やかな
死が訪れる。

                                  塩野七生

2012.12.25

イラガの繭に小さな穴を見つけました

2012.12.25 Tuesday

 イラガの繭を見つけました。イラガの繭の中に入っている幼虫は、昔からタナゴ釣りの餌として
使われてきました。イラガは、日本人の生活と長く関わってきた生き物です。
しかし、残念ながら写真の繭は釣り餌として使うことはできません。繭をよく見ると、穴が開いて
いることがわかります。この穴はイラガセイボウというハチが産卵のために開けた穴で、繭の中で
はイラガの幼虫を餌としてイラガセイボウの幼虫が育っているはずです。2つの穴のうちの1つには
丁寧に蓋までされています。おそらくイラガの幼虫はすでに萎れ始めていることでしょう。
来年の5月頃にはイラガセイボウという宝石のように美しいハチが羽化するはずです。
成虫の姿をご覧になりたい方は、下記のURLをクリックしてください。
http://tokyoinsects.web.fc2.com/hymenoptera/iragaseibou.html


 
 
 

今日のことば

 娘が小学校三年生のとき、オーストラリア・カンガルー島のヒツジの牧場に九ヵ月ほど住んだ。
そのとき、ヒツジが日がな一日草を食んでいるので、ぼくは彼女に「ヒツジさんて、なに考えてる
んだろうね」と尋ねた。すると娘は、「草だよ。草しか見てないよ」。確かに動物は食べることしか
考えていないに違いない。ぼくは思わず「深いな」と感心してしまった。

                                   岩合光昭

2012.12.24

「共生の森」のアワブキの冬芽

 

 2012.12.24 Monday
「共生の森」の苗木の中には、根付いたものもあれば、枯れてしまったものもあります。
ほとんどの苗木は葉を落としてしまいましたが、冬芽がついているのを見ると木が生きていること
を確認できてうれしくなります。今日は、「共生の森」に高校1年梅組2班が植えたアワブキの写真
を撮ってみました。冬芽の形に個性があり、樹皮の白い模様も特徴的です。来年も、この小さな木
が風雪に耐えて成長を続け、大きく育ってほしいと願わずにはいられません。


 

今日のことば

 
どうもヒトは常に自分が主人公であることばかりを考えているようです。キリンにはキリンのおきて
があるのでしょう。シマウマにはシマウマのおきてがあるのでしょう。それらのおきてが絡み合って
壊れないようにまとまっているのがアフリカの大地なのです。
どうしてヒトとしての見方しかできないのだろうと自分をいさめるばかりです。

                               岩合光昭

2012.12.23

クワナケクダアブラムシ

 

 2012.12.23 Sunday
12月18日にクヌギの虫こぶ(クヌギエダイガタマフシ)についているアブラムシを採集しました。
専門家の方に同定を依頼したところ、クワナケクダアブラムシGreenidea kuwanai (Pergande)で
あることがわかりました。危険が迫ると角状管の先端からは警戒フェロモンが分泌され、仲間に危険
を知らせるそうです。

 

今日のことば


人間の知識や考え方には、どうしても限界があるように思う。誰かがどこかで出会った現実が、
普遍的なことのように誤解され、「世界の常識」になってしまう。「ライオンとは……である」
と定義されても、セレンゲティのライオンと、ボツワナや他の地域のライオンとでは生態が異なる。
もちろん顔つきだって違う。多くの場合、野生動物を見るときに、最初に結論を出してしまっている
ような気がしてならない。その結論に導くには、目の前で起きていることをどういうふうに解釈した
らいいか。頭の中でそれを確認している。現実が後ろからついてくる。
それでは野生動物は見えてこない、とぼくは思う。考えるよりも、まず見る。「ヒトが見る目」を
はずし、まったく別個の生きものとして、虚心坦懐に見る。そうしなければ、いつまでたっても
野生動物とヒトとの関係は変わらないのではないか。


岩合光昭

2012.12.21

パンジーとハナアブ

  2012.12.21 Friday

図書館の花壇のパンジーにハナアブ(ナミホシヒラタアブのメス)が来ていました。ハナアブの多く
はハチに擬態することによって敵から身を守ろうとしています。12月に入ると受粉昆虫として活動で
きる虫の種類は極めて少なくなりますが、不二聖心では天気の良い日には双翅目の昆虫が花に集まる
様子を観察することができます。
ハチに擬態するハナアブについてお知りになりたい方には、高桑正敏先生の「擬蜂虫 ―ハチを見た
らハチでないと思えー」(「自然科学のとびら」第7巻第3号)を読むことをお勧めします。

http://nh.kanagawa-museum.jp/tobira/7-3/takakuwa.html


 



今日のことば


いつでもとこでも
「いま」「ここ」、が
自分の「いのち」の正念場
自分の一番大事なところ

                          相田みつを

2012.12.20

モリオカメコオロギの2種類の鳴き声

 

 

 2012.10.20 Saturday
 

 「共生の森」でモリオカメコオロギを見つけました。同定のために採集し鳴き声を記録してみたところ、
モリオカメコオロギはさまざまに鳴き分けることがわかりました。たくさんの鳴き声から2種の鳴き声を
紹介します。
 



                   今日のことば

 夜の歌い手である蟋蟀(こおろぎ)には、多くの種類がある。蟋蟀という名前は、「キリキリキリキリ、
コロコロコロコロ、ギイイイイイ」という鳴き声から由来している。その変種の中にエビ蟋蟀というのが
いるが、これはまったく鳴かない。しかし、馬蟋蟀、鬼蟋蟀、閻魔蟋蟀はいずれもみな、立派な音楽家で
ある。色はこげ茶か黒で、この歌の上手な蟋蟀たちの翅には、変わった波形模様がついている。
蟋蟀に関する興味深い事実は、八世紀の中頃に編纂された日本最古の『万葉集』という歌集に、この虫の
名が出ていることである。次の歌は、優に一千年以上も昔の読み人知らずによる作である。
庭草に村雨ふりてこほろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり
(にわか雨が、庭草に降り注いだ。こおろぎの鳴く声を聞けば、秋がやって来たこと  が知れることだ)
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)

2012.12.20

不二聖心で発見された黒曜石

  2012.12.20 Thursday

 元用務員の中家さんから不二聖心のフィールドで見つかった黒曜石と石斧の刃部を見せて
いただきました。(写真の石斧の柄の部分は中家さんが想像で作られたものです。)他にも
明らかに細工を施したと見られる石片がいくつも見つかっており、不二聖心の土地が遥か昔
から人間の生活の場であったことがうかがわれます。

 
 

 


今日のことば

なんにもない なんにもない 
まったく なんにもない
生まれた 生まれた 何が生まれた
星がひとつ 暗い宇宙に 生まれた

星には夜があり そして朝が訪れた
なんにもない 大地に ただ風が吹いてた

やがて大地に 草が生え 樹が生え
海には アンモナイトが 生まれた

雲が流れ 時が流れ 流れた
ブロントザウルスが 滅び
イグアノドンが 栄えた
なんにもない 大空に ただ雲が流れた

山が火を噴き 大地を 氷河が覆った
マンモスのからだを 長い毛が覆った

なんにもない 草原に かすかに
やつらの足音が聞こえた
地平線のかなたより マンモスの匂いとともに
やつらが やって来た
やって来た
やって来た

                                                            園山俊二
 

2012.12.19

『虫こぶはひみつのかくれが?』とムラサキシキブハケタマフシ

  2012.12.19 Wednesday

 先日、中学3年生の国語の授業で『虫こぶはひみつのかくれが?』(福音館書店)という本を紹介しました。著者の湯川淳一先生の許可を得ることができましたので、「不二聖心のフィールド日記」でも紹介文を掲載したいと思います。湯川淳一先生は不二聖心のフィールドの虫こぶにも注目してくださいました。

 

 昨日の新聞から284  平成二十四年十二月三日(月)
『虫こぶはひみつのかくれが?』(湯川淳一・福音館書店)を読む
―― 一つの事実をつきとめるために必要なことは何か   ――

 福音館書店の本で科学の面白さに目覚めたという人はみなさんの中にも多いのではないでしょうか。とりわけ、月刊「たくさんのふしぎ」のシリーズは科学の面白さを伝える数多くの名著を生み出してきました。その中で特に心に残っている一冊が、湯川淳一先生の『虫こぶはひみつのかくれが?』です。
  『虫こぶはひみつのかくれが?』は、虫こぶ(昆虫の出す化学物質によって植物の細胞が作り出す、昆虫の卵や幼虫のための小さなこぶ)というものの興味深さを伝えてくれるとともに、湯川淳一先生の調査経過を通して、研究者が一つの事実をつきとめるためにどれだけの努力をしているかということを学ばせてくれます。
その一端をここで紹介してみましょう。
湯川先生はシロダモタマバエという、シロダモの葉に虫こぶ(シロダモハコブフシ)を作るタマバエの研究者です。湯川先生は先ず調査のために35本のシロダモの木を選びます。そして35本すべての木についている葉の枚数を数えていきます。
葉の枚数は2850枚ありました。虫こぶはすべての葉に均等にできるわけではありません。
『虫こぶはひみつのかくれが?』には「1枚の葉に1個だけのものもあれば、100個以上もできているのもある」と書かれています。
先生はなんと2850枚の葉すべてを調べて虫こぶの数を数えていきます。見つかった虫こぶの数は2792個だったそうです。その中に1匹ずつ幼虫が入っています。2792匹の幼虫がどれだけ生き残るのか。このあとも調査は続きます。幼虫の行く手にはさまざまな困難が待ち受けています。敵も少なくありません。ヒメリンゴカミキリが葉を枯らしたことにより1093個の虫こぶが枯れてしまい、自然死で311匹の幼虫が死に、台風で514個の虫こぶが落ちてしまいました。このようにして虫こぶはどんどん数を減らしていきます。
12月には473個に減ってしまいました。このころからシロダモタマバエコマユバチが虫こぶに寄生し始めます。ハチの産卵管は虫こぶの壁を突き通し、中にいるタマバエの幼虫や内壁に産卵します。
孵化したハチの幼虫はタマバエの幼虫を食べて育ちます。寄生するのはコマユバチだけではありません。他にコガネコバチというハチもいます。先生は、473個の虫こぶのうち、いくつ寄生されるかをすべてお調べになったのです。
長期間にわたる調査の結果、驚くべき事実が明らかになります。冬を越した473個のシロダモタマバエの虫こぶから、コマユバチが245匹、コガネコバチが124匹出てきたのです。シロダモタマバエは79匹だったそうですから、4分の3は寄生されてしまったことになります。成虫になったあとも、蜘蛛に食べられてしまったり、寒さに負けて死んでしまったりするタマバエがたくさんいました。
最終的に一生をまっとうできたのは24匹だったそうです。
2792匹のうちの24匹です。宙を舞うタマバエを目にした時に、この事実を知っているのと知らないのとではタマバエの見え方がまったく違ってくるのではないでしようか。知ることは物の見え方が変わることだと改めて思います。
タマバエの研究はタマバエの生態をつきとめる以外にもさまざまな意味を持ちます。その一例として、湯川先生が編者を務めた『地球温暖化と昆虫』(全国農村教育協会)という本の中の第3章に収められた「樹冠から下枝へ、生活舞台の移動」に書かれた調査記録を紹介しましょう。
この時の調査は、高所作業車のクレーンにとりつけられたゴンドラに乗って高さ12メートルのシロダモの木の樹冠から昆虫を採集するというものでした。そこでたくさんのシロダモハコブフシを採集します。しかし、この結果は湯川先生を悩ませることになります。その悩みについて記述した部分を引用しましょう。

 たくさんの虫えい(虫こぶ)が採集できたのは喜ぶべき成果でしたが、このことは同時に、私たちを大きく悩ませる結果にもなりました。というのは、以前、鹿児島で行われた調査で、シロダモハコブフシは大木の下枝や林内の幼木など、日陰の葉に多く形成され、樹冠部のような日当たりのよい場所には形成されないことが分かっていました(Yukawa and Akimoto,2006)。そして、まれに日向に形成された虫えいでは、中に生息しているタマバエの死亡率が上がるため、このタマバエは日向よりも日陰に適応した昆虫で、日陰に形成した虫えいに生息する性質を持っているのだろうと考えられていたのです。ところが、今回の福岡の調査では、樹冠部でたくさんの虫えいが見つかった一方で、大木の下枝や林内に生えている幼木のような日陰のシロダモの葉には、虫えいがごくわずかしか形成されていませんでした。
なぜシロダモタマバエは、鹿児島では下枝や幼木といった日陰に生息し、福岡では樹冠部のような日向に多く生息しているのか、このシロダモタマバエの生息場所の謎を解き明かすことにしました。
 やがて謎は解明されました。本来、下枝の新芽に卵を産むシロダモタマバエですが、福岡ではタマバエの産卵時期にすでに下枝の新芽は開葉していて樹冠に残る新芽に産卵するしかないという事情があったのです。タマバエのように産卵期間の短い昆虫の場合には、生息地域によっては樹木の部位を本来の産卵部位から変えて産卵するしかないということがわかったのです。
ということは、地球温暖化などの気候変動の影響を受けてタマバエの産卵の時期が変わってしまうと、産卵場所を新たに探す必要が出てきたり、場合によっては産卵場所を失ってしまったりすることにもなりかねません。私たちの見えないところで、気候変動の影響を受けている小さな生き物が実はたくさん存在するかもしれないということをタマバエは推測させてくれます。
先ほど引用した文章の最後は次のように結ばれています。

 樹冠部の昆虫採集で偶然出会った小さなシロダモタマバエの虫えい(虫こぶ)は、地球温暖化をはじめ、人類が直面しているさまざまな環境問題を考える大きなきっかけを、私たちに与えてくれた気がしています。

 湯川淳一先生の研究者としての地道な努力とその興味深い研究内容にふれて、湯川先生に対する尊敬の念が深まっていきました。先生のおかげで、虫こぶに対する関心も格段に高まり、いろいろな植物に作られた虫こぶに自然に目が行くようになりました。
先日、高校一年生が総合学習の時間に間伐を行った校内の森の様子を見に行きました。間伐をしたところは、光が地上にまで届くようになり、その木漏れ日が森の中の樹木を照らしていました。
よく見ると光の先に一枚の葉が見えました。そこに虫こぶがついていました。ヤブムラサキという木の葉についていた虫こぶだったのですが、図鑑で見た覚えがありません。さっそく、これまで何度か同定のお願いをしてきた九州大学の阿部芳久先生にメールで画像を送って同定をしていただきました。阿部先生からの返信は次のようなものでした。

 ゴール(虫こぶ)の写真を拝見しました。寄主植物から判断してタマバチではなさそうです。虫えい図鑑には出ていないようですが、タマバエの可能性はあると思います。この写真をタマバエが御専門の湯川先生にお送りして同定をお願いしてもよろしいでしょうか。

 このメールを見て、僕はたいへん驚きました。
なんと、あの『虫こぶはひみつのかくれが?』の著者に不二聖心の森の木の葉の虫こぶを見ていただけることになったのです。

 数日後、湯川先生からもメールが届きました。

幼虫とゴールのアップの写真をお送り頂きましたので、ゴールに毛が生えているのが 良く分かりました。幼虫は、まだ、終齢(3齢)幼虫にはなっていないようです。 このゴールは、タマバエの1種によるムラサキシキブハケタマフシと言われるもので、 ムラサキシキブとヤブムラサキで見つかっています。日本原色虫えい図鑑には、写真が掲載されていませんが、リストには含まれています。鹿児島、福岡、埼玉、千葉、東京で見つかっています。まだ、タマバエの成虫が得られていませんので、種の同定は出来ていませんし、生活史も分かっていません。ぜひ、成虫を羽化させて下さるようにお願い致します。         

湯川淳一

 尊敬する先生から、このような貴重なメールをいただけたことに感激しました。
ムラサキシキブハケタマフシという虫こぶの中には体長が数ミリしかない小さな幼虫が入っています。まだ四つの県でしか記録のないこの虫こぶが不二聖心ではなぜかたくさん見られるのです。小さな命ではありますが、シロダモタマバエがそうであったように、ムラサキシキブハケタマフシも、「地球温暖化をはじめ、人類が直面しているさまざまな環境問題を考える大きなきっかけ」を与えてくれるかもしれません。湯川先生の期待にお応えできるように、地道な観察をこれからも続け、成虫の羽化に向けて努力していきたいと思っています。

 不二聖心は研究活動を大切にする学校です。みなさんも『虫こぶはひみつのかくれが?』などの湯川先生の著作を手にとり、一つの事実をつきとめようとする時に研究者に求められるものは何なのか、ぜひ学んでみてください。

 

今日のことば


1989年、私は科学的な裏付けもないまま地元の山に広葉樹林を植える運動を始めた。やがて松永勝彦・北海道大名誉教授らとの出会いで、森と川と海の生態系が密接に結びついていることが分かった。広葉樹の腐葉土が保水力を高め、鉄などの養分が河川水を通じて海に流れ込み魚や貝のエサになるプランクトンをはぐくむのだ。植林は非常に理にかなっていたのである。
その活動も来年で25年となる。この間に三陸沖漁場がオホーツク海を通じてロシア、中国国境を流れるアムール川の環境に大きく影響されることが判明した。私たちの経験を国際的な環境保全にどう役立てるかが問われている。
                                                                                                                                   畠山重篤

2012.12.18

幻の紅茶「ただにしき」と多田元吉

  2012.12.18 Tuesday

 12月16日の朝日新聞に「育て国産紅茶の芽 カフェに登場 上品な味わい」という記事が載りました。記事の冒頭は以下のようになっています。

 各地で紅茶を作る取り組みが広がっている。老舗和菓子店のカフェでは国産紅茶をメニューに加え、茶どころ静岡県では生産技術を学ぶ施設がオープンした。「地紅茶」「和紅茶」とも呼ばれる国産紅茶。緑茶の消費量が減る中で茶生産者の関心も高まるが、定着には話題性だけでなく、際だった個性が必要とも指摘されている。

 不二聖心の茶畑にも紅茶の木がたくさんありますが、不二聖心の紅茶は個性の面で十分に際立っているということができます。不二農園の紅茶用の品種「ただにしき」は日本でここだけでしか栽培されていないと言われる「幻の紅茶」だからです。「ただにしき」の「ただ」はこの品種をインドから持ち帰った多田元吉に由来しています。
『日本人の足跡(三)』(産経新聞社)という本の中に茶業近代化の功労者として、その多田元吉が紹介されています。多田元吉の章は全編興味深い記述にあふれていますが、とりわけ印象に残ったのは「明治維新と世界の茶業」と題された短いコラムでした。そこには「茶は絹とともに、明治日本が世界の列強と伍していくための二大産品だった。いや、実情は絹と茶しかなかった。」とあって、輸出品としての紅茶の研究が明治初期から盛んであったことが書かれています。
明治政府の期待を担った多田元吉は、日本の茶業の近代化のためにインドに派遣されて多くのことを学び、いくつかの品種を日本に持ち帰ります。多田の功績によって紅茶は大量生産されるようになり、最盛期は年間8000トンも輸出されるようになっていきました。しかし、輸入自由化によって日本の紅茶産業は決定的な打撃を受け、多田によって持ち帰られた紅茶用の品種も茶畑から姿を消していきました。それらは「幻の」と形容されるまでに数を減らしましたが、その「幻の紅茶ただしにき」が不二聖心に残っているのです。希少な「ただにしき」が不二聖心の茶畑にあることが6年ほど前に確認されて生産が始まり、和紅茶のブームの影響もあって多くの人に愛飲されるようになりました。今では年間、約400キロを生産しています。
不二聖心のホームページからも「ただにしき」を購入することができます。(銘柄一覧の中で「聖心の紅茶」として紹介されているのが「ただにしき」です。)
   不二農園のホームページのURL
http://www.seishin-fujinouen.jp/
秋に咲き始めた「ただにしき」の花は、今日も不二聖心のお茶畑で寒さに耐えつつ咲き続けていました。

  

                

                今日のことば

 人生ということばが、切実なことばとして感受されるようになって思い知ったことは、
瞬間でもない、永劫でもない、過去でもない、一日がひとの人生をきざむもっとも大切な
時の単位だ、ということだった。

                                   長田弘

2012.12.17

オキザリス・セルヌア

  2012.12.17 Monday

 保護者の方々の協力のおかげで、図書館周辺では四季を通じて美しい花々を鑑賞することができます。今見られる花の一つにオキザリス・セルヌアがあります。オキザリスにはいろいろな種類がありますが、オキザリス・セルヌアの特徴は花弁の黄色と葉上の黒い斑点です。
   オキザリスの花言葉は「輝く心」ですが、花自体が実に美しい輝きをはなっています。


 

 

今日のことば

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことは言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい

                        吉野弘

2012.12.16

アメリカでマークになったツルウメモドキ

 

 2012.12.16 Sunday
今日は久しぶりに温かい一日となり、不二聖心では日中気温が16度まで上がりました。
高校3年生の教室の横の坂道では、冬の陽射しを受けてたくさんのツルウメモドキの実が輝いていました。
日本のツルウメモドキはアメリカ東部で外来種の扱いを受けており、なんとニューイングランドでは外来種をまとめたウェブ・サイトのマークにまで使用されています。マークをご覧になりたい方は下記のURLをクリックしてみてください。

http://www.eddmaps.org/ipane/
 

今日のことば

普通選挙で全国到る所騒擾を極む。自分も選挙権を与えられて如何にして之を使用せんかとて苦心する。清き一票は有るも之を与ふべき清き政治家は無い、故に棄権する。悧巧者は箒で掃く程ある、然れども人物は一人も無い、故に名誉の棄権と肚を決めた。これが今日の純なる日本人の声である。大いに考えさせられる。
内村鑑三の日記(1928.2.16)より

2012.12.15

新種候補のアブラムシの卵の色が変わりました

 

 2012.12.15 Saturday

 12月12日の「不二聖心のフィールド日記」で、新種候補となっているムラサキシキブアブラムシ(新称)とその卵を紹介しました。それ以後も卵の観察を続けたところ、卵の色が黄色から黒色に変化しました。命がつまった卵は常に成長を続けており、わずか1ミリの卵の変化からも時間の経過を感じ取ることができます。
下記のURLをクリックすると卵の色が変化したことがよくわかります。
フィールド日記 2012.12.12 ムラサキシキブアブラムシ(新称)

               
今日のことば

小生まだ丈夫で働いています。明日は十二年間世話をしてやった姪を嫁にやります。自分の娘は天国に送りて他人の娘を結婚させる。是が人生であります。しかしどうでもよいのです。
神を知るための人生であります。万事が善き学課であります。


内村鑑三の手紙(1928.11.7)より

2012.12.14

テイカカズラと藤原定家の愛

 

 2012.12.14 Friday
テイカカズラの種がヤブムラサキの枝にひっかかっていました。テイカカズラは木にからまって伸びる蔓性の植物で種には白い冠毛がついています。写真に写っている種も冠毛の浮力でここまで飛んできたものと思われます。
藤原定家が、愛する式子内親王のことが死後も忘れられず、蔓性の植物となって内親王の墓に絡みついたという伝説があります。その植物がテイカカズラ(定家蔓)です。不二聖心では自生しているテイカカズラをたくさん目にすることができ、林道を歩けば必ず種を拾うことができます。
伝説を意識して見ると、美しい白い冠毛はまるで定家の思いの化身のように感じられます。

 

              今日のことば

 久し振りにてウードワード著『軟体動物学摘要』を開いて見て面白かった。博物学研究は平均せる
判断力を養成する為に最も必要である。単に蝸牛やなめくじについて知るばかりではない、之を知る
の途がまた宇宙の真理を探るの途として非常に貴いのである。
内村鑑三の日記(1924.1.22)より

2012.12.13

冬の到来を告げるニトベエダシャク

  2012.12.13  Wednesday

 今朝、7時30分の不二聖心の気温は-1度でした。いよいよ冬本番の感じがします。
昨日、ニトベエダシャクの写真を撮りましたが、これは冬の到来を告げる蛾で、寒い季節になると発生します。
「ニトベエダシャク」の「ニトベ」は命名者の新渡戸稲雄から採られていています。新渡戸稲雄は新渡戸稲造の従兄弟で、青森県の県農事試験場で研究者として働いていた人物です。
今も行われているリンゴの袋かけの方法は、新渡戸稲雄の考案ですので、私たちが今の季節においしいリンゴが食べられるのは、写真の蛾の命名者のおかげと言えます。
新渡戸稲雄について、さらに詳しく知りたい方は、十和田市立新渡戸記念館のホームページをご覧ください。
 http://www.towada.or.jp/nitobe/event/event2009.htm
 

              

                今日のことば


幸運は誰に一番美しい棕櫚の枝を差しのべるだろうか。喜んで事をなし、またなした事を喜ぶ人に。

                                     

                                    ゲーテ

2012.12.12

ムラサキシキブアブラムシ(新称)

 2012.12.12 Wednesday

 12月9日に第1牧草地の横の森でアブラムシとその卵と思われるものを採集しました。

 

 これらを宇都宮大学の高橋滋先生に同定していただいたところ以下のような回答を得ました。

写真のアブラムシはまだ学名がない新種候補のAphis属のアブラムシです。和名はムラサキシキブアブラムシとしましょう。この和名を使用するときには新称との但し書きをつけてください。
多くの人が使えば、標準和名となります。
写真はアブラムシの卵です。産卵直後は黄色で時間経過とともに灰色を経て光沢のある黒色となります。卵の付近に見られるアブラムシは秋から冬に出現する産卵雌虫と呼ばれる卵を産む生活型です。春から夏に見られる生活型は胎生雌虫と呼ばれる子供を産む型です。

 不二聖心の森で出会ったアブラムシに和名をつけていただき感激しました。
約1ミリの、肉眼では認識しづらいほどの卵ですが、それぞれがしっかりとした形を持ち光沢を放っていることに感動を覚えます。維管束痕に上手に卵を産み付ける工夫にも感心しました。
黄色い卵がどれくいの時間で黒く変化するのか、これからも観察を続けていきたいと思います。

 


今日のことば

よくみればなづな花咲く垣根かな
これは芭蕉の俳句だが、いままで何もないと思っていた垣根の下に、なずなの花が白々とつつましく咲いているのを発見して驚いている。ほんとうによく見れば、どこにでも真実なものはあり、美しいものはある。こういう発見をし、驚きをつぎつぎとしていくことによって、人間は、たえず自分をあたらしくし、新鮮にしていくことができるのである。
そうして、そういう人間は、人間をみる場合も、形式的にみたり、常識的にみたり、一般的にみたりしなくなる。いままで何もないと思った人のなかに美しいものをみたり、暖かいものをみつけ出したりするようになる。そしてそういうところから、ほかの人間を大切にしたり、ほかの人間と、しみじみと心を通い合わせたりすることもできるようになっていく。
そういうことからまた、自分自身をゆたかに成長させることができるようになっていく。
だから自然のなかにはいりこみ、自然と心を通い合わせ、自然から学ぶということは、人間性を回復するということでもある。日常のいそがしい生活のなかで、驚きをなくしたり、不遜になったり、あらあらしくなったりした人間が、自然の摂理から学んで、自分をよみがえらせたり、あたらしく自分を発見したりして、自分を人間的にしていくということでもある。

                                                                                               斎藤喜博

2012.12.11

マンリョウの赤い実

 

 2012.12.11 Tuesday

 第1牧草地から第2牧草地に向かう途中に生えているマンリョウの実の写真を撮りました。
週刊朝日百科の「植物の世界61号」にはマンリョウについての次のような記述があります。


花は前年に伸びた短枝の先端につくので、果実が赤く熟すと、濃い緑の葉を背景によく目立つ。
しかし果実がまずいためか、鳥はなかなかこの果実を食べてくれない。そのため、冬を越し、春になり、夏を迎えてもまだ赤い果実が残っていることがある。それだけ長い期間、果実を楽しむことができるが、動物散布を必要としながら半年以上も食べられるのを待っている植物も珍しい。
この果実を子どもたちは紙鉄砲の玉にしたり、雪でつくるウサギの目玉にして遊んだものである。


校内のあちこちに自生するマンリョウには、今の時期、ビニールの袋がかけられているものが目立ちます。これは、クリスマス・キャロルの午後のチャリティ・セールで販売する手作りリースの飾りにするために鳥から実を守っているのです。袋かけは例年の経験に基づいてなされていることでしょうから、不二聖心のマンリョウは一味違うのかもしれません。

 


今日のことば

人はかの樹木の地に生えている静けさをよく知っているであろうか。ことに時間を知らず年代を超越したような大きな古木の立っている姿の静けさを。自然界のもろもろの姿をおもう時、常に静けさを感ずる。なつかしい静寂を覚ゆる。中でも最も親しみ深いそれを感ずるのは樹木を見る時である。また森林を見かつおもう時である。樹木のもつ静けさには、何やら明るいところがある。
柔かさがある。あたたかさがある。森となるとややそこに冷たい影を落してくる。そして一層その静けさがふかまってくる。かすかにかすかに、もろもろの鳥の声が私の耳にひびいてくる。
 

                                  若山牧水

2012.12.10

コガネグモ科のクモの卵のう  宣教師の見たクモ

 

 2012.12.10 Monday

 校舎の裏の道でヤブムラサキの葉についているコガネグモ科のクモの卵のうを見つけました。
いつ見ても不思議な形をしていると思います。12月9日に読売新聞に載った「まちかど四季散歩(菅野徹)」というエッセイの中に、ポルトガル人宣教師がコガネグモ科のクモについて「日葡辞書」に記していると書かれていました。宣教師の幅広い観察眼に驚きますが、さすがの宣教師もコガネグモ科のクモの卵のうがこのような形をしているとは思いもしなかったことでしょう。
 


今日のことば

 この辞書(「日葡辞書」)は、徳川家康が江戸幕府を開いた1603年、長崎でポルトガル人宣教師によって刊行された。当時の自然や風俗も窺える貴重な辞書であり、筆者は邦訳版を常に手もとに置いている。(中略)
日葡辞書には、ジョロウグモも、黄色いしまのある大きなクモとして登場する。ジョロウグモは、体長2~3センチ。本州以南や中国などに分布する。もっとも、九州などでは、もっと太めのコガネグモをジョロウグモと呼ぶから、ポルトガル人宣教師が見たのはコガネグモだったかもしれない。
写真のジョロウグモは1日の夜、破れた網だけ残して生命を終えた。しかし、中には、横浜で年明けまで生き続ける個体もある。地面に対し垂直となるように網を張るこの種類のクモは、普段は頭を下にして餌が掛かるのを待っている。
上臈グモとも女郎グモとも書かれるが、今の日本では、身分の高い女性をさす「上臈」も、遊女をさす「女郎」もなじみのない言葉だろう。むろん400年前のポルトガル宣教師の知らぬことだが。

                       「まちかど四季散歩」(菅野徹)より

2012.12.09

ヤブムラサキの黄葉

 

 2012.12.09 Sunday

 今日は、秋に高校1年生が間伐体験学習を行った森の中に久しぶりに入ってみました。
森の外は強風が吹き荒れていましたが、森の中は静けさが保たれていました。ムラサキシキブハケタマムシ
という貴重な虫こぶが発生しているヤブムラサキの葉の落葉を確認しました。いよいよ羽化に向けて最終段階
に入ることになります。そのヤブムラサキの黄葉の写真を撮りました。光の届きにくい環境に生息することが
多いヤブムラサキは枝葉を上手に広げることで効率よく光を吸収しています。

 

今日のことば

ありのままの人間は決して実在のかたちに触れることはできない。人間的努力の極限、それのみが揺るがない
形に我々を触れさせる。

                                          森有正

2012.12.08

サネカズラについての新発見の紹介

  2012.12.08 Saturday

 東名高速道路の近くの竹林の縁でサネカズラの実が赤く熟していました。サネカズラは、百人一首の「名にし負はば逢坂山のさねかづら人にしられで来るよしもがな」の歌でもおなじみの樹木で、日本人が長く親しんできた植物です。
栗田子郎先生(不二聖心の植物相の調査でたいへんお世話になっている先生です)のホームページ「草と木と花の博物誌」にサネカズラについてのたいへん興味深い記述が載っています。図鑑では、サネカズラは雌の株と雄の株は別々とされてきたのですが、雌雄同株の個体もあることを先生は発見なさったのです。
サネカズラについて、さらに詳しくお知りになりたい方は下記のURLをクリックしてみてください。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~lycoris/nonohana.dayori.fuyu.html#hermapfrodite.sanekazura

 

 

                今日のことば

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

                               吉野弘

2012.12.07

ツマグロオオヨコバイの越冬  イロハモミジの紅葉

  2012.12.07 Friday

 駐車場の横の雑木林の斜面に生えているアブラギリの葉の裏で越冬しているツマグロオオヨコバイを見つけました。成虫で越冬する昆虫の中にはこのように群れを作って越冬するものが数多くいます。
アブラギリの周辺はイロハモミジの紅葉が今まさに盛りの時期を迎えていました。

 
 

               今日のことば


あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい。

                                  矢嶋楫子

2012.12.06

メジロの亡き骸  不二聖心のすすき野原が希少種の宝庫である理由

  2012.12.06 Thursday

 昨日は忘れがたい光景に二つ出会いました。一つは、中学校校舎の入り口の窓ガラスにぶつかって息絶えたメジロの姿です。生徒が次々に職員室に報告に来てくれました。メジロの死を心から悲しむ子どもたちの姿を見て本当に心の優しい生徒たちだと思いました。


 

 昼休みにメジロを森の土に返しに行きました。そこで思わぬ光景に出くわしました。不二農園の関係者の方々が広いすすき野原の草をすべてきれいに刈りとっていたのです。生物多様性を脅かす要素は「開発の影響」と「外来種の移入」と「人間の手入れの不足」だと言われます。絶滅危惧種の宝庫である不二聖心のすすき野原は、十分な「人間の手入れ」によって守られています。
農園の方に、刈り取ったすすきの束をどうするのかうかがったところ、茶畑に敷くということでした。
すすき野原を健全に保つために刈られたすすきが、茶畑を健全に保つことに役立っているということです。
来年も、再来年も、そしてまた次の年も、枯れたすすきはおいしいお茶を作るために役立ち続けることでしょう。
不二聖心の中だけで一つの持続可能な関係が成り立っているというのは素晴らしいことだと思います。


 

                今日のことば


私は人間的な感動が基底に無くて、風景を美しいと見ることは在り得ないと信じている。風景は、いわば人間の心の祈りである。私は清澄な風景を描きたいと思っている。汚染され、荒らされた風景が、人間の心の救いであり得るはずがない。風景は心の鏡である。庭はその家に住む人の心を最も良く表すものであり、山林にも田園にもそこに住む人々の心が映し出されている。河も海も同じである。その国の風景はその国民の心を象徴すると言えよう。
日本の山や海や野の、何という荒れようであろうか。また、競って核爆発の灰を大気の中に振り撒く国々の、0何という無謀な所業であろうか。人間はいま病んでいる。
母なる大地を、私達はもっと清浄に保たねばならない。なぜなら、それは生命の源泉だからである。
自然と調和して生きる素朴な心が必要である。人工の楽園に生命の輝きは宿らない。

                                      

                                  東山魁夷

2012.12.05

ササキリモドキ科ヒメツユムシ  ヒヨドリの声の聞き比べ

 

2012.12.05 Wednesday
「共生の森」のキャンプ場の水溜りに虫の死骸が浮いていました。ササキリのようだと最初は思いましたが、調べてみたらササキリモドキ科のヒメツユムシのメスであることがわかりました。
ササキリとよく似ていますが、全く違う種類の昆虫です。生態も異なり、例えばササキリが草食であるのに対し、ヒメツユムシは肉食です。自然界には「似て非なるもの」が数多く存在します。
その「非なる」ことを見抜いていくことで生物の多様性がより明らかになっていきます。

 不二聖心にはクスノキの巨木がたくさん生えていますが、晩秋の頃に実が熟してくるとたくさんのヒヨドリがクスノキの周辺に集まり、にぎやかに鳴き交わすようになります。その声はすっかり耳になじんでいますが、先日、竹林の中で全く別の鳴き方のヒヨドリの鳴き声を耳にしました。
鳥の鳴き声の多様性に驚きます。ぜひ聞き比べをしてみてください。

  

今日のことば

高校3年生の短歌

寒空に満天の星を眺めむればちょっぴり淋しい冬の始まり        
みんなとの一日一分一秒を大切にしたい大好きだから          
黄昏に紅く燃えるもみじばよ我が青春は秋にありき           
みんなとの出会いや刻んだ思い出は私の人生のスペシャルです      
いつまでも現実逃避したいけど逃げてばかりもいられないよね      
ありふれた日々も終わりに近づいて貴き時を友と味わう         
六月につく枇杷の実にもう会えない窓の木が旅立ち告げる

2012.12.04

世界中で見られるスエヒロタケ  イノシシに荒らされたスッポンタケ

  2012.12.04 Tuesday

「共生の森」でスエヒロタケの写真を撮りました。
スエヒロタケ(Schizophyllum commune)は世界中で見られるきのこでウィキペディアの英語版
には次のように書かれています。


Schizophyllum commune is a very common species of mushroom in the genus Schizophyllum.
It is the world's most widely distributed mushroom, occurring on every continent except Antarctica.


つまり南極大陸以外ではどこでも見られるきのこということです。
スエヒロタケは、猫の足先のようにも見えるところからネコノテとも呼ばれます。


 

 今年はイノシシが例年以上に多く、あちこちにイノシシが土を掘り起こしたあとが見られます。
「共生の森」ではスッポンタケが荒らされて一か所に集められていました。その中には幼菌もまじっ
ていました。手当たり次第という感じです。


 
 

              今日のことば


高校3年生の短歌

誘惑の多いなかでどっちが勝つの私の中の天使と悪魔          
いくら私が元気なふりをしていても君にはわかる無理してること     
ありふれた日々の出来事を振り返り今溢れ出す幾筋の涙         
我慢せず泣きたい時は泣けばいい泣いたあとには笑えばいいから     
帰り道「おかえりなさい」の一言であたたかくなる夕方六時       
寒空に心をふるわす冬が来る嬉しいようで寂しいようで

2012.12.03

リンドウの花  ハエトリグモの幼体



 

 2012.12.03 Monday
 雑木林の林床にリンドウの花が落ちていました。下草狩りの時に一緒に刈られてしまったものと思われます。花の中には越冬中のハエトリグモの幼体が潜んでいました。体長は3ミリ程度ですが、ハエトリグモの特徴ある目の様子が写真からもよくわかります。ハエトリグモは昼行性のクモであるために夜行性のクモよりも目が発達しています。


 
                                               今日のことば

 人間は一生、人間の愛憎の中で苦しまねばならぬものです。この俗世間を愛惜し、愁殺し、一生
そこに没頭してみて下さい。神はそのような人間の姿を一番愛しています。
「竹青」(太宰治)より

2012.12.02

ヤツデの花  トゲハネバエ

 

 2012.12.02  Sunday

 校舎の裏の林の中でヤツデの花が咲き始めました。12月に入ると花の数はめっきり少なくなりますので、冬に活動する生物にとっては、ヤツデの花の花粉や蜜は貴重な栄養源となります。
写真に小さく写っている昆虫は双翅目の昆虫で、専門家の方に同定を依頼したところ、まだ標本や文献の整理の進んでいないトゲハネバエ科の仲間であることがわかりました。「複眼沿いの剛毛が1本で肩瘤に剛毛が無いのでSuillia属の可能性が高い」との推測でした。


 
今日のことば

 集会の翌週、外来でお会いした患者さんが、ニューヨークタイムズ紙のある連載を紹介してくださった。彼と同じ病気を患う記者によるエッセイである。『精神の恢復を待ちつつ家で憂慮する日々』と題した十月二十日付の紙上には、病に対処しようとする作者の心の内が認められていた。
「憂慮は私の友である」。「スターバックスでの気ぜわしい一時間の会話はもう沢山だ」。
「この期間を通して意識的、無意識的に、私は自分の生活を単純化させてきた」。
「私は自分の所有物に所有されるのではなく、それらを切り捨てることに深い喜びを覚えるようになった。私は取りつかれたように古いEメールのメッセージを排除していった。まるでそれらががん細胞であるかのように」。引き込まれるように一文、一文を読みながら、先の集会の一室でスピリチュアリティの話を伺ったことを思い出した。(中略)
あらゆるメディアに人の目を引く文字が氾濫する昨今、虚飾のない言葉に触れることは稀になった。
めまぐるしい日常から一歩身を引いた時、そうした言葉が私たちの中にすっと入ってくる。
一番星の光が強まってきた。森の音、川の音が上流より聞こえる。バーモントは冬に入った。
川辺の木々は何に抗うことなく葉を落とし続ける。大地が雪や氷に覆われるまで、その営みは続く。
虚飾のない言葉は、自然の営みに似ている。語り手の心を離れた言の葉は、読み手の心の中を降り、そっと積もっていく。そしていつしか土になるだろう。読み手に何ができるわけでもない。それでも自然の中にいるように、心から舞ってきた言葉には、静かに心を開いていたいと思う。

                          「アメリカ便り」(森雅紀)より

2012.12.01

カラスウリ  名随筆「からすうり」(宮柊二)

 

2012.12.01 Saturday

「共生の森」でカラスウリの写真を撮りました。カラスウリは夜間に絹糸のレース編みのような花を咲かせることで知られています。その花の受粉を夜行性であるスズメガ科の蛾などが助け、やがて写真のような実に姿を変えていきます。
今日の「今日のことば」では、歌人の宮柊二の名随筆「からすうり」を紹介します。
 

学校法人聖心女子学院のFacebookで「共生の森」を紹介しました。
http://www.facebook.com/SeishinNetwork
 


今日のことば

 私は毎朝早く家を出て勤務にむかうが、家を出て竹藪沿いに舗道に出るまでのあひだ小径約200メートル、小径のおしまいの30メートルほどを没し隠して草叢があり、草叢の右側は人の邸の石塀、石塀のなか側に杉の木が立っており杉の木の幹に攀縁している烏瓜(からすうり)が見える。
烏瓜はそこにのみあるわけではないが、その杉の木に攀縁している烏瓜は特に美しい。何故なら私が其処をとほるときは一日の時刻の早いころでまだ浄い静かな朝日が一杯に当っており、その中で烏瓜の紅熟した果がそれこそ光っているのである。そんなとき、ふっと憶うことがある。
語っていいのかどうか少し臆するが、実は私は只今の家を移らなくてはならぬことになっている。
人の言葉のままに住居を移さなくてはならぬ寂しさに、自分の家を持ちたい欲望にかられ、夏ごろから駆け廻って、或る一戸を漸く捜し得た。しかし、殆ど約束が決まったとおもった瞬間に崩れてしまった。理由は他にもあるが強いて言へばもうすこし金を用意してあったらと思われる節もあった。
この話を或る友人にある席で案じられて問われるままに話したら、翌日電話がかかってきた。
その足らない十何万円は用立てるからその家を手に入れたらいい、その十何万円は使途あって用意して置いたのだが提供するから遠くに去らないでくれ、という言葉だった。その家は、友人と只今の私の家の中間にあった。しかし、事は済んでしまって再び元に還らないまま私の妻は友人の家へお礼の言葉のみを述べにおとづれた。そして帰ってきて告げるに「帰りの道に烏瓜が一杯なっていて、美しくて」とあった。友人の言葉のかなしさに、妻は烏瓜を見る自分の心を育くんだのだろうか。
烏瓜は一名「たまづさ」と言う。歌の上で枕詞「たまづさの」は「妹」につづくが、これはからすうりのこの麗しいところから出ているのだという一説がある。燦々として赤くかがやく烏瓜を朝光の中に見ると、私は以上の一挿話を憶い出すのである。

 道の辺に生ふる烏瓜又の名を玉づさといふと聞けばゆかしく  子規

                                      

                                   宮柊二

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