フィールド日記

2013.03.31

コナラの赤い新芽  ゴミに擬態するゴミグモ

2013.03.31 Saturday
 
「共生の森」に昨年高校1年生が植えたコナラの新芽が開き始めました。コナラの葉は開き始めた時には赤い色をしています。春の雑木林が全体に赤茶けて見えるのことがあるのはこのためです。早速ゴミグモがコナラの枝に巣を張っていました。ゴミに擬態しているゴミグモの姿が識別できるでしょうか。クモがいるということは、新芽を食べようとすでに虫が集まり始めているということです。 

今日のことば

青春期の悩みにぶつかったおいの満男が質問した。
「人間は何のために生きてんのかなあ」
寅さんはこたえた。
「何て言うのかなあ、ほら『あー生まれてきて良かったなあ』って思うことが何べんかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃねえのか」

「寅さんの伝言」(朝日新聞)より  

2013.03.30

『じかきむしのぶん』  羽化したスイカズラハモグリバエ



 2013.03.30 Saturday
福音館書店から出ている『じかきむしのぶん』はいわゆる「絵かき虫」(潜孔虫)を主人公にした珍しい絵本です。きわめてシンプルな作りの本でありながら、ハモグリバエの幼虫が糞をしつつ進んでいく様子なども丁寧に描かれていて、児童への「絵かき虫」入門としての役割を果たし得る貴重な絵本となっています。このような絵本が出版されているのは世界でもあまり例のないことではないでしょうか。不二聖心にもたくさんの「じかきむし」(字書き虫)がいますが、その中の一つ、スイカズラハモグリバエが羽化しました。スイカズラという植物がなければ絶対に生きていけない生物です。生態系は、このような目に見えにくい、たくさんのつながりによって成り立っています。

今日のことば 

わが国は世界でももっとも優れた多くの図鑑を出版している国と言ってもいい状況にある。それは植物、キノコ、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚、昆虫、エビ・カニ、貝類その他多くの生物群や岩石鉱物にわたり、現代の写真術を駆使した素晴らしいカラー写真によって印刷されている。
ヨーロッパ、アジアなどの外国の書店を覗いてみると、蝶、鳥、大型の甲虫、ランなど大型で美麗 な動植物の図鑑は多く置いてあるが、わが国で出版されている一般の関心がそれほど高いとは思えないクモ、ダニ、蛾、土壌動物、蘚苔類、海藻などの図鑑はほとんど見当たらない。このことは、日本におけるナチュラルヒストリーの広範囲な発展の下地が整っていることを示しているような気がする。

青木淳一  

2013.03.29

雑木林を歩くキジ

 2013.03.29 Friday
  今朝、裏の駐車場の近くでキジと出会いました。不二聖心のキジはだいぶ人に慣れていますので、すぐ逃げ出すようなことはありません。こちらの様子をうかがいながら静かに雑木林の中に消えていきました。その時の様子は動画で見ることができます。しばらくは「ケーン、ケーン」というキジの声が林の中から響いていました。高3の教室で授業をしていると時々この声が聞こえてきます。「雉も鳴かずば撃たれまい」という言葉を生んだ昔話のキジはこの声が災いして猟師に撃たれますが、不二聖心は禁漁区ですのでいくら鳴いても撃たれる心配はありません。悠然と歩くキジの姿が校内のあちこちで見られます。

今日のことば 

父母のしきりに恋し雉子の声

松尾芭蕉

2013.03.28

  2013.03.28 Thursday

 教頭の田中正延先生がお撮りになった写真を見て驚いてしまいました。野の一面にワラビが生えていたのです。春の命があふれる風景の写真に、しばし仕事を忘れて見入ってしまいました。今年はなぜか春の植物の育ちが例年よりも早いように思います。

今日のことば

まっ黒い ぞうきんで
顔はふけない
まっ白い ハンカチで
足はふけない
用途がちがうだけ
使命のとおとさに変わりがない
ハンカチよ 高ぶるな
ぞうきんよ ひがむな

河野進

2013.03.27

コブシの花と「辛夷の花」(堀辰雄)

  2013.03.27 Wednesday

 3月24日の産経新聞の「朝の詩」に次のような詩が載りました。


      かたくりの花 藤田桂子

  華やかな櫻の木の下で
      ひっそりと咲く
      うすむらさきの花
      風にかすかにゆれる

      つれあいは
      櫻を見に行こうとは
      決して言わない

      かたくりを見に行こう
      と言うのだ
      めだたなくとも
      その可憐な花を
      愛でる人もいる

 
今の時期の不二聖心にも「めだたなくとも可憐な花」がたくさん咲いています。その中から今日はキャンプ場の辛夷の花を紹介しましょう。堀辰雄の随筆「辛夷の花」にも、目立たない辛夷の花を見つけるのに作者が苦労する場面が出てきます。

 

 

今日のことば

 「春の奈良へいつて、馬酔木の花ざかりを見ようとおもつて、途中、木曾路をまはつてきたら、おもひがけず吹雪に遭ひました。……」
僕は木曾の宿屋で貰つた絵はがきにそんなことを書きながら、汽車の窓から猛烈に雪のふつてゐる木曾の谷々へたえず目をやつてゐた。
春のなかばだといふのに、これはまたひどい荒れやうだ。その寒いつたらない。おまけに、車内には僕たちの外には、一しよに木曾からのりこんだ、どこか湯治にでも出かけるところらしい、商人風の夫婦づれと、もうひとり厚ぼつたい冬外套をきた男の客がゐるつきり。――でも、上松を過ぎる頃から、急に雪のいきほひが衰へだし、どうかするとぱあつと薄日のやうなものが車内にもさしこんでくるやうになつた。どうせ、こんなばかばかしい寒さは此処いらだけと我慢してゐたが、みんな、その日ざしを慕ふやうに、向うがはの座席に変はつた。妻もとうとう読みさしの本だけもつてそちら側に移つていつた。僕だけ、まだときどき思ひ出したやうに雪が紛々と散つてゐる木曾の谷や川へたえず目をやりながら、こちらの窓ぎはに強情にがんばつてゐた。……(中略)
そんなふうで、三つ四つ小さな駅を過ぎる間、僕はあひかはらず一人だけ、木曾川に沿つた窓ぎはを離れずにゐたが、そのうちだんだんそんな雪もあるかないか位にしかちらつかなくなり出してきたのを、なんだか残り惜しさうに見やつてゐた。もう木曾路ともお別れだ。気まぐれな雪よ、旅びとの去つたあとも、もうすこし木曾の山々にふつてをれ。もうすこしの間でいい、旅びとがおまへの雪のふつてゐる姿をどこか平原の一角から振りかへつてしみじみと見入ることができるまで。――
そんな考へに自分がうつけたやうになつてゐるときだつた。ひよいとしたはずみで、僕は隣りの夫婦づれの低い話声を耳に挿さんだ。
「いま、向うの山に白い花がさいてゐたぞ。なんの花けえ?」
「あれは辛夷の花だで。」
僕はそれを聞くと、いそいで振りかへつて、身体をのり出すやうにしながら、そちらがはの山の端にその辛夷の白い花らしいものを見つけようとした。いまその夫婦たちの見た、それとおなじものでなくとも、そこいらの山には他にも辛夷の花さいた木が見られはすまいかとおもつたのである。だが、それまで一人でぼんやりと自分の窓にもたれてゐた僕が急にそんな風にきよときよととそこいらを見まはし出したので、隣りの夫婦のはうでも何事かといつたやうな顔つきで僕のはうを見はじめた。僕はどうもてれくさくなつて、それをしほに、ちやうど僕と筋向ひになつた座席であひかはらず熱心に本を読みつづけてゐる妻のはうへ立つてゆきながら、「せつかく旅に出てきたのに本ばかり読んでゐる奴もないもんだ。たまには山の景色でも見ろよ。……」さう言ひながら、向ひあひに腰かけて、そちらがはの窓のそとへぢつと目をそそぎ出した。
「だつて、わたしなぞは、旅先きででもなければ本もゆつくり読めないんですもの。」妻はいかにも不満さうな顔をして僕のはうを見た。
「ふん、さうかな」ほんたうを云ふと、僕はそんなことには何も苦情をいふつもりはなかつた。ただほんのちよつとだけでもいい、さういふ妻の注意を窓のそとに向けさせて、自分と一しよになつて、そこいらの山の端にまつしろな花を簇がらせてゐる辛夷の木を一二本見つけて、旅のあはれを味つてみたかつたのである。
そこで、僕はさういふ妻の返事には一向にとりあはずに、ただ、すこし声を低くして言つた。
「むかうの山に辛夷の花がさいてゐるとさ。ちよつと見たいものだね。」
「あら、あれをごらんにならなかつたの。」妻はいかにもうれしくつてしやうがないやうに僕の顔を見つめた。
「あんなにいくつも咲いてゐたのに。……」
「嘘をいへ。」こんどは僕がいかにも不平さうな顔をした。
「わたしなんぞは、いくら本を読んでゐたつて、いま、どんな景色で、どんな花がさいてゐるかぐらゐはちやんと知つてゐてよ。……」
「何、まぐれあたりに見えたのさ。僕はずつと木曾川の方ばかり見てゐたんだもの。川の方には……」
「ほら、あそこに一本。」妻が急に僕をさへぎつて山のはうを指した。
「どこに?」僕はしかし其処には、さう言はれてみて、やつと何か白つぽいものを、ちらりと認めたやうな気がしただけだつた。
「いまのが辛夷の花かなあ?」僕はうつけたやうに答へた。
「しやうのない方ねえ。」妻はなんだかすつかり得意さうだつた。「いいわ。また、すぐ見つけてあげるわ。」
が、もうその花さいた木々はなかなか見あたらないらしかつた。僕たちがさうやつて窓に顔を一しよにくつつけて眺めてゐると、目なかひの、まだ枯れ枯れとした、春あさい山を背景にして、まだ、どこからともなく雪のとばつちりのやうなものがちらちらと舞つてゐるのが見えてゐた。
僕はもう観念して、しばらくぢつと目をあはせてゐた。とうとうこの目で見られなかつた。雪国の春にまつさきに咲くといふその辛夷の花が、いま、どこぞの山の端にくつきりと立つてゐる姿を、ただ、心のうちに浮べてみてゐた。そのまつしろい花からは、いましがたの雪が解けながら、その花の雫のやうにぽたぽたと落ちてゐるにちがひなかつた。……

「辛夷の花」(堀辰雄)より  

2013.03.26

ミジンコの幼生誕生  中学3年生の宗教の授業「最も小さい者」と出会う

  2013.03.26  Tuesday

 「不二聖心のフィールド日記」では、3月24日から、本館前の築山の池で採集したミジンコの卵の成長記録を紹介してきましたが、ついに3日目にして幼生が誕生しました。まもなく体外に出ると思われる幼生の目の色も昨日の赤から母親と同じ黒に変わっているのが画像を見るとわかります。母親の周りを幼生が泳いでいました。動画ではその様子も見ることができます。
 

 

 

今日のことば

 中学3年生の宗教の授業で、「マタイによる福音書」の「はっきり言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは。わたしにしてくれたことなのである。」という言葉を読み、世の中の「最も小さい者」と言える立場や境遇の人々について調べ発表するという授業をしました。その中からいくつかの発表を紹介します。

 
この写真は、ダッカの街角で撮られた、台車に住んでいる老婆の写真です。この老婆は高齢で膝が悪いため歩けません。そのため一日中、この台車の中で過ごしています。雨や太陽の光を防ぐためビニールシートがかぶせられています。時々、ストリートチルドレンに頼んで引っ張ってもらいながら移動をして生活しているそうです。ストリートチルドレンはこの老婆の手や足となって生活しているのです。写真を見る限り、この老婆は家もなく食べ物もなく、服も毎日同じものを着ていて、家族もいなくて寂しそうに見えます。しかし、老婆はストリートチルドレン達に生きていくすべを教えているのだそうです。自分が今まで生きてきた人生の中で役に立ったことをストリートチルドレン達に教えているのです。だから老婆は親がいないストリートチルドレン達にとって母親みたいな存在なのです。このような厳しい環境にありながら、老婆もストリートチルドレンもお互いに支え合いながら生活していて素敵だなと感じました。世界にはこのような貧しい環境で一日一日を必死に生きている人達がいることを忘れずに日々感謝をして生きていきたいと感じました。(R・U)

 
みなさんは、公園などで野宿生活をしている人々を見たことがありますか。きっと、ほとんどの人が見たことがあると思います。そうした人々はさまざまな理由で一定の場所に住めなくなり、解放会館などを住所として住民登録をしています。住所がないと、ハローワークなどで紹介される仕事は一切できず、保険のサービスや選挙権が奪われてしまうからです。しかし、2007年、大阪市が講演で野宿生活をしていた人々のテント村を強制撤去し、それに続いて他の3か所の解放会館などに登録がある2088人の住民票を抹消しました。この写真の男性はダンボールハウスが撤去され、愛犬とともにさまよい歩き、この撮影から1週間後に体調を崩して保護されたそうです。そもそも、大阪市は30年にわたって解放会館での住民登録を認めていました。2006年には、大阪地方裁判所で河川敷や公園のテントを住所として認めるとする判決を出しています。それなのに、その1年後、今度は大阪高等裁判所の判決で社会通念上住所と言えないと否定したのです。
みなさんは、突然、誰かの手によって自分の家を奪われたらどうしますか。私は納得できなくて裁判をおこすかもしれません。だけど、彼らはその抵抗すらできません。私たちには一人ひとり居住の権利があります。社会的立場の弱い人だけ、それを奪われていいわけがありません。
世界に目を向けて考えると、まだ良い方だと思う人もいるかもしれません。でも私は平和だと言われている日本の中にも、こういう人権侵害だと言える問題があることを知って驚いたし悲しくなりました。戦争がないことだけが平和なのでしょうか。私たちはこの現実を忘れずに、これから考えていかなければいけないと思います。(М・М)

 

 アフリカのほぼ中央に位置する人口約600万人の小さな国、ブルンジ。この国では、以前からずっとフツ族とツチ族が対立していましたが、その争いがますます激しくなり、1993年の大統領暗殺をきっかけに、大量虐殺が行われました。そして、1999年までに約110万人もの人々が家を追われ、近隣諸国へ逃れました。国内に残った多くの人々は避難民となりました。
人が死ぬことが日常となるような生活の中で、病院や無料診療所で、「国境なき医師団」が援助活動をしています。周囲のジャングルなど、ゲリラが潜んでいるような危険な場所でも治療を行う彼らは、まさに「最も小さい者のために働く人」ではないかと思います。私だったらきっと、自分も死んでしまうかもしれないような所で、人を助けようとは思えないと思います。しかし、「国境なき医師団」の医師たちは、「国境なき医師団の支援を受けている病院なら、無料で治療を受けられる」と遠くから何時間もかけてやってくる人々を見捨てるわけにはいかないと、必死に苦しみを乗り越えています。
はしかやマラリアなどが発生してたちまち広がってゆき、1年に満たないうちに、人口の3分の1に匹敵する200万人が発症し、多くの人が命を落としたそうです。医療の環境も悪く銃声を身近に感じることも少なくないのに、助けを必要としている人々の元にかけつけられる人は、人のために生きている人だと思います。私は、ブルンジへ行き誰かの命を直接救うことはできませんが、募金などを通して「最も小さい者」のために何かできる人になりたいです。(T・Y)


「マタイによる福音書」25章より

「さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。」すると、正しい人たちが王に答える。「主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。」そこで、王は答える。「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」

2013.03.25

卵を持ったミジンコ②  水質をかぎわけるサカマキガイ

  

 

 

 

 2013.03.25 Monday
1枚目の写真は昨日紹介した、卵を持ったミジンコの写真です。2枚目は今日の写真です。卵が形を変え、赤い点のような目もはっきり見えます。3枚目の写真は水道水を入れたケースの中のサカマキガイの様子です。築山の池で採集しました。水道水を嫌ってか、水上に出ているのがわかります。4枚目の写真はその1分後の写真です。サカマキガイが水の中に入っています。実はその間に水道水を池の水に変えました。サカマキガイは水質の変化を水上にいてもすぐに感知したのです。

今日のことば 

日本についてこの地で私たちが経験によって知り得たことをお知らせします。この国の人々は今まで発見された民の中で最高であり、異教徒で日本人より優れている人々は見つけられないでしょう。

フランシスコ・ザビエル  

2013.03.24

築山の池の卵を持ったミジンコ

 

 2013.03.24 Sunday

  築山の噴水の池から採集したミジンコが卵を持ちました。透明な体の中にある卵がはっきりと写真にも写っています。画像をクリックすると体内の器官が動く様子がわかります。生態系の底辺を支えるプランクトンの生きる姿です。


 


今日のことば

セザンヌの悩みを救ってくれたのはたぶん故郷の山や川なのかもね。たぶん人間は友人のほんの少しの思いやりや、ずっとかわらずにある自然のように、ささやかなもので救われるんじゃないかしら。

あるフランス人女性の言葉  『旅だから出逢えた言葉』(伊集院静)より  

2013.03.23

桜の開花  NHK「にっぽん紀行」坂本健一さん

  2013.03.23  Saturday

 不二聖心でも桜が開花しました。古今集に「春ごとに花のさかりはありなめどあひ見むことは命なりけり」という歌があります。青空を背景にして咲く桜の花々にカメラを向けながら「命なりけり」の思いを深くしました。 

 

 

 


 3月20日の夜のことです。ある生徒から電話がありました。「先生、今テレビを見ていますか。坂本さんが出ています。」と生徒は教えてくれました。あわててテレビに目をやると、大阪の古本屋、青空書房の坂本健一さんの日常を追った「にっぽん紀行 ― 89歳のラブレター ―」が放映されていました。授業で聞いた坂本健一さんの話を覚えていたその生徒はわざわざ電話で「にっぽん紀行」に坂本さんが出ていることを教えてくれたのです。坂本さんは、以前に不二聖心の生徒に便箋23枚の手紙をくださった方です。他にも何通ものお手紙をいただき、いつしか心の中に坂本さんの名言集が収められるようになりました。以前にいただいた葉書の中には、「若いときただ真実真理をのみ追い求めて来ましたが今私は日に日に命と云うものを考えて居ります」と書かれていました。89歳になられた坂本さんの姿を久しぶりに拝見して、坂本さんのその言葉を思い出しました。

今日のことば

昨日の新聞から206 平成22年9月13日(月)
『浪華の古本屋 ぎっこんばったん』(さかもとけんいち SIC)を読む

――  不二聖心の生徒たちに便箋23枚の手紙をくださった方の本 ――

 7月のある日のことでした。授業を終えて職員室に帰ると自宅からのメッセージが机に届いていました。大阪の坂本健一さんから電話があったことを知らせるメモでした。早速、坂本さんに電話をしてみると、「今度本を出すことになったから蒔苗さんのところにも一冊送ります。」とのことでした。
この話を聞いて僕は小躍りしました。かねてから坂本さんの名文にふれていた僕は、坂本さんの書いたものが一冊の本になることを心待ちにしていたからです。僕と坂本さんとの関わりは、かもがわ出版から出ている『のこすことば 第六集』に収められている僕の文章を読むとよくわかりますので、次に引用してみたいと思います。


私は、静岡県裾野市で中学3年生に国語を教えています。昨年から授業の最初に新聞などに載った良い文章を一編読んでそれから授業を始めるということを始めました。その68回目に小説家の山本一力さんの文章を取り上げました。大阪で青空書房という古本屋を経営する坂本建一さんが登場する文章です。文章の中には店頭に貼られている紙の言葉も紹介されていました。
「生きるのがいやになったとき、読む本があります。一緒に探しましょう。」
坂本健一さんは、書店を訪れる人の話を聞き、その人にぴったり合った本を薦めてくれるのです。
山本一力さんの文章を読み終えた時です。一人の生徒が「坂本さんに本を紹介してほしい」とつぶやいたのがはっきり聞こえました。その声を聞いていつか大阪の坂本さんに会いにいきたいと強く思いました。
夢がかなう日は意外に早くやってきました。11月8日に大阪に行く用事ができ、その用事を済ませてから時間をつくって青空書房を訪ねました。中学3年生に向けて何か本の話をしていただきたくてまいりましたと来意を告げると、坂本さんは椅子をすすめてくださり、約1時間、本の話をしてくださいました。心に残る話をいくつも聞くうちに、一語たりとも聞き漏らしてはもったいないという思いが強くなり、途中からメモを取るようにしました。そして翌週の授業でその言葉をプリントして配りました。プリントを読んだあとで、生徒たちに坂本さんに手紙を書こうと呼びかけ、お礼の気持ちをこめて生徒たちの書いた文章を坂本さんに送りました。
それから1月ほどして、分厚い封筒が坂本さんから届きました。それは便箋23枚に及ぶ生徒たちへの返事の手紙でした。一人一人の生徒に向けて温かい言葉が綴られていました。最初のメッセージは次のような内容です。
「読書は人間のしるしです。ろばは本を読みません。(中略)だんだん読書人より「ケータイ」がええ人も増えて来ました。頁を繰ったり、意味を考えたりするのが邪魔くさくなったヒトが「ケータイ」派になって行きます。青空のおっちゃんは考えます。自分で読むのを止めたり考えることをサボった人が増えると支配者や権力者に都合のよい世の中になります。読書する人は想像力が豊かです。想像力が豊かだと優しくなります。相手の痛みや辛さが理解できるからです。相手の痛みが解らないヒトは自分の痛みを予感できません。首を切られてからイタイのでは遅いのです。」
このような言葉が便箋二十三枚にわたって綴られていました。手紙を読んだ一人の生徒は、坂本さんとの出会いは自分の宝だと言いました。八十歳を過ぎてなお働き続ける坂本さんの、人生の知恵に満ちた言葉は、生徒たちの心に一つの灯をともしてくださったと感謝しています。

 このあとも坂本さんとの手紙のやりとりは続き、坂本さんから僕は多くのことを学んできました。坂本さんのことを僕はひそかに心の師だと思っています。たくさんの本を紹介してきた「昨日の新聞から」の仕事をほめてくださった時にも、坂本さんは「蒔苗先生のすばらしい読書力には脱帽します。しかし先生のこれ以上ないと思われる人生の本とは何でしょうか。魂をゆさぶられる本、一冊でも多く会えたら良いなあと思っています」と言ってくださいました。こういうことを言ってくださる方こそ師と呼んでいい人ではないかと僕は思っています。
さて心の師と仰ぐ坂本さんの文章を不二聖心の生徒のみなさんにもできるだけたくさん読んでほしいと思っています。『浪華の古本屋 ぎっこんばったん』の中から特に心に残っている文章をいくつか紹介しましょう。

時代遅れの古本屋

 今は亡き河島英五の歌に「時代遅れの男になりたい」と云うのがあるが、別になりたくってなったのではないが、私など完璧に時代遅れそのものである。何故ならケータイ持たず、パソコン知らず、車に乗れず、三百六十五日毎日ギッコンギッコンペダルを踏んで、背を曲げ、えっちらおちっちら八十四(才)の坂を駆け上っている。どん臭いと云おうか不器用と云うべきか…だから私の雅号は呆。もうこのIT時代に生き兼ねる代物であるが、まあ、いいか。齢八十四、あとどう考えても先は知れている。慾はないが恥をかくことは多い。遠い昔、新婚三ヶ月目の妻に「あんたは甲斐性無しや」と指摘された。それが当たっているから口惜しい。古本屋をやっているが、その実、古本讀屋を続けている。つまり讀書人なのである。
ただし、ポリシーがある。売る辛さも知っている。買う辛さも体験済みである。だから、天秤にかけたり、狡い駆け引きする奴は相手にしたくない。安く売りたい。戦後、鎌倉文庫と云う鎌倉在住の文士達によって作られた雑誌の創刊『人間』発売日。胸弾ませて天神橋筋五丁目、N書店に買いに行ったとき、「みんなお米か野菜もって買いに来はるで」と断られた記憶がある。食料不足の最中、仕方がなかったかも知れないが、若い文学青年は大いに憤ったものである。今、本巷に溢れ、飽食の時代。想像もつかない当時の苦い想い出が、私そして貧しく真面目な向学の青年達に一円でも安く良書を提供したいと創業以来の念願である。綺羅を飾った豪華稀覯本より素朴な装幀で内容のある一冊をすすめて居る。
かつて古本屋はお客に語りかけないのがサービスであると教えられた。今もそうであるかも知れないが、私は本以前に人間が好きである。だからその人の探している本を一緒にさがし、その作家、作品に就いて語り合うことが多い。特に若い人には多くの期待を寄せている。だから持てる知識を出来るだけ多く頒けて行きたい。それが私がこの世へお礼を返すたった一つの方法である。幸い私は蒟蒻弁当のみで苦学した青春の文学歴があり、近代日本文学への愛着も深い。そして古事記、万葉も少しはかじっている。文学を好きになり、人をおもろいなあと思わす位いの材料は持っている。

本との出合いも一期一会

本は生きてます 大切に

二度とない人生 本を読もう

コイン一枚で叡智を友に出来るのだ

一生に一度の出会いそんな本がある

挫折が人生を深くする

蹉跌が新しい明日を導く

湧き出る言葉がある。メモに書いて店の隅に貼る。その癖、人に見られると、恥づかしい。

次もまた、坂本さんの本への思いが伝わってくる文章です。

つける薬がないヒト

 五十才か六十才位の男である。最初漱石の文庫を棚から引出してちょっと見ていたが直ぐ棚に返し、ぐるっと廻ってその裏側の棚から翻訳ものの少しぶ厚いのをひっぱり出して解説を読みかけた。目が合うのを避けて私は他のお客さんの対応をしていた。十分位経ったか、男は私に気付いて、こちらに背を向け矢張り解説に読み耽っている…。我慢も限界にきた。精神衛生上頗る悪いと覚ったとき「お客さん、解説読んだってその小説は解りませんよ」とつい云って了った。
「何やて。それお客に向かって云うことか。お客がどこ読もうと勝手やないか」
「お客さんと云うのは本を買って頂いて初めてお客さんですよ。十分も二十分も立ち読みせんとわからんようやったら止めてください」
「何云うてんねん。どこ読もうと客の自由やないか。梅田へ行って見い。椅子出して一時間でも二時間でも放っといてくれるで。たかが本ぐらいのことでごじゃごじゃ云うな」
「たかが本ではないのです。そこら中に書いてますやろ。本は生命ですって。本は生きてますって」
「何云うとんのや。本は紙と活字だけや。死んでるやんか。息してへんがな。生きてるやって…おっさん、あほちゃうか。今買わんでも明日買いに来たるかも知れん。本に触ったらみんなお客さんや。おっさんこの本一冊で飯食っとんのやろ。お客馬鹿にしたらあかんで」
「馬鹿にしてまへんけど、本は死んでると考えているような人に店に入って欲しない。出て行って下さい」
捨て科白を残して荒々しく男は立ち去って行った。折り曲げられた文庫を棚に戻しに立った。本は新潮文庫のノーマン・メイラー、中西英一訳『鹿の園』588頁。売り値は百五十円だった。本が汚されたように思えた。値段では無い。我が店に有る本は、文庫たりとも愛着惜かざる息子みたいなものである。
百人の人に百の顔がある如く百冊の本には百の生命がある。色々な受け止め方、感じ方は、読者の境遇・年齢・感覚などでさまざま。本の使命は重い。どっしりと思惑が閉じこめられているからやと思う。
本屋をひやかすのはいい。しかし御自身の人生をひやかして終わるのは如何にも空しい限りである。たった一度の人生であるから。

 初めてお会いした時、坂本さんは「人間として生まれて本読ましてもらうのはものすごう幸せと思います。」とおっしゃいました。ここにも坂本さんの本への思いが見えます。坂本さんのたくさんの言葉にふれ、本を愛する生徒が一人でも増えることを願いつつ、「昨日の新聞から206」を終わりたいと思います。

2013.03.22

キジムシロの奇形  ホソヒメヒラタアブ  春型のベニシジミ





 2013.03.22 Friday

「共生の森」でキジムシロの奇形に出会いました。本来、5枚であるはずの花弁が6枚あります。
これが複数の株で見られるようになると変種として認められる可能性が出てきます。そのためには、たくさんの昆虫が訪花して似通った遺伝子の子孫を増やす必要がありますが、「共生の森」には、その受粉昆虫がたくさんいます。今日は、その中からホソヒメヒラタアブと春型のベニシジミを紹介しました。

今日のことば 

一匹の虫は、まるで一つの俳句のようだ。とても小さいのに、読み解くことによって、そこには宇宙大の時空間が広がる。

小池昌代  

2013.03.21

産業が生み出した命のつながり  三椏と甲虫とハナグモ

 



 2013.03.21 Thursday
紙の原料として駿河の国にさかんに植林された三椏はやがて野生化してヒノキ林やスギ林に自生するようになっていきました。不二聖心のヒノキ林にもたくさんの三椏の木が見られます。野生化した三椏の花は、民家の庭先などに植えられた三椏の花と比べてまた格別の風趣があります。今朝のヒノキ林に咲いていた三椏には早くも甲虫が訪花し、ハナグモが訪花した昆虫をねらっていました。人間の産業が生み出した生態系の中で新しい命の物語が紡ぎだされています。

今日のことば 

なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ 風とゆききし 雲からエネルギーをとれ

宮沢賢治  

2013.03.20

ハナニラ  タチツボスミレ  ヨコヅナサシガメ  





 2013.03.20 Wednesday

 今日はワイシャツ一枚で外を歩いても大丈夫なほどの暖かさでした。春の花々もこの暖かさの中で次々に開花しています。正門のところではヒメリュウキンカと競うようにハナニラが花の数を増やしています。雑木林では林床にタチツボスミレの花がたくさん咲いています。花の美しさにみとれたあとで目を上げるとクヌギの木の幹の上をヨコヅナサシガメが歩いていました。ヨコヅナサシガメは中国からの移入したサシガメで春の早い時期から不二聖心でもその姿を見ることができます。1928年に初めて日本で発見され、徐々に生息域を広げてきました。画像の個体はまだ幼虫ですので体は小さいですが、動画をクリックすると横綱らしくゆったりと貫録ある姿で移動する様子が見られます。神奈川県立生命の星地球博物館の高桑正敏先生は、ヨコヅナサシガメはトラックの積み荷などと一緒に東名高速沿いに分布を広げた可能性があるとの見解を、以前、博物館の会誌に発表なさいました。数年前に先生にその可能性の高さについてうかがってみたことがあります。先生はヨコヅナサシガメの数があまりに増えすぎてもはや移入ルートの検証は不可能となってしまったとおっしゃいました。

今日のことば

 サシガメといった聞き慣れない連中は、和名の刺椿象あるいは刺亀虫と書くと、なんとなくおわかりいただけると思う。とどのつまり、刺す。カメムシの仲間で、口に鋭いストローをもっているが、カメムシのように植物の茎葉に突き立てるのではなく、おもに毛虫やクモに向けられている。害虫をやっつける腕利きのお庭番であるが、見てくれが悪いために、たいていはひどい扱いを受けている。
なかでもサクラに好んでつくヨコヅナサシガメは、冤罪の被害者。幼虫の間は集団で過ごし、アメリカシロヒトリなどのおじゃま虫たちをやっつけているのに、およそこの黒い集団こそが迷惑と思われ、「大切な桜に見慣れない害虫がいる。駆除法を教えてほしい」と博物館などに問い合わせがくるケースが多いという。

森昭彦  

2013.03.19

希少種のフデリンドウの群生地を校内で発見  越冬したカナヘビにも出会う

2013.03.19 Tuesday
来年度の高校1年生の総合学習を担当する先生方と「共生の森」と間伐体験学習予定地を見に行きました。「共生の森」から間伐体験学習予定地へと移動する途中、すすき野原でフデリンドウの群生している場所を見つけました。一つ見つけただけでも心躍るフデリンドウがあちこちに生えている光景に本当に驚きました。これも冬に不二農園の方が草刈りをしてくださったおかげです。フデリンドウは奈良県で絶滅危惧Ⅱ類に、京都府で準絶滅危惧種に指定されています。すすき野原の終点近くにはカナヘビもいました。天敵に襲われた痕がしっぽの先に残るたくましいカナヘビでした。季節はますます春らしくなっていきます。

今日のことば

我が心深き底あり喜びも憂ひの波もとどかじと思ふ
かにかくに思ひし事の跡たえて唯春の日ぞ親しまれける

西田幾多郎

2013.03.18

スイカズラハモグリバエの幼虫が葉の中を食べ進む様子を撮影



2013.03.18 Monday

 春を迎えて絵かき虫たちの動きも活発になってきました。東名高速沿いの道のスイカズラの葉にはスイカズラハモグリバエの食痕が目立っています。拡大すると幼虫がもぐっている様子がわかります。
 動画では懸命に食べ進んでいる様子もわかります。小さな命の躍動です。食べ痕がカーブしているのは天敵に自分の位置を悟らせない工夫だという説がありますが、寄生蜂は目ざとく見つけて急所に針を刺します。命の躍動が命の危機を招くことも少なくないことでしょう。

 
今日のことば

抗議しなければならない時に沈黙してしまえば、自らを臆病者にしてしまう罪を犯すことになる。

エラ・ウィーラー・ウィルコックス  

2013.03.17

三椏の花とビロウドツリアブと『どくとるマンボウ昆虫記』





2013.03.17 Sunday
第二牧草地へと向かう道の途中に三椏の木があります。咲き始めた黄色い花にビロウドツリアブが来ていました。三椏の花ほど春を迎えた喜びを感じさせてくれる花は少なく、ビロウドツリアブほど一年の時のめぐりを強く実感させる春の虫はありません。今この時しか味わえない不二の自然の風景を愛おしみたいものです。
 

今日のことば

 幸か不幸か、それからほどなく私は腎臓病にかかった。かなり重いらしく半年間寝ていなければならなかった。腎臓病という病気は何にも食べられない。蛋白も塩気もいけないのだ。これは子供の身にとっては大変なことである。カレーライスの匂いのする日には涙がこぼれた。私の血の中には意地汚い血はあまり流れていなかったにもかかわらず、それから私はイジキタナクなった。みんなさすがに気の毒がって『昆虫図譜』の正篇を買ってくれた。
退屈さが私をいっそうその本に惹きつけた。私はくりかえしくりかえし、表紙がすりきれるまで『昆虫』をながめた。原色写真の形態をあらかた見覚えてしまった。名前もおぼえた。さらにラテン語の学名までをかなり暗記した。私はその横文字を読むことができなかったが、大人がよんでくれた。それで私は、クロアゲハはパピリオ・プロテノール・デメトリウスといい、カブトムシはアロミリナ・ディコトムスということを覚えた。それは何が何やらわからないだけにいっそう面白かった。学問というものだってみんな初めはそんなものだ。何が何やらわからないから人々はオヤオヤと思う。ところが、少したって少しわかったような気がするともう飽きてしまう。いつまでたっても何が何やらわからないと、これもやっばり飽きてしまう。永久に何が何やらわからないのが一番面白いことなのに。
何月か『昆虫図譜』と寝ていたおかげで、私は虫の名を覚えた。何かを覚えるということはそれほど大したことではない。それでも、ようやく起きられるようになって縁側まで出てみたとき、私はその効果を知った。もう春であった。その春の陽光の中に、一匹の虻が宙からつりさげられたようにじっと浮んでいた。綿毛のかたまりのような可愛らしい虻である。一目見て私にはその名称がわかった。ビロウドツリアブ。彼女とははじめて出会った筈だのに、私はずっと以前からの旧知のような気がした。むこうではそんなふうに思わなかったらしく、アッというまにどこかへ消えてしまった。しかし私にとっては、自分の住んでいる世界がいささかなりとも広くなったように感じられたのである。

『どくとるマンボウ昆虫記』(北杜夫)より  

2013.03.16

サルの群れ発見  不二聖心の森は駿河湾の恋人

 

2013.03.16 Saturday

裏門のところにサルの群れがいました。芽生え始めた若草を盛んに食べている様子を観察しました。春の不二聖心でよく見られる光景です。動画の背後に聞えている雑音のような音は不二聖心の敷地の近くを流れる黄瀬川の音です。不二聖心の森には沢が流れていて、その沢の水は黄瀬川へと注ぎます。
そして黄瀬川は駿河湾に注ぎます。不二聖心の森は駿河湾の海につながっているのです。

 

今日のことば

わたしはほんとうに毎日黙想したい。たった五分でも十分でもいいからこの世のあくせくからのがれて神様のみ前に静かに考えたい……。忙しい現代人は宗教に対する熱心というよりは、むしろ現実生活の圧迫に対する反動として解脱を求めている。しかしかれを取り巻く強い刺激がつぎからつぎへとかれの注意を外界の何者かに強奪してゆく。休むひまがない。考える余裕がない。こうしたゆとりのない生活に引きづられてかれは感覚の世界にうずもれてゆく。そうして疲れはてて死んでいく。なぜ黙想することがこんなに難しいのだろう?
それは黙想するためにはまずギリシャの哲人の言った「現象の圧制」からわれら自分を解放して、注意の焦点を真理に集中しなければならないからである。わたしたちの注意は同時に二つの物に向うことができない。二兎を追う者は一兎をも得ず、感覚の追求と真理の直視とは両立しえない。二兎を追いかけてはいけない。

岩下壮一  

2013.03.15

タラノキの新芽と傑作絵本『たらのき』(日浦勇)

  2013.03.15 Friday

 最近の寒暖の差の大きさは、しばしばジェットコースターにたとえられ、NHKのニュースでは天気予報の時にジェットコースターの映像まで流していました。今日は昨日とはうって変わって「暖」の日でした。その暖かい光に包まれて中学3年生は卒業しました。心に残る素晴らしい卒業式で一人一人の成長を改めて実感する喜びの一日となりました。
今朝の「共生の森」では、タラノキの新芽が順調に育っている姿が見られました。福音館書店から出ている「たらのき」(日浦勇)という素敵な絵本の中に次のように一節があります。


たらのきは、めをかじられても、ひとにつまれても、やられたら
したのめが、めをさまして、のびてゆきます。

 はっぱをむしかじられても、しるをすわれても、みきにとんねるを
ほられても、つるくさにまきつかれても、つよくたえぬいていきのこります。

 そしてたくさんのはなをつけそのみはとりにたべられてあちこちに
はこばれ、たねはふんにまじってじめんにおとされます。
そこで、めをだせるときをじっと待っているのです。


不二聖心の「共生の森」では、人間の力で整備された場所にたくさんのタラノキが芽を出しました。ようやく「めをだせるとき」が到来したわけです。タラノキの新芽の姿は、人間の力によって生物多様性は確実に維持され高まることを教えてくれているかのようです。

今日のことば

中学3年生の短歌より

 三年間いろいろなことをやりきった後悔たくさん思い出たくさん    
中三は元気いっぱいたのもしく心のタンスは優しさいっぱい      
音楽堂の裏の階段登ったら何でもできるそんな気がした        
大声で毎日笑う我々は消しゴム落として愉快な時代          
すぐ帰ろうそう思うけどそうさせない毎日変わるいつもの放課後    
言葉では表しきれないこの気持ち今一瞬にただありがとう       
中学でみんなと過ごした3年間いつも楽しくて全てが思い出      
ペン入れの季節外れなストラップでもはずさない小さな思い出

2013.03.14

タチツボスミレと夏目漱石

  2013.03.14 Thursday

 昨夜は警報が出ないのが不思議なぐらいの暴風雨に駿東地区も見舞われました。さぞや野の景色も荒れてしまっていることだろうと思いつつ出勤しましたが、裏の雑木林ではたくさんのタチツボスミレの花を見ることができました。中には水滴をまとって立っている花もありました。漱石は「菫ほどな小さき人に生れたし」という句を作りましたが、小ささの中に秘められた強さもなまなかなものではないという気がします。

今日のことば

 駐車場近くの雑木林の斜面にたくさんのタチツボスミレが咲いています。万葉の時代から春の花として親しまれてきた菫は文学作品にも数多く登場してきました。近代の作品の中でとりわけ印象深いのは、夏目漱石の「菫ほどな小さき人に生れたし」の句です。司馬遼太郎は「漱石の人と生涯と作品が、この一句でわかるような気がする」と言いました。知の巨人は余人のあずかり知らぬ苦悩を抱いていたのでしょう。漱石は、可憐な菫の花に特別な輝きを見ていたのだと思います。 

「不二の自然57(タチツボスミレ)」より  

2013.03.13

ヤマガラの鳴き声の多様性

  2013.03.13 Wednesday

  北村薫に『盤上の敵』という素晴らしい作品があります。その最後のページに次のような一節があります。

 わたしとあなたは、黒ずんだ土を踏み、そんな鬱蒼と茂る林の中を進んで行くのです。どこまで行っても、耳には追いかけるように渓流の音がついて来ます。水の響きを伴奏に、時々、高く澄んだ山雀(やまがら)の声が、ツツピー、ツツピーと聞こえて来ます。

 この一節を読んでから、「ツツピー、ツツピー」というヤマガラの声を耳にするたびに『盤上の敵』という名作のことを思い出すようになりました。幸せなことに今の時期、不二聖心では毎日のようにこのヤマガラの声を耳にすることができます。
ヤマガラの鳴き声と言えば「ツツピー」だと思い込んでいたところ、この春、全く違ったヤマガラの声を聞くことができました。はじめは何の鳥かと思いましたが、専門家の方のご教示によってヤマガラの声であることがわかりました。どうぞ画像をクリックして、鳥の鳴き声の多様性を感じてみてください。

今日のことば

 昨日の新聞から217 平成23年1月3日(月)
『盤上の敵』(北村薫 講談社文庫)を読む
―― 再生への祈りの物語 ――
冬休みに尊敬する作家・川上弘美の『大好きな本』(文春文庫)という書評集を読みました。その中に北村薫の『盤上の敵』というミステリーを評した次のような文章がありました。


個人的なことなのだが、ミステリーを読むのが怖い。なぜ怖いんですあんなに面白いものなのに、と問われれば、人が殺されるのが怖いのです、と、いつも答えている。
北村薫のミステリーでは人はめったに死にませんよ、とある時勧められて、読みはじめた。本格的な謎解きである。それなのに、本当にめったに人は死なない。日々の生にひそむ事件を、登場人物が理を以て解決してゆく。多く読むうちには殺人もあった。しかし怖さは感じなかった。なぜなんだろう。
つらつら考えながら最新作である本書を読み、驚いた。ミステリーの内容を明かしてはいけないからくわしく書かないが、北村作品には珍しく、深刻な殺人が据えられた物語なのである。それならばこの作品に限っては怖いのか。不思議なことだが、やはり怖くないのである。
「私は、推理小説に登場してくる探偵役を、決して好きではない。他人の秘事を、あれほどの執拗さであばきたてねばならないのか」
と言ったのは、司馬遼太郎である。なるほど、と思う。
つまるところ、わたしが怖いと感じるのは、本の中で起こる「事件と解決」そのものではない、のではないか。そうではなく、「事件と解決」という事象に対する、登場人物のあまりの迷いのなさ、それこそが「怖さ」の核なのではないか。
北村ミステリーの登場人物は、迷う。躊躇する。事件を解決しながらも、解決すること自体に、大いなるかなしみを感じている。そして今回の作品の中では、殺人というものを行う者もまた……。
怖くないミステリーなのだ。しかし、深い。深い湖のような、ミステリー。あっというどんでん返しのラストまで用意された本格ミステリー、その中でこれだけ人というものの不可思議さが描かれていることは、大いなる喜びであった。

比喩の力というのは恐ろしいものです。僕は「しかし、深い。深い湖のようなミステリー。」という表現に魅せられて、すぐに『盤上の敵』を購入しました。
読み始めて「あれ」と思いました。ミステリーには異例のことですが、作者の前書きが付いていたのです。次のような「前書き」です。

ここは購入する前に、読んでいただきたいのです。

『盤上の敵』は、まず、わたしを楽しませてくれた「ミステリのあるタイプ」に対しての御礼、お返しとして考えました。
最初の着想はそこにあるわけです。しかし、同時に物語を動かす人物が見えて来ると、そこに戦争が重なって来ました。縦には時間的に、横には今も世界の各地で、現在の日本では想像もできないような悲惨なことが行われています。そうすると、家庭内暴力を受ける弱者としての女性の姿も見えて来ました。理不尽な行為に傷つく者が、なぜいるのか。
そういう思いは、「こういうタイプのミステリ」に、決してふさわしいものではありません。功利的にいうなら、そこで舵を別の方向に取るべきでしょう。しかし、物語というのは作者ですら、自由に形を変えられるものではないのです。全て、必然から生まれるといっていいでしょう。
自然に、これは盤上の出来事というーーつまり、寓話という形を取ることになりました。ここにあるのは生きた人間のからみあいというよりは、白と黒との、打たれる者と打つ者との原始からある闘いの図式です。どうしようもない苛酷な運命や状況を描こうとした結果、この物語は、心を休めたいという方には、不向きなものとなりました。読んで、傷ついたというお便りをいただきました。女の方です。そういう方がいらっしゃるのは、とてもつらいことです。一方で、様々な方から思いがけないほど高い評価をいただくこともできました。
ノベルスは、より多くの方の目に触れる媒体です。読んでよかったという方が増えるのは嬉しい。しかし、逆のことは望みません。あらかじめ、お断りしておきたいのです。今、物語によって慰めを得たり、安らかな心を得たいという方には不向きですーー(北村薫)                                       
この前書きは僕を戸惑わせました。『盤上の敵』は「怖くないミステリー」ではなかったのか、なぜ「怖くないミステリー」を読んだ読者が「傷ついた」と言って作者に手紙を寄越すのか、よく理解できませんでした。
今は、この疑問について僕なりの明確な答えを持っています。その答えについて書く前に本の内容の紹介をしましょう。物語は、猟銃の免許を取った瀬川章一郎という人物が早朝に鴨撃ちにでかけ交通事故を起こしてしまうところから始まります。

車の右で、ゴツンという音がした。同時に、自転車に乗った影が崩れ、地に沈んだ。

(中略)
闇に向かって流れ出しているのは、車内灯の光だ。そのせいで車の周囲は、深海に海中電灯を落としたように、ぼんやりと明るくなっている。
章一郎に、相手の顔が初めて見えた。
若い男だ。二十前後に見えた。唇は厚く、眼は細い。濃い眉が、はっきりとした逆八文字で、眉間のところに、眼と眉の作る四本の線が集まるような感じだ。その眼の鋭さに、いいようのない威圧感があった。
――怒っているのか。
章一郎が感じたのは、腹が落ち着かないような恐怖だった。近づいて来る男は背も高くないし、肩幅も広くはない。それなのに、上から大きな手で押し付けられたように気になる。
章一郎は仕事柄、重いものを持つのには慣れていた。人並みの力はあるつもりだ。だが、気の強い方ではない。子供のように逃げ出したくなった。自分は座っていて、あちらは立っている。そのせいで、気圧されるのだろうか。
男は、章一郎の服装を見た。友達にアドバイスを受けて整えた猟服である。
「釣りかあ?」
章一郎は、一瞬、相手が何をいったのか分からなかった。そして、自分の服装のせいだと分かった。「遊びのために急いで、引っかけたのか」と責められたような気がした。
「いや」
「何だよ」
「ちょっと、――その鴨を撃ちに」
こんなことは関係ないと思いながら、つい柔順に答えてしまった。
気のせいか、男の眉が、わずかに動いたような気がした。
男は、そのまま近寄って来た。殴り掛かられるような気がしたが、そんなこともなかった。
章一郎は、相手が普通に歩いているので、安心した。一言謝ればそれですむかも知れない。法律上はまずいことだろうが、先を急いでもいる。一万円も渡せば、ことは終わるかも知れない。それでは少ないだろうか。
――そこで、章一郎は「向こうから、こっちのライトが見えなかった筈はない」と思い当たった。どうして、左の路肩に寄るなり、しなかったのか。自転車のブレーキが壊れていたのか。
人によったら、逆に自転車の相手に「車を擦った」と詰め寄るところではないか。
男は、裾に泥のついたジーパンをはいていた。その左足を、章一郎の目の前で、いきなりくの字に曲げた。そして、荒く息をついた。口から白い煙が吐き出された。
「……膝」
男は、そういいながら、左手で膝を揉むようにした。上には黒いジャンパーをひっかけていたが、手袋はしていなかった。
「膝を?」
章一郎が、「――痛めたのか」といいかけた時に、男は当たり前のように後部座席のドアを開いていた。ぞくりとした。
「――あの?」
男は、間髪を入れず、いった。
「警察、行こう」
そう聞いて、章一郎は安心した。得体の知れぬ相手だが、自分から「警察」といい出すのなら心配ないだろう。怪我も大したことはなさそうだ。後で面倒が起きないように、病院にも行かせた方がいいのかも知れない。その辺のことは、警察でアドバイスしてくれるだろう。
「自転車は?」
「置いてきゃいい」
(中略)
章一郎は、男に言われた通り、車を元の道に返した。「わずか十分ほど前には、何の心配もなく、ここを来たのに」と思う。それこそ、思い掛けぬ銃弾を受けた鴨のようだ。
陸橋から大分離れた、闇の一段と濃い辺りで、突然、男がいった。
「停めてくれよ」
「え?」
「気持ち悪い」
小刻みに一、二度、振り返って見ると、男は顔を伏せている。口を押さえているようだ。後ろ頭の、ぼさぼさの髪の毛が立っていた。打ち所が悪かったのか。今頃になって吐き気がして来たのか。
章一郎は、あわてて、車を土手に寄せて停めた。
サイドブレーキを引いて、振り返りかけた時だった。目の前を、ひゅっと何かが動いた。次の瞬間、じわっと細い蛇がまとわりついたような圧迫を感じた。あっと、指でつかむ。
電気のコードらしかった。
「な、なーー」
「何をする」というのも、言葉にならなかった。男は、緩慢とも思える動作で、ゆっくりそれを締めて行った。章一郎は、自然、シートに背を押し付けた形になる。拝むようにコードにかけた手には、さして力が入らない。突然、襲って来た今の状況が、章一郎には飲み込めなかった。ただ、喉を締め付ける紐の存在だけは現実だった。神経の作用によるものか、砂を撒いたような光が、閉じたり開いたりする目の前で点滅した。
「か、金なら、やっ」
――やる、といいかけて、語尾がつぶれた。金が目当てなのだろう。車を取られてもいい。何とか逃げ出したかった。いつもなら、今頃はまだ、布団の中で寝ているのだ。どうして、こんなことが自分の身に起こるのか。信じられなかった。
章一郎は、そこで、あっと思った。
――ここで死ぬのか。
いつかは来る筈の時だ。だが、どうして、それが今なのか。そんな馬鹿な、と思うと、章一郎の眼に突然、涙が溢れた。

このあと章一郎は、信じがたいような無惨な殺され方をします。第一部を読んだだけで、これは紛れもなく怖い小説であることがわかります。今回ばかりは川上弘美の感じ方に共感を覚えることができませんでした。確かにこれなら「傷ついた」という手紙を寄越す読者もいるだろうと納得しました。『盤上の敵』は本当に恐ろしい小説です。そこには、作品の中の言葉を借りれば、「大きな悪意そのもの」が描かれています。ならばなぜ僕はこの本をみなさんにお薦めするのか。一つには世の中にある「悪」や「闇」に勇気を持って目を向け、その存在をはっきり認識したうえで、物事を考えることが大切だと考えるからです。もう一つは、解説者の光原百合さんが書いている通り、この小説の大きなテーマが「再生への祈り」であるからです。作中人物の再生だけでなく、世の中のあらゆる理不尽な悪に倒れた人々の再生を祈る物語です。『盤上の敵』は極めてリアルな物語でありながら、一つの寓話とも読める不思議な作品なのです。

文庫の最後に載っている光原百合の解説はすばらしいと思いました。特に最後の五行には心からの共感を覚えました。その部分を引用して「昨日の新聞から217」を終わりたいと思います。


解説者としても、これから読む読者が傷つく可能性を否定することはできない。私自身、この小説に登場する底知れぬ闇に対して感じた恐怖を、いまだに忘れられない。だが未読の方には、できることならその心構えをしたうえで、やはりこの小説を読んでほしいと思う。

私にとつては生涯忘れ得ぬ傑作だから。
再生への祈りを共に祈ることができて、よかったと思っているからーー。

2013.03.12

すすき野原のヨモギの若草



2013.03.12 Tuesday
すすき野原の地面からたくさんのヨモギの若草が生え出てきました。不二農園の方がきれいに草刈りをしてくださったおかげで、ヨモギも気持ちよく太陽の光を浴びていました。人間の手が適度に入ることで春の植物相は本当に豊かになります。
草刈りの様子は下のURLをクリックすると見られます。
フィールド日記 2012.12.06 メジロの亡き骸  不二聖心のすすき野原が希少種の宝庫である理由

今日のことば

中学3年生の短歌より

家庭科で調理実習やった後気づくと両手は母親のにおい        
茶畑をトコトコ歩く雉を見て体育の疲れ吹き飛んでいく        
嘘だった地球滅亡しなかった余計な心配しなきゃ良かった       
探そうよオンリー1の私達いつかかならず見つかるはずだ       
入学し親元はなれ過ごす日々さびしくないよ恋しいけれど       
あと少しこの教室にいれるのもこのクラスで過ごすのも        
ラインとかツイッターとかスマホとかついていけない今の世の中    
前を向き歩き続けた三年間泣いて笑って花になれたよ 

2013.03.11

キクイムシとの出会いと船上での貴重な調査経験の記録





2013.03.11 Monday

3月7日に第2牧草地の池で、この春初めて甲虫を採集しました。農学博士の平井剛夫先生に同定を依頼したところ、キクイムシの一種であるとのご教示をいただきました。キクイムシということは、牧草地の周辺の林から池に飛来してきたと考えられるでしょう。 

3ミリ程度しかない小さな虫の移動能力に驚き平井先生に次のような内容のメールを送りました。

牧草地の両側はヒノキ林ですから、そこから飛来したものと思われます。風で飛ばされたのかもしれません。いずれにしても小さな虫の移動能力に驚きます。

このメールへの平井先生の返信を以下に引用します。

小さな虫の移動能力は、その行動が飛翔という自力によるものではなく、多くは風に飛ばされて起こる結果いかんなのですが、たどり着いてなお元気で生き抜いてゆくというたくましさにあると思います。20年も前、現役の頃、気象庁の観測船に乗って東シナ海で海を渡るイネの害虫のウンカ類の調査をおこなったことがあります。マストにくくりつけた直径1メートルの網3つに入る虫を2時間おきに回収するという調査でした。東シナ海で定点観測を行なっているあいだ、2週間続けました。
中国大陸から、海を渡るいろんな虫が、網に入ってきます。夜になると、観測船の灯りにも惹かれて船内に入ってきます。観測船で虫を採集するという楽しさも味わいましたが、こんなにして日本にやってくる虫たちのタフぶりを知りました。
 
移動能力に驚かれたというご感想で思い出したことを書いてみました。

平井先生のメールの内容に感動し、これを多くの方に読んでいただきたいと考え、先生の了解を得て掲載させていただきました。小さなキクイムシとの出会いが貴重な調査経験の記録との出会いにつながったことをたいへんうれしく思っています。

今日のことば

愛宕山入る日の如くあかあかと燃し尽くさん残れる命

西田幾多郎

2013.03.10

金色に輝くコガネコバチが水面を移動していました



 2013.03.10 Sunday
第2牧草地の池で奇妙な光景を目にしました。水面を金色に輝く寄生蜂(コガネコバチの1種)が移動していたのです。3ミリ程度の小さなハチですが、画像を拡大すると産卵管がはっきりと見え、雌であることがわかります。水上の何かに産卵しようとしていた可能性があるわけです。動画のURLをクリックすると金色に輝く様子が一瞬ですが見られます。水面をハチが移動する例は珍しく、この観察例は日本で初めての記録かもしれません。

今日のことば

正しい信仰が必要だ。どんな信仰でもいいというわけじゃない。それから、いつもへりくだっていなきゃいけない。つつしんで宇宙の創造主の御業の一部を拝見させていただく気持ちで、実験をしなければならない。つまり、私たち科学者が実験室で実験しているのと、修道士が修道院で祈っているのと同じなのだ。実験は祈りだよ。

永井隆  

2013.03.09

木製の素敵な木の名札を設置しました







 2013.03.09 Saturday
「共生の森」の苗木に、株式会社インプル特製の木製の木の名札を、高校1年生がつけました。木製の名札には、今までつけてきたプラスチック製の名札とは違う味わいがあります。この木の名札が朽ちる頃、「共生の森」は立派な森に育っているはずです。

今日のことば 

明日世界の終わりがきても
今日は私はオレンジの木を植える
そんなイスラエルの言葉を信じながら

高石ともや

2013.03.08

正門近くのヒメリュウキンカ

 

 2013.03.08 Friday
昨年はプールでよく見かけたカルガモの夫婦が今年はいっこうに訪れないのを心配していましたが、今朝ようやくカルガモのつがいを見ることができました。
正門のところでは、ヒメリュウキンカがたくさんの花を咲かせています。花弁の光沢は独特の輝きを持ち、慣れると一目見てヒメリュウキンカだとわかります。

今日のことば

本当に美しいもの、人間的なものを発見し、そこにひそむ美しいルールを発見してゆくためには、理科の勉強はとても大切である。哲学、社会学、心理学など、人間にかかわる学問、さらには美を創造する芸術にたずさわる人たちも、人間がよって立つところの自然、宇宙の法則、そして遺伝子やDNAについて学ぶことは大切である。
そして何よりも、少年のころ自然にふれ、自然に感動したという体験を持つことが大切だと私は思う。理系とか文系とかは関係ない。そして、理系の学校に入って科学を研究するようになったとしても、その研究の原動力になるのは、少年のころ持った美へのあこがれではないかと思っている。

多田富雄  

2013.03.07

築山の池のコカゲロウ

 

 2013.03.07  Thursday

 昨日に引き続き築山の池の生物を紹介します。今日はカゲロウの幼虫が元気に泳ぐ姿が見られました。すでに羽化している個体もたくさんいました。専門家の方からはコカゲロウ科のシロハラコカゲロウではないかというご教示をいただきました。シロハラコカゲロウは山地の渓流から平地の浅瀬まで広く分布する種のようです。カゲロウはきれいな水のある特定の環境に生息することから環境指標生物と呼ばれることがありますが、広域にわたって生息する種もいることがわかり勉強になりました。動画を見ると鰓を動かしている様子がよくわかります。


今日のことば

美しいとは、そもそも何だろうか。私は、自然が時間とともに作り出したものこそ美しさの原型なのではないかと思う。あらゆる芸術は、自然を眺めたときの人間の感動から始まる。何十億年もの時間をかけて、私たちの宇宙が作り出され、そこに生き物が生まれた。私たち人間はその究極の産物である。人間の美への欲求は、進化の歴史の中で作り出されたに違いない。

多田富雄  

2013.03.06

移入種のサカマキガイを発見



 2013.03.06 Wednesday
 今日は急に気温が上がりました。裾野市の夕方の5時の気温が13度ありました。静岡市では最高気温が20度を超えたということです。
急に生き物が動き始めた築山の池でサカマキガイが見つかりました。北アメリカからの移入種です。 
いったいどのような経路で不二聖心に侵入してきたのか、興味深いです。多くの貝が右巻きであるのに対し、サカマキガイ(逆巻き貝)は左巻きです。
中学2年生が行ったサカマキガイについての非常に面白い研究がネット上で公開されています。
http://www.shizecon.net/sakuhin/42jhs_minister.html

今日のことば

人間はだれでも、なんらかの聖なるものがある。しかし、それはその人の人格ではない。それはまた、その人の人間的固有性でもない。きわめて単純に、それは、かれ、その人なのである。

シモーヌ・ヴェイユ  

2013.03.05

開花した河津桜  虫こぶに住むアリ



 2013.03.05
 今日は啓蟄です。不思議とこの日を境に自然界はいっそう春めく気がします。河津桜も可憐な花を咲かせました。

昨日の「不二聖心のフィールド日記」で紹介したタマヤドリコバチはクヌギエダイガフシという虫こぶの形成者に寄生する蜂でしたが、この虫こぶが空き家になったあとでその空き家を利用する生き物がいます。その代表はアリとクモでしよう。第2牧草地の上の雑木林で空き家に新たに集団で住みついているアリの一族を見つけました。テラニシシリアゲアリではないかと推測していますが、中に白色の個体がまじっているのが興味深いです。

 

今日のことば

息を吸うと、酸素が入ってきます。それは植物と太陽からやってくる光によって生み出され、私たちの活動のエネルギーを生み出します。私たちは、個々の独立した生命体ではありません。自然の大きな生命の中に織り込まれている。誰でも知っていることですが、それをただ知識として知っているのと、それを肌で実感することの間には大きな違いがあると思いませんか?

星川淳  

2013.03.04

南アフリカからのメールでタマヤドリコバチ科(Ormyrus)と判明

 

 2013.03.04 Tuesday
  すすき野原のクヌギから採集したクヌギエダイガフシという虫こぶから寄生蜂が羽化しました。タマヤドリコバチ科のハチではないかと思い、いろいろ調べたところ、南アフリカのケープタウンにある博物館のホームページの中にタマヤドリコバチ科のハチだけを集めたページを見つけました。ホームページの製作者であるSimonさんに不二聖心のハチを見ていただいたところ、間違いなくタマヤドリコバチ科のハチだと教えていただきました。一匹のハチがきっかけで南アフリカの研究者とつながれたことをうれしく思っています。件のホームページは下のURLをクリックすると見られます。
http://www.waspweb.org/Chalcidoidea/Ormyridae/Ormyrus/index.htm

 
今日のことば

文章の品格というものは、技術を超えたところにあります。文章技術はむろん大切です。が、それだけでは「品格」という巨大なものを肩にかつぐわけにはいかない。人間全体の力が充実しないと、肩にかつぐことはできないもののようです。

辰濃和男  

2013.03.03

薩摩紅梅の花弁  築山の池のプランクトン

 2013.03.03 Sunday
築山の池に薩摩紅梅の花弁が浮いていました。その周りにあるのはカゲロウの抜け殻です。水中のプランクトンの動きも活発になってきました。池の水面の風景にもいろいろな春を感じることができます。

今日のことば

寒い日が続くがやはり時期がくると梅、桃などが咲き始める。時々、不思議に思う。葉も無く棒切れのような木の枝からこんなに寒いのにきれいな花が咲く。毎年繰り返されていることだし当たり前といえば当たり前なのだが、やはり自然はまだまだ分からないことが多い。われわれはまだまだ潜在能力を秘めた自然とうまく付き合えているのか?とふと考えさせられる。

青木嘉孝  

2013.03.02

河津桜の蕾



 2013.03.02  Saturday
講堂の横の河津桜の蕾がふくらんできました。今年の寒さに影響されてか、例年より開花が遅いように感じます。今日は新入生学校説明会が行われましたが、河津桜は花期が長いと言われますので、4月4日の入学式の頃にもまだ花が見られるかもしれません。

今日のことば

小雨の降る日、籬の梅のしろく咲きて、そこらおぼつかなきほどに見え侍りければ 

雨雲の梅を星とも昼ながら

鬼貫  

2013.03.01

キジムシロの奇形 2年連続の発見

  2013.03.01 Friday

 3月になるのを待っていたかのようにキジムシロが開花を始めました。掲載した2枚の写真はいずれもキジムシロの写真ですが、1枚目と2枚目を比較して違いがわかるでしょうか。上の写真は花弁が6枚ですが、下の写真は5枚です。上の写真はキジムシロの奇形なのです。昨年もほぼ同じ場所で同じ奇形を見ていますので2年続けての奇形の発見となりました。

今日のことば

昨日の新聞から45  平成17年7月11日(月)

『村田エフェンディ滞土録』を読む
――私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁な事は一つもないーー    

今年の4月にクラスの生徒に「中学3年生になって」というプリントを配り、中3になっての抱負を書く時間をつくりました。その中に愛読書について書く欄を設けたところ、ある生徒はその欄に次のように書いていました。

好きな作家は梨木香歩さんです。「西の魔女が死んだ」すっごいオススメです。泣けます。図書館にあります。ぜひ読んでください。

「西の魔女が死んだ」というタイトルからファンタジーのような作品だろうかと思いましたが、それはまるで見当違いでした。新潮文庫の裏表紙には次のようにあらすじが要約されています。

中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、季節が初夏へと移り変わるひと月あまりを、西の魔女のもとで過した。西の魔女ことママのママ、つまり大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修行の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということだった。喜びも希望も、もちろん幸せも……。

これを読んで「魔女」が主人公のおばあちゃんであることがわかりました。物語はこの「西の魔女」と呼ばれるおばあちゃんが亡くなるところから始まります。


西の魔女が死んだ。四時間目の理科の授業が始まろうとしているときだった。まいは事務のおねえさんに呼ばれ、すぐにお母さんが迎えに来るから、帰る準備をして校門のところで待っているようにと言われた。何かが起こったのだ。
決まりきった退屈な日常が突然ドラマティックに変わるときの、不安と期待がないまぜになったような、要するにシリアスにワクワクという気分で、まいは言われたとおりに校門のところでママを待った。
ほどなくダークグリーンのミニを運転してママがやってきた。英国人と日本人との混血であるママは、黒に近く黒よりもソフトな印象を与える髪と瞳をしている。まいはママの目が好きだ。でも今日は、その瞳はひどく疲れて生気がなく、顔も青ざめている。
ママは車を止めると、しぐさで乗ってと言った。まいは緊張して急いで乗り込み、ドアをしめた。車はすぐ発進した。
「何があったの?」
と、まいはおそるおそる訊いた。
ママは深くためいきをついた。
「魔女がーー倒れた。もうだめみたい」
突然、まいの回りの世界から音と色が消えた。耳の奥でジンジンと血液の流れる音がした、ように思った。

このように物語は始まりますが、13ページからは時間が一度二年前に戻り、おばあちゃんとのさまざまな思い出が語られていきます。思い出の中で語られるおばあちゃんは「魔女」というよりも「哲学者」か「思想家」か「教育者」という感じで、心に響く言葉を次々に口にします。例えば次のような言葉です。

「おばあちゃんは、人には魂というものがあると思っています。人は身体と魂が合わさってできています。魂がどこからやって来たのか、おばあちゃんにもよく分かりません。いろいろな説がありますけれど。ただ、身体は生まれてから死ぬまでのお付き合いですけれど、魂のほうはもっと長い旅を続けなければなりません。赤ちゃんとして生まれた新品の身体に宿る、ずっと以前から魂はあり、歳をとって使い古した身体から離れた後も、まだ魂は旅を続けなければなりません。死ぬ、ということはずっと身体に縛られていた魂が、身体から離れて自由になることだと、おばあちゃんは思っています。きっとどんなにか楽になれてうれしいんじゃないかしら」(中略)
「魂は身体を持つことによってしか物事を体験できないし、体験によってしか、魂は成長できないんですよ。ですから、この世に生を受けるっていうのは魂にとって願ってもないビッグチャンスというわけです。成長の機会を与えられたわけですから」
「成長なんて」
まいは、なぜだか分からないが腹が立ってきた。
「しなくていいじゃない」
おばあちゃんは困ったようにため息をついて、
「本当にそうですね。でも、それが魂の本質なんですから仕方がないのです。春になったら種から芽が出るように、それが光に向かって伸びていくように、魂は成長したがっているのです」

少女まいとともにおばあちゃんの言葉に耳を傾けているうちに、物語は静かに進んでいき、最後はたった四文字のおばあちゃんの言葉で物語が閉じられます。
『西の魔女が死んだ』を読んでから雑誌や新聞に「梨木香歩」という名前が載っていると自然にそちらに目が行くようになりました。数週間前のある日、不二聖心の図書館でブックスタンドに立てかけられている梨木香歩の本(『村田エフェンディ滞土録』)を見つけたのです。それは今年度の読書感想文コンクールの課題図書を展示したコーナーでした。「おや、梨木香歩の本が課題図書に選ばれたのか」と思い、昨年の小川洋子に続く粋な人選に驚きと喜びを覚えました。ただその時は時間がなく手にとって見ることまではしませんでした。ところがこの本の横を通るたびにどうもこの本のことが気になってしかたがないのです。おそらくブックスタンドに立てかけられた本のたたずまいが何とも言えず魅力的だったからだと思います。決して派手な装丁ではないのですが、中村智という人の落ち着いた品のいい装丁は『村田エフェンディ滞土録』が読むに値する名作であることを静かに語りかけているように思われ、ついに僕はこの本を手にとりました。そして、表紙をめくるとカバーの内側に印刷されている言葉が目に入りました。「私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁な事は一つもない…」という言葉です。これを読んでこの本は間違いなくいい本だという確信のようなものを僕は持ちました。
7月3日の毎日新聞は大きく見開き2面を割いて読書感想文コンクール特集を組んでいました。もちろんそこでも『村田エフェンディ滞土録』が紹介されていました。その紹介文を引用してみましょう。

トルコに留学した村田君。国を超えて結ばれた友情はやがて悲劇にーー。友だち、宗教、国境とは何だろう。百年前の青春を描く感動小説。

村田はトルコ皇帝の招かれて歴史文化研究のためにトルコにやってきて、ディクソン婦人という英国人の経営する下宿に滞在しています。この下宿には他にもドイツ人のオットーやギリシャ人のディミィトリスが下宿していて、国籍も宗教も異なる人たちの交流を描くことがこの物語の軸となっていきます。先ほど引用した表紙に印刷されていた言葉は79ページに出てきました。病床にあって療養中の木下という日本人のためにディミィトリスが醤油をどこからか調達してきた場面にこの言葉は出てきました。

木下氏のことは、昨夜ディミィトリスに話してあった。そのときからこのことを考えていたのだろうか。何といい奴なのだろう。
――有り難う、本当に有り難う。この醤油ほど、日本人の心を取り戻させてくれるものはないんだ。それにも増して、彼にとって異国人である君の思いやりが、彼をどれだけ励ますことか。
私(村田)は感激のあまり口ごもった。ディミィトリスは照れくさそうに微笑んだ後、
――こんな事は何でもないことだ。「私は人間だ。およそ人間の関わることで、私に無縁なことは一つもない」。
と、呟いた。いつものことながら、ディミィトリスの呟きは実に含蓄に富んでいる。そのことを言うと、彼は、
――いや、これは私の言葉ではない。
と断り、
――テレンティウスという古代ローマの劇作家の作品に出てくる言葉なのだ。セネカがこれを引用してこう言っている。「我々は、自然の命ずる声に従って、助けの必要な者に手を差し出そうではないか。この一句を常に心に刻み、声に出そうではないか。『私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない』と」。

『村田エフェンディ滞土録』の魅力は、登場人物の多くが国籍を異にし宗教を異にするにも関わらず、「私は人間である」という意識で他国の人と関わる姿勢を持っているところにあるのではないかと思います。
しかしその国籍を超えた交流も、新聞からの引用文にあったようにやがて悲劇を迎えます。実は、最後の10ページぐらいのところまでその悲劇が何であるかは明らかにされません。それまではむしろ物語は静かに淡々と進んでいくのです。最後の悲劇について語ることはできませんが、最後をより深く味わうために、第一章(「鸚鵡」)と98ページをとりわけよく読んでおいてほしいとだけ書いておきます。

 さて、最後に、この一週間のあいだに体験した一つの出来事について書いておきましょう。『村田エフェンディ滞土録』を読み始め、その世界にひたり、気が付けばこの本のことを考えていたある日、僕は職員室のテーブルの上に置かれていた札幌聖心で発行している新聞「聖雪」の第六十六号を手に取りました。そしてパラパラとページをめくって、高校二年生の清水玲華さんの次のような文章を見つけたのです。

 ブックトーク  人が人として生きるために
去る五月二十五日(水)に本校図書館司書新田裕子先生による、人間関係ミーティング「ブックトーク あなた宛てのメッセージ」が行われました。今年は戦後六十年ということで、人は今の時代にどう生きるべきか、幸せとは何か、をテーマに戦争にまつわるたくさんの本を紹介していただきました。
その中でも特に勧めてくださったのが『村田エフェンディ滞土録』です。この本は、国も民族も違う者同士が一つ屋根の下で生活をし、互いが認め合うかけがえのない友となっていく一方で、彼らの国と国とが争いを始めてしまうという、どうにもできない国と国との境界線を描いた作品です。人が人として生きるためにそのような境界線がはたして必要なのだろうか、六十年経った今、平和について考えた時それらにどれだけの意味が存在しているのか、皆さんも一度考えてみてはいかがでしょうか。


『村田エフェンディ滞土録』を紹介しようと意気込んでいた時に、この文章を偶然目にしてとてもうれしく思いました。もしかしたら、この本が伝えようとしているメッセージは聖心が大切にしたいと考えていることとどこかで深く通じているのかもしれません。

Calendar

«3月»
     1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31       

Feed


 

2017.10.04.更新

2017.10.20.更新

2017.10.18.更新

2017.10.18更新

2017.10.18.更新

 
関連リンク