フィールド日記

2013.06.30

アラゲハンゴンソウの帯化  築山のシマヘビ



2013.06.30 Sunday
6月26日のフィールド日記で紹介したアラゲハンゴンソウの奇形は、「帯化(たいか)fasciation」と呼ばれる現象であることがわかりました。分裂組織の突然変異や遺伝的原因、細菌の感染などによる植物の奇形の一つです。日本では1949年には既に『植物畸形学』(藤田哲夫)という本が出版されており、その中で「帯化」についてもふれられています。

 昨日の第1回学校説明会にいらした方の中に「先ほどヘビに出会いました。いいことがありそうです。」とおっしゃった方がいらっしゃいました。ヘビを縁起の良い生き物ととらえる考え方が日本には古くからあります。この民間信仰が真実であるかどうかを問うのは難しいことですし、野暮な行為でしょう。ただ、ヘビが生息できる環境は自然豊かな環境であり、そこではあらゆる生物が生き生きと暮らしていて良いことが起こりやすいことは間違いないでしょう。

今日のことば


高校3年生の短歌より

ふと気づく月日の流れその速さ やるべきことを今やらないと
揺れる本、揺れるつりかわ、揺れる首。人それぞれのガッタンゴトン   
ゆふ2号真っ赤な車両カタコトと筑後の時がゆっくり流れる 
どこにでも行く先々で根を張って育つ綿毛のようになりたい 

2013.06.29

ムシバミコガネグモの威嚇行動

 

2013.06.29 Saturday
ムシバミコガネグモと思われるクモの生息を確認しました。静岡県で3例目となります。2例目も不二聖心で発見されました。
フィールド日記 2013.01.12 ムシバミコガネグモの生息を確認  静岡県で2例目
ムシバミコガネグモの生息を可能にする何かが不二聖心の自然環境の中に存在するようです。今日はムシバミコガネグモの威嚇行動も観察することがでました。画像をクリックするとクモが網を激しく揺さぶる様子を見ることができます。

 


今日のことば

クモは人間の味方である。クモがどのように害虫の天敵となっているかが各地の農業試験場で研究されてきたが、徳島農試のデータを掲げると次のようである。
水田におけるクモの生息数は、たとえば十月上旬では一〇アール当たり五万八千匹から九万九千匹。そして一日に捕食されるウンカ、ヨコバイ類は約十万匹から二十三万匹であったという。これは無防除およびメチルパラチオン二千倍を散布ていどの水田でのデータだが、驚くべき捕食数である。いまでは、クモを天敵として利用する研究が各地のクモ学者の間で進められている。

福島彬人  

2013.06.28

コハクオナジマイマイが生息場所を拡大

 

2013.06.28 Friday

温暖化の影響によって生息域を北に広げている可能性があると言われるコハクオナジマイマイが不二聖心で発見されて数年が経ちました。これまではすすき野原でよく見かけていましたが、今年から隣のキャンプ場でも見られるようになりました。不二聖心の中でもゆっくりと生息場所を拡大している可能性があります。コハクオナジマイマイは今最も注目すべき蝸牛ではないかと思いますが、下記のURLをクリックすると国立科学博物館動物研究部の長谷川和範先生のコハクオナジマイマイの文章を読むことができます。
http://www.kahaku.go.jp/news/2009/mail_snail11/

今日のことば

高校3年生の短歌より

傘立てで首長くして出番待ち雨の日は君の晴れ舞台だね      
努力こそが夢への扉あけるカギそのカギつかめ日々の努力で    
大丈夫そう言いつつもつのる危機動き出そうか変えたいのなら   
流れゆくあの白い雲を追いかけてきっと見えるはず明日への道が

2013.06.27

電気柵4800ボルトを記録  タケニグサの開花  ヤブヤンマの羽化

  2013.06.27 Thursday

 昨日は生徒の下校時間を早めなければならないほどの大雨が降りました。雨の日のあとで「共生の森」の電気柵の状態がどうなっているかが、気にかかり確認してみましたが、太陽光発電の機械から約100メートル離れたところでも4800ボルトの電圧を記録していました。


 
 「共生の森」の周辺に生えているタケニグサの花が咲きました。開墾地に真っ先に生え、やがて姿を消すことも多いタケニグサですが、「共生の森」でも遷移の過程を観察することができそうです。地味な花ですが、これほど多くの種類の虫を呼び寄せる花も珍しいです。
 


 ヤブヤンマは今日も2個体羽化していました。この三日間の記録をまとめておきます。
  6月25日 2個体
  6月26日 1個体
  6月27日 2個体


 

今日のことば

ああここにおれの進むべき道があった! ようやく掘り当てた! こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたは初めて心を安んずる事ができるのでしょう。

夏目漱石  

2013.06.26

連日のヤブヤンマの羽化



2013.06.26 Wednesday
「共生の森」の隣の池で、昨日と今日の2日間にわたり、ヤブヤンマの羽化を確認しました。ヤブヤンマは、周辺が木立に覆われた、光のあまり射さない池に多く生息すると言われるトンボです。昨日は2個体、今日は1個体、羽化を確認しましたが、まわりには他にもヤゴの抜け殻がたくさんあり、ヤブヤンマは今、羽化のピークの時期を迎えているものと思われます。以前は、この池をもっと明るい池にしたらどうだろうかと考えたこともありましたが、そうしてしまうとヤブヤンマは生息できなくなってしまいます。暗い湿気の多い場所をあえて好む生き物がいる。このことは、たいへん示唆的な事実ように思います。

 
 

今日のことば

ヤブヤンマ ――名前は冴えないが、姿はとても美しいトンボである。特に、成熟した雄の青い目玉は、常夏の海を思わせるほど澄んでいる。体は大きいくせに木立に囲まれた小さな池が好きで、林ややぶの近くで一生を過ごすことから名前をつけられた。

杉村光俊  

2013.06.26

白いネジバナと板状の茎を持つアラゲハンゴンソウを発見





2013.06.25 Tuesday
今日は中学3年生の国語の授業で「不二聖心の新しい博物学」という調べ学習を行いました。教科書に載っていた池内了の「新しい博物学の時代」の主題を踏まえて、一つの対象物を理科系と文科系の2つの視点から見つめる学習です。生徒は先ず関心のある動植物を校内で見つけて写真を撮ることから始めました。いくつかの貴重な発見が生徒によってなされましたが、その中に驚くべき発見がありました。一つは白いネジバナ、もう一つは板状の茎を持つアラゲハンゴンソウです。


今日のことば

愛宕山入る日の如くあかあかと燃し尽くさん残れる命
西田幾多郎

2013.06.24

朴の花はいかにして自家受粉を避けるか

 

2013.06.24  Monday
キャンプ場に朴の実が落ちていました。朴の花は、開花した日に雌しべの先端の柱頭が現れ受粉可能となりますが、雄しべから花粉は出ません。自家受粉は行われないのです。次の日になると雌しべの柱頭は閉じ、雄しべの花粉が出てきます。他家受粉を可能にするための見事な仕組みです。写真の実ができるためには、花から花へと飛び回る昆虫の活躍があったことは間違いありません。

 

今日のことば

人はかの樹木の地に生えている静けさを知っているであろうか。ことに時間を知らず年代を超越したような大きな古木の立っている姿の静けさを。自然界のもろもろの姿をおもう時、常に静けさを感ずる。なつかしい静寂を覚ゆる。中でも最も親しみ深いそれを感ずるのは樹木を見る時である。

若山牧水  

2013.06.23

電気柵の今日の様子

モリアオガエルの卵にヤマトシリアゲ襲来  モリアオガエルにシマヘビ襲来







2013.06.23  Sunday
「共生の森」に電気柵を設置した3日が経ちました。今日確認したところではポールはすべてしっかり立っていました。今日は晴れ間ものぞきましたので、ソーラーパネルの充電も順調に進み、電圧は4700ボルトを記録しました。鹿が柵に触れても負傷することはありません。驚いて学習し、それ以降は柵に近づかなくなるという仕組みです。
「共生の森」の隣のキャンプ場の池では、モリアオガエルが産卵した卵を食べるためにヤマトシリアゲがやってきていました。交尾をしている個体も写っています。ヤマトシリアゲは、交尾の前にオスがメスにプレゼントをするという行為(求愛給餌)でも有名です。このオスはモリアオガエルの卵をプレゼントした気になっているのでしょうか。近くではシマヘビがモリアオガエルの親をねらっていました。親子ともども厳しい自然界を生き抜いていかなくてはなりません。
 

 
今日のことば

いつもどっしりと構え、凛とした姿で静岡県民を見守ってくれる富士山である。その気高さを、自分を律するよすがにしている同志は少なくないはずだ。日本人が畏敬と愛情と誇りを寄せる「宝」が、ようやく、世界に認められた。待ちに待った世界遺産登録の朗報である。日本人にとって古来から、山は神が降り立ち、仏が宿る場所だった。それでも誰もが「霊峰」と呼ぶ対象は限られる。山部赤人が「神さびて」とうたった万葉の時代から、人々の祈りを集めてきた。時の権力者が造営した壮大な社だけが信仰の証しではない。招福を願う庶民の気持ちは修験者を始祖とする「富士講」として共同体に根付き、県内や関東の各地に「わが町の富士山」富士塚が残された。信仰心が薄いといわれる現代人でも、初夢の縁起は富士に託す。(中略)登録をことほぐ県民の一人として、この身近な山と日本人の歴史に、あらためて思いをはせたい。そして、慎み深く共生してきた先人の知恵に倣いたい。「世界の宝」を後生につなぐ責を負った今だからこそ。
「大自在」(静岡新聞)より

2013.06.22

グレープフルーツとミカンハモグリガ



2013.06.22 Saturday
ついに富士山が世界遺産に登録されました。文化遺産としての登録とはなりましたが、文化と自然は深く結びついており、富士山麓の自然もいっそうの注目を集めるようになることが予想されます。富士山麓の自然のすばらしさの一つは、極寒の高地から比較的温暖な裾野までの生物の垂直分布の多様さにあり、富士山の裾野に位置する不二聖心では暖地性の動植物も数多く目にすることができます。
「共生の森」で採集したグレープフルーツの葉から「絵かき虫」のミカンハモグリガが羽化しました。柑橘類の多くは暖地性ですので、この蛾も暖地に多く生息します。ミカンの害虫として知られる蛾で、日本の他に、東南アジア、オーストラリア、南アフリカ、中東地域に生息しています。1993年にフロリダで発見された時には、研究者が世界中からミカンハモグリガを取り寄せ、DNA解析を試みることで侵入経路を明らかにしようとしたそうです。卵の直径は0.31ミリしかない小さな生き物ですが、その被害はミカン農家にとって死活問題となります。

今日のことば

富士が嶺(ね)の裾野の原のま広きは言(こと)に出しかねつただにゆきゆく

若山牧水  

2013.06.20

「共生の森」に電気柵を設置   セボシジョウカイ








2013.06.20 Thursday
今日は「共生の森」の電気柵の工事を行いました。植樹した苗木の新芽を食べてしまう鹿との共生をいろいろと模索してきましたが、最終的に電気柵の設置が最も有効な手段だと考えざるをえませんでした。雨の一日となりましたが、NPO法人「土に還る木・森づくりの会」の方々の協力により見事な電気柵ができあがりました。ゲートの持ち手には早速、セボシジョウカイがやってきました。今後はソーラー光発電により、24時間電流が流れ続けることになります。

今日のことば

ある年の夏の終わり、楢の倒木の横を通り過ぎたとき、目の隅に何かがとまった。音を立てないようにゆっくりと向きをかえた。朽ちかけた木の襞に、ルリボシカミキリがすっとのっていた。嘘だと思えた。しかしその青は息がとまるほど美しかった。(中略)こんな鮮やかさがなぜこの世界に必要なのか。いや、おそらく私がすべきなのは、問いに答えることではなく、それを言祝ぐことなのかもしれない。

福岡伸一  

2013.06.19

森の健康診断について  ホオジロの幼鳥

 

2013.06.19  Wednesday
高校1年生の総合学習の時間に矢作川水系森林ボランティア協議会の稲垣久義先生のお話をうかがいしまた。間伐の不十分な人工林の地表に現れる泥人形の写真や雨滴の浸食のメカニズムを表した図などを見て、健康な森と不健康な森の違いを学び、「森の健康診断」の必要性を認識することができました。
森の大切さを深く学んだ今日、もう一つ、うれしいことがありました。先日、不二聖心の森で出会った幼鳥の種類がわかったのです。専門家の方の同定によると、ホオジロの幼鳥らしいということでした。あの美しい声で鳴く鳥が不二聖心の森で営巣していることがわかり、非常にうれしく思いました。

 

 

今日のことば

キリスト者にとって神を賛美するということは、最高の、最も高貴な、最も心を満たす行為である。

チャールズ・スポルジョン  

2013.06.18

ダイミョウセセリ



2013.06.18 Tuesday 
ダイミョウセセリの巣が確認できるようになりました。葉を器用に折り曲げて作る巣はたいへん特徴的で、見慣れてくるとすぐにダイミョウセセリの巣だとわかるようになります。葉の下の幼虫は、やがて大名の衣装のように黒い色をした翅のセセリチョウになります。

今日のことば

真理はあなたたちを自由にする。  ヨハネによる福音書8章34節

2013.06.17

ネジバナ  ホタルブクロ  ウツボグサ

  2013.06.17  Monday 

 今日は「夏休み子供自然体験教室」の生徒スタッフのミーティングを行いました。下の写真は生徒スタッフに見せるために撮った自然観察コースの今朝の花々の写真です。百人一首にも出てくるネジバナ(1枚目)、昔子供が蛍を入れて遊んだというホタルブクロ(2枚目)、薬草としても有名なウツボ草(3枚目)などが咲いていました。8月にはどのように植生が変化しているか、今から楽しみです。


 
 


 

  今日のことば

 昨日の新聞から301 平成25年6月17日(月)
 「人生」(『ピアノ協奏曲二十一番』(遠藤周作・文春文庫)所収)を読む
    ―― 人生に思いを馳せる読書 ――

6月14日に高校2年生の長崎祈りの会旅行について旅行会社の方と打ち合わせをする機会がありました。旅程をたどりながら話を進めていくうちに、長崎への思いが高まり、その日の夜は長崎のことをいろいろと考えて過ごしました。
旅程の中には遠藤周作文学館の見学が含まれています。金曜の夜に長崎のことを考えながら読んだものの中に、故遠藤周作の奥様が文学館への思いを記した言葉が引用されている新聞記事がありました。奥様は次のようにおっしゃっています。


遠藤がこんな字を書いていた、こんなものを使っていたということが、わかるだけの文学館になってほしくありません。あの土地にできた以上、殉教した人やころんだ人など、キリシタンに思いをはせる場所にしたい。そして、仕事に追われる日常を離れ、あの海を見て、人生や命について考える場所になってほしいと思います。


人生や命について、生命の終わりの時まで考えつくした遠藤周作の奥様ならではのお言葉と拝読しました。
その遠藤周作には、まさに「人生」と名付けられた小品があります。奥様の言葉を読んで、この作品を「昨日の新聞から」で紹介することを思いつきました。
「人生」は遠藤周作自身の体験が下敷きになっていると思われる作品です。満州で少年時代を過ごした遠藤周作は、満州の思い出を綴る形式で「人生」という小説を書きました。現地の人間をボーイとして雇ったことが語られる場面から最後までを引用してみます。


婆やが日本に去ってから、家にはお手伝いのかわりに満人のボーイが来た。
彼は毎朝、沢庵を売りにくる行商人だった。今、思うと年齢は十七、八歳だったかもしれない。母が家に住みこみで手伝わないかと言うと、即座に承諾して翌日から小さな手荷物ひとつ持ってやってきたそうである。
痩せて、いつも怯えたような表情をしたボーイだった。痩せているのは食べものにも困るような生活をしていたせいかもしれぬ。怯えた顔をしているのは彼が満人であるためかもしれぬ。そう言えば大連では日本人の巡査とすれちがうと、たいていの満人は卑屈な顔か、怯えた顔をさっとしたが、そんな表情がこのボーイの顔にいつもあらわれていた。
痩せて怯えたような顔をしていたが、それだけに彼は優しかった。特にずっと年下の私の面倒をよく見てくれた。
冬がきびしくなると、私たちのような小学生は登校が早い。一晩中、零度十度以上の寒さに曝された路はすっかり凍りつき、そこを歩くと尻もちをつくことがある。尻もちをつくのは小学生たちには楽しかったが、家から学校に行く途中にかなりの傾斜の坂があって、そこをおりるのは危険だった。
彼はいつもその坂の下までついてきてくれた。私が厚い外套を着て、襟巻を首にまき手袋をはめているのに、彼は父からもらった古いゴム長をはいているだけだった。私は今でも思いだす。彼が前にたってくれて、万一、私が滑った時、自分の体で支えようとしてくれた毎朝を。「キッケテ」とたびたび繰りかえしてくれた彼の不器用な日本語を。「キッケテ……ボッチャ、キッケテ」、それは坊ちゃん、気をつけて、の意味だった。
雪がつめたい風にまじって吹きつける時も彼は登校する私の前にたって壁になってくれた。吹雪のような雪片は彼の顔や体に容赦なく吹きつけたが、おかげで私はそれをまともに受けずにすんだ。
あの頃、少年の私はそれを当り前のことのように思っていた。彼が年上だから、家のボーイだから、当然の仕事だと考えていた。顔や腕にぶつかるつめたい風の痛さを彼がどんなに我慢していたかにも気がつかなかった。「キッケテ、ボッチャ、キッケテ」その声を思いだすと、今の私の胸は痛む。
冬が終わりかける頃、父と母との間が決定的に悪くなった。悪くなればなるほど私は学校で仮面をつけ、はしゃぎまわり、先生や友だちに暗い気持ちを見すかされまいとした。(中略)
ある日帰りが遅くなった。こんなに遅く帰れば心配した母からどんなに叱られるかを承知しながらもわざと帰宅を遅らせた。それは私の存在を無視して不和になっていく両親への反抗心からだったと思う。私は父と母とに仕返しをしたかったのだ。
(中略)
母にひどく叱られた。叱られても強情に私はあやまりもせず横を向いた。母は私をニ、三度、叩いた。すると隅で心配そうに見ていた彼が母のそばに寄って懸命に叫んだ。「オクサン、ヤメル。オクサン、ヤメル」彼は母に叩くのはやめろと訴えたのだった。
叩かれたことは反抗心をますます強めた。子供のかなしさをわかってくれない両親を恨めしく思うようになった。そして私は遅く帰校するよりも、もっとひどい仕返しを母にした。
それは母の大事にしていた指輪を盗んで売りとばしたことだった。彼女がその青い宝石のついた指輪をどこにしまっているか知っていたし、それを引出しから出すのは造作なかった。
盗んだあと、その指輪を学校に行く途中の満人の雑貨屋に持っていった。茶から一寸した満人の薬まで雑多に並べたその店では二人の男が指輪を電灯にかざして見たり、いじくりまわしたりした揚句、私に五十銭の銀貨を一枚くれた。
もらった銀貨で菓子を買い、そのつり銭を私は何処にかくそうかと迷った。子供心にも家のどこかにおけば、万が一、発覚した時、問いつめられるだろうと考えた。そして思案の結果、学校の校庭の隅に埋めた。
目じるしは校庭の庭に三本たっている高いポプラの樹だった。ポプラは秋になると黄色い葉をあたりに舞い落した。私たちはその枯葉をひろって、茎と茎とをたがいにからみあわせて引張り、切れた者を負けとする遊びをやった。
放課後、皆に見つからぬよう地面をほってつり銭の一部を出し、帰校の途中、買い食いをした。金はすぐなくなった。
半月ほどして母が指輪の紛失に気づいた。母は私の行為だとは思いもしなかった。そして疑いは満人のボーイである彼にむけられた。
「やはり満人だものね。いくら可愛がっても、こんなことをするんだわ」
と母は私に言った。
黙っていた。自分がやったと白状もしなかったかわりに、彼ではないのだと否定もしなかった。
翌日、町会長のような役をしているあの医者がオートバイにのってあらわれた。私は二人の会話をそばで聞いていた。
「警察につきだしたほうが、いいですよ、奥さん。満人にはやさしくしちゃ、駄目だ」
「でも……」と母は迷っていた。「まだ彼が盗んだという証拠もないし」
「だから警察できつく調べてもらうんですよ。そうすれば泥を吐きますよ」
二人の話を耳にしながら私ははじめて自分のやった行為が警察沙汰になるほど怖ろしいことだったと気づいた。胸がつぶれるような不安にかられた。どんことがあっても黙っていねばならぬとさえ思った。
医者は二時間ほど家にいると、ふたたびオートバイにまたがって帰っていった。遠ざかって行くオートバイの音は私の痛む胸にいつまでも残った。
母はもちろん彼を警察に訴えたりはしなかった。しかし翌日、学校から私が戻ると彼の姿はもう家にはみえなかった。もういないとわかりながら、私は彼が寝起きしていた台所の横の小部屋の前にたって、彼の名をむなしく二度、三度と呼んだ。怯えたようなその顔がいつまでも私の眼ぶたにちらついていた。

 この年齢になると真夜中、ふと目のさめることが多い。眼をあけて自分の人生をかすめた人たちのことを思いだし、噛みしめ、恥しさと後悔のまじった気持に胸しめつけられ、呻きにも似たかすかな声を時にはあげることもある。たとえばあの満人のボーイのことを思いだすたび、私はその呻きにも似たかすかな声を口に出す……

 昨年の秋、大きな船にのって四十年ぶりにその大連を再訪した。感無量だった。
四十七年ぶりで見る大連だが、街の外観はなにひとつと言って良いほど変わっていなかった。あたらしい建物はひとつも建てられていないかわり、昔のホテルはホテルに、公園は公園に、銀行は銀行に、学校は学校として使われていた。変わっているのは名称だけで、通りも広場も街路樹もすべて見憶えあるままだった。あの頃は広く大きくみえた建物も、五十七年も生きた大人の眼には低く狭くうつった。すべてのものが古ぼけ、すすけ、黒ずみ、同行した友人が思わず呟いた。
「まるでゴーストタウンだな」
しかし十月の空は鉛色でつめたかった。工場や人民公社を見ないかと奨める通訳をなだめながら私はかつて通った小学校と自分の住んでいた家とに連れていってもらった。
小学校は旅大市第九中学校という名になっていたが、校門も運動場もほとんど記憶のままである。先生たちに案内されて授業中の教室にも入れてもらった。ちょうど英語の時間で、生徒たちは女の教師に教わっていたが私たちが入ってもほとんどわき見をせずに黒板を注目していた。授業参観の客があっても眼をそらさぬように教育されていたのかもしれない。
(中略)
運動場には人影はなかった。運動場も昔のままだった。昔のまま向うに満鉄本社だった建物がみえ、長い塀がつづき、塀が終わってそこにポプラの樹がそびえていた。ポプラはあの時と同じように丈たかく、その数も三本のままである。そのポプラの根もとに私は母の指輪を売った金を埋め、素知らぬ顔をしたのだ。そしてそのあとに満人のボーイに罪をおしつけて知らぬ顔をしていたのだ。キツケテ、ボッチャ、キツケテ、ボッチャ。雪片が彼の寒さでゆがんだ顔に容赦なく当っていた……
もちろん先生たちはその時の私の表情に気がつかなかった。彼等は校門を出る私たちを拍手をしながら見送ってくれた。


これが「人生」という作品です。現代の私たちから考えると、極めて特殊な環境の特別な出来事ですが、何かここに、万人に理解できる「人生」の真実のようなものを感じないでしょうか。それは、敢えて言葉にしなくてもいい、それぞれがそれぞれの人生の体験の深まりのなかで感じ取っていけばよい何かなのではないかと思います。

 9月に訪れる長崎の遠藤周作文学館での「人生や命について考える」時間を大切に過ごしたいと思います。

2013.06.16

ホオジロの鳴き声を録音しました

 

2013.06.16 Sunday
今日の夕方6時に牧草地から見た空です。ようやく青空を見ることができました。檜の木の上ではホオジロが鳴いていました。鳴き声を録音することはできましたが、檜の樹高が高いために鳥の姿をしっかりカメラに収めることはできませんでした。よりはっきりとした姿を御覧になりたい方は下記のURLをクリックしてください。
フィールド日記 2011.11.04 ホオジロ


 

今日のことば

釣法釣技や釣具にしても、その一つ一つが人と自然との交感から紡ぎ出された文化の結晶である。それぞれの土地にそれぞれの川が流れ、川の恵みが豊かである限り文化が育まれ、その担い手としての職魚師がいる。職魚師と川の自然はいのちの連環でつながっている。翻って、いまほど口とは裏腹に、人と自然の関係が疎んじられている時代もない。川の伝承的文化が途絶し衰滅しつつある、という現実が、そのことを如実に示している。
『職魚師伝』の書評(根深誠)より

2013.06.15

雑木林で幼鳥に出会いました

 

2013.06.15 Saturday
昨日の早朝に、「夏休み子供自然体験教室」で歩く予定の雑木林で鳥の雛と出会いました。巣立ち直後の幼鳥かと思います。風景に同化していて最初は鳥には見えませんでしたが、よく見るとたいへん愛らしい姿をしています。ムクドリの幼鳥のようにも見えますが、全くの見当違いかもしれません。現在、専門家に同定の依頼中です。
 

今日のことば

畑を耕す人々の、朝にはまだ蕾と見て通った雑草が、夕方には咲ききって蝶の来ているのを見出すように、時はいくかえりも同じところを、ながめている者にのみ神秘を説くのであった。

「野鳥雑記」(柳田国男)より  

2013.06.14

エビヅルとブドウハマキチョッキリ



2013.06.14 Friday
牧草地の横の道で、ブドウハマキチョッキリがエビヅルの葉で作った葉巻状のゆりかごを見つけました。ゆりかごの中には、わずか2ミリの幼虫が入っていました。ブドウハマキチョッキリは葡萄の害虫としても知られています。不二聖心の「共生の森」の土地はかつて葡萄園でした。当時の管理者の方は、ブドウハマキチョッキリ対策に知恵を絞ったのかもしれません。
ブドウハマキチョッキリの成虫は下記のURLで見られます。
http://serigaya.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-286c.html

今日のことば

森は水をつくり
水は人を育て
なのに人は水を
汚しながら生きる

水は流れ流れ
いつか海に届き
海は水を癒し
いつか空に帰す

水は空に抱かれ
やがて雲に変わり
風が雲を運び
雨は土に戻る

雨は木々にしみて
草木は慈しみ
土は水を清め
森は土をつくる

私は木を植える
いつか森をつくる
私は木を植える
いつか森をつくる

 「木を植えた男」(さだまさし)より

2013.06.13

サルトリイバラとホウセンカヒゲナガアブラムシ





2013.06.13  Thursday
台風3号から変わった熱帯低気圧の影響で雨の朝となりました。牧草地の横の道に生えているサルトリイバラの葉も水滴で濡れているのがわかります。サルトリイバラには棘があり、「猿を捕らえられる茨」という意味でサルトリイバラと名付けられたと言われます。小笠原諸島や伊豆七島には棘のないサルトリイバラが自生しています。天敵のいない島では棘の必要性が低く、棘のない姿に進化したのではないかと考える人もいるようです。
サルトリイバラの葉の裏にはサルトリイバラを寄主とするホウセンカヒゲナガアブラムシが潜んでいました。オレンジ色の個体が幼虫で黒色の個体が成虫です。ホウセンカヒゲナガアブラムシの二次寄主はツリフネソウです。不二聖心のどこかに、あのユニークな姿の花を咲かせる植物が自生しているかもしれません。

 

今日のことば

なんじの若き日になんじの造主(つくりぬし)を覚えよ。
コヘレト書のことば

2013.06.12

コンボウアメバチ  静岡県で4例目の採集記録

 

2013.06.12 Wednesday
6月10日に平本政隆教諭によって校内で採集されたハチはコンボウアメバチという、ヒメバチの仲間に属するハチであることがわかりました。蛾の幼虫に寄生するかなり大型の寄生蜂です。静岡県では4例目の採集記録となります。


 

今日のことば


ヒメバチ科は寄生蜂の中でも最も種数の多いグループで,国内からは1507種が報告されている(渡辺,2011c).主に鱗翅目や鞘翅目昆虫の幼虫や蛹に寄生し,重要な天敵昆虫として知られる種も少なくない.国内のファウナ報告は断片的であり,十分に報告されている県はほとんどない.
静岡県のヒメバチについてのまとまった記録は驚くほど少なく,わずかに池田(1976)による17種の報告があるのみである.ヒメバチの研究者が使用した標本も他県に比べ少なく,県レベルでみて,静岡県はまさに分布の空白地帯といえる.
静岡県は茶や蜜柑の栽培が盛んであり,杉林や竹林も多く,これらに関連する害虫の天敵を考える際に,その地域のヒメバチ相を整理しておくことは,大変意味のあることである.また,県内には環境の良い森林がいくつも残されており,いくらかの南方系の昆虫の分布北限になっていることからも,国内におけるヒメバチの分布を考える上でも重要な地域であるといえる.

『静岡県産ヒメバチ目録』(渡辺恭平・蒔苗博道)より  

2013.06.11

クヌギの樹液の湧出と発酵  ショウジョウバエ  ヨツボシケシキスイ  ヒカゲチョウ







2013.06.11 Tuesday
「夏休み子供自然体験教室」の観察のコースを今から努めて歩くようにし、動植物の様子を把握することを心がけています。今朝は雑木林のクヌギの木の樹液の湧出と発酵を確認しました。5月31日の時点で樹液が出始めていることは確認していましたが、今日はその発酵がずいぶん進んでいることがわかりました。発酵した物質を好むショウジョウバエがたくさん集まっていたのがその何よりの証です。他にもヨツボシケシキスイ(3枚目の写真)やヒカゲチョウ(4枚目の写真)も集まってきていました。いったい一本のクヌギの木がどれだけの種類の生物を養っているのか、今年はぜひ数を数えてみたいと思っています。

夏休み子供自然体験教室について
http://www.fujiseishin-jh.ed.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=297
不二聖心のヒカゲチョウについて
フィールド日記 2012.09.05 樹液の雫  ヒカゲチョウ

今日のことば

ショウジョウバエとは「猩々」のことである。酒が好きでいつも飲んだくれている、あの伝説上の大きなサルのことである。かつてはオランウータンがそのモデルだといわれ、東南アジアのオランウータンを「猩々」と呼んだ時代もある。アフリカのチンパンジーは黒猩々、ゴリラは大猩々であった。
ショウジョウバエとゴリラはどうもイメージが結びつかないが、本来の酒好きのショウジョウとはぴったりである。ショウジョウバエはほんとうに酒が好きなのだ。だからどこからともなく現れて、晩酌のグラスに寄ってくるのである。

日高敏隆  

2013.06.10

イタチタケ  水中に発生するキノコを知っていますか

 

2013.06.10  Monday

「共生の森」でイタチタケの写真を撮りました。イタチタケはナヨタケ属(Psathyrella)に属するキノコです。ナヨタケ属のキノコは400種ほどあり世界中に分布していますが、最も有名なのはアメリカのオレゴン州で発見された、水中に発生するキノコ(Psathyrella acuatica)でしょう。2010年に新種として認められました。実物の画像を御覧になりたい方は下記のURLをクリックしてみてください。
http://earthfix.opb.org/flora-and-fauna/article/biologists-search-mountain-streams-for-oregons-und/

今日のことば

Discovering new habitat for complex organisms such as mushrooms is something you might expect in the Amazon, or along the deep oceanic trenches. But here they are, waiting for us in the Rogue River in Southern Oregon.
Robert Coffan (Psathyrella acuaticaの発見者)

2013.06.09

藤原定家とテイカカズラ

 

2013.06.09 Sunday

中学3年生の国語の授業で池内了の「『新しい博物学』の時代」という文章を読みました。最新の科学技術を駆使してもわからなかった、かに星雲の超新星爆発の起った年が、藤原定家の残した日記『明月記』の記録(後冷泉院の天喜二年四月中旬以後、丑の時客星が觜參の度に出づ。東方に見はれ、天関星に孛す。大きさ歳星の如し。)で明らかになったことを紹介し、理科系の知と文科系の知を結び付けることの意義を説いた文章です。大歌人、藤原定家は天文学にも多大なる貢献をしていたわけですが、定家が関わりを持つのは天文学だけではありません。植物学の分野にも定家は関係があります。今の時期に花を咲かせるテイカカズラの「テイカ」は藤原定家に由来しているのです。式子内親王に思いを残して死んだ藤原定家は式子内親王の墓にツル性の植物となってからみつきます。その植物が後に「テイカカズラ」と名付けられたという話が残っているのです。不二聖心の裏道には、高木にからみついたテイカカズラから落ちてきた花がたくさん見られます。
 

今日のことば

西隣りの市橋貞吉爺さんは六十を越えた親切なおじさんであった。私はこの人から魚を釣る事も小鳥を飼う事も教わった。村の小学校では教えてくれないが、貞吉爺さんは手を取って教えてくれた。そして曲がっている釣針にみみずを餌にして川の中に放り込む方法まで一々教えてくれた。それで貞吉爺さんが大好きであった。私は兵庫県神戸港で生れたが大自然の中で育ったのは阿波吉野川の感化であった。それで今でも私は四歳から十一歳までの児童は農村で育てた方が自然を通して神を知るには良いと思っている。阿波吉野川は日本でも珍しい美しい川である。恐らく日本であれだけ美しい川は他にないであろう。また西洋でもあれだけ美しい川は多く見る事は困難である事と思っている。それで私は東京、大阪の子供等を大自然に返す運動を絶えずしている。エミールを書いたルソーは教育の基本として自然に帰れと叫んでいるが私も大賛成である。農村で育った私は本当に自然を楽しんだ。農村を知っていたから私は創造主が良くわかった。

                       賀川豊彦(昭和34年12月12日)

2013.06.08

サワガニは右利きか左利きか



2013.06.08 Saturday

不二聖心の校舎の裏の道を歩いているとたくさんのサワガニに出会います。サワガニを見たら確認するように心がけているのが、左右のハサミの大きさです。左右の大きさが違ったら、その個体はオスということになります。次に確認するのは、左右のどちらが大きいかということです。ほとんどの場合、右が大きいと言われています。サワガニも右利きが多いようです。江戸時代にシーボルトに頼まれて甲殻類の絵を多く残した川原慶賀のサワガニの絵(参考1)も右のハサミが大きく描かれています。しかし左が大きい個体もいないわけではありません。(2枚目の写真は右のハサミが落ちていますが、左のハサミの形状と大きさから左が大きいことがわかります。)第48回自然科学観察コンクールで2等賞を受賞した「三沢川流域のサワガニたちの生活」という研究(参考2)の中には、「はさみ:オスは片方のはさみが大きくてかっこいい。メスのはさみは、左右が同じ大きさで小さめ。オスでは左右どちらが大きいのか。三沢川流域の76匹のうち右が大きいのが55匹、左が21匹で8:3の比率。右のはさみが大きいカニが多かった。」という興味深い調査結果が記録されています。

参考1
http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/b04/image/01/b04s0330.html

参考2
http://www.shizecon.net/sakuhin/48jhs_2.html

今日のことば

どんなに自分は孤独だと叫んでも、人間は本当に孤独にはなりきれません。競馬場にいる一頭の馬と心のどこかでつながっていたりする。言葉では成立しない何かによって、世の中のいろいろなものと実はつながっていると、ふときづく瞬間があって、そこに含まれているのは喜びなんですね。

小川洋子  

2013.06.08

ウドの葉とヒメシロコブゾウムシ  ジレンホールとツュンベリー

 

2013.06.07 Friday

「共生の森」でウドの葉の上にいたヒメシロコブゾウムシの写真を撮りました。日本にはこれとよく似た形状のゾウムシが何種かいますが、画像のゾウムシは背中の黒い模様からヒメシロコブゾウムシだと判断できます。ヒメシロコブゾウムシはウドやタラを食草としており、これらの植物を栽培している農家にとっては頭の痛い存在です。ヒメシロコブゾウムシの学名(Dermatoxenus caesicollis)は1833年にスウェーデンのナチュラリスト、レオナルド・ジレンホールによってつけられました。ジレンホールは「分類学の父」と呼ばれたリンネの弟子です。5月7日のフィール日記で、箱根からたくさんの動植物をスウェーデンに持ち帰ったナチュラリストとして紹介したツュンベリーもリンネの弟子でした。二人がリンネの弟子であった時期には重なりがあります。ヒメシロコブゾウムシの命名者と箱根ゆかりのナチュラリストが親しく言葉を交わすような機会があったかもしれません。
ツュンベリーに関連する記事を読みたい方は下記のURLをクリックしてください。
フィールド日記 2013.05.07 マルバウツギとツュンベリー


 

今日のことば

今日,学問の世界では,進化を基盤とする分子生物学という更に新しい分野がめざましい発展をみせ,これにより系統を重視し,分類学に おいてもこれを反映させていく分類学が,より確実なものとして主流を占めてきています。
若い日から形態による分類になじみ,小さな形態的特徴にも気付かせてくれる電子顕微鏡の出現を経て,更なる微小の世界,即ちDNA分 析による分子レベルで分類をきめていく世界との遭遇は,研究生活の上でも実に大きな経験でありました。今後ミトコンドリアDNAの分析により,形態的には区別されないが,分子生物学的には的確に区別されうる種類が見出される可能性は,非常に大きくなるのではないかと思われます。私自身としては,この新しく開かれた分野の理解につとめ,これを十分に視野に入れると共に,リンネの時代から引き継いできた形態への注目と関心からも離れることなく,分類学の分野で形態のもつ重要性は今後どのように位置づけられていくかを考えつつ,研究を続けていきたいと考えています。
In academia today, an even newer field of research, molecular biology based on evolution, is seeing remarkable development. As a result, more importance is placed on phylogeny, and systems based on phylogeny are considered to be more accurate and are now the mainstream of taxonomy.  
As I have been familiar with classifications based on morphology since I was young, the appearance of the electron microscope which enabled me to observe minute morphological characteristics, and my encounter with an even smaller world, where classification is based on DNA analysis at a molecular level, have been great experiences for me as a researcher.
In the years ahead, I think the analysis of mitochondrial DNAs will open up great possibilities of discovering new species which cannot be distinguished morphologically but which can be clearly distinguished at a molecular biological level. I hope to understand and take into consideration this newly developing field of research, but at the same time, I intend to continue to give my attention to and keep up my interest in morphology, which is a field of study carried on from Linné's days. I would like to continue my research, always keeping in mind the question of what will be the importance and role of morphology in the field of taxonomy in the future.

「リンネ誕生300年記念行事での天皇陛下の基調講演(原文英文)」より  

2013.06.06

「共生の森」で八重のドクダミを発見

 

 2013.06.06 Thursday
「共生の森」で八重のドクダミを見つけました。
江戸時代の方言を集めた『物類称呼』には、駿河沼津の方言として「しびとばな(死人花)」というドクダミの異名が紹介されています。おもしろいことに、一方では、この花の美しさを愛でて園芸品種を作り出し、八重のドクダミを楽しんだという記録があります。「共生の森」に一輪だけ咲く八重のドクダミの花は昔の人の心を優しく語りかけるかのようです。
 

今日のことば

おまえを大切に
摘んでゆく人がいた
臭いといわれ
きらわれ者のおまえだったけれど
道の隅で
歩く人の足許を見上げひっそりと生きていた
いつかおまえを必要とする人が
現れるのを待っていたかのように
おまえの花
白い十字架に似ていた
星野富弘(ドクダミの花の絵に添えられた詩)

2013.06.05

ミズキの実  骨格標本とヒメマルカツオブシムシ





2013.06.05 Wednesday

5月13日の「不二聖心のフィールド日記」で紹介したミズキの花はもうすでに実に変わっていました。2枚目と3枚目の写真はミズキの花から採集したヒルマルカツオブシムシという体長約3ミリの甲虫です。この虫は肉食ですが、骨は食べません。その性質を利用して骨格標本を作る時に利用されます。衣服の繊維を食べる害虫としても知られます。衣装ダンスで暗躍することもあるこの虫は、なぜか真っ白い花を好むそうです。不思議なことです。ミズキの白い花をご覧になりたい方は下記のURLをクリックしてください。
フィールド日記 2013.05.14 ミズキの花に集まる虫たち

今日のことば

大きなものから生かされている歓びと安堵を感ずるようになったのは、戦場に立った頃からであった。
戦いの或る夜、私は死も生も分別つかぬ、極度に疲労した骨と肉とを草原にころがしていた。わずかに心臓と胃の腑だけが動き、他のすべての機能が停止してしまったかのようなあの瞬間、私の網膜が、何の感動もなくぼんやりと眼の前の草花を映しているのに気付いた。
(ここにも生きものがある。しかも、それは、私という生きものと何ら本質の異なるものじゃない。すべて真如に生かされ、真如の前にあっては同質の存在だ。)
私は、ささくれだった黒い砂漠の石を握ってみた。これは単に無機物にすぎない。そういう分類の仕方で従来私の頭は組み立てられて来た。無機物と有機物、草花と私とを統合する何ものも持たなかったし、また、統合出来る質もものであろうとは夢にも思っていなかった。ところが、その瞬間以来、私は大きな衝撃をもって今までとは違った世界に入っていったのだ。

司馬遼太郎  

2013.06.04

幻のアジサイ シチダンカ

 

2013.06.04 Tuesday

「共生の森」のシチダンカが花を咲かせました。シチダンカは、江戸末期に作られたシーボルトの『日本植物誌』に記載されていたにもかかわらず実物の所在地が長く不明で、「幻のアジサイ」と呼ばれていました。昭和34年に兵庫の六甲で発見され、それ以来挿し木で増えたシチダンカが全国に広まりました。その中の1本をしばらくの間、不二聖心でも楽しむことができそうです。

今日のことば

数字のうえでは、昨日のように今日があり、今日のように明日がある。だがわたしたちの世界は数字だけで動いているのではない。そのとき人間にとって、日付はもっとも深遠な問いとなる。

港千尋  

2013.06.03

日本のアミスギタケとアメリカのアミスギタケ

 

2013.06.03
「共生の森」に隣接する池の近くでアミスギタケの写真を撮りました。アミスギタケの学名はPolyporus arcularius Batschで、Batschは18世紀にドイツで活躍したナチュラリストのAugust Batschに由来しています。ドイツでもアミスギタケを見ることができるということです。
アメリカのキノコの研究者のMichael Kuoさんはアミガサタケを採りに行く人がよくこのキノコを見かけると書いています。日本ではアミガサタケとアミスギタケの発生時期はかなり違います。同じキノコでも国によって発生時期が大きく異なるということでしょう。地域ごとの発生時期の違いも、それぞれの自然の大切な個性です。気候変動などの影響で、その個性が失われることがないように強く願っています。(「不二聖心のフィールド日記」のアミガサタケの記事を御覧になりたい方は下記のURLをクリックしてください。)
フィールド日記 2012.04.28 クビキリギス  アミガサタケ
フィールド日記 2011.05.04 アミガサタケとモリアオガエル
フィールド日記 2012.04.19 イロハモミジの新緑  アミガサタケ

 

今日のことば

高校3年生の短歌より

無理だよとたとえ何度も言われても私は戦う勝ちとるために     
寒かったり暖かかったり毎日は気まぐれなんだね私みたいに     
昔なら忌み嫌ってたブラックも今ならわかるカカオの魅力

2013.06.02

栗の花に集まる虫たち(ベニカミキリ、ヤマトシジミ、エグリトラカミキリ、キボシツツハムシ)









2013.06.02 Sunday
松尾芭蕉に「世の人の見付けぬ花や軒の栗」という句があります。クリの花があまり目立たないことを詠んだ句ですが、6月に不二聖心で咲く花の中で最も多くの昆虫を集めるのは、おそらくクリの花です。掲載した写真は今日の14時30分から約10分の間に写した写真です。(1枚目ベニカミキリ、2枚目ヤマトシジミ、3枚目エグリトラカミキリ、4枚目ハナムグリ、5枚目キボシツツハムシ)10分の間に次から次へと被写体が現れました。「世の人の見付けぬ花」が生物相の多様性の維持に大きく貢献していることになります。

今日のことば

どんなおうこくもざいほうも
キミがここにうまれたという
きせきにはかにわない

しりあがり寿

2013.06.01

夏休み子供自然体験教室の下見でクサボケの実を発見

 

2013.06.01 Saturday
昨日は、「夏休み子供自然体験教室」の職員スタッフ全員でコースの下見を行いました。その下見の途中で数学科のK先生が貴重な発見をなさいました。クサボケの実を見つけたのです。「夏休み子供自然体験教室」の講師で、植物調査の豊富な経験を持つ平本政隆教諭もクサボケの実を見るのは初めてだとおっしゃっていました。確かに周辺にたくさんあるクサボケの枝を確認しても他には全く結実のあとが見られませんでした。K先生は他にももう一つ貴重な発見のきっかけをつくってくださったのですが、それについては俄かに信じがたい事象でしたので、もう少し詳しく調査をしてから発表したいと思います。


 

今日のことば

木瓜咲くや漱石拙を守るべく   夏目漱石

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