フィールド日記

2011年05月

2011.05.30

マイマイカブリ

平成23年5月30日 月曜日

高校1年生の教室に向かう階段にマイマイカブリがいました。
マイマイカブリはオサムシの仲間で、首の部分が長くなっていることが特徴です。餌であるカタツムリの殻の中に十分に頭を入れるために、このような姿に進化 したものと考えられます。漫画家の手塚治虫は、オサムシが好きであったことから「治虫」というペンネームをつけたと言われていますが、オサムシの中でも
特にこのマイマイカブリが好きだったそうです。

2011.05.29

モリアオガエルの卵②とアシナガバチの営巣④

平成23年5月29日 日曜日

台風2号の接近により、強い雨の降り続く一日となりました。
今日は、不二聖心の自然の様子について、2点確認したいことがありました。一つはモリアオガエルの卵が増えているかどうかということでした。降り続く雨が モリアオガエルの産卵を促しているのではないかという予感がありました。雨の日には天敵であるヘビが活発に行動できないからです。
予感は当たりました。金曜日には1つしかなかった卵塊が今日は5つに増えていました。


もう一つ確認したかったことは、この大雨の中、巣作りの真最中のアシナガバチの母親たちはどうしているのかということでした。驚いたことに母バチはみな雨 に濡れながら巣を守り続けていました。外敵の少ない雨天時は自分も雨宿りしてもいいのではないかと思いましたが、実は母親たちには巣を離れない理由があり ました。
下の写真を見てください。母バチが巣に口をつけているのがわかります。このあとハチはのけぞるような
かっこうをしました。するとみるみるうちに口 からハチの頭ほどの水滴があふれ出てきたのです。
つまり母バチは巣にたまった水を吸い込み、それを外に吐き出すことで、卵と巣を雨水から守っていたのでし た。

2011.05.28

縄文時代のクワガタとベニボタル

平成23年5月28日 土曜日

5月25日の朝日新聞に「縄文クワガタよみがえる」という記事が載りました。次のような内容です。

 縄文時代晩期後半(2500年~2800年前)のノコギリクワガタが、奈良県御所市の秋津遺跡でほぼ
完全な形で見つかった。県立橿原考古学研究所(橿原市)が24日発表した。
大あごなど一部だけが見つかった例はあるが、完全に近い縄文時代のクワガタは全国初という。
大きく湾曲した大あごを持つ体長約6・4センチ、幅約1・5センチのオス。地中約2メートルの同時代の
木の根の下で見つかった。
左前脚以外はほぼ残っており、体毛や爪の先も判別できた。水や土で密閉されて酸素が絶たれ、
細菌が活動できず分解されなかったらしい。同じ地層からは同時代の土器や土偶の破片約1千点も見つかった。

ノコキリクワガタは、ほぼ日本全土に分布する昆虫で、甲虫目に属しています。
下の写真は2008年の夏に撮った不二聖心のノコギリクワガタの写真です。

不二聖心の土地からは黒曜石も出土しており、古くから人間の生活が営まれていた可能性があります。
不二聖心の地中深くから縄文の遺跡とともにノコキリクワガタが発見される可能性も皆無ではないでしょう。
ずいぶん昔の話だと思うかもしれませんが、気 が遠くなるほどの進化の過程を経て現在に至っている
ノコキリクワガタにとっては、2800年前というのは、ごく最近の時間とも言えるのです。
ノコキリクワ ガタが属する甲虫目というグループは4枚の翅のうちの2枚を丈夫な硬い翅にすることよって
環境への適応能力を高めてきました。2枚の丈夫な翅が順調な進化 の歩みを支えたとも言えます。
下の写真は「温情の灯」の近くで撮った、ベニボタル(甲虫の一種)が飛び立つ瞬間の写真です。
紅色の翅が甲虫目の由縁である 硬い2枚の翅です。

2011.05.27

聖マグダレナ・ソフィアの祝日とハンナ・ブレイディとハスジカツオゾウムシ

平成23年5月27日 金曜日

今日は聖心会の創立者・聖マグダレナ・ソフィアの祝日でした。ミサでは神父様のお説教を通して、
「すべての命にすばらしい価値があり、すべての人は 大切にされなければならない。」ということを学び、
そのことを伝える神様の愛を創立者は何よりも大切になさっていたことを再確認しました。

午後は、中学生は石岡史子先生の講演を聴きました。先生は、ナチスによるユダヤ人大虐殺の犠牲となった
ハンナ・ブレイディという女の子についてお話してくださいました。

先生はユダヤ人の大虐殺の原因の一つに人間の弱さがあることを指摘なさいました。虐殺はヒト ラーだけ
の手によってなされたわけではありません。多くの人がそれに加担し、さらに多くの人がただ黙って見て
いました。困っている人を目の前にして何もし ないことが事態を悪化させたのです。しかし、
その一方で多くの人が勇気をもってユダヤ人を助けました。今自分に何ができるかを真剣に考えた人が
大勢いたの です。石岡先生は一つの言葉を紹介してくださいました。それは次の言葉です。

To save a life is as if you have saved a whole world.
(一つの命を救うことは、世界を救うことにひとしい。)

この言葉の背後には、「一人一人の命の中に無限大の宇宙に等しいものがある。」という思想が存在すると
先生はおっしゃいました。

ミサと講演を通して、命の価値を深く学んだ一日でした。

昨日の「不二聖心のフィールド日記」で温情舎の校舎の跡地について書きました。岩下壮一神父様 が校長を務め歌人若山牧水の訪問の記録もある温情舎という学校の跡地は、今はさまざまな生き物の生活の場所となって
います。その中から今の時期に見られる 生き物を今日も一つ紹介しましょう。下の写真を見てください。
ハスジカツオゾウムシです。アザミの葉につきます。見つけたらそっと近づいて手を伸ばしてみ てください。
面白いことが起こります。

2011.05.26

東北地方へ文房具を送る活動とクリスマスのバッタ

平成23年5月26日 木曜日

温情の会委員会の呼びかけによって集められた文房具の、東北地方への発送の準備が整いました。鉛筆1722本、ノート463冊など、たくさんの文房 具が集まったことをたいへんうれしく思います。これらの文房具は、宮城教育大学の協力を得て、福島県、宮城県、岩手県の小・中学生に届けられることになり ます。


温情の会委員会の「温情」という名前は、不二聖心の前身である「温情舎」という学校の名前に由来しています。その温情舎の校舎の跡地でツチイナゴを見つけ ました。冬の厳しい季節を成虫で乗り切る珍しいバッタです。昆虫博士の矢島稔さんは、このバッタを「クリスマスのバッタ」と呼んでいます。


冬の時期、成虫は枯葉に擬態するために茶色の体色をしていますが、幼虫のころは鮮やかな緑色をしています。周囲の環境に合わせて体色を変えることも生きるための重要な工夫なのです。

2011.05.26

東北地方へ文房具を送る活動とクリスマスのバッタ

平成23年5月26日 木曜日

温情の会委員会の呼びかけによって集められた文房具の、東北地方への発送の準備が整いました。鉛筆1722本、ノート463冊など、たくさんの文房 具が集まったことをたいへんうれしく思います。これらの文房具は、
宮城教育大学の協力を得て、福島県、宮城県、岩手県の小・中学生に届けられることになり ます。


温情の会委員会の「温情」という名前は、不二聖心の前身である「温情舎」という学校の名前に由来しています。
その温情舎の校舎の跡地でツチイナゴを見つけ ました。冬の厳しい季節を成虫で乗り切る珍しいバッタです。
昆虫博士の矢島稔さんは、このバッタを「クリスマスのバッタ」と呼んでいます。


冬の時期、成虫は枯葉に擬態するために茶色の体色をしていますが、幼虫のころは鮮やかな緑色をしています。
周囲の環境に合わせて体色を変えることも生きるための重要な工夫なのです。

2011.05.25

今日の富士山とマツバウンランとアカマツの花

平成23年5月25日 水曜日

昨日は冷たい雨の降る一日でした。富士山には雪が降ったようです。下の写真は今朝の富士山の様子です。
5月15日の「不二聖心のフィールド日記」で紹介した富士山の写真と比較すると山肌の色合いの違いが
わかります。

今日は、今ちょうど紫色の花をつけている植物を2種、紹介しましょう。紫は、古来、
特別に高貴な色とされてきました。
一つは、マツバウンランという、アメリカ原産の帰化植物です。葉が松の葉に似ているところから
マツバウンランと名付けられましたが、松との間に生物学的なつながりは全くありません。
お茶畑の縁にたくさん生えています。

本物の松の花も今咲いています。下の写真は築山のアカマツの雌花の写真です。
ユニークなかたちをした、渋い色合いの松の花には、独特の味わいがあります。

今日は、創立者の命日であり、本当の「聖マグダレナ・ソフィアの祝日」になります。葡萄畑の近くで
育ちスミレの花を愛したという聖マグダレナ・ソフィアは、紫の色を好まれたのではないかと想像します。

 

2011.05.24

モリアオガエルの卵と1955年の不二農園

平成23年5月24日 火曜日

今朝の7時に築山の池の縁に生えているシダレザクラの枝にモリアオガエルの卵を見つけました。
築山の池での今年最初の産卵ということになります。5 月23日の正午の時点ではまだ確認できませんでしたので、5月23日の正午以降から5月24日の朝までの間に卵が産み付けられたということになります。
モ リアオガエルの産卵行動は、環境の変化や気候変動の影響を受けます。このようにして、その年の最初の
産卵の日時を何年にもわたって記録し続ければ、そこか ら環境の変化を知ることができるかもしれません。

 

5月23日の「不二聖心のフィールド日記」でオオミノガの蓑虫の写真を紹介しましたが、ミノ (蓑)のイメージがわかない人もいるのではないかと少し懸念していたところ、貴重な写真が見つかりました。
1955年に不二農園で撮られた、蓑を身にまと う農園の方の写真です。外国人のシスターが、
写真の下にOur farmerとお書きになっていました。

2011.05.24

オオミノガとヨツボシホソバ

平成23年5月23日 月曜日

4月に学習研究社から「日本産蛾類標準図鑑」が刊行されました。学研のホームページには図鑑の内容紹介
として次のような文章が載っています。

蛾類は昆虫の中でも多くの種類数があるため、生物相、環境を研究調査する上で重要な生物群となっている。
本書は、最近でも新種が多く見つかっている日本産の蛾類を全種解説し、同定点も紹介した。研究者だけでなく、愛好家、さらには環境アセスに必要な一冊。

蛾を知ることは、環境の質をより正しく判断する目を養うことにつながるというわけです。
不二聖心にもたくさんの種類の蛾が生息していて、そのことが不二聖心の自然環境の豊かさを示しています。
今日は裏門のすぐ近くのアカメガシワの幼木にぶらさがっているオオミノガのミノムシの写真を撮りました。
オオミノガは、枕草子にも出てくる、日本の代表的 なミノガですが、オオミノガヤドリバエが中国から侵入して以来、このハエに寄生される率が高まり個体数が激減しています。将来、ミノムシを知らない子供たちが
増えていく可能性も否定できなくなってきました。裏門の近くでもヤドリバエらしきハエを見かけましたが、
それがオオミノガヤドリバエでないことを願う ばかりです。

もう1枚、今日はヨツボシホソバの幼虫の写真も撮りました。ヨツボシハソバは幼虫が地衣類を食べることで
知られています。写真の手前に写っているのが、その地衣類で、ウメノキゴケの仲間と思われます。
地衣類は空気のきれいな場所にしか生息できません。ということは、ヨツボシホソバ1匹を見つけることが、
その環境の空気の状態の把握にもつながることになります。

昨日、姿を消していたアシナガバチは、今日は巣に戻っていました。

2011.05.22

「国際生物多様性の日」とモリアオガエルとアシナガバチの営巣③

平成23年5月22日 日曜日

今日は、「国際生物多様性の日」です。生物多様性の概念の中で最も重要な要素は、生物の種の多様性であり、絶滅危惧種に指定されているような希少種に対して、私たちは関心を高く持ち続けていかなくてはなりません。
中学のクロークルームの窓にモリアオガエルが2匹いるのを見つけました。1匹は窓に張り付き、
もう1匹は窓枠で身を休めていました。モリアオガエルは不二 聖心に生息する絶滅危惧種の一つです。
窓に映るカメラと比較すると、モリアオガエルが日本に生息する蛙の中では大型の種に属することがわかります。
今年は まだ築山の池での産卵が見られませんが、こうして直に姿を見られるようになると産卵への期待も
高まってきます。

5月15日から見守り続けてきたアシナガバチの巣から親の姿が消えていました。成功率3割の営巣に失敗して
しまったのでしょうか。気がかりです。


その一方で、すぐ近くに別の女王蜂を見つけました。やはりオナモミの茎に巣を作っていました。
オナモミの茎はアシナガバチの営巣場所としてあまりに無防備だと感じるのですが、
もしかしたらオナモミの実に巣を擬態させているのかもしれません。

不二聖心には5種類のアシナガバチが生息しています。(5種が好む環境はすべて異なり、そのすべてが
生息しているということは、それだけ不二聖心の中に多様な環境があるということです。)アシナガバチの
生存のためには、餌となるたくさんの生き物と 営巣のための理想的な環境が不可欠です。アシナガバチは、
不二聖心の生物多様性のシンボルともとらえられるのです。