フィールド日記

2012.10.31

サラシナショウマ

 

2012.10.31 Wednesday
裏道にサラシナショウマが咲いています。葉が悪臭を放ち、山菜として利用する時には、水にさらす必要
があるところから「サラシナ」という名前がつけられ、「ショウマ」は薬草であることを示す「升麻」の
意味を持っています。
サラシナショウマは、さまざまな薬効を持つ植物で、その含有成分についてもいろいろな研究がなされて
きました。50年以上前にサラシナショウマの研究を行った草野源次郎先生は、平成2年に研究を再開しま
したが、その時にサラシナショウマの自生地が激減したとお感じになったそうです。それから22年、サラ
シナショウマの自生地はますます少なくなっていることでしょう。不二聖心の裏道では幸い、毎年サラシ
ナショウマを見ることができます。この自生地を大切にしていきたいものです。


          
   今日のことば

戦後日本の繁栄の礎はゴミにある。放射性廃棄物を含め、膨大なゴミと引き換えに栄華の巷を手に入れた。
豊かさとやらを追い求めたあげく、日本社会のゆがみは大きくなるばかり。そのゆがみは一部の人間に押
しつける。ゴミ処理施設は必要だが、近所にあっては困る。原発にしても、欲しいのは便利な生活だけ。
後は考えない。この無責任さが、日本を原発列島にした。
現代人の暮らしを改めて見渡せば、飽和状態をとっくに過ぎて、それでもなお成長神話にとらわれている。
日本は元々自然を大事にし、自然に生かされてきた民族である。人間が自然の中のちっぽけな存在に過ぎ
ないという事実を思い知るべきだ。原発の問題をすべて技術でどうにかしようとするのは間違っている。
日本人の考え方、生き方を根本から見直す必要がある。日本はいっぺん駄目になってみるしかないのか。
立ち止まって考える。今が最後のチャンスだろう。
 

                                  野坂昭如

2012.10.30

アシダカグモ

  2012.10.30 Tuesday

 生徒が、アシダガグモがでたと教えてくれました。不二聖心では時々姿が見られるクモで、久しぶりの
再会となりました。アシダカグモについては、大利昌久さんの「わが国におけるアシダカグモの地理的分
布」という非常に興味深い論文があります。その中には次のような一節があります。

本種はインドが原産地で、貿易とくに交通の発達に伴い次第にその分布域を広げ、現在では全世界の熱帯、
亜熱帯、温帯の各地に生息しているといわれ、わが国からはKochが、1878年に長崎県ではじめて本種の
生息を報じた。

 

                今日のことば

小さいクモたちは、晩秋の小春日和に地上に突き出た枯草や棒杭などに登ってゆく。先端に達すると後ろ
向きになり、尻を天に向け、三対の系イボのたくさん吐糸管(としかん)から糸をふきあげる。事実は、糸
をふきあげるのではなく、蛋白質状のせんどう粘液を分泌し、それを脚のせん動と上昇気流によって空中
へ放出するのだ。糸が伸び、その浮力がクモの体をひきあげるほどになったときクモは脚を放す。クモは
青空にのぼってゆき視界から去ってしまう。それらのクモのいくつかは、ジェット気流にまぎれこんで太
平洋を横断し、アメリカ大陸に移動することも、じゅうぶん考えられることだ。クモには国籍などあろう
はずがない。どこへでも生存地を広げる自由をもっている。しかし、目的地を指定することはできない。
気流任せのあてどのない放浪と冒険の旅でもある。このような空中移動を行なうクモは60種以上も確認さ
れており、多くは水田に生息する普通のクモで、コモリグモ科、フクログモ科、カニグモ科など、徘徊
(はいかい)性の小グモでしめられている。

                                  錦三郎

2012.10.29

アキチョウジ

  2012.10.29 Monday

 裏道の一角に咲いているアキチョウジの数が今年は非常に増えました。紫の花が集まって咲いている
様子はたいへん美しく、そこがほとんど人通りのない場所であることを残念に思います。せめて写真で
その美しさをお伝えできればと思います。
 アキチョウジは鹿児島県で絶滅危惧Ⅰ類、長野県で絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。

 

今日のことば

学校というところは、みんなして力を合わせ、真理を追究し、新しい知識や技術を獲得していくことが
楽しくてならないというところでなくてはならない。そのためには学校の教師が、真理とか美しいもの
とかへのあこがれを持ち、真理とか美しいものとかを追求することが楽しくてならないという人間にな
っていなければならない。                                                              

                                  斎藤喜博

2012.10.28

フユイチゴ  ヤマホトトギス

  2012.10.28 Sunday

 夏が長かったために秋から冬への季節の変化についていけないような感覚があります。
今朝のテレビでも四季が三季になりつつあるという話題を取り上げていました。
不二聖心のフィールドも秋の実りの姿とともに冬の訪れのきざしを見せ始めています。今日は裏道で
フユイチゴ(冬莓)の結実を確認しました。


 
その近くではヤマホトトギスが花の時期とは全く異なる姿を見せていました。あの複雑な構造を
持った花が、実りの時期にはきわめてシンプルな形に姿を変えていくことを不思議に思います。


 

 不二聖心のヤマホトトギスについては以下のURLをクリックすると見ることができます。
 https://www.fujiseishin-jh.ed.jp/field_diary/2012/09/5338/

            

               今日のことば

「なぜ学校でこんなに勉強するの?」という子どもたちの質問に対する唯一の正しい答えは、
「学ぶということは素晴らしいことなんだよ」であると、私は信じている。断じて「大人に
 なったら役に立つから」ではない。

                                 浪川幸彦

2012.10.27

キイロホソガガンボ

 

 2012.10.27 Saturday
昨夜8時過ぎに校内の茶畑の横の暗い道を車で下っていると、突然、タヌキが道を横切りました。
あやうく轢いてしまうところでした。ほっとしたのも束の間、今度は聖心橋の真ん中に一頭のシカ
が佇んでいました。車が近づいても逃げようとしません。聖心橋は東名高速の上にかかっているため、
左右の網が高く逃げ場を失ったと思ったのかもしれません。
タヌキにしろ、シカにしろ、不二聖心に生息する動植物の中でも哺乳類の存在感は実に大きなものが
あります。一方であまり目立たない生物も不二聖心のフィールドにはたくさん生息しています。
写真に写っているのは、キイロホソガガンボです。ガガンボと呼ばれる虫もあまり目立つことはなく、
中にはユウレイガガンボなどという名前がつけられているものもいます。しかし、よく見ればその姿
は種によってさまざまで、キイロホソガガンボは黄色を基調とした模様と長い後ろ脚が特徴的です。
写真の個体は体長が15ミリに対して後ろ脚は35ミリありました。


 
今日のことば

林檎がうまい。梨もしゃきしゃきと美味しい。葡萄も柿も、栗もまた。味覚の秋。
俳句といえば、芭蕉の句にも、秋をうたったものが。
……物言えば 唇寒し 秋の風

理不尽な社会や格差を拡大する流れには、唇寒し、となってもどんどん異議申し立てをしたほうがいい、とわたしは考える。が、芭蕉のこの句は、ひとの批判をしたり、自慢話をした後の自己嫌悪とわびしさ
を意味するものではないかという解釈が、何かに載っていた。
この期に及んでの原発推進や再稼働には、唇裂けても、反対!です。

                   「落合恵子のクレヨンハウス日記」より

2012.10.26

シソヒゲナガアブラムシ

  2012.10.26 Friday

 シソの葉の上で交尾しているカメムシを見つけました。種の同定にはいたりませんでしたが、
シソを好むカメムシである可能性が高いと思われます。

 

 シソの葉の裏には、シソヒゲナガアブラムシがいました。こちらは間違いなくシソの葉につく
アブラムシです。体長2ミリの小さな小さなアブラムシです。


 

                

               今日のことば


なぜ、勉強しなければならないのか。この問いを問い続けることは大切です。この問いを問い続ける限り、
私は人の幸せについて心を配ることを怠らないでしょうし、世界の問いかけに耳をすまし学ぶ値打ちのあ
るものを探し続けるからです。

                                 佐藤学

2012.10.25

ササキリのメス  ツマグロヒョウモンの幼虫  ヒノキ林のお茶の花

  2012.10.25 Thursday

 第2牧草地の鳴く虫の声はすっかり小さくなりました。しかし虫たちが姿を消したわけではありません。
今朝もエンマコオロギやササキリを目にしました。エンマコオロギは脚を2本失ってしまっています。
夏を生き抜いてきた証と言えるでしょう。
写真に写っているエンマコオロギとササキリは産卵管がはっきりと確認できます。
メスは鳴くことはありません。

 

 蕎麦畑の脇をツマグロヒョウモンの幼虫が移動していました。もともと南の地方に生息する
ツマグロヒョウモンにとって、ここ数日の朝の寒さはさぞ身にしみることと思います。

 
第2牧草地の近くのヒノキ林の中でお茶の花が咲いていました。不二聖心の20万坪の土地は
さまざまな土地利用の変遷を経て今日を迎えています。ヒノキ林の一角もかつては茶畑だった
のかもしれません。


 

 

                今日のことば


建築成った伽藍内の堂守や貸椅子係の職に就こうと考えるような人間は、すでにその瞬間から
敗北者である。それに反して、何人であれ、その胸中に建造すべき伽藍を抱いている者は、
すでに勝利者なのである。
                                サン・テグジュペリ

2012.10.24

雪化粧した富士山  芙蓉の花とフタトガリコヤガの幼虫

  2012.10.24 Wednesday

 昨日に比べて今朝は気温がかなり下がりました。富士山も雪化粧です。


 
「共生の森」に一つだけ芙蓉の花が咲いていました。この写真に蛾の幼虫が写っているのがわかる
 でしょうか。

 


フタトガリコヤガの幼虫です。フタトガリコヤガは、芙蓉の仲間のオクラの害虫としても知られています。
芙蓉の葉を食べ尽くしたところで、何とか成長をし終えることができました。葉を食べ尽くされた芙蓉も
何とか花を咲かせることができました。両者の間に絶妙のバランスを感じます。


 

                 

               今日のことば

 You are called to do something beautiful for God with your lives.
                                            Sr.Helen McLaughlin

2012.10.23

雨風をしのぐチョウセンカマキリ  フタオビオオハナノミ

  2012.10.23 Tuesday

 雨の一日となり、予定されていた、秋のつどい(文化祭)に向けてのテントの移動もできませんでした。
朝は南風が強く吹いていましたが、校舎の裏の北側の壁について、暴風をしのいでいるチョウセンカマキリ
の姿が見られました。

 

 10月14日に牧草地で撮影した昆虫について、専門家の方に同定の依頼をしていましたが、その結果が
届き、フタオビオオハナノミであることがわかりました。不二聖心初記録となります。フタオビオオハナ
ノミはジガバチに寄生することで知られるようですが、牧草地は確かにジガバチの多く見られるところです。フタオビオオハナノミは京都府で絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。


 


今日のことば


人間は、人なみでない部分をもつということは、すばらしいことなのである。そのことが、
ものを考えるばねになる。

                                司馬遼太郎

2012.10.22

今朝の「共生の森」  ヒキオコシ  アザミとカマキリ

  2012.10.22 Monday

 今朝の「共生の森」の様子です。


 
すすき野原のヒキオコシ(シソ科の多年草)はまだ花を咲かせ続けていますが、その葉は、長い間、
強い陽射しにさらされて、だいぶ変色していました。シソ科の葉は必ず対生で鋸歯があります。
4枚目の写真は「共生の森」の赤紫蘇の葉です。





 アザミの中には花の時期を終えたものも目立ち始めました。そんなアザミの一つにカマキリが
来ていました。花の盛りの記憶が消えないのでしょうか。カマキリは獲物をじっと待ち続けていました。

 

 
今日のことば


じっくり生きてみたくて、人生の本質をなす事にだけ目を向け、その教えを学び取れないものか
どうか確かめたくて、ぼくは森へ行ったのだ。いざ死ぬ時になって、本当は生きてなどいなかった、
という思いをしたくなかった。
                             『森の生活』(ソロー)より

2012.10.21

ナンバンギセル  鹿の糞を運ぶオオセンチコガネ

  2012.10.21 Sunday

「共生の森」でナンバンギセルがまだ咲いていました。植物の観察は、いつ咲き始めたかという点と
ともにいつまで咲いていたかという点も重要なポイントになります。


 

 昆虫についてもいつまで見られたかということは大切な観察のポイントになりますが、今日は
「共生の森」で糞虫のオオセンチコガネが2匹一緒に飛んでいるのを目にし、そのあとで鹿の糞を
運ぶ様子も観察しました。甲虫が徐々に姿を消していく中でオオセンチコガネはまだまだ元気に活
動を続けています。糞を運ぶのを見ていて、まるでファーブルの世界にいるような気分になりました。
オオセンチコガネは地域によって、さまざまな色彩変異が見られますが、不二聖心で見られるオオセ
ンチコガネはほぼすべて赤紫色をしています。


 

                

               今日のことば


所 謂『文明』を嫌ったヘルン(ラフカディオ・ハーン)は、反対にあらゆる自然を深く愛した。特に
虫や鳥やの小動物を愛し、蛇、蛙、蝉、蜘蛛、蜻蛉、蝶などが好きであった。それらの小動物に対して、
彼はいつも『あなた』という言葉で呼びかけ、人間と話すようにして話をした。そうした彼の宇宙的博
愛主義は、草木万有の中に霊性が有ると信じられているところの、仏教的な汎神論にもとづいて居た。
それ故彼は、動物を始め植物に至るまで、すべて生物を虐めたり殺したりすることを非常に叱った。
女中が蛇を追ったといって叱られ、植木屋が筍を抜いたといって怒られ、はては『おババさま』の姑で
さえが、枯れた朝顔をぬいたというので『おババさま好き人です。しかし朝顔に気の毒しました』と叱言
を言われた。
                           「小泉八雲の家庭生活」(萩原朔太郎)より

2012.10.20

モリオカメコオロギの2種類の鳴き声

 

 

 2012.10.20 Saturday
 

 「共生の森」でモリオカメコオロギを見つけました。同定のために採集し鳴き声を記録してみたところ、
モリオカメコオロギはさまざまに鳴き分けることがわかりました。たくさんの鳴き声から2種の鳴き声を
紹介します。



                   今日のことば

 夜の歌い手である蟋蟀(こおろぎ)には、多くの種類がある。蟋蟀という名前は、「キリキリキリキリ、
コロコロコロコロ、ギイイイイイ」という鳴き声から由来している。その変種の中にエビ蟋蟀というのが
いるが、これはまったく鳴かない。しかし、馬蟋蟀、鬼蟋蟀、閻魔蟋蟀はいずれもみな、立派な音楽家で
ある。色はこげ茶か黒で、この歌の上手な蟋蟀たちの翅には、変わった波形模様がついている。
蟋蟀に関する興味深い事実は、八世紀の中頃に編纂された日本最古の『万葉集』という歌集に、この虫の
名が出ていることである。次の歌は、優に一千年以上も昔の読み人知らずによる作である。
庭草に村雨ふりてこほろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり
(にわか雨が、庭草に降り注いだ。こおろぎの鳴く声を聞けば、秋がやって来たこと  が知れることだ)
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)

2012.10.19

メナモミとアブラムシ   襲われた子ウサギ

  2012.10.19 Friday

 牧草地にメナモミの花が咲いています。メナモミは、筒状花が舌状花に包まれるキク科独特の構造
をしています。メナモミの総苞片にはたくさんの柄のついた腺がありますが、写真のメナモミの総苞
片にはアブラムシがついていました。粘り気のある腺の上をどのようにして移動しているのか、
不思議に思います。


 
 

 今朝、牧草地で既に息絶えた子ウサギを見つけました。猛禽類に襲われた可能性が高いと
思われます。見るのがつらい姿でしたが、これもまた自然界の一つの姿です。

                  

                今日のことば


私の住む大牟田から車で一時間ほどいった八女郡上陽町では、ムササビが植林を食い荒らす害獣として
銃で撃たれている。殺したムササビは利用価値が少ないからなのかどうかわからないが、教材として欲
しいというと何頭でもゆずってもらえた。剥製標本や頭骨標本づくりとあわせて中学校で解剖実習をや
ってみた。解剖がすすむにつれて体中のいたる所から散弾の小さな鉛がでてきた。筋肉にくいこみ、内
臓をえぐり、胃を砕いていた。解剖をしていた生徒は、「思わず目をつむりたくなりました」と解剖後
の感想文に書いている。そして、さらに次のように書いている。「杉の新芽を食べるから殺したという
ことですが、これは絶対にまちがっている。人間が山を開いて木を切るから、ムササビの食べ物がなく
なるので、しかたなしに杉の新芽を食べるのだと思う。ムササビにしてみれば、エサも住み家もなくなり、
そのうえ、殺されるなど、こんな迷惑な話があるものか。(中略)農家の人になってみなければ、作物を
荒らされ怒りなどはわかりませんが、やはり、すべての人が動物の身となって一度考え、『真の開発』
とは何かを、口先だけでなく、本気で考えてみる必要があると思います。このままでは、丸裸の、汚れて
冷えきった地球になるのはわかりきっていることですから」。
生きもの教育のなかでは、子どもたちにやさしい心を育てることを忘れてはならない。生きものは「もの」
ではあるが、ただの「もの」ではない。やはり生きものである。麻酔をせずに生体解剖をしたり、大人の
研究者が交通事故の研究のためにとしてサルをつかった生体実験をしていたという話を聞くにつけ、生き
もの教育のゆがみの深刻さをあらためて考えさせられる。
植物は身のまわりにどれだけでもある。子どもに家の庭の草とりをやらせれば、それだけで植物のよい勉強
になる。草のしぶとさがわかり、季節による草の種類の変化にも自然に気づく。
教育は時間のかかる営みである。焦ってはならない。非能率的にみえるかもしれないが、具体的な地域の
自然のなかで生(なま)の生きものたちにふれることによって、子どもたちの生物観は大きく豊かになっ
ていく。そのような機会を子どもたちにつくってやるのは大人の責務である。教師はトラの巻指導案を見
て授業をするのではなく、生きものを通して子どもたちにむきあうことが重要だ。

  尾形健二(『生きものを教える 九州生物学研究グループ』(農文協・1987)より)

2012.10.18

ホバリングをしながら交尾をするアタマアブ

  2012.10.18 Thursday

 牧草地でアタマアブがヘリコプターのようにホバリングをしながら交尾をしている様子を観察
しました。アタマアブは頭が大きく、しかも頭の大半を複眼が占めているという特徴的な形態を
持った双翅目の昆虫です。アタマアブの仲間は日本に100種以上いますが、これだけ種の同定が
進んでいる理由は、稲の害虫に寄生する益虫としてアタマアブが注目されているからだと思われます。

 

 

                今日のことば

 
弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは、強さの証しだ。
                               マハトマ・ガンジー

2012.10.17

鳥の羽根  鳥の巣  マツムシの声

  2012.10.17 Wednesday

 理科の平本政隆教諭が鳥の羽根と鳥の巣を校内で発見しました。羽根と巣の画像を専門家の方に見て
いただいたところ、以下のような回答を得ました。

画像のみでの同定では私はあまり自信がございませんが、羽の方はトビの次列風切、巣の方はつくりの
粗さからヒヨドリまたはオナガなどではないかと思います。巣の大きさが分かりませんので、もう少し
大きなものでしたらまた使用者が異なるかもしれません。
羽は、平面に置いた時に横から見てカーブしていましたら風切羽(飛ぶための羽)、ペタンと平行にな
る羽は尾羽(バランスをとるための羽)です(ただし体羽は除きます)。画像を拝見しますとこの尾羽
の方の印象も受けます。もしそうだとしたら、トビの尾羽にしては暗食味が強く、バンドの入り方も異
なりますので、また他の選択肢かもしれません。

 画像のみでこれだけの推測ができる、専門家の方の同定力に驚きました。学ぶということは、物事の
うしろ側に隠れているものまで見えるようになることだと改めて思いました。

 


 
 

 マツムシの声を裏の駐車場で録音しました。マツムシの声が聞ける地域はどんどん少なくなっている
と聞きます。この秋の虫の美しい声を聴くと、私たちはこの声を失って、代わりに何を得たのだろうと
いう思いになります。

今日のことば


人はいつも、それぞれの光を捜し求める、長い旅の途上なのだ。
                               星野道夫

2012.10.16

中学1年生の秋の自然観察  フヨウの実  お茶の花

  2012.10.16 Tuesday

 中学1年生が理科の授業で小野加代子教諭の指導のもと、校内の秋の自然を観察しました。
1枚目の写真は、中学校校舎の中庭近くでナンテンを観察する生徒の様子です。「ナンテン」は
「難を転ずる」に通じ、建物の近くによく植えられます。紅葉の美しい植物ですが、葉の色づき
始めている様子が写真からもわかります。

  
2枚目の写真はフヨウの種子を観察する生徒の様子です。初秋の不二を彩ったピンクの美しい花
もあっという間に結実してしまいました。

 

 フヨウの花の近くにはお茶畑が広がっていますが、今の季節はたくさんのお茶の花を目にする
 ことができます。

 


今日のことば

高校3年生の短歌

秋空は近いとばかりに手を伸ばす赤子の瞳も分かっているのか      
気がつけば道別れるまであと少し時間よ止まれと寒空見上げる      
ゼイゼイと苦しみながらこなしてく2回続いた反復横跳び        
楽な方選ぶの簡単それでもね努力してこそ価値が生まれる        
早朝の冷たい空気と夕焼けにようやく実感秋の訪れ           
秋風が遠い記憶を呼びさます金木犀の香りを運ぶ            
もう足りない一日一人と話しても卒業までのカウントダウン       
先日の体力テストはりきって悲鳴をあげる私の筋肉           
帰り道夕暮れ時に香り立つ金木犀の黄色い小花             
山中氏ips細胞でノーベル賞 先端医療に期待広がる

2012.10.15

スイカズラの実  鹿の家族

  2012.10.15 Monday

 第二牧草地の道沿いの林でスイカズラが結実していました。よく目立つ白い花とは対照的に地味な
印象を与える実ですが、よく見ればなかなか美しい緑色をしています。


 
昨日、仕事を終えて帰宅しようしたら、坂道の途中で鹿の家族に出会いました。このように集団で
移動している姿を時々見かけます。

                 今日のことば
 たぶん、いま、僕がサッカーを続けていられるひとつの理由は、毎日毎日まだ新しい発見がある
 からなんだと思う。
                                         三浦知良

2012.10.14

ムラサキシキブハケタマフシ  間伐実習で木が倒れた瞬間の映像

  2012.10.14 Sunday

 不二聖心の森の中で、ここのところたてつづけに、ムラサキシキブハケタマフシが見つかっています。
ムラサキシキブハケタマフシは、タマバエの1種が形成する虫こぶで、鹿児島、福岡、埼玉、千葉、東京
で見つかっています。つまり静岡県初記録ということになります。成虫で越冬することはなく、虫こぶご
と落葉するか、幼虫が虫こぶから出て地面に落下してから成虫になるかするために、成虫の採集は難しく、
まだ日本にはこのタマバエの標本が存在しません。たいへん貴重な虫こぶが不二聖心の森にはたくさん存在
しているということになります。ちなみに今日までの時点では、幼虫の脱出は確認されていません。
この森には他にもヤマアカガエルやサワガニなど貴重な生き物が多数生息しています。この森を健全に保つ
ための活動が今年度から高校1年生の総合学習で始まりました。9月12日には手ノコを使っての間伐も、
矢作川水系森林ボランティア協議会の方々のご指導のもとに行うことができました。その時の様子を動画で
ご覧ください。


 

 

今日のことば

矢作川水系ボランティア協議会の方々に向けての間伐体験の感想

◎今日は私たちに貴重な体験をさせていただき本当にありがとうございました。6月の「森の健康診断」
で直接森に入り、木に触れ木についてたくさん学びました。私はその素晴らしい経験をし、木の持つすご
い能力についてや木は人間とってなくてはならないものであることなど、色々と知識を増やすことができ
ました。あれから3カ月後。まさか本当に木が切れるとは思っていなかった私にとって一生忘れることの
できない貴重な体験をすることができました。私たちの班は、2本の木を倒すことができ、すごくやりが
いがありました。のこぎり一本であの大きな木を切るのはとても大変でしたが班のみんなと協力しながら
楽しく学ぶことができて本当によかったです。本日は本当にありがとうございました。また会える日を心
から楽しみにしています。

◎久しぶりに森の中に入り、慌ただしい日々から少しだけ離れることができ、とてもいい体験ができまし
た。木を切る作業は腰と腕が疲れて大変でしたが、みんなと協力してロープを引き、倒れた時にはとても
達成感がありました。普段なかなか触ることのない木の表面に触れたり、年輪を数えたりといった作業を
通して、木や森は長い年月をかけて成長してきた、とても偉大な存在であることを感じました。

◎間伐体験という、貴重な体験をさせていただけると知った時、とても胸が高鳴りましたが、当日になる
ときちんと木を切り倒すことができるか、不安になってしまいました。木は鋸で切るだけだと思っていま
したが、きちんと三角形を切って、ある程度を鋸で切ってから紐で引っ張って倒すことにびっくりしまし
た。ですが、木が倒れた時の喜びは大きかったです。また葉や木の実は沢山食べたことがありますが、木
を舐めたのは初めてでした。短い時間でしたが、貴重な体験をさせていただくことができ、嬉しかったです。ありがとうございました。

◎今回、はじめて「森の健康診断」と間伐を体験して様々なことを知ったり得たりすることができました。
不二聖心の森は間伐したほうがいい木がたくさんあることや間伐をする前とした後とでは周りの風景が
かなり違うこともびっくりしました。
今回このような体験ができて本当に良かったです。もっと森を知りたいです。

◎初めての間伐作業ということで興味深い気持ちと命にも関わる危険な作業ということを伺い、不安な気
持ちと共に始まりました。最初はのこぎりが上手に使えませんでしたが、アドバイスを受けながら、徐々
に慣れていきました。私が今回一番感動したのは、切れ目を入れた後、みんなでロープを引っ張りながら
木を倒した時です。他のどの木にも当たらずに予測した場所へ真っすぐに倒れていく木はまるでスローモ
ーションの動画を見ているほど見事でした。担当の方が何度も目印とのこぎりの角度を教えて下さってい
た訳がよく分かりました。また木が倒れ、上を見上げると、さえぎられていた日の光がほどよく入るよう
になり、周辺も明るくなり、とても気持ちがよくなりました。自分たちの手で森を守っていくことができ
ると強く感じました。

◎わざわざ学校まで来ていただきありがとうございました。初めての間伐で、知らないことだらけの中、
丁寧にケガをしない安全な方法でご指導していただき、とても分かりやすく楽しくできました。
木が地面に倒れたときの感動や、空の青さが木のすき間から見られるようになったときの感動など、
たくさんの貴重な体験をさせていただきました。
不二聖心の森づくりをより良いものにしようと努力していきたいと思います。今後の生活で学んだこと
を生かしていきます。ありがとうございました。

◎前回の「森の健康診断」に続き、森林の間伐を行い、再び森林の素晴らしさに気づくことができました。
間伐する木を一本選び、それを自分たちの力でノコギリで切るという作業は初めての体験でした。
ノコギリを使うのも初めてだったので、とても貴重な体験でした。木が倒れた時、とても感動的でした。
これから環境問題についても視野を広げていきたいです。

◎初めての間伐でした。父が休日にのこぎりを使いウッドデッキなどの修理をしていたことがあり、それ
をただ眺めるだけでしたが、こんなに大変だったとは思いませんでした。木を間伐したあとの空はとても
印象的でした。ポッカリと青空が見えてとてもきれいでした。木が倒れた時の振動の木を切る時の大変さ
から、改めて木は生きているということを感じることができました。そして、今回の体験を通して間伐の
大切さに気づくことができました。今日は貴重な体験をさせていただきありがとうございました。

2012.10.13

「共生の森」でカマキリの産卵を観察

 

 

 2012.10.13 Saturday
「共生の森」でカマキリの卵を見つけました。色の白さから新鮮な卵であると見当をつけ、指で触れて
みたところ、案の定まだ柔らかい感触が残っていました。それもそのはずです。よく見たらまだ産卵中
の卵でメスの腹端が卵の下部にしっかり入り込んでいました。幸運なことに、産卵の様子をしっかりと
観察することができました。よくカマキリの卵が高い位置に産み付けられるとその年は大雪になると言
いますが、逆にこんな低い位置に産み付けられることもあるのかと驚きました。

 

                今日のことば


限りある地球で際限なく欲望を肥大化させる商品経済は早晩破綻し、競い合い奪い合いから、与え合い
支え合いの世の中にシフトしていく。その流れに乗って、日本に新たな価値観を生み出すためにも、
今から国民的な議論が必要だと思うんです。
瀬川正仁

2012.10.12

シマヘビの幼蛇  メリケンカルカヤを食べるエンマコオロギ

  2012.10.12 Friday

 昨日の午前中の出来事です。休み時間に高校1年生の2人の生徒から「先生、はやく、はやく」と興奮
した声で呼ばれました。生徒が案内してくれたのは、図書館の近くの溝の枯葉がたまっている場所でした。
枯葉を静かによけると、そこにはシマヘビの赤ちゃんがひそんでいました。シマヘビは名前の通り体にはっ
きりとした縞模様があるのが特徴ですが、幼蛇はまったく姿が違うことが写真からもわかります。よくぞ見
つけたものだと生徒の観察力に感心しました。

 第二牧草地は今年も外来種のメリケンカルカヤに覆いつくされつつあります。生態系への影響が懸念さ
れますが、その種を食べるエンマコオロギを見つけました。無尽蔵にあるメリケンカルカヤを餌とするこ
とができるとなると、エンマコオロギの数が増えることは間違いありません。生態系のバランスの崩れが
ますます懸念されます。


 

                 

                 今日のことば


From a distance
The world looks blue and green
And the snow capped mountains white
From a distance
The ocean meets the stream
And the eagle takes to flight
From a distance
There is harmony
And it echoes through the land
It’s the voice of hope
It’s the voice of peace
It’s the voice of every man
From a distance
We all have enough
And no one is in need
And there are no guns, no bombs and no disease
No hungry mouths to feed
From a distance
We are instruments
Marching in a common band
Playing songs of hope
Playing songs of peace
They are the songs of every man
God is watching us
God is watching us
God is watching us
From a distance


遠くから見れば この世界は 青く緑色に見える
雪を頂く山々は白く
遠くから見れば 海は大河と接し 鷲は飛び立とうとする
遠くから耳を傾ければ ハーモニーが聞こえる
それは国中に響き渡り それは 希望の声
それは平和の声 それはあらゆる人々の声
遠くから見れば みんな満ち足りて 困っている人はいない
そして銃もなく 爆弾もなく 病気もなく 飢えている人もいない
遠くから耳を傾ければ 私達は楽器で
みんなでひとつのバンドでマーチを奏でている 希望の歌を奏で
平和の歌を奏で すべての人類の歌を奏でている
神様は私達を見守っている 神様は私達を見守っている
神様は私達を見守っている はるか遠くから
                                    Julie Gold

2012.10.11

イヌガラシとハナアブ(Melanostoma orientale)

  2012.10.11 Thursday

 「共生の森」のイヌガラシの花にハナアブが来ていました。専門家の方に同定の依頼をしたところ以下
のような回答を得ました。


写真のハナアブは,Melanostoma属の1種で,極東の昆虫の検索でMelanostoma orientaleとなる種類の
♀と思われます.東洋区に広く分布するとされているMelanostoma orientaleは,全北区に広く分布するMelanostoma mellinumに酷似しており,顕著な差が無いようです.本州産の同日同所で採れた標本を極
東の昆虫の検索で調べると,かなりの確率で両2種に分かれてしまい,長年頭を悩ませています.暫定的に,
極東の昆虫の検索で調べるとMelanostoma orientaleとなる種類という表現を付け加えて問題を先送りして
います.


専門家の方でも同定が困難な種であることがわかりました。このような困難に辛抱強く向き合う方々の努力
のおかげで、生物多様性の本当の姿が徐々に明らかになっていくのだと思います。




 
 

               今日のことば


もしも人里がイヌガラシの本拠なら、耕地、路傍、村落、人工荒廃など人間の活動によってつくりだされ
た諸環境が日本になかった原始時代にイヌガラシは日本にはなく、人類活動とともに外地から入りこんで
きた外来植物ということになる。
ところが図鑑や植物の本を探しても、イヌガラシが外来植物だとは書いていなく、その疑いさえも触れた
ものがない。私の勘ははずれているのだろうか。
最近やっとイヌガラシ問題の糸口をつかむことができた。チョウの研究者の集まりの席上、しょうこりも
なくモンシロチョウとイヌガラシの話をしていた私に、高倉忠博さんが耳よりなことを教えてくれた。
高倉さんの御母堂は明治三十一年のお生れ、幼いころから二十歳くらいまでを石川県七尾地方ですごされた。この地方では「ナンバ」という言葉が二種の物をよぶのにつかわれ、食品であれば七味唐辛子をさし、植物
でナンバといえばイヌガラシのことだそうである。よく知られるようにナンバとは南蛮、つまり異国由来の
物をさす。つまり七尾地方の人たちはイヌガラシを外来植物だと考えていたことになる。
高倉さんのお母さんがなぜイヌガラシを正確に記憶しておられたか。理由は子供のころのママゴト遊びの
材料によく使ったからだということであった。
七尾地方へいつごろイヌガラシがひろがったのか、確証はもちろんないけれども、草の名前が方言として
言い伝えられたのだからあまり古くはさかのぼらないのではあるまいか。それは明治以前の農業文明の時期、つまり農村的草本生活形拡大期のことであると思われる。イヌガラシはまず農村地帯にひろがり、のちに
都市域や山林へ(川原と山道を伝って)しだいに入りこんでいった植物ではないか、と推定されるのである。

                              『自然観察入門』(日浦勇)より

2012.10.10

幼虫から蛹へと変化するツマグロヒョウモン

  2012.10.10 Wednesday

 温暖化指標の昆虫としてすっかり有名になったツマグロヒョウモンですが、このチョウはヒョウモンチョウのグループの中で、唯一、多化性(1年に何度も発生を繰り返すこと)であることでも知られています。
下の1枚目の写真は10月8日に牧草地で写したツマグロヒョウモンの幼虫の写真です。宙にぶらさがって蛹になる準備をしています。
2枚目の写真は今朝、撮ったものです。2日ですっかり蛹になりました。
10月8日には、産卵場所を探す成虫の動画も撮りました。
不二聖心の牧草地を歩くだけで、ツマグロヒョウモンが多化性であることがよくわかります。

 
 

               今日のことば                     

木を植えることは、まさにいのちを植えることであり、あなた自身の心に木を植えることです。
そしてどんな最新の薬もかなわないほど、不安な気持ちが穏やかに落ちつき、沈みがちな心は明るく
未来志向になります。心身ともに健康になるのです。試してみない手はありません。                                       

                                 宮脇昭

2012.10.09

ナツアカネ(赤とんぼの減少について考える)

  2012.10.09 Tuesday

 赤とんぼの目立つ季節となりました。下の写真は「共生の森」のマユミの木にとまるナツアカネです。
この10年ほどで赤とんぼの数はめっきり減ったと言われ続けていますが、その原因については必ずしも
明確ではないようです。農薬が原因だという説もありますが、南方系のトンボであるウスバキトンボなど
が増えたことが原因だと考える人もいます。不二聖心でもマリアガーデンなどでウスバキトンボが群れて
飛んでいる様子を目にすることがよくあります。
自然現象の解釈には多角的な視点が求められるケースが多くあります。赤とんぼ減少の原因の考察にも
複眼的思考が欠かせないようです。
10月8日からインドのハイデラバードで生物多様性条約第11回締約国会議(COP11)が始まりました。
国際会議の場で生物多様性の問題が討議されています。日本は世界の中でも稀にみる豊かなトンボ相を
有する国です。夕焼けの空に赤とんぼが舞う日本の原風景がいつまでも失われないことを願っています。

              今日のことば 


生きることが、大切なのだと思う。生きるとは、毎日のすべての瞬間を、愛しつくしてゆくことである。
それは、「現世」に目をつぶって、この世を素通りしてゆくことではない。愛するとは、人生のいとなみ
を通して、神の創造の仕事に参加することなのである。

                                 須賀敦子

2012.10.08

オオスズメバチの驚くべき生態を「共生の森」で観察

  2012.10.08 Monday


気持ちの良い秋晴れの一日でした。茶畑の中の一本道を歩きながら、富士山をながめることができました。


 

 「共生の森」で驚くべき光景に出くわしました。2匹のオオスズメバチが抱き合うように地上に
横たわり、一匹がもう一方に口移しで栄養の補給をしていたのです。
スズメバチが高度に社会性を発達させたハチであることを強く印象づける、忘れがたい光景でした。
動画も撮ることができました。

 

 

今日のことば

 カラコルム山脈は四方を取り囲んで、私たちはあたかも氷の山に包み込まれた格好になっている。
日は差しているが、まだアノラックを脱ぎたくなるほどには気温は上昇していない。どこに目をやっ
ても緑というものがない。
私は、日本の森というものが、いかにありがたい存在かを、このときあらためて実感していた。
森に吸い込まれた雨は、夥しい腐葉土や樹木の根に濾過されて、さまざまなミネラルや、まだ科学で
は識別できない大自然の恵みのなかに浸透し、おそらく別の命を与えられていくのであろう。そして
地下水となり、泉となり、小川となり、大河となる。それはひとえに森のお陰である。
日本という国自体が、いわば土のスポンジからできているようなものなので、とりわけ緑が育ちやす
いのだという説がある。その説を逆手に利用して、あちこちの森を壊してダムを作ることに賛成する
グループもある。そのような人たちは、森が森として生命を得るために費やした厖大な時間のことを
無視している。
カラコルム山脈のど真ん中にたたずみ、その堅牢な岩盤だらけの、緑のない風景を見れば、森という
ものが、ただ単に豊かな水だけをもたらしているのではないことに思い至るだろう。
森は祈りを捧げている、という言葉がある。森は何を祈っているのか……。
H・D・ソーローは、その名著「森の生活」の「村」の章の最後をホメーロスの詩と論語の一節とで
結んでいる。
――「ひとは戦に苦しまずとよ。ブナの木の椀のみ欲りしそのころは。」

                 『ひとたびはポプラに臥す』(宮本輝)より

2012.10.07

ヌスビトハギ  ツヅレサセコオロギ  名前の由来



 

 2012.10.07 Sunday
動植物のことを調べていると日本の名付けの文化のすばらしさに感動することがよくあります。
今の時期の不二聖心のフィールドにもその感動を思い出させてくれる動植物がいくつか目につきます。
一枚目の写真は、ヌスビトハギというマメ科のハギの仲間の実の写真です。ある調査のために森に
入って出て来たら、ズボンにたくさんの実がついていました。この実の形が泥棒の足跡に似ている
ことから「盗人萩」の名がつけられたということです。
二枚目の写真はツヅレサセコオロギです。秋のフィールドではたくさんのツヅレサセコオロギを見る
ことができます。「ツヅレサセ」は「綴れ刺せ」という意味です。古人は、ツヅレサセコオロギの鳴
き声を「冬が近いから繕いなどして冬の衣服の用意をしろ」と促す声と聞いたというわけです。
詩情豊かな名付けのセンスに驚きます。
2011年7月13日に不二聖心の廊下で見つけたオナガバチに和名がついていなかったので、「シロオビク
ロオナガバチ」と和名をつけましたが、古人のセンスにはとてもかなわないと感じます。


今日のことば

こおろぎ

 壁のなかか、縁の下で蟋蟀(こおろぎ)の鳴く声をきくと、毎歳のことではあるが、その日その日の
営みに追われている自分に、ふとそのあゆみをとめて、何かものを考えて見なくてはいられないような、
身に沁みた寂(わ)びしさを凝(じっ)と心にいだかせられる。
秋漸く闌(た)けて、釣洋燈のかげのまるくうつる下で、その虫の音をききつけると、私の亡くなった
祖母は、もうこおろぎが、肩させ裾させと鳴いている、冬ものの始末をしなければならない、うっかり
してはいられない、と来るとしも来るとしも、亡くなるまで、秋ごとにそういっては、これからは忙し
くなる、といい足していた。
そういわれてきくと、なるほど、肩させ、裾させ、と、こおろぎはいつでも繰り返して鳴いているよう
にきこえる。
私たち男性には、別に冬が来たから、春が来たからといって、そのために急にしなければならぬ仕事と
てもないのだが、家庭の女、殊に昔の女には、暑さに、寒さに向うごとに、富める者は富めるなり、
貧しいものは足らぬがちのなかにも心ばたらきして、裁つべきものは裁ち、縫うべきものは縫い、綿入れ、
ひき解き、綴じ繕いに骨身を惜しまない。
残暑も過ぎてやれやれと思う間もなく、朝晩の肌さむ、肩させ裾させと、蟋蟀に促されては冬がまえを
怠らぬ、そうした昔の女は、百年も二百年もの前、私たちの母、祖母、曾祖母、だんだん遡ってかぞえ
たら、いつの世からだかはかり知られない久しい時代に、紡ぎ、縫い、忍従を苦とせず、世のさだめに
従って孜々と働いて一生を過して行った。
この数知れぬ過去の女性に、今の私たちが受けている莫大な恩をどうしたら報いられよう。
私たちは眼前の人の恩を受くるばかりでなく、遠い遠い祖先から、今日までに積まれて来た、眼に見えぬ
人々の恩を思わなければならない。
今日の日本は凡べて新しく発足する時だと人はいう。それはいい、だが、人間は何もないところへポツン
と独り生れて来たわけではない。久しい昔の過去の人がつぎつぎ築いて来た世の中なのだ。無駄を省くの
もいい、だが世の中には無駄が無駄でないものもいくらもある。昔の人はよくそれを知っていた。私たち
は長い一生に、いい伝え、教え伝えられて来た日常の生活に、昔の人の深い心づかいのなみなみでないこ
とを、事ごとに省みさせられる場合が多い。
私はこの頃、折にふれて古人の尊ぶべき、親しむべきことをのみ感じる。見ぬ世の人を友とすると、昔の
人はよくいっているし、読書に耽ってそうした生活へはいって行った多くの人がある。
見ぬ世の人というのを、私は何も碩学や哲人にもとめるのではなく、市井にあって私たちと同じようにた
いした事業を為すことなく世を過した人々でも、女なら一生をごくあたりまえに送り、妻となり、子を設
けて、何にも表立って社会に貢献することはなくても、蟋蟀が鳴くと、冬物の仕度にかかって、平凡な生
涯を送って行ったというような人に心から親しみと、尊敬を寄せる。
私は腹からの都会人だから都会のことのほかは何にも知らない。けれども、私のちっとも知ることのない
農村の人でも、蟋蟀が鳴けば冬物の仕度をして、炉辺に老いて行った、妻なり、母なり、平凡な、尊ぶべ
く、愛すべく、親しむべき、多くの人々があったであろう。
どうかして古い由緒ある寺を訪れなどした時に、苔蒸した昔の墓碑のささやかなのに鐫(え)りつけられ
た何々信女(しんにょ)の戒名を見て、天明とか、享和とか、歿年(ぼつねん)と共に刻まれたのを、前
にして、私はしばしば、つつましやかなる女房の眉を落し、鉄漿(かね)を含んで、行燈の下にせっせと
針を運ぶ姿を、勝手に空に描いてみることがある。
今宵も蟋蟀が頻りに鳴いている。
「こおろぎ」(鏑木清方・昭和13年10月)

 

2012.10.06

クサヒバリ(草雲雀)のメス  女中を泣かせた小泉八雲

 

 2012.10.06 Saturday

 9月21日の「不二聖心のフィールド日記」でクサヒバリのオスを紹介しました。あの日の翌日、
不思議なことが起こりました。実はあの日の画像で紹介したクサヒバリは同定のために採集して
しまったのですが、同じ場所で同じようにクサヒバリの鳴き声を耳にしたのです。どうやら不二
聖心には相当な数のクサヒバリがいるらしいと思いました。その予想が正しいことを証するかの
ように、裏道でクサヒバリのメスがイタドリの葉の上を歩いているのに出くわしました。翅の模
様がオスとメスとでは全く異なることがわかります。
ラフカディオ・ハーンはクサヒバリを死なせてしまった女中を泣かせるほど叱りつけました。
クサヒバリは、いつの世においても人の心をひきつけてやまない秋の鳴く虫です。


 
今日のことば
 

昨夜、十一月二十九日の晩のこと、机に向かっていると妙な胸騒ぎがした。部屋の中がなんだか空虚
なのである。そこでふと気がついた。いつも鳴いているはずの草雲雀が鳴いていない。静まりかえっ
た籠の中を覗いてみると、すっかり干からびて灰色の石のようになった茄子のかたわらで、草雲雀は
死んでいた。三、四日はなにも食べていなかったようだ。しかし、つい昨日まで、あんなに美しい声
で鳴いていたではないか。だから、私は愚かにも、いつもどおりお腹がいっぱいなのだと思いこんで
いたのである。
書生のアキが虫好きで、いつも餌をやっていた。ところが、アキは一週間ほど暇をもらって故郷へ帰
ってしまっていた。そのあいだ、草雲雀の世話をするのは、女中のハナの仕事になっていた。あれは
細かいことに気のつく女ではない。
虫のことを忘れていたわけではありません。茄子がなかったのです、とハナは言い訳を言う。ならば
代わりに玉葱でも胡瓜でもやればいいものを、そんなことさえ思いつかなかったのであろうか。
……私はハナを叱った。ハナはすまなそうに詫びたけれど、あの妖精の音楽はもう聞こえなくなって
しまった。あとの静けさが私の心を締めつけた。ストーブは燃えているのに、部屋はうす暗い。
馬鹿ばかしい!……麦粒の半分ほどしかない虫のために、気のいい娘を泣かせてしまうとは! 
けれども、あんなちっぽけな生きものがいなくなってしまったことが、まさかと思うほど私を苦しめ
る……。あの生きものの切なる願いについてたえず空想をめぐらせているうち、いつしか私の中に愛着
が生まれていたのであろう。こうして草雲雀がいなくなってみると、初めてあの生きものとの絆に気づ
いたのだろう。その晩のひっそりとした静寂の中で、私はあの繊細な鳴き声の妙味を、ことさら身に染
みていとおしく感じた。ほんのはかない虫の命が、神の御心にすがるように、私の気まぐれと身勝手な
楽しみを頼って生きていたのである。そしてまた、小さな籠の中の小さな魂と私の中の魂とが、実在世
界の大海の深みの中で、まったくの一体であると告げているように思われた。

                                                「草雲雀」(ラフカディオ・ハーン)より       
                                

I had felt so much, in the hush of the night , the charm of the delicate voice, -- telling of one minutes existence dependent upon my will and selfish pleasure, as upon the favor of a God,
--telling me also that atom of ghost in the tiny cage, and the atom of ghost within myself, were forever but one and the same in the deeps of the Vast of being.
                              LAFCADIO HEARN

2012.10.05

陰暦20日の月と温暖化指標生物のコハクオナジマイマイ

  2012.10.05 Friday

 今日は陰暦の8月20日です。下の写真の中心には20日の月が写っています。十五夜の丸い月と比較する
とだいぶ月が欠けてきている様子がわかります。月の入りも遅くなってきているので、朝の空に浮かぶ月
の写真を撮ることができました。時間は7時27分です。




 
 


 朝はかなり涼しくなってきました。夏の間は、あれだけ敏感に反応したショウリョウバッタモドキも
今日は全く動く気配がなく、簡単に接写することができました。


 それでも日中は、気温が30度近くまで上がりました。下の写真は、もともと南の地方に生息していた
コハクオナジマイマイです。今年のような暑い年は、コハクオナジマイマイにとって生息域を広げる
格好の年ということになります。
 

 

 

                                                 今日のことば

  アーミッシュの村で過ごしたのはわずか一日です。それもただ田園地帯をぐるぐるとうろついていた
に過ぎません。けれども、ひとつひとつの風景が忘れがたく心に残るのでした。
太陽が傾きかけ、家々から立ち昇る煙にもやる農場で、一人ポツンとブランコに座っていた少年。
あれからどんな夕べを過ごしたのでしょう。
農場の納屋の前で、くわを担いで話し合っていた二人の青年。一体どんな会話をしていたのだろう。
そして夕暮れの淡い光の中で、馬を走らせながら大地を耕す老夫婦のシルエット。それは中世の風景画
を見ているようでした。
私たちが信じて疑わなかった、人間の進歩の歴史。そして今、進歩というものが内包する影に私たちは
気づき始め、呆然と立ち尽くしています。けれども、アーミッシュの人びとが一体何を語りかけている
のか、ぼくにはまだわかりません。

                        「アーミッシュの人びと」(星野道夫)より

2012.10.04

クルマバッタの飛び方に目を見張りました

  2012.10.04 Thursday

  東京都では既に絶滅したとされるクルマバッタが第2牧草地で交尾していました。緑がメスで
茶色がオスです。このあとこのままの姿で2匹は空を飛んでいきました。これからますます牧草地
のクルマバッタは数を増やしていきそうです。



 

               今日のことば


           始まりの朝の静かな窓

           ゼロになる身体満たされてゆけ

           海の彼方にはもう探さない

           輝くものはいつもここに わたしの中に見つけられたから

 

                                 覚和歌子

2012.10.03

シュウブンソウ(東京都では絶滅しました)

  2012.10.3 Wednesday

  朝、理科室の前の廊下を歩いていたら、どこからか金木犀の香がただよってきました。
講堂横の金木犀の花の様子を確かめてみたところ、いつの間にか満開になっていました。


 

 遠く離れていてもその存在を知らせることができる金木犀のような花もあれば、近づいて目を凝ら
さないと見過ごしてしまうような花もあります。今の時期、不二聖心の林道にたくさん咲いているシュ
ウブンソウもそのような花の一つです。シュウブンソウは東京都では既に絶滅したとされています。

                                   

 下の写真は「絵かき虫」に食い荒らされているシュウブンソウの葉の写真です。シュウブンソウ
が絶滅することは、この「絵かき虫」にとっても極めて重大な事態ということになります。
一つの種の絶滅は一つの種の問題だけにとどまらないことを覚えておきたいものです。


 

 

              今日のことば

私は一つの思想を見いだした。ゴーヴィンダよ。おん身はそれをまたしても冗談あるいはばかげた
ことだと思うだろうが、それこそ私の最上の思想なのだ。それは、あらゆる真実についてその反対
も同様に真実だということだ! つまり、一つの真理は常に、一面的である場合にだけ、表現され、
ことばに包まれるのだ。思想でもって考えられ、ことばでもって言われうることは、すべて一面的
で半分だ。すべては、全体を欠き、まとまりを欠き、統一を欠いている。

                     『シッダールタ』(H・ヘッセ)より

2012.10.02

貴重な虫こぶが発見されました

  2012.10.2 Tuesday

                                     
9月12日に矢作川水系森林ボランティア協議会の指導のもとで高校1年生が手ノコで間伐実習を
しました。木を倒したことで開いた穴から今日も太陽の光が差し込んでいました。降り注ぐ光を浴
びた切り株は明るく輝いていました。


 

光が照らしていたのは、切り株だけではありません。周辺の植物の葉にもやさしい光が注いで
いました。写真のヤブムラサキの葉の中心にあるのは、ムラサキシキブハケタマフシと呼ばれ
る虫こぶで、貴重なものであることがわかりました。タマバエの一種が形成している虫こぶですが、
成虫の標本はまだ日本に存在しておらず、生活史もわかっていないそうです。

 

               今日のことば

 私たちは原始的な生物から四十億年という想像を絶する時間をかけて進化してきました。
それだけの時間をかけて、地球という自然環境の中に生きるようにつくられているのです。
それをたかだか数百年の近代科学の歴史しかもたない浅はかな知恵で自然を支配しえたかの
ような錯覚に陥っているに過ぎません。
エネルギー問題だけではありません。
化学においても、工業においても、医療においても、私たちは自己を見失っているのではな
いでしょうか。
人間は何でもできると思い上がってはいないでしょうか。
人間は「虫けら」と同じ生き物であるということを忘れてはいないでしょうか。
人間としての節度を忘れているのではないでしょうか。

                                      

                                  柳澤桂子

2012.10.01

生徒がコオロギの卵を持ってきてくれました

  2012.10.1 Monday

                                     
台風17号が接近中に不思議なことがありました。ハチ目ミフシハバチ科のルリチュウレンジが
ツツジの植え込みの上で乱舞していたのです。簡単には数えられないほどの瑠璃色のハチが宙を
舞うのを初めてみました。台風の接近と何か関係があったのか、気になります。


 
台風の被害を心配しましたが、蕎麦畑の花は今日もしっかり咲いていました。早朝にはその近く
をエンマコオロギが歩いていました。その姿を見て、先週、中学年生の生徒がエンマコオロギの
卵を持ってきてくれたことを思い出しました。


 

 
今日のことば

 中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。
それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについて
はどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、
どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは
我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえ
どのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、
それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。
その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲むような努力を重ねてきたのだ。
そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。

                                 村上春樹

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