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フィールド日記

2013.01.24

1月のユズリハは特別です

  2013.01.24 Thursday

 縁起物のユズリハをあちこちでよく見かけた1月がまもなく終わろうとしています。不二聖心では聖心橋の手前でユズリハの木を見ることができます。1月が終わっても、親が子を健やかに育て家が代々続いていきますようにというユズリハに込められた思いを折々に思い出していきたいものです。

今日のことば

 昨日の新聞から 87 平成19年1月22日(月)

 『風と木の歌』(安房直子・偕成社文庫)を読む

   ―― さびしさは人の心を深くとらえ、落ちつかせるものなのだ  ――

読売新聞の土曜日の夕刊に「名作ここが読みたい」という連載があります。各界の著名人が、思い出に残る名作を取りあげ、その中で最も印象に残る箇所を紹介します。
11月25五日(土)は、児童文学作家のあまんきみこが、安房直子の「だれも知らない時間」という作品を紹介していました。

 まず、次のようなあらすじが載っています。

漁師の良太は、あと100年ほど命が残っているカメから毎晩1時間の時間をわけてもらい、夏祭りの太鼓の練習をしています。そこへ、昔やはりカメから時間をもらったという少女が来ました。少女はその時間を使って、海の上を走って島の病院に入院している母親に会いに行っていましたが、時間が切れて海の底へーーカメの夢の中へ落ちてしまったのでした。良太はカメに、少女を返してもらえないかと聞きました。

 次にあまんきみこが最も心に残る箇所として挙げている部分の引用が続きます。

 「でも、わたしも知らないんだ。いちど、夢の中にとじこめたものを、どうやってたすけだすのか。」
「ほ、ほんとかい。」
「ああ、わるいことしたね。」
良太は、目をまんまるくして、しばらくおそろしそうに、カメを見つめていましたが、やがて、にぎっていたこぶしをパラリとほどきました。それから、決心したように、こういったのです。
「そんならいっそおれも、おまえの夢の中にいれておくれ。百年間でられなくてもかまわない。あの子といっしょに、海の底でくらすよ。」
これをきくと、カメは、はじめて、ぱっちりと目をあけたのです。そして、良太をまっすぐに見つめると、しっかりした低い声で、こういいました。
「それはいけないね。元気なわかいものが、そんなことしちゃいけないね。」
「それじゃ、どうすればいいのさ。」
「やっぱり……わたしがなんとかしよう。」
「方法があるのかい。」
「ああ。たったひとつ。そう、夏まつりの晩までまっておくれ。」
「夏まつりまで?」
良太は、まつりまでの日にちをかぞえました。
「あと、ひい、ふう、みい、三日まつのかい。」
カメはうなずくと、ふとかなしそうな目をして、それから、ぽつりといいました。
「まつり晩はながいよ。」
それっきり、カメは首をひっこめて、良太がいくらよんでも、石のようにうごきませんでした。
(偕成社文庫『童話集 風と木の歌』207~208ページより)

 そしてこのあとに、あまんきみこの文章が続くという構成になっています。続けて引用してみましょう。

 安房直子さんが生きておられると、今、63歳。私は63歳の安房さんの作品を読みたい。50歳で永眠した安房さんが惜しまれてならない。天賦の才に恵まれた方だった。
「だれも知らない時間」は、初期の短編集『風と木の歌』に「きつねの窓」「鳥」「さんしょっ子」などとともにおさめられている。
このくだりは、老いたカメから毎晩1時間だけ時をゆずり受けた若者とそのカメの会話だ。だれも知らない不思議な時間に、太鼓のけいこを続けていた若者が、カメの夢に閉じこめられている少女を助けようとたのんでいる場面。「まつりの晩はながいよ」というカメの一言には深い意味がある。

実はこのあとも、あまんきみこの文章は続くのですが、これ以上引用すると話の結末がわかってしまうので、このあたりで引用をやめておきたいと思います。「まつり晩はながいよ」というカメの言葉にこめられた「深い意味」とは何なのか、実際に作品を読んで確かめてみてください。
この新聞の連載がきっかけで、僕は実に久しぶりに安房直子を読み直しました。十年以上、安房直子の作品は読んでいませんでしたが、今度読んでみて驚いたことは、二十代のときよりも作品がおもしろく感じられるということでした。『風と木の歌』に収められている短編はどれもすばらしく、最後に添えられた解説もまた読み応え充分でした。
解説を書いているのは蜂飼耳で、今まで読んだどの安房直子論よりも安房直子の作品の本質をよくとらえているように感じられました。一部、引用してみましょう。

 安房直子の童話には特別な輝きがあります。それは、たとえばダイヤモンドのような、はではでしいきらめきではありません。むしろ、真珠やガーネットを思わせる、ひかえめだけれど、たしかな底光りを感じさせるような輝きです。
その童話のおもしろさは、おかしくて思わず声をたてて笑ってしまう、という性質のものではありません。そうではなく、ひたひたと心にせまってきて、本をとじたあとも、いつまでも体の底にずっしりと残りつづけるようなおもしろさなのです。(中略)
『風と木の歌』におさめられた八編の童話は、どれも体の底に響く深さをもっています。幸せ、悲しみ、じぶんの力ではどうにもできないものを受けいれること、信じること、うらぎること、うれしいこと、楽しいこと。生きていくことのすべてを抱きしめるようなこれらの童話にあるものは、なんだろうと、と考えます。いったい、なんだろう、と。それは、たぶん、勇気のようなものだと思います。じぶんの目の前でおきていることやじぶんがおかれている状況から目をそらさない勇気のようなもの。つらい、とか、いやだ、とか思うほんの少し手前で、目をそらさずに見つめる勇気のようなもの。大きな場面ではなく、むしろ小さな、見のがされてしまいがちな場面でこそ、見つめる力はしっかりとはたらくものなのかもしれません。
この童話集にはいっている作品のなかでわたしがもっとも好きなのは「きつねの窓」です。
この作品とであったのはたぶん、小学校の国語の教科書でのことだったと思います。国語の教科書などというと、なんだか、つまらないものの代名詞のようにきこえるかもしれません。学校も授業もたいして好きではない、おとなしい子どもだったわたしは、国語の時間も教科書のかたすみに落書きなどして、ぼんやりと空想にふけってばかりいました。
そんなある日のこと。国語の授業は「きつねの窓」へすすみました。読んで、びっくりしました。なんてさびしく、なんて美しい物語なんだろう、と胸をつかれた瞬間をそれから二十年たったいまもわすれません。
さびしいものより、明るく楽しいもののほうがいい、と受けとられがちな世の中かもしれませんが、そうとはかぎらないのです。さびしさは人の心を深くとらえ、落ちつかせるものなのだと知ったのは、もしかすると、この物語を読んだときだったかもしれません。(中略)
「さんしょっ子」「鳥」「だれも知らない時間」は、愛することの哀しみを描いています。愛する気もちというものは、ただ単にうちあければいいというものではありません。それは、ときにはじぶんの内側を破壊してしまうほど、深くからゆりおこされる感情の動きです。苦しくて避けたくなるような感情も作者は手にとって見つめています。その勇気が物語をいきいきと輝かせ、いつまでも体の底に残る響きをうみだしているのです。安房直子の童話は、作者がいなくなったいまも、ひっそりと静かに輝きつづけています。

 

 幸いなことに不二聖心の図書館には『安房直子コレクション』(全6巻)がすべて入っていますので、安房直子の作品のほぼすべてを読むことができます。そして、このコレクションのうれしいところは、それぞれの巻末に安房直子のエッセイが少しずつ収められていることです。
これを機にエッセイをいくつか読み、安房直子さんという童話作家の人柄についても少し知ることができました。あるエッセイのなかで安房直子さんは、「私の作品は、どうか、なるべく、文学の教材として、あまり切りきざまずに、まるごと読まれてほしい」と言っています。ここからは、この願いを聞き入れて、あまり多くを語ることはやめ、僕の好きな「鳥」の最初のところをできるだけ長く引用して「昨日の新聞から87」を終わりたいと思います。

 ある町に、耳のお医者さんがいました。
小さな診療所で、くる日も、くる日も、人の耳の中をのぞいていました。
とても、うでのよいお医者さんでしたから、待合室は、いつも満員でした。遠い村から、なん時間も列車にゆられてかよう人もありました。耳がきこえなくなりかけたのが、このお医者さんのおかげで、すっかりなおったという話は、かぞえきれません。
そんなふうで、毎日が、あんまりいそがしかったものですから、お医者さんは、このところ、すこし、つかれていました。
「わたしも、たまに、健康診断しなくちゃいけないな。」
夕方の診療室で、カルテの整理をしながら、お医者さんは、つぶやきました。いつも、看護婦役をしてくれるおくさんは、ついさっきでかけてしまい、いま、お医者さんは、たったひとりでした。夏の夕日が、その小さい白いへやを、あかあかとてらしていました。
と、ふいに、うしろのカーテンが、しゃらんとゆれて、かんだかい声がひびきました。
「せんせ、おおいそぎでおねがいします!」
耳のお医者さんは、くるりと、回転いすをまわしました。
カーテンのところに、少女がひとり立っていました。片方の耳をおさえて、髪をふりみだし、まるで、地のはてからでも走ってきたように、あらい息をしていました。
「どうしたの。いったい、どこからきたんだね。」
お医者さんは、あっけにとられてたずねました。
「海から。」
と、少女はこたえました。
「海から。ほう、バスにのって?」
「ううん、走って。走ってきての。」
「ほう。」
お医者さんは、ずりおちためがねをあげました。それから、
「まあ、かけなさい。」
と、目のまえのいすをしめしました。
少女は、まっさおな顔をしていました。その目は、大きく見ひらかれ、まるで、毒をのんでしまった子どものようでした。
「それで? どうしたの?」

2013.01.23

異常気象か狂い咲きか 1月にタマキクラゲ現れる

 

 2013.01.23 Wednesday

  春になると見られるキノコとして知られるタマキクラゲがすすき野原のクヌギの木に発生しました。昨年の3月19日に「不二聖心のフィールド日記」でタマキクラゲを紹介し、「いつの年も変わることのない不二聖心の春の風景です」と書きました。今年は何か気象に変化があったのか、それとも狂い咲きのような現象なのか、不思議です。
昨年の記事は以下のURLをクリックすると読むことができます。
フィールド日記 2012.03.19 タマキクラゲ

今日のことば

 世界がいかにあるかではなく、そもそも世界があるということ自体が神秘的なことである。

 

                           ヴィトゲンシュタイン

2013.01.22

鳥がついばんだサネカズラの実  ニッケイハミャクイボフシ

  2013.01.22 Tuesday

 百人一首の「名にしおはば逢坂山のさねかづら人にしられで来るよしもがな」の歌で知られるサネカズラの実が裏道に落ちていました。近くにサネカズラの木は見あたりませんので、どこからか鳥が運んできたのかもしれません。鳥がついばんだようなあとも確認できます。

 

 2枚目は、裏道に生えていたヤブニッケイの葉の写真です。葉上にニッケイハミャクイボフシという虫こぶを確認することができました。不二聖心初記録です。『日本原色中えい図鑑』にはニッケイハミャクイボフシについて次のような説明があります。


ニッケイトガリジラミによって、葉表に形成される小さないぼ状の虫えいで、ほとんどの場合葉脈に沿っている。普通、淡緑~黄緑色で、ときに紅葉色、表面は光沢がある。


この虫こぶは、1930年代から知られていた虫こぶで、宮沢賢治の作品の登場人物のモデルになった門前弘多博士もニッケイハミャクイボフシについて研究していたことがわかっています。


今日のことば

 冬は庭木の根元を見ると、静かな気持ちを感じさせる。灰ばんだ土へしっかりと埋め込まれて森乎(しん)としながら、死んでいるような穏やかさを持っているからである。庭を愛する人々よ、枝や葉を見ないで根元が土から三四寸離れたところを見たまへ。そういう庭木の見かたもあることを心づいたら、わたくしの言うことはないのである。

                                   室生犀星

2013.01.21

気生藻類のスミレモ

  2013.01.21 Monday

 今週は金曜日にマラソン大会が行われます。マラソン大会のコースになっている裏道の坂では気生藻類のスミレモを観察することができます。
スミレモは緑藻類に分類されますが、写真を見てわかるように実際の色はオレンジ色をしています。これはニンジンでよく知られるカロチノイド系の色素をためこむ性質がスミレモにあるからです。静岡県東部は、今夜は雪の予報が出ています。もし予報通りになったら、雪の白にスミレモのオレンジが鮮やかに映えることでしょう。


 

                  
今日のことば

雪の日の紅茶の色を愛しけり

日野草城

2013.01.20

カンアオイ  不二聖心に流れる1万年という時間

  2013.01.20  Sunday

 全国各地で絶滅危惧種に指定されているカンアオイを不二聖心ではたくさん目にすることができます。カンアオイは地面に接するような位置に花をつけるため、生息域を1キロ拡大するのに1万年程度かかると言われます。その貴重な花は秋から冬にかけて開花します。
今年もカンアオイはしっかり開花しただろうかと気になり、裏道を少し歩いてみました。
葉は見つけても花をつけている株はなかなか見つかりませんでした。森の斜面でようやく花を見つけ、4年前に初めてこの花を目にした時の感動がよみがえってきました。今日の「今日のことば」では、その時に書いた文章を紹介します。

 

今日のことば

 

  昨日の新聞から152 平成21年2月2日(月)
 『植物入門』(前川文夫 八坂書房)を読む
  ―― 不二聖心に流れるもうひとつの時間 ―― 

 先週の日曜日に学校で「昨日の新聞から151」の印刷をすませたあと、少しだけ裏道を歩いてみました。
食用にもなるキノコ、アラゲキクラゲやもともとは南方系の蛾であるヒロヘリアオイラガの繭など、今まで記録したことのない生物をいくつか写真に撮りながら歩いていき、裏道を降りきったあたりで、ある一枚の葉を目にして立ちどまりました。その一枚の葉を見た瞬間に、『ヒガンバナの博物誌』の著者として知られる栗田子郎氏のホームページに今年の1月13日に新たに加えられた文章のことを思い出したのです。それは次のような文章でした。


この季節、雑木林の道の辺は枯れ落ち葉に覆われ寒々としているが、所々でしっかりとした緑の葉群が弱い冬の日差しを受けている。カンアオイ、通称カントウカナイオである。だが、その花は積もった落ち葉に隠されて見えない。失礼して、枯葉の褥をはずして写真を撮らせていただいた。褥の中には温もりがこもっていた。
カンアオイの存在を知ったのは高校1年の課外活動で生物部に所属したころだと思う。ずいぶん地味な花だなと感じた程度だったのだろう、はっきりとした記憶はない。
しかし、理学部の生物学科に進学してからの講義でこの植物とその仲間がただ者でないことを知った。ことに、前川文夫さんのカンアオイ亜科の地理的分化と数千万年にわたる進化についての考察にはそのスケールの大きさに感激したものであった。


この文章を読んだ時に、自分も一度山野に自生するカンアオイをぜひ目にしてみたいと思いました。そして数千万年にわたる進化の歴史をその花を通して感じてみたいと思ったのです。不二聖心の裏道を歩いていて僕が思わず立ちどまったのは、栗田さんのホームページで見たカンアオイの葉とそっくりの葉が目の前にあったからです。しかし、それがカンアオイだという確信がすぐに得られたわけではありません。その葉がカンアオイであるためには、根を覆う枯葉の中に花が咲いていなければならないのです。高まる胸の鼓動を感じつつ、しゃがんでカンアオイの根の周りの枯葉を一枚ずつはがしていきました。
ありました。そこに、写真で見た花とよく似て、さらに美しいカンアオイの花が。感激した僕は急いで花の姿を写真に何枚も収めました。
実物を見ることの意味を感じるのはこういう時です。こうなると俄然、カンアオイに対する関心が高まっていきました。カンアオイについて知るためには先ず前川文夫さんの本を読むべきだと考え、最初に『植物入門』の中のカンアオイに言及した箇所に目を通しました。前川文夫さんは『植物入門』の中でカンアオイを次のように説明しています。


一株に一枚~二枚の常緑の葉は、冬の真最中にもよく目立ちます。柄はよごれた紫、ちぎると独特の匂い、一月から五月ごろまでの間に葉の根元につくこりこりした花、こわしてみると内側には網目があるなどが目じるしです。山の北斜面が好きです。
花がすんで実になっても形は変わらず、やがて花と柄とのつづき目が粒々にくずれてきます。注意してみると、その中に茶色の種子がまじっています。
種子のひろがり方は、風に乗るタンポポ、人にたかるイノコズチ、鳥にくわれるウメモドキなど、いろいろありますが、カンアオイはその点ではまったく能なしで、親の株の根元に落ちるだけです。
それも地面についた実から落ちるので、せいぜい親の株から一〇センチとは離れることができません。結局、親とせり合いとなるのですが、運よく少し離れて生えたものだけが一人前になります。しかも、毎年葉を一枚か二枚出すようなゆっくりしたもので、花を開くまでには早くて五年はかかるでしょう。親株から十センチ先を占有して子孫をつくるのに、ならして十年では足りないほどです。
というわけで、山の斜面を、横へ横へと子孫をふやして行くのには、この計算では一〇〇メートルですでに一万年となります。しかし自然では永い間には山が平らにもなるし、低いところが高くなることもあるので、今少し速くひろがるチャンスはあると思われますので、一万年の間には一キロは行けるだろうと推定したわけです。


この文章を読んで、1キロ分布を広げるのに1万年かかるという話に先ず驚きました。在来種の生息域にあっという間に侵入し占領してしまう外来種の話を頻繁に聞いている自分にとって、1キロ1万年という数字は思わずため息の出るような長い時間でした。
さらに興味深かったのは、前川さんが『植物入門』の中に載せているカントウカンアオイの分布図です。そこには三浦半島から房総半島にかけて帯のように広がるカントウカンアオイの分布域が示されていました。当然、海の部分は帯が切れています。この図からわかることは何か。海の部分を除けば一本の帯のように分布域はつながるわけですから、これはかつて三浦半島と房総半島が陸続きであったことを示しています。生物の分布の様相は時に地学の研究にも重要な示唆を与えてくれることがありますが、これもその一例だと思いました。
その後も前川文夫さんのいくつかの著書に目を通し、前川さんにとってカンアオイが特別な意味を持った植物であることを知りました。『植物入門』の中には「息抜きにハイキングに行かれたおりに、ちょっと気にして下さって、できればその場所をお知らせ頂ければ、新しい資料としてありがたいことです」という一節もあり、何かそれが泉下の前川さんからの励ましの声のように感じられて、気がつけばカンアオイについて考えているということが続きました。
そうして迎えた木曜日の夜のことです。今年に入ってから撮影した写真を整理していて、日曜日に発見したカンアオイとは全く異なる模様の、カンアオイらしい植物の葉の写真を見つけたのです。特徴的な葉をしていたのでとりあえず写真に収め、そのまま忘れていた一枚でした。撮った場所が牧草地の上の林道であることは覚えていますが、それ以外の記憶は全く残っていません。しかし改めて眺めてみると、それはどうみてもカンアオイの葉に見えるのです。林道は裏道からだいたい1キロぐらいの距離のところにあります。もしカンアオイであれば、不二聖心の敷地内で1万年の時間をかけて分布を広げていったということになります。
さらに、注目したのは葉の模様です。葉の形は裏道のカンアオイの葉とよく似ていましたが、模様が全く違っていたのです。模様が全く違うということは種も違うのかもしれない。ということは、不二聖心の敷地内で種分化が起こった可能性もある。分布を拡大するのに時間がかかる生物は種分化がおこりやすいというのはよく言われることなのですが、その可能性を思うとまたまた胸が高鳴るのを感じました。
この写真がカンアオイであるかどうかを確かめるためには、もう一度この植物を見つけ、根元の枯葉をよけて花が埋まっているかどうかを確認する必要があります。一刻も早くそれを確認したいと思いました。
確認に必要な時間は少なくとも20分。それだけあれば林道まで行って確認できるかもしれない。
金曜日の朝、この計画を実行に移しました。週末まで待つことはできませんでした。木曜日の時点で土曜日の予報は大雨、林道の環境が変わってしまう恐れがあったのです。
雨の朝でした。地面はぬかるみ、雨は容赦なく木々の間から落ちてきます。探し始めてすぐに、悪条件の中、記憶だけを頼りに一枚の葉を林の中から見つけ出すことはたいへん難しいことだと気付きました。どれだけ歩いてもカンアオイらしき葉は見付かりません。学校に行かなければならない時間も近づいてきます。とうとう僕はあきらめることにしました。むなしく林道から牧草地へと向かう帰り道、頭にひらめくものを感じました。前川文夫さんの文章の一節が頭の中によみがえってきたのです。「(カンアオイは)山の北斜面が好きです。」という『植物入門』の一節です。
幸い、中学3年生の国語の授業で「南大門」について話をする機会があり、不二聖心の地理の中でどちらが南を指しているかを方位磁針で確認したばかりでした。北はその反対を見ればいいわけです。もう一度、林道を戻り、北側に向いた斜面を探しました。
そしてついに見つけました。間違いなくあの写真に収めたのと同じ模様の葉です。雨に打たれながら根元を探りました。そこにカンアオイの小さな花を見つけた時の感動を忘れることはないでしょう。
ここではっきりしたことは、不二聖心の中には少なくとも2箇所のカンアオイの自生地があり、その間隔は1キロを超えている、そして二つの自生地の間には1万年の時間が流れているということです。このカンアオイが不二聖心の敷地の外に分布を拡大するにはさらに1万年程度の時間を要するだろうと思われます。
これ以上、地味にはなれないというぐらい、控え目な姿をしたカンアオイの花。しかしその花の一つ一つは1万年という時間を背負っています。聞くところによるとカンアオイは環境の変化に弱い植物だそうです。しかも他家受粉をしますから、花粉の媒介者がいなければ次の世代を残すことはできません。さらには、カンアオイの消滅は、種としての消滅だけでなく、カンアオイの葉を唯一の食草としているギフチョウ(「春の女神」と言われる美しい蝶です)の消滅にもつながっていくのです。
安堵感を抱いて林道を歩きつつ、このような貴重な生物を大切に守っていきたいと強く思いました。

2013.01.19

シナモンの香りのヤブニッケイとクスクダアザミウマの関係



 2013.01.19 Saturday
キャンプ場のヤブニッケイ(クスノキ科)の葉からクスクダアザミウマを採集しました。体長は約2ミリです。クスクダアザミウマはクスノキ科の樹木に発生して木を枯らしてしまうことがあります。ただし、クスクダアザミウマ自身は植物の汁を吸うだけで、樹木に決定的な打撃を与えるわけではありません。クスクダアザミウマが傷をつけることで、もともと樹木の中に存在した炭疽病菌の活動が活発になり炭疽病が木を枯らしてしまうのです。しかし写真からもわかるように不二聖心のヤブニッケイの葉の色は生き生きとしています。これはキャンプ場の土が良いために樹勢に力強さがあり、多少の病原菌はものともしないからだと考えられます。

今日のことば 

 緑を増やして、緑のそばで仕事をしたり、ものを考えたりすることは、人間の心を非常にやわらかくすることだという思想が近年われわれにも根づいてきたと思います。ですから、人類の未来に希望のない発言が最近しばしばありますけれども、地球の緑さえ守ってゆけばわれわれにも未来がある、子孫たちはなんとか生きられるだろうということが、近ごろしきりに思われてならないのです。緑は、すべての基礎です。

司馬遼太郎  

2013.01.18

ロウバイの蕾

  マリアガーデンのロウバイの蕾が少しずつ開き始めています。2002年1月13日の朝日新聞の「花おりおり」(湯浅浩史)というコラムでロウバイは以下のように説明されています。

2002年1月この時期ひっそりと咲く。が、知る人ぞ知る。香り、色、それにロウ細工のような花。個性豊かで冬の得がたい花である。名の由来に2説。一つは臘月(ろうげつ)、つまり陰暦12月に咲く、ウメに似た花の臘梅。またはロウ状の梅からの蝋梅(ろうばい)。分類上はロウバイ科で、萼(がく)と花弁が連続し、ウメとは縁遠い。

 日本に伝来したのが17世紀の前半と言われますので、それ以来、約400年の間、日本人はこの花の開花に立春の近いことを感じ続けてきたのだと思います。    

            
 

今日のことば

 昨日の新聞から184 平成22年1月25日(月)

『三行の智恵』(葉祥明 日本標準)を読む
――  著名な絵本作家による生き方についてのアドバイス ――

 僕は「モルゲン」という、主に高校生を対象として作られている新聞を愛読しています。その中に書評のコーナーがあって、そこではプロの書評家ではなく、高校生や高校の教師がさまざまな本を紹介しています。最新号の中で、新潟県立国際情報高校の山本寛先生が葉祥明の『三行の智恵』という本を紹介なさっていました。独特の画風で知られる、著名な絵本作家の葉祥明さんは、生き方についての御自身の思索のあとをまとめた著作を何冊か刊行しています。これまでそれらの著作からさまざまな生きるヒントを得ていた僕は、たまたま書店で『三行の智恵』を見つけてすぐに購入し一読して深い感銘を受け、いつか生徒のみなさんにも紹介したいと思っていました。そのような時に、同じようにこの本に感動した方の存在を知り、うれしく思いました。僕の思いを代弁するかのような、山本寛先生の紹介文を次に引用してみたいと思います。

 「よりよく生きる」という言葉を目にする機会が多いように感じる。高度経済成長を支えたパラダイムの崩壊によって、私たちは「目に見える、物質的豊かさ」から「目に見えない、内面的豊かさ」を知らず知らずのうちに志向するようになっている。
「よりよく生きるための~」と題された書物の多くは、How to~ の類ばかりで、一見分かりやすい指針が示されているものの、私たちが真に求める「内面の豊かさ」を教示してくれるか、はなはだおぼつかなく感じていたのも事実である。しかし、本書はそうした書物とは明らかに一線を画している。わかりやすい3行の言葉で生きるための知恵を示してくれる。その一言は、平易だが深い。例えば、「がんばってもいい。しかし、がんばりすぎてはいけない」など。
一冊を読み終えた後、「中庸」を見失っていた自分に気づいた。私たちの思考は、あまりにも一つの方向に偏りすぎていなかったか。「よりよい生き方」にも正解があると思い、かえって生活を息苦しくしていなかったか。短い時間でも読めるが、深い読後感が残る一冊としてお奨めします。

「わかりやすい3行の言葉」で示された、より良く生きるための知恵をいくつか紹介してみましょう。 

物を所有してもいい。
しかし、
それに振り回されてはいけない。

理想を持つのはいい。
しかし、
現実を無視してはいけない。

信念を持つのはいい。
しかし、
凝り固まってはいけない。

苦しみがあるのはなぜか。
それは、
成長するためだ。

悲しみがあるのはなぜか。
それは、
深くなるためだ。

人間の真の価値は、
地位や財産や才能ではなく
優しさや思いやりにある。

どんなに望んでも
そうならないものは
そうならない。

どんなに望まなくても
そうなるものは
そうなる。

知識は外から、
知恵は心の奥深くから
やってくる。

自分自身を、
これでいいともいけないとも
思い過ぎないように。

人は、この世では
本当は何も
所有できない。

この世で所有したものは、
いずれは失う。
親も子も、自分自身も。

自分の中に
豊かな愛を育む。
そのための人生。

あなたが、世界を
愛すれば愛するほど、
世界はあなたを愛する

 このようにして3行の言葉が1ページに1組ずつ書かれています。全部でそれが96組あります。読む人によって感銘を受ける言葉は異なるでしょうが、すべての人が「この言葉は自分のためにある」と思える言葉と出会えることは間違いないと思います。ぜひこの本を手にとり、かけがえのない言葉との出会いを経験してください。
ちなみに僕は89ページの言葉が好きです。「人は世界を変えられる」でその言葉は始まります。何をすれば「人は世界を変えられる」のか。89ページを開いて確かめてみてください。

2013.01.17

クスノキとヤブニッケイマルカイガラムシ

  2013.01.17  Thursday

 不二聖心の植生の特徴の一つは、駿東地区でも珍しいと言えるほどクスノキの巨木が何本も見られることです。


 

 クスノキにはさまざまな生物が集まりますが、中でも最も小さい部類に属するのが、下の写真のヤブニッケイマルカイガラムシです。約1ミリ程度しかありません。カイガラムシの周辺が赤黒く変色していますが、この変色を、カイガラムシによって葉緑素が壊されて隠れていたアントシアンが目立つようになったためだと推測する専門家もいます。もしそうだとすると秋の紅葉と同じことがクスノキの葉上でおこっているということになります。


 

今日のことば

人間は恐るべき獣であり、しかも同じ種族を餌食にする唯一の猛獣である。同じ種族が反目し、大量殺戮の戦争を起こすのは人間だけである。

ウィリアム・ジェームズ  

2013.01.16

スイカズラにはなぜ「忍冬」という別名があるのか

  2013.01.16 Wednesday

 花の良い香りで知られるスイカズラは別名、忍冬(ニンドウ)といいます。常緑性で冬でも落葉しないところから、忍冬という名前がつけられました。葉を丸めて冬を乗り越えようとしている姿にはいかにも冬を忍んでいるという風情があります。

スイカズラの花をご覧になりたい方は下記のURLをクリックしてください。

 https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/field_diary/2013/05/4947/

今日のことば

現在伐採している杉や檜、あるいは里山の植物は、先祖からの遺産を利用しているということなのである。先祖によって生かされ、子孫のためにつくすという利他行為の精神が、里山維持の基本だということをしっかり心にとめることが大切である。

                                   河合雅雄

2013.01.15

栗の毬の棘の一本一本に霜がおりました

  2013.01.15 Tuesday

 冷え込みの厳しい朝となりました。「共生の森」の隣の栗畑のクリの毬の棘の一本一本に霜がおりていました。

 クリの葉の葉脈の一本一本にも霜が降りていました。

 

 目を上に向けると陽の光を受けたクリの葉の絵描き虫のあとが鮮やかでした。


 
小さな冬芽の寒さに耐える姿も心に残りました。


 

 

               今日のことば

空が美しいだけでも生きてゐられると 子に言ひし日ありき 子の在りし日に
空が美しいのも子が生きてゐてこそとかの日言はざりしゆゑに子に死なれしか
ひとみいい子でせうと言ひし時いい子とほめてやればよかりし

                        『母の歌集』(五島美代子)より