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フィールド日記

2012年10月

2012.10.11

イヌガラシとハナアブ(Melanostoma orientale)

  2012.10.11 Thursday

 「共生の森」のイヌガラシの花にハナアブが来ていました。専門家の方に同定の依頼をしたところ以下
のような回答を得ました。


写真のハナアブは,Melanostoma属の1種で,極東の昆虫の検索でMelanostoma orientaleとなる種類の
♀と思われます.東洋区に広く分布するとされているMelanostoma orientaleは,全北区に広く分布するMelanostoma mellinumに酷似しており,顕著な差が無いようです.本州産の同日同所で採れた標本を極
東の昆虫の検索で調べると,かなりの確率で両2種に分かれてしまい,長年頭を悩ませています.暫定的に,
極東の昆虫の検索で調べるとMelanostoma orientaleとなる種類という表現を付け加えて問題を先送りして
います.


専門家の方でも同定が困難な種であることがわかりました。このような困難に辛抱強く向き合う方々の努力
のおかげで、生物多様性の本当の姿が徐々に明らかになっていくのだと思います。




 
 

               今日のことば


もしも人里がイヌガラシの本拠なら、耕地、路傍、村落、人工荒廃など人間の活動によってつくりだされ
た諸環境が日本になかった原始時代にイヌガラシは日本にはなく、人類活動とともに外地から入りこんで
きた外来植物ということになる。
ところが図鑑や植物の本を探しても、イヌガラシが外来植物だとは書いていなく、その疑いさえも触れた
ものがない。私の勘ははずれているのだろうか。
最近やっとイヌガラシ問題の糸口をつかむことができた。チョウの研究者の集まりの席上、しょうこりも
なくモンシロチョウとイヌガラシの話をしていた私に、高倉忠博さんが耳よりなことを教えてくれた。
高倉さんの御母堂は明治三十一年のお生れ、幼いころから二十歳くらいまでを石川県七尾地方ですごされた。この地方では「ナンバ」という言葉が二種の物をよぶのにつかわれ、食品であれば七味唐辛子をさし、植物
でナンバといえばイヌガラシのことだそうである。よく知られるようにナンバとは南蛮、つまり異国由来の
物をさす。つまり七尾地方の人たちはイヌガラシを外来植物だと考えていたことになる。
高倉さんのお母さんがなぜイヌガラシを正確に記憶しておられたか。理由は子供のころのママゴト遊びの
材料によく使ったからだということであった。
七尾地方へいつごろイヌガラシがひろがったのか、確証はもちろんないけれども、草の名前が方言として
言い伝えられたのだからあまり古くはさかのぼらないのではあるまいか。それは明治以前の農業文明の時期、つまり農村的草本生活形拡大期のことであると思われる。イヌガラシはまず農村地帯にひろがり、のちに
都市域や山林へ(川原と山道を伝って)しだいに入りこんでいった植物ではないか、と推定されるのである。

                              『自然観察入門』(日浦勇)より

2012.10.10

幼虫から蛹へと変化するツマグロヒョウモン

  2012.10.10 Wednesday

 温暖化指標の昆虫としてすっかり有名になったツマグロヒョウモンですが、このチョウはヒョウモンチョウのグループの中で、唯一、多化性(1年に何度も発生を繰り返すこと)であることでも知られています。
下の1枚目の写真は10月8日に牧草地で写したツマグロヒョウモンの幼虫の写真です。宙にぶらさがって蛹になる準備をしています。
2枚目の写真は今朝、撮ったものです。2日ですっかり蛹になりました。
10月8日には、産卵場所を探す成虫の動画も撮りました。
不二聖心の牧草地を歩くだけで、ツマグロヒョウモンが多化性であることがよくわかります。

 
 

               今日のことば                     

木を植えることは、まさにいのちを植えることであり、あなた自身の心に木を植えることです。
そしてどんな最新の薬もかなわないほど、不安な気持ちが穏やかに落ちつき、沈みがちな心は明るく
未来志向になります。心身ともに健康になるのです。試してみない手はありません。                                       

                                 宮脇昭

2012.10.09

ナツアカネ(赤とんぼの減少について考える)

  2012.10.09 Tuesday

 赤とんぼの目立つ季節となりました。下の写真は「共生の森」のマユミの木にとまるナツアカネです。
この10年ほどで赤とんぼの数はめっきり減ったと言われ続けていますが、その原因については必ずしも
明確ではないようです。農薬が原因だという説もありますが、南方系のトンボであるウスバキトンボなど
が増えたことが原因だと考える人もいます。不二聖心でもマリアガーデンなどでウスバキトンボが群れて
飛んでいる様子を目にすることがよくあります。
自然現象の解釈には多角的な視点が求められるケースが多くあります。赤とんぼ減少の原因の考察にも
複眼的思考が欠かせないようです。
10月8日からインドのハイデラバードで生物多様性条約第11回締約国会議(COP11)が始まりました。
国際会議の場で生物多様性の問題が討議されています。日本は世界の中でも稀にみる豊かなトンボ相を
有する国です。夕焼けの空に赤とんぼが舞う日本の原風景がいつまでも失われないことを願っています。

              今日のことば 


生きることが、大切なのだと思う。生きるとは、毎日のすべての瞬間を、愛しつくしてゆくことである。
それは、「現世」に目をつぶって、この世を素通りしてゆくことではない。愛するとは、人生のいとなみ
を通して、神の創造の仕事に参加することなのである。

                                 須賀敦子

2012.10.08

オオスズメバチの驚くべき生態を「共生の森」で観察

  2012.10.08 Monday


気持ちの良い秋晴れの一日でした。茶畑の中の一本道を歩きながら、富士山をながめることができました。


 

 「共生の森」で驚くべき光景に出くわしました。2匹のオオスズメバチが抱き合うように地上に
横たわり、一匹がもう一方に口移しで栄養の補給をしていたのです。
スズメバチが高度に社会性を発達させたハチであることを強く印象づける、忘れがたい光景でした。
動画も撮ることができました。

 

 

今日のことば

 カラコルム山脈は四方を取り囲んで、私たちはあたかも氷の山に包み込まれた格好になっている。
日は差しているが、まだアノラックを脱ぎたくなるほどには気温は上昇していない。どこに目をやっ
ても緑というものがない。
私は、日本の森というものが、いかにありがたい存在かを、このときあらためて実感していた。
森に吸い込まれた雨は、夥しい腐葉土や樹木の根に濾過されて、さまざまなミネラルや、まだ科学で
は識別できない大自然の恵みのなかに浸透し、おそらく別の命を与えられていくのであろう。そして
地下水となり、泉となり、小川となり、大河となる。それはひとえに森のお陰である。
日本という国自体が、いわば土のスポンジからできているようなものなので、とりわけ緑が育ちやす
いのだという説がある。その説を逆手に利用して、あちこちの森を壊してダムを作ることに賛成する
グループもある。そのような人たちは、森が森として生命を得るために費やした厖大な時間のことを
無視している。
カラコルム山脈のど真ん中にたたずみ、その堅牢な岩盤だらけの、緑のない風景を見れば、森という
ものが、ただ単に豊かな水だけをもたらしているのではないことに思い至るだろう。
森は祈りを捧げている、という言葉がある。森は何を祈っているのか……。
H・D・ソーローは、その名著「森の生活」の「村」の章の最後をホメーロスの詩と論語の一節とで
結んでいる。
――「ひとは戦に苦しまずとよ。ブナの木の椀のみ欲りしそのころは。」

                 『ひとたびはポプラに臥す』(宮本輝)より

2012.10.07

ヌスビトハギ  ツヅレサセコオロギ  名前の由来



 

 2012.10.07 Sunday
動植物のことを調べていると日本の名付けの文化のすばらしさに感動することがよくあります。
今の時期の不二聖心のフィールドにもその感動を思い出させてくれる動植物がいくつか目につきます。
一枚目の写真は、ヌスビトハギというマメ科のハギの仲間の実の写真です。ある調査のために森に
入って出て来たら、ズボンにたくさんの実がついていました。この実の形が泥棒の足跡に似ている
ことから「盗人萩」の名がつけられたということです。
二枚目の写真はツヅレサセコオロギです。秋のフィールドではたくさんのツヅレサセコオロギを見る
ことができます。「ツヅレサセ」は「綴れ刺せ」という意味です。古人は、ツヅレサセコオロギの鳴
き声を「冬が近いから繕いなどして冬の衣服の用意をしろ」と促す声と聞いたというわけです。
詩情豊かな名付けのセンスに驚きます。
2011年7月13日に不二聖心の廊下で見つけたオナガバチに和名がついていなかったので、「シロオビク
ロオナガバチ」と和名をつけましたが、古人のセンスにはとてもかなわないと感じます。


今日のことば

こおろぎ

 壁のなかか、縁の下で蟋蟀(こおろぎ)の鳴く声をきくと、毎歳のことではあるが、その日その日の
営みに追われている自分に、ふとそのあゆみをとめて、何かものを考えて見なくてはいられないような、
身に沁みた寂(わ)びしさを凝(じっ)と心にいだかせられる。
秋漸く闌(た)けて、釣洋燈のかげのまるくうつる下で、その虫の音をききつけると、私の亡くなった
祖母は、もうこおろぎが、肩させ裾させと鳴いている、冬ものの始末をしなければならない、うっかり
してはいられない、と来るとしも来るとしも、亡くなるまで、秋ごとにそういっては、これからは忙し
くなる、といい足していた。
そういわれてきくと、なるほど、肩させ、裾させ、と、こおろぎはいつでも繰り返して鳴いているよう
にきこえる。
私たち男性には、別に冬が来たから、春が来たからといって、そのために急にしなければならぬ仕事と
てもないのだが、家庭の女、殊に昔の女には、暑さに、寒さに向うごとに、富める者は富めるなり、
貧しいものは足らぬがちのなかにも心ばたらきして、裁つべきものは裁ち、縫うべきものは縫い、綿入れ、
ひき解き、綴じ繕いに骨身を惜しまない。
残暑も過ぎてやれやれと思う間もなく、朝晩の肌さむ、肩させ裾させと、蟋蟀に促されては冬がまえを
怠らぬ、そうした昔の女は、百年も二百年もの前、私たちの母、祖母、曾祖母、だんだん遡ってかぞえ
たら、いつの世からだかはかり知られない久しい時代に、紡ぎ、縫い、忍従を苦とせず、世のさだめに
従って孜々と働いて一生を過して行った。
この数知れぬ過去の女性に、今の私たちが受けている莫大な恩をどうしたら報いられよう。
私たちは眼前の人の恩を受くるばかりでなく、遠い遠い祖先から、今日までに積まれて来た、眼に見えぬ
人々の恩を思わなければならない。
今日の日本は凡べて新しく発足する時だと人はいう。それはいい、だが、人間は何もないところへポツン
と独り生れて来たわけではない。久しい昔の過去の人がつぎつぎ築いて来た世の中なのだ。無駄を省くの
もいい、だが世の中には無駄が無駄でないものもいくらもある。昔の人はよくそれを知っていた。私たち
は長い一生に、いい伝え、教え伝えられて来た日常の生活に、昔の人の深い心づかいのなみなみでないこ
とを、事ごとに省みさせられる場合が多い。
私はこの頃、折にふれて古人の尊ぶべき、親しむべきことをのみ感じる。見ぬ世の人を友とすると、昔の
人はよくいっているし、読書に耽ってそうした生活へはいって行った多くの人がある。
見ぬ世の人というのを、私は何も碩学や哲人にもとめるのではなく、市井にあって私たちと同じようにた
いした事業を為すことなく世を過した人々でも、女なら一生をごくあたりまえに送り、妻となり、子を設
けて、何にも表立って社会に貢献することはなくても、蟋蟀が鳴くと、冬物の仕度にかかって、平凡な生
涯を送って行ったというような人に心から親しみと、尊敬を寄せる。
私は腹からの都会人だから都会のことのほかは何にも知らない。けれども、私のちっとも知ることのない
農村の人でも、蟋蟀が鳴けば冬物の仕度をして、炉辺に老いて行った、妻なり、母なり、平凡な、尊ぶべ
く、愛すべく、親しむべき、多くの人々があったであろう。
どうかして古い由緒ある寺を訪れなどした時に、苔蒸した昔の墓碑のささやかなのに鐫(え)りつけられ
た何々信女(しんにょ)の戒名を見て、天明とか、享和とか、歿年(ぼつねん)と共に刻まれたのを、前
にして、私はしばしば、つつましやかなる女房の眉を落し、鉄漿(かね)を含んで、行燈の下にせっせと
針を運ぶ姿を、勝手に空に描いてみることがある。
今宵も蟋蟀が頻りに鳴いている。
「こおろぎ」(鏑木清方・昭和13年10月)

 

2012.10.06

クサヒバリ(草雲雀)のメス  女中を泣かせた小泉八雲

 

 2012.10.06 Saturday

 9月21日の「不二聖心のフィールド日記」でクサヒバリのオスを紹介しました。あの日の翌日、
不思議なことが起こりました。実はあの日の画像で紹介したクサヒバリは同定のために採集して
しまったのですが、同じ場所で同じようにクサヒバリの鳴き声を耳にしたのです。どうやら不二
聖心には相当な数のクサヒバリがいるらしいと思いました。その予想が正しいことを証するかの
ように、裏道でクサヒバリのメスがイタドリの葉の上を歩いているのに出くわしました。翅の模
様がオスとメスとでは全く異なることがわかります。
ラフカディオ・ハーンはクサヒバリを死なせてしまった女中を泣かせるほど叱りつけました。
クサヒバリは、いつの世においても人の心をひきつけてやまない秋の鳴く虫です。


 
今日のことば
 

昨夜、十一月二十九日の晩のこと、机に向かっていると妙な胸騒ぎがした。部屋の中がなんだか空虚
なのである。そこでふと気がついた。いつも鳴いているはずの草雲雀が鳴いていない。静まりかえっ
た籠の中を覗いてみると、すっかり干からびて灰色の石のようになった茄子のかたわらで、草雲雀は
死んでいた。三、四日はなにも食べていなかったようだ。しかし、つい昨日まで、あんなに美しい声
で鳴いていたではないか。だから、私は愚かにも、いつもどおりお腹がいっぱいなのだと思いこんで
いたのである。
書生のアキが虫好きで、いつも餌をやっていた。ところが、アキは一週間ほど暇をもらって故郷へ帰
ってしまっていた。そのあいだ、草雲雀の世話をするのは、女中のハナの仕事になっていた。あれは
細かいことに気のつく女ではない。
虫のことを忘れていたわけではありません。茄子がなかったのです、とハナは言い訳を言う。ならば
代わりに玉葱でも胡瓜でもやればいいものを、そんなことさえ思いつかなかったのであろうか。
……私はハナを叱った。ハナはすまなそうに詫びたけれど、あの妖精の音楽はもう聞こえなくなって
しまった。あとの静けさが私の心を締めつけた。ストーブは燃えているのに、部屋はうす暗い。
馬鹿ばかしい!……麦粒の半分ほどしかない虫のために、気のいい娘を泣かせてしまうとは! 
けれども、あんなちっぽけな生きものがいなくなってしまったことが、まさかと思うほど私を苦しめ
る……。あの生きものの切なる願いについてたえず空想をめぐらせているうち、いつしか私の中に愛着
が生まれていたのであろう。こうして草雲雀がいなくなってみると、初めてあの生きものとの絆に気づ
いたのだろう。その晩のひっそりとした静寂の中で、私はあの繊細な鳴き声の妙味を、ことさら身に染
みていとおしく感じた。ほんのはかない虫の命が、神の御心にすがるように、私の気まぐれと身勝手な
楽しみを頼って生きていたのである。そしてまた、小さな籠の中の小さな魂と私の中の魂とが、実在世
界の大海の深みの中で、まったくの一体であると告げているように思われた。

                                                「草雲雀」(ラフカディオ・ハーン)より       
                                

I had felt so much, in the hush of the night , the charm of the delicate voice, -- telling of one minutes existence dependent upon my will and selfish pleasure, as upon the favor of a God,
--telling me also that atom of ghost in the tiny cage, and the atom of ghost within myself, were forever but one and the same in the deeps of the Vast of being.
                              LAFCADIO HEARN

2012.10.05

陰暦20日の月と温暖化指標生物のコハクオナジマイマイ

  2012.10.05 Friday

 今日は陰暦の8月20日です。下の写真の中心には20日の月が写っています。十五夜の丸い月と比較する
とだいぶ月が欠けてきている様子がわかります。月の入りも遅くなってきているので、朝の空に浮かぶ月
の写真を撮ることができました。時間は7時27分です。




 
 


 朝はかなり涼しくなってきました。夏の間は、あれだけ敏感に反応したショウリョウバッタモドキも
今日は全く動く気配がなく、簡単に接写することができました。


 それでも日中は、気温が30度近くまで上がりました。下の写真は、もともと南の地方に生息していた
コハクオナジマイマイです。今年のような暑い年は、コハクオナジマイマイにとって生息域を広げる
格好の年ということになります。
 

 

 

                                                 今日のことば

  アーミッシュの村で過ごしたのはわずか一日です。それもただ田園地帯をぐるぐるとうろついていた
に過ぎません。けれども、ひとつひとつの風景が忘れがたく心に残るのでした。
太陽が傾きかけ、家々から立ち昇る煙にもやる農場で、一人ポツンとブランコに座っていた少年。
あれからどんな夕べを過ごしたのでしょう。
農場の納屋の前で、くわを担いで話し合っていた二人の青年。一体どんな会話をしていたのだろう。
そして夕暮れの淡い光の中で、馬を走らせながら大地を耕す老夫婦のシルエット。それは中世の風景画
を見ているようでした。
私たちが信じて疑わなかった、人間の進歩の歴史。そして今、進歩というものが内包する影に私たちは
気づき始め、呆然と立ち尽くしています。けれども、アーミッシュの人びとが一体何を語りかけている
のか、ぼくにはまだわかりません。

                        「アーミッシュの人びと」(星野道夫)より

2012.10.04

クルマバッタの飛び方に目を見張りました

  2012.10.04 Thursday

  東京都では既に絶滅したとされるクルマバッタが第2牧草地で交尾していました。緑がメスで
茶色がオスです。このあとこのままの姿で2匹は空を飛んでいきました。これからますます牧草地
のクルマバッタは数を増やしていきそうです。



 

               今日のことば


           始まりの朝の静かな窓

           ゼロになる身体満たされてゆけ

           海の彼方にはもう探さない

           輝くものはいつもここに わたしの中に見つけられたから

 

                                 覚和歌子

2012.10.03

シュウブンソウ(東京都では絶滅しました)

  2012.10.3 Wednesday

  朝、理科室の前の廊下を歩いていたら、どこからか金木犀の香がただよってきました。
講堂横の金木犀の花の様子を確かめてみたところ、いつの間にか満開になっていました。


 

 遠く離れていてもその存在を知らせることができる金木犀のような花もあれば、近づいて目を凝ら
さないと見過ごしてしまうような花もあります。今の時期、不二聖心の林道にたくさん咲いているシュ
ウブンソウもそのような花の一つです。シュウブンソウは東京都では既に絶滅したとされています。

                                   

 下の写真は「絵かき虫」に食い荒らされているシュウブンソウの葉の写真です。シュウブンソウ
が絶滅することは、この「絵かき虫」にとっても極めて重大な事態ということになります。
一つの種の絶滅は一つの種の問題だけにとどまらないことを覚えておきたいものです。


 

 

              今日のことば

私は一つの思想を見いだした。ゴーヴィンダよ。おん身はそれをまたしても冗談あるいはばかげた
ことだと思うだろうが、それこそ私の最上の思想なのだ。それは、あらゆる真実についてその反対
も同様に真実だということだ! つまり、一つの真理は常に、一面的である場合にだけ、表現され、
ことばに包まれるのだ。思想でもって考えられ、ことばでもって言われうることは、すべて一面的
で半分だ。すべては、全体を欠き、まとまりを欠き、統一を欠いている。

                     『シッダールタ』(H・ヘッセ)より

2012.10.02

貴重な虫こぶが発見されました

  2012.10.2 Tuesday

                                     
9月12日に矢作川水系森林ボランティア協議会の指導のもとで高校1年生が手ノコで間伐実習を
しました。木を倒したことで開いた穴から今日も太陽の光が差し込んでいました。降り注ぐ光を浴
びた切り株は明るく輝いていました。


 

光が照らしていたのは、切り株だけではありません。周辺の植物の葉にもやさしい光が注いで
いました。写真のヤブムラサキの葉の中心にあるのは、ムラサキシキブハケタマフシと呼ばれ
る虫こぶで、貴重なものであることがわかりました。タマバエの一種が形成している虫こぶですが、
成虫の標本はまだ日本に存在しておらず、生活史もわかっていないそうです。

 

               今日のことば

 私たちは原始的な生物から四十億年という想像を絶する時間をかけて進化してきました。
それだけの時間をかけて、地球という自然環境の中に生きるようにつくられているのです。
それをたかだか数百年の近代科学の歴史しかもたない浅はかな知恵で自然を支配しえたかの
ような錯覚に陥っているに過ぎません。
エネルギー問題だけではありません。
化学においても、工業においても、医療においても、私たちは自己を見失っているのではな
いでしょうか。
人間は何でもできると思い上がってはいないでしょうか。
人間は「虫けら」と同じ生き物であるということを忘れてはいないでしょうか。
人間としての節度を忘れているのではないでしょうか。

                                      

                                  柳澤桂子