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フィールド日記

2013.02.03

ついにタゴガエルが鳴きました

  2013.02.03  Sunday 

 不二聖心には、「幻のカエル」と呼ばれるタゴガエルが生息しています。タゴガエルは、岩穴の中で生活し真冬に産卵するという珍しいカエルの生態です。(写真はタゴガエルの生息場所を移したものです。この崖の中から声が聞こえてきます。)真冬に一度冬眠から目覚め、交尾・産卵をして再び眠りにつくと言われます。2月に入ってから、交尾期に聞かれる鳴き声がしていないか、観察してきましたが、ついに今日、鳴き声を録音することができました。富士山麓全体でもタゴガエルの生息場所はほとんど残っていないと言われます。貴重な鳴き声をどうぞお聞きください。

 

 

 今日のことば

 昨日の新聞から266 平成24年5月28日(月)

 『幻のカエル ―― がけに卵をうむタゴガエル ――』
(大木淳一 新日本出版社)を読む
―― 幻のカエルを不二聖心で発見 ――

 数年前の二月の寒い日のことでした。不二聖心の裏道を歩いていて「グワッ、グワッ」という不思議な声を耳にしました。声の出所を探ってみると、裏道の壁面にできた岩穴にたどりつきました。その穴の奥から「グワッ、グワッ」という声が、少しずつ間を置きながら聞こえてきていたのです。
おそらくカエルの声ではないかと思って調べてみたら、アカガエル科のタゴガエルという種類のカエルが岩穴の奥で生活していることがわかりました。それからこのカエルについての興味が高まり、いろいろな文献を読みましたが、その中で最も興味深かったのは『幻のカエル ――がけに卵をうむタゴガエルーー』という絵本でした。作者は大木淳一さん。大木さんは千葉県立中央博物館の学芸員で専門は地質学です。地質学とタゴガエルは一見、結びつかないように思うかもしれませんが、実は地質学者としての知識がタゴガエルを研究する上で非常に役に立ったのです。タゴガエルは特殊な環境にしか生息できないカエルで、その環境には地層の成り立ちが深く関わっているからです。
生息環境と聞こえてくる声から、岩穴の奥にいるのはタゴガエルに間違いないと思っていましたが、できれば声だけではなく実際の姿を見てみたいとずっと思い続けてきました。
今年の春は慶応義塾大学のカエルの専門家の先生にも、不二聖心の岩穴の画像を見ていただき、いかにもタゴガエルがいそうな場所だというお答えをいただきました。先生からのアドバイスを参考にインターネットでタゴガエルの鳴き声を再度確認し、穴からの声と全く同じであることも確かめました。こうして岩穴の奥には間違いなくタゴガエルがいると確信するに至ったのです。
しかし、それでも一度実物を見てみたいという思いはなかなか捨てきれませんでした。穴の中に頭を突っ込んで必死に穴の奥をペンライトで照らしたりもしてみましたが、タゴガエルの姿は見ることができませんでした。
そんなある日のことです。岩穴の様子を見ようとすると、穴の手前に何か光るものを見つけました。よく見ると卵塊です。それはどう見てもカエルの卵塊でした。
日本でよく見られるアカガエル科のカエルは3種います。3種は非常によく似ていて見分けるのは容易ではないのですが、卵には大きな違いがあります。穴の前に落ちていた卵は間違いなくタゴガエルの卵でした。
ここで一つ疑問が生じます。タゴガエルは岩穴の中に卵をうむカエルなのに、なぜ岩の外に卵が落ちていたのかということです。 
一つだけ考えられる理由がありました。
この発見をする数日前、静岡県東部は大雨に見舞われました。その時には、タゴカエルの住処を含む地層にも大量の雨水が流れ込んだと想像できます。その雨水がタゴガエルの卵を岩穴の中から外へと押し流した可能性が考えられるのです。
流れ出した卵をいくつか自宅に持ち帰り、飼育を試みましたが成功しませんでした。もしすべての卵が押し流されたとしたら、今年は新しい世代が誕生しないということになってしまいます。穴の中にまだ卵が残っていれば、世代がつながることになります。それを確かめる方法が一つだけありました。タゴガエルは子ガエルになったら一度、岩の外に出てくる習性があるのです。運がよければ子ガエルの発見によって世代が途切れなかったことを確認できるかもしれないのです。
5月16日の朝のことでした。
岩穴の周辺を確認していると、イワボタンの葉の上に何やら茶色いものが乗っています。それは体長わずか七ミリの子ガエルでした。ついにタゴガエルの姿を確認できたのです。一匹見つかると次から次にカエルを発見することができ、最終的には10匹近くのカエルを確認することができました。(5月16日の「不二聖心のフィールド日記」参照)
タゴガエルは特殊な環境にしかすめないカエルです。具体的には上下二つの地層の重なりが必要です。しかも上は水を通す地層、下は水を通さない地層でなくてはなりません。そして間に空間が必要です。上の層からしみ出した水が下の層の上にたまり、そこが水たまりになります。その水たまりがタゴガエルの生息場所となるのです。
この地層の成り立ちには富士山の火山活動が影響しています。富士山の噴火によって積み重ねられた火山灰が不二聖心の地層の中には確実に含まれています。不二聖心という「富士」の名をいただく学校にとって、富士山の火山活動に密接に関わる生き物は、特別な意味を持つ生き物だと言えるでしょう。
タゴガエルの観察会を開きたいと願っていましたが、いつのまにかカエルは姿を消してしまいました。穴の中に戻っていったのか、それとも別の場所に移動したのか、あるいは天敵に襲われたのか、それはわかりません。カエルの実物をお見せすることは難しくなりましたが、『幻のカエル ―― がけに卵をうむタゴガエル ―― 』を読めば、タゴガエルをたっぷり楽しむことができます。
最後に『幻のカエル ――がけに卵をうむタゴガエルーー』のあとがきを引用しておきましょう。

 これってカエルの本? ちょっと地味だなと思われた方がいるかもしれません。
でも、生き物って、大地を形作る地質の影響を受けているんだなーと感じた場面をつづっていったらこの本ができ上がったのです。
タゴガエルというあまり知られていないカエルに注目したことで、地質学しか知らなかった時に歩いた山でも、今では自然の見方がガラッと変わってしまいました。
これも博物館に学芸員として勤めて専門分野を気にしないでフィールドを歩き、生き物たちと触れ合いながら自然の仕組みを調べてきた結果だと思います。
過去に何が起きていたのか、今何が起きているのかを、貴重な資料だけでなく身のまわりの何気ない情報(資料)も蓄積し、後の世代の人たちへ伝えること、それが博物館の使命だと思います。これからもいろいろな形でみなさんに自然の仕組みを紹介していきます。
何が人生の転機となるか分かりません。博物館へ出かけて展示を見るも良し、観察会へ参加して自然と触れてみてはいかがでしょうか? きっと素敵な出会いがありますよ。