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フィールド日記

2013.08.15

マツムシはいつ鳴き始めるのか

 

 2013.08.15 Thursday
 8月2日に牧草地で採集し、観察のために飼育していたマツムシのオスの幼虫が無事成虫となり、2日前から鳴き始めました。観察の主たる目的はマツムシの鳴く時間を左右する要因の確認でした。昨晩の鳴き始めは22時44分でした。2日間とも22時を過ぎてから鳴いています。不二聖心で22時以前にマツムシが鳴くことは既に確認ずみですから、マツムシは一定の時間に鳴き始めるのではなく、ある気温以下になった時に鳴き始める可能性が高いことがわかりました。
下記の記事の3枚目の画像が同じ個体の8月2日の姿です。
フィールド日記 2013.08.03 ヒメギス  マツムシ  シロオビタリノフンダマシ

今日のことば

犀星の虫好きを、夏だけ出入りの骨董屋、畳屋、経師屋などが知り、碓氷峠を松井田のきりぎりすなどを運んでくれて、八月になと何時の間にか、軽井沢周辺の虫が犀星の元に集まって来る。
竹で編んだ三十個あまりの大小の虫籠を、経机の上に積み重ね、昼は日光浴をさせるのだといい、いくつかの錦木や紅葉などの小枝に吊るしておく。山の天気は変りやすく、隣の家に日光があたっていても、家の庭に太い夕立の雨足がおそって来ることがある。裏山に沢山の洗濯物がはためいていても、虫達を先に家に入れないと、犀星の機嫌は悪いのであった。
朝食がすむと縁側に花茣蓙を敷いて、虫達の餌のとり替えをする。胡瓜、茄子、南瓜、梨や桃の一切れ、煮干し一匹、などを小さいお盆に並べ、ピンセットでひとつずついれかえるのである。時にはつゆくさの短いひと茎もいれる。
「煮干しのようなかたいものが、あの小さい胃袋でよくこなれるものだね」
と犀星は、共喰いを防ぐために動物性のものを与えるのを知らなかったのだろうか、不思議がっていた。
「今夜のお伽はこのきりぎりすだ」
と、沢山の虫籠のなかから、毎夜枕元に置く一匹を選び出す。
三十匹以上いる虫の声が、それぞれ聞き分けられるという犀星の観察力を、私はこわいと思った。あとの虫達は経机にひとまとめにして、茶の間におかれて夜をすごす。
虫の命は夏だけのはかないものである。犀星が九月末に帰京するまでに、ほとんど夏の百日の鳴く使命を果し、毎朝何匹かは死んでゆく。時には稀に命永らえる虫もあり、九月末家を片づける時まで生き残ったものを、犀星は白いハンカチーフに虫籠ごと包んで、自分で持って帰って来る。
東京まで来た虫は、夜毎鳴き方はまばらになり、声の艶や張りもなくなって来る。夜は寒いだろうと、犀星は自分の寝室に運び、暖をとるために小裂をかけてやっていた。私の記憶では、クリスマス頃まで生きていたものもあった。夏百日どころか、命ぎりぎりまで鳴き声を楽しませてくれた虫が死ぬと、犀星は何日もかかって、縁側の陽だまりで日光浴をさせる。虫の体は少しずつ水分を失い、やがてカラカラした軽い物体となる。それを朱の小箱に綿を敷きつめたなかに並べて、そっと飾り棚にしまっておく。生命が失われても、自分を楽しませてくれた虫一匹をも、粗末に扱わない。犀星の感情は最後までを看とり大切にしないと、納得出来ないのである。小さい生き物にまで、しかもそれが死んだあとも、細かい愛情を充分に持っていた人であった

『父 犀星の俳景』(室生朝子)より